31話 雪河さんはその瞬間を目撃した
信じられない光景が、雪河の視界に映った。
もう少しで一位に届くという所で、残り三十メートルで関口のバトンを渡すという所で……転倒してしまった。
大盛り上がりだったクラスの人たちが絶望したような顔になり静まり返る。
「あーっと!ここで伊藤康彦が転倒してしまいました!もうそろそろ一位にの選手はバトンを渡そうとするところです!他の選手たちも伊藤康彦を抜こうとしております!」
あ~これはまずい。
いっつもそうだ。こういう大事な場面で毎回へまをする。
今回もなんとなくそうなる気はしてた。
蒼井や無城、関口があまりいい成績を残せない中迎えたリレー。二人の出だしも好調。俺も好調。
嫌な予感はしたんだ。
昔も……似たようなことがあったな――――。
それでも、だからといって諦める理由になんかならねぇ。
蒼井が、無城が、クラスのみんながここまで繋いでくれたんだ。たとえ無理だとしても今立ち上がらないでいつ立ち上がるんだよ。
それに俺はもう……関口に責任を負わせたくない。
転倒して一位の人と離されても、他の奴らに抜かされても……すぐに立ち上がった伊藤。
視線を前に向けると、絶望しているわけでもなく、ただ伊藤の事を真摯に見ている関口の姿があった。
伊藤はこの瞬間救われた。一番付き合いが長い関口には失望してほしくなかったから。
素早く立ち上がった伊藤は笑いながら、バトンを渡す。
「わりィ……」
「気にすんな」
伊藤から関口にバトンが渡り、二位だった順位は五位まで下がっていた。
実況の人や他クラスの人……同じクラスの人はもう無理だと思っていた。
転倒は仕方がない事だ。誰も伊藤を責めることはしないだろう。
ただ、一位はおろか上位を狙うのも厳しい順位……みんながそう思っていた。
でも、蒼井も無城、伊藤と雪河は関口祐介という男を信じていた。
別に一位じゃなくたっていい。
走り切って、悔いのないようにすればいい。
そんなものは分かっている。でも、何故だかこの時は一位が取りたくて仕方がなかった。
不思議だ。今までそんなこと一回も思ったことないのに。
ここで一位を取ればちやほやされるから?
違う。
雪河さんにいい所を見せたいから?
違う――――。
一番の理由はきっと、伊藤だ。
伊藤や蒼井、無城の為に一位を取りたい……そう思ったんだ。
こんなことを言ったらあいつらは絶対にキモいっていうだろうな。
安心しろよ。言わないから。
覚悟を決めたように関口は走り出す。
バトンを受け取ったすぐに抜いてきた奴を抜かし、四位になる。
観客の人たちは徐々に追い上げてくる関口を見て「おぉ……」と声を上げ、実況も段々とテンションが上がってきていた。
「全員がアンカー!一年生最後の戦いが始まりました!二位だった伊藤康彦の転倒により五位まで下がっていましたが徐々に追い上げてきています!すごい!すごいぞ~!」
再び熱狂が学校全体を包む。
静まり返って諦めていたクラスメイト達は皆再び声を出し関口を応援する。
雪河は「信じてたよ」といいながら両手を合わせ祈るようにして見ていた。
(やっぱり調子いいな今日……)
関口は走りながら今朝の雪河との会話を思い出す。
二人が顔を合わせて発した言葉……頭も冴えてる。
今日……というより最近頭がクリアでかなり調子がよかった。その中でも今日は別格でコンディションがいい。
四位から更に抜き、三位に躍り出る関口。
二位と一位の差はあまりない。このままいけば狙える。
それはみている皆も理解しており、同じクラスの人たちは今まで以上に声を出して応援していた。
蒼井や無城、伊藤も声を出して関口を応援する。
「頑張れ!関口!」
「……頑張れ!」
「祐介!頼む……ッ!」
観客の声は聞こえないのに、なぜか伊藤たちの声は鮮明に聞こえる。
三位に躍り出たすぐ……僅差だった二位の奴を抜き関口が二位になり順位が戻った。
残り三十メートル弱。
一位との差は一メートルもない。
頑張れば届く距離。
関口は最後の力を振り絞り走る。
二十五メートル……
二十メートル……
十五……十……
ゴールテープが徐々に近づき、気づけば一位の人と並んでいた。
あと一秒後には結果が出ているだろう。
四人を除き、関口がここまで来れるとは思っていなかった。
今までで一番の熱狂……そして――――――。
私はこの瞬間を目撃した。
実況が困惑しながらも……結果を発表する。
「な……ななななんという事でしょうか!?こんなことがあっていいのでしょうか!もう伝説です!最初にゴールテープをくぐったのは四組の関口祐介!関口祐介です!」
「「「「「「おぉぉぉおおおおおお!!!」」」」」」
今日一番の声が学校全体、いや……関口祐介を包んだ。
伊藤たちは関口がゴールしたすぐ近寄って勝利を分かち合った。
「マジかよ!関口凄すぎるぞ!まじでやべぇ!」
「……ほんとすごい」
「ハハハ、ありがとう」
蒼井と無城は困惑半分、興奮半分といったテンションで関口は苦笑しながら返した。
そして、申し訳なさそうに近づいてくる伊藤を見て関口は背中を軽く叩きながら言った。
「言っただろ?気にすんなって」
「関口~……ごめんよぉ……俺もうほんとにダメかと……」
「うわっ!きったねぇなお前!鼻水がつくだろ!」
「いいじゃねぇか~」
「よくねぇよ!近寄んな!」
二人はいつものやり取りをしてクラスの人たちもにっこり。
雪河は四人のやり取りを見て静かに涙を流していた。
(すごい……すごいよ。関口くん……みんな————)
私はすごいものを目にした。
今までに見たことない表情とやる気をした関口くん。
本当にかっこよかった。世界で一番……誰よりもかっこよかった。
きっと関口くんはクラスのためじゃない……伊藤くんや蒼井くん、無城くんの為に走ったのだろう。
私にはわかる。
そして、関口くんは結果を出した。
すごい……本当にすごい事だよ。私じゃきっとできなかった。
この瞬間、私は己の無力さに失望した。
でも、それと同時に……それ以上に関口くんが好きなんだと理解した。
私にはできない……持っていない才能が彼にはある。
本当に出会ってから……ずっとすごい人。それが関口祐介くん。
クラスはお祭り騒ぎのまま体育祭は無事終了……紅組対白組の対決は紅組の勝利で幕を閉じたが、今日はそれ以上の出来事が立て続けに起きたという事もあり全校生徒が勝敗などもうどうでも良くなっていた。
今回の体育祭で注目を浴びたのは以下のメンバー。
野球部の次期エース佐藤。
白赤雫生徒会長。
雪河朱音。
伊藤康彦……そして関口祐介。
以下の人たちは夏休みに入るまで結構な人気者になっていたのはここだけの話にしておこう。
◇
体育祭の片づけがあらかた終わり、やっと帰れる関口たち。
伊藤たちは関口に一緒に帰るように声を掛ける。
「お~い、関口~早く帰ろうぜ」
「おう、ちょっと待っ————」
「関口くん……その、一緒に帰らない?」
伊藤とほぼ同時に一緒に帰らないかと誘いを受ける関口。
すべてを察した伊藤はサムズアップして蒼井と無城を連れてその場を離れる。
関口は怪訝な顔をしながら心の中で「こういう時だけ察しがいいよな」というのだが、視線を雪河の方へ再度向けると返事を今かと待っている姿が見えて視線を逸らしながら返す。
「帰ろうか」
「え、いいの!?」
「うん、というか雪河さんこそよかったの?布瀬さんと帰らなくて」
「う、うんいいの!絵美里は先生に呼び出されてるっぽいから!」
「そっか」
一瞬でついた嘘。
(ごめん絵美里)
心の中で謝る雪河。
この少し前布瀬は雪河に一緒に帰らないかと誘っていたがすぐ断った。
雪河は関口と一緒に帰りたくて仕方がなかったのだ。布瀬は関口と帰りたいんだろうなと察し先に帰った……というのが真実だ。
日は落ちようとしており、橙色の夕日が二人を照らす。
何回か一緒に帰ったことのある二人だが、やはり最初は何も話さない二人。
だがこの時は明確に違うことが一つ。
雪河が関口の事が好きだと気づいたという点。
今までの帰り道とは圧倒的に違う……この事実に雪河は心臓がバクバクで仕方がなかった。
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