13話 水飛沫に重なる君の声
クラゲコーナーを抜け、残るはイルカショーのみになった。
時間は時刻午後四時を過ぎようとしている。
イルカショーの開始時刻は午後四時十分……完璧な時間配分だ。観戦席はほぼ満席で他の客もかなり楽しみにしているとうかがえる。
「すごい人だね!」
「そうだね、なんてったってこの水族館の最大の目玉はイルカショーだからね!」
関口も雪河もテンションが上がっており、入り口で買った飲み物はほとんどなく関口が聞いた。
「飲み物買ってこようか?」
「ううん大丈夫!席離れて取られても嫌だし!」
「そっか」
前に映る大きなスクリーン……そしてそのすぐ下には大きな水槽。上から小さなボールがぶら下がったりしている。
(確かこのすぐ下はイルカが泳いでいるのが見えるんだっけか)
関口は心の中でぼやきながら思考する。
パンパンな観客席には老若男女。おそらくはイルカショーのたびに満席になるのだろう。それでも他にお客さんはいる。こうして見れない客に向けてのスペースも作られていて本当にいい水族館だ。
その下には小さなスクリーンがあり関口たちが見る光景をスクリーンから眺めることが出来、逆に観客席からは見えないイルカが泳いでいるところを間近で見れるもの……どちらのよさもあるということだ。
「そういえば、何で雪河さんは右の矢印に行こうと思ったの?」
「右?ああ入り口の奴ね!簡単な話だよ、右は最後にイルカショーが見れるから!」
「なるほど……確かゴールは一緒のはずだったけど左と右で何が違ったんだろう?」
関口がそう聞くと雪河は人差し指を唇に当て軽く考える動作をしてから口を開く。
「えっと確か……左は右と違って少し遠回りになるからこの下のイルカが泳いでるスペースを見る場所に行くんじゃないのかな?」
「そういうことね」
ここでどうして下にも観れる場所があるのか理解する関口。
確かに右と左で全部が同じだったら遊び心にかけてしまう。左右どちらにもそれ相応のメリットデメリットがある……簡単な話そういう事なのだろう。
雪河もどうやら同じことを考えていたようで、関口の方を見ながら笑顔で話す。
「でもすごいよね!もう一回ここに来た時、今度は違う方から行ってみようってできるもんね!」
「そうなんだよね、この水族館のすごい所だよ」
「今日、関口くんとここにこれてよかったなぁ!」
「……ッ」
おそらくは本心。思ったことを言っただけなのだろう。
関口もそうだと分かっている。しかし……水族館に来るまでの道のりでの会話を思い出し、言葉を詰まらせる。
そして雪河は自分の発言に違和感を全く持っておらず、前のスクリーンをじっと見つめ……その輝かしい目で……
「私……今日の出来事は絶対に忘れないと思う」
「そ……っか、それは、俺も————」
「みなさ~ん!こんにちは~!今日はこの青海水族館に来てくださりありがとうございま~す!」
関口が言葉を言い切る前に、イルカショーの時間が来て飼育員さんの言葉に阻まれる。
(よかった……なんか俺だけドキドキして情けねぇ……)
雪河は関口が葛藤しているなんて考えず、テンションを高くしながら周りにいる子供たちの用にはしゃいでいた。
(ハハ……ほんとに君はすごい人だなぁ)
その様子を見ていた関口は学校にいる雪河とのギャップに少し驚いていた。
学校では学年問わず人気のある生徒で優等生と知られている。当然人柄もよく話しかけられる人にテンションを合わせるのだが……今こうして関口の隣にいる雪河は偽りなんかではなく、素なのだろう。
関口は何故かそう思ってしまった。
勢いよくジャンプするイルカを見て雪河は大はしゃぎ。
関口はテンションこそ高くなってものの、ちらりと横目で雪河を見ては勝手にドキドキさせる。
一芸が終われば飼育員の所に行き餌をもらう。その動作ですらエンターテイメントを感じさせていた。
時間はあっという間に過ぎていき、数匹のイルカが水面下をすごい速さで泳いでいく。その様子を見ていた関口はもうすぐ終わりだと悟る。雪河は関口の方に視線を向けず、話しかけていた。
「ねぇ関口くん……」
「ん?どうしたの?」
「私……私ね」
軽く肩を竦めながら口ごもる雪河。小首を傾げながらその様子をみる関口なのだが……
(私、本当に関口くんとここにこれてよかった。今日……改めて感じたこと)
水族館だけじゃない。映画館やそれまでの道中……それをひっくるめて今日感じたこと。
そしてどうして友達というだけでドキドキしたのか……今、この瞬間に理解した。
このイルカショーの中でしかいうことのない言葉……今ならなんとなく言えるような気がした。
関口に向けていなかった視線を雪河は向ける。二人の視線が合い……次に発した雪河の言葉と同時に————
「私は、関口くんの————」
バッシャー―――ン!!!
「「……ッ!?」」
勢いよく水しぶきを上げ水面下に潜っていくイルカ。観客の拍手と同時に飼育員の感謝の言葉でイルカショーは終了。
ぞろぞろと観客たちが立ち上がり返ろうとする中、関口はぽかんと口を開けて座っていた。
(今……なんて言ったんだ?)
拍手、飼育員の言葉……いや違う。もう少し前……そう、イルカの水しぶきの音で雪河の声がかき消されてしまったのだ。
隣にいた雪河も席を立ち、優しい笑顔で関口に声をかける。
「私達もいこ!」
「う……うん、ねぇなんて言ったの?」
「え~?内緒~!」
ふふんと鼻を鳴らしながら歩く雪河。その後ろ姿を見て関口は頭を掻く。
(今はまだ……聞こえなくていいんだよ)
「(今はまだ、ね)」
関口が聞こえない小さな声でそう独り言ち、二人はイルカショーを後にした。
◇
二人は飲み物を買い、右側スタートからの水族館は終了。
「どうする?一応こっちに行けばイルカが泳いでるのはみれるらしいけど……」
「まぁ私は大丈夫かな!次来た時のお楽しみにしとく!」
「そっか」
次来た時……それはきっと俺じゃない。友達や家族と来るのだろう。
何故だか少しだけ、羨ましいと感じてしまった。
雪河は関口の微かな表情変化に瞬時に気づく。
「言っておくけど、次も関口くんと来るから!」
「……え?」
予想しなかった言葉に関口は素っ頓狂な顔をする。
その顔が面白かったのか、はたまた別の理由なのか……雪河は軽く笑っていた。
「何で笑うんだよ!」
「いやいやごめん、関口くんって面白い顔するんだなって思って」
「もしかしてバカにした?」
「バカになんてしてないよ!ほんとに!」
関口は頬を赤らめながら視線を逸らす。その横顔を見て雪河は心の中で独り言つ。
(ほ~んと君は可愛くてかっこいいね)
雪河は少し歩き立ち止まって振り返りながら言った。
「それじゃあ、帰ろっか!」
「そうだね!」
そして二人は水族館を後にする。
◇
行きの道をたどるように帰る二人……十五分程度歩き電車に乗ると雪河さんは早速寝落ちしていた。
「寝落ちって……子供か」
(いや、今日は確かに疲れたもんな)
自分の発言に前言撤回し、窓の外を眺める。
行きはあんなに明るかった景色も今は橙色の景色が広がっており見ているだけで心が落ち着くとともに、今日の終わりを感じ取ってしまう。
それはまるで二人の心情を表しているかのようだった。
(それにしても……頑なに教えてくれなかったあの言葉の続き、何だったんだろう)
本当に、帰り道もずっとそれだけが気になっていたのだが、どれだけ考えても分からない。
電車の中でも考えていたが答えは分からず、自分たちの最寄り駅に到着していた。
雪河を起こし二人は電車を降りる。
「それじゃあ今日はありがとね関口くん!」
「こちらこそ!」
「撮った写真はあとで送るね!関口くんもちゃんと送ってよ!」
「わかってるよ、それじゃ……俺こっちだから。また月曜日に学校で」
「うん!またね!」
そうして二人は背を向け、自分の家へと歩みを進める。
ちなみに雪河も関口もそんなに撮った写真はなく、数枚の写真を送り合っていたがその中に関口の後ろ姿が映っている写真はなかった。
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