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奈々美さんの裏の顔  作者: 暁の裏


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第33話 「ヤンデレ再燃、春爛漫、恋模様」

 桜の蕾が膨らみ始めた公園のベンチに、俺、渡部元樹は座っていた。


 隣には奈々美。


「春、来たね」


 奈々美が小さく微笑む。


「ああ」


 俺は頷く。


「もうすぐ、桜が咲く」


「楽しみ」


 奈々美が俺の腕に寄り添う。


 温かい。


 春の日差しが、二人を包んでいる。


「元樹くん」


「ん?」


「この春休み……」


 奈々美が続ける。


「たくさん、一緒にいようね」


「ああ」


 俺は奈々美の手を握る。


「約束だ」


 二人で公園を歩く。


 子供たちが遊んでいる。


 犬の散歩をしている人もいる。


 平和な春の日。


 でも――


 俺の心の奥には、まだ玲のことがある。


 記憶を失ったまま、俺を想い続けている玲。


「元樹くん?」


 奈々美が俺の顔を覗き込む。


「どうかした?」


「いや……」


 俺は首を振る。


「なんでもない」


「そう?」


 奈々美が少し不安そうな顔をする。


「上野さんのこと、考えてた?」


 その問いに、俺は少し驚く。


「わかるのか?」


「うん」


 奈々美が頷く。


「元樹くんの顔、見ればわかる」


「ごめん……」


「謝らないで」


 奈々美が微笑む。


「上野さんは、元樹くんの大切な幼馴染だもの」


「心配するのは、当然だよ」


 その言葉に、俺は救われた気がした。


「ありがとう、奈々美」


「でもね、元樹くん」


 奈々美が真剣な顔になる。


「私も、不安なの」


「不安?」


「うん」


 奈々美が続ける。


「上野さんが、元樹くんのことをまだ好きだって」


「それを聞くと……」


 奈々美が俯く。


「やっぱり、怖くなる」


「奈々美……」


 俺は奈々美を抱きしめる。


「大丈夫だ」


「俺の気持ちは、変わらない」


「奈々美が好きだ」


「元樹くん……」


 奈々美が俺の胸に顔を埋める。


「信じてる……」


「でも、時々不安になるの」


「わかる」


 俺は奈々美の頭を撫でる。


「でも、一緒に乗り越えよう」


「うん……」


 二人でしばらく抱き合っていた。


 公園の木々が、風に揺れている。


 春の風。


 温かくて、優しい。


「元樹くん」


「ん?」


「春休みの間……」


 奈々美が顔を上げる。


「たくさん、デートしようね」


「ああ」


 俺は微笑む。


「どこに行きたい?」


「んー……」


 奈々美が考える。


「水族館とか……」


「いいな」


「映画も見たい」


「じゃあ、計画立てよう」


 二人でスマホを取り出す。


 春休みの予定を、一緒に考える。


 たくさんの予定を入れていく。


 楽しい予定。


 二人だけの時間。


「楽しみ」


 奈々美が嬉しそうに言う。


「私も」


 俺も笑う。


 でも――


 心のどこかで、まだ玲のことが気になっていた。


 玲は、この春休みをどう過ごすのだろう。


 一人で、寂しくないだろうか。


「元樹くん」


 奈々美が俺の顔を見る。


「また、考えてる?」


「ごめん……」


「いいの」


 奈々美が微笑む。


「元樹くんは、優しいから」


「みんなのことを、心配しちゃうんだよね」


「奈々美……」


「でも……」


 奈々美が続ける。


「今は、私だけを見て」


 その言葉に、俺は頷く。


「ああ」


「奈々美だけを見る」


「約束」


 二人で見つめ合う。


 そして、キスをした。


 春の公園で。


 温かい日差しの中で。


 二人の春が、始まろうとしていた。


 同じ日、午後二時。


 私、上野玲は自分の部屋にいた。


 ベッドに座り、窓の外を見ている。


 春の空。


 青い空。


 綺麗な空。


 でも――


 私の心は、曇っている。


「元樹……」


 小さく呟く。


 元樹は今、どこで何をしているのだろう。


 きっと――


 柊さんと、一緒にいるんだろう。


「辛い……」


 涙が溢れてくる。


 記憶がないから、余計に辛い。


 みんなが言うには、私は元樹に告白して、振られたらしい。


 でも、覚えていない。


 その記憶が、すっぽり抜けている。


「どうして……」


 私は枕に顔を埋める。


「どうして、覚えていないの……」


 スマホを見る。


 未菜からメッセージが来ている。


『玲ちゃん、元気?』


『春休み、一緒に遊ぼうよ』


 未菜の優しさが、嬉しい。


『うん、遊ぼう』


 返信する。


 すぐに、返事が来た。


『やったー!』


『明日、ショッピングモール行こう!』


『光明くんも呼ぶね』


 光明くん。


 未菜の彼氏。


 二人は、お似合いだと思う。


『わかった』


『楽しみにしてる』


 送信する。


 スマホを置いて、また窓の外を見る。


「元樹……」


 もう一度、名前を呼ぶ。


 好きな人の名前。


 でも――


 その人は、私のものじゃない。


「諦めなきゃ……」


 小さく呟く。


「諦めなきゃいけないのに……」


 でも、諦められない。


 記憶がないから、余計に。


 告白して振られた記憶がないから。


 私の中では、まだ元樹は――


 届くかもしれない存在なのだ。


「バカみたい……」


 自分を笑う。


「私、バカみたい……」


 涙が止まらない。


 ノックの音がした。


「玲?」


 お母さんの声。


「入っていい?」


「うん……」


 私は涙を拭う。


 ドアが開いて、お母さんが入ってくる。


「玲……」


 お母さんが心配そうな顔をする。


「泣いてたの?」


「ううん……」


 私は首を振る。


「大丈夫」


「大丈夫じゃないわよ」


 お母さんが私の隣に座る。


「元樹くんのこと?」


 その問いに、私は頷くしかなかった。


「うん……」


「辛いわよね……」


 お母さんが私を抱きしめる。


「記憶がないまま、好きな気持ちだけ残ってて……」


「うん……」


 私はお母さんの胸で泣く。


「辛いよ……」


「好きなのに……」


「振られたって言われても……」


「覚えてないから……」


「実感がないの……」


 お母さんが私の頭を撫でる。


「玲……」


「時間が、解決してくれるわ」


「きっと」


「本当に……?」


「ええ」


 お母さんが頷く。


「いつか、記憶も戻るかもしれないし」


「戻らなくても……」


「新しい恋が、できるかもしれない」


「新しい……恋……」


 私は考える。


 元樹以外の人を、好きになれるだろうか。


「でも……」


「今は、辛くていいのよ」


 お母さんが言う。


「無理に元気になろうとしなくていい」


「泣きたい時は、泣いていい」


「お母さん……」


 私はまた泣き始めた。


 お母さんが、ずっと抱きしめてくれる。


 温かい。


 安心する。


「ありがとう……」


 小さく呟く。


「お母さん……」


「どういたしまして」


 お母さんが微笑む。


「玲は、私の大切な娘だもの」


 その言葉に、私は少し救われた気がした。


 窓の外では、春の風が吹いている。


 桜の蕾が、少しずつ膨らんでいる。


 もうすぐ、春が来る。


 新しい季節が、始まる。


 私も――


 新しい一歩を、踏み出せるだろうか。


「頑張ろう……」


 小さく呟く。


「私、頑張る……」




 木口光明は未菜と一緒に駅前のカフェにいた。


「光明くん」


 未菜が楽しそうに言う。


「明日、玲ちゃんも一緒にショッピングモール行くんだけど」


「いいよ?」


「大丈夫かな……」


 未菜が少し心配そうになる。


「玲ちゃん、まだ元樹くんのこと……」


「ああ……」


 俺は頷く。


「でも、気分転換は必要だろ」


「そうだよね」


 未菜が微笑む。


「だから、明日は思いっきり楽しもう」


「おう」


 俺もコーヒーを飲む。


「玲も、きっと喜ぶよ」


「うん!」


 未菜が嬉しそうに頷く。


 しばらく、他愛もない話をする。


 学校のこと。


 友達のこと。


 春休みの予定。


「そういえば」


 俺が言う。


「新学期、クラス替えだな」


「そうだね……」


 未菜が少し寂しそうになる。


「また離れちゃうかな……」


「かもな」


「嫌だな……」


 未菜が俯く。


「光明くんと、同じクラスがいい」



「俺も」


 俺は未菜の手を握る。


「でも、離れても大丈夫だろ」


「昼休みに会えるし」


「放課後も一緒にいられる」


「そっか……」


 未菜が顔を上げる。


「そうだよね」


「クラスが違っても、大丈夫だよね」


「ああ」


 俺は頷く。


「俺たち、付き合ってるんだから」


 その言葉に、未菜が照れる。


「もう……」


「恥ずかしいこと、言わないでよ」


「ははは」


 俺は笑う。


「未菜が可愛いから」


「光明くん!」


 未菜が頬を膨らませる。


 でも、嬉しそうだ。


「ねえ、光明くん」


「ん?」


「私たち……」


 未菜が言葉を選ぶ。


「ずっと、一緒だよね?」


 その問いに、俺は即答する。


「当たり前だろ」


「ずっと、一緒だ」


「光明くん……」


 未菜が涙ぐむ。


「ありがとう……」


「泣くなよ」


 俺は未菜の涙を拭う。


「嬉しい涙だから……」


 未菜が微笑む。


「光明くんが、大好き」


「俺も」


 俺も微笑む。


「未菜が、大好きだ」


 二人で見つめ合う。


 カフェの窓から、春の日差しが差し込んでいる。


 温かい。


「ねえ、光明くん」


「ん?」


「明日……」


 未菜が続ける。


「玲ちゃんを、元気づけてあげようね」


「ああ」


 俺は頷く。


「玲も、辛いだろうからな」


「うん……」


 未菜が少し悲しそうな顔をする。


「玲ちゃん、記憶がないまま……」


「元樹くんのこと、好きなままだから……」


「辛いよね……」


「ああ……」


 俺も同意する。


「元樹も、困ってるだろうな」


「そうだよね……」


「でも、元樹は奈々美を選んだ」


 俺は続ける。


「それが、元樹の答えだ」


「うん……」


 未菜が頷く。


「柊さんも、いい人だよね」


「ああ」


「変わったって、元樹くん言ってたし」


「そうだな」


 俺は思い出す。


 元樹から聞いた話。


 奈々美が変わろうとしていること。


 束縛から、信頼へ。


「奈々美は、頑張ってるんだろうな」


「うん……」


 未菜が微笑む。


「みんな、頑張ってるよね」


「ああ」


「私たちも、頑張ろうね」


 未菜が俺を見る。


「二年生……」


「どんな一年になるかな……」


「わからないけど」


 俺は微笑む。


「未菜と一緒なら、大丈夫だ」


「光明くん……」


 未菜がまた涙ぐむ。


「ありがとう……」


「どういたしまして」


 俺は未菜の手を握る。


「これから、もっと楽しくしような」


「うん!」


 未菜が笑顔になる。


 その笑顔を見て、俺も嬉しくなった。


 カフェを出る。


 春の風が、心地いい。


「明日、楽しみだね」


 未菜が言う。


「ああ」


「玲も、喜んでくれるといいな」


「きっと、喜ぶよ」


 未菜が自信満々に言う。


「私たちが、一緒だもん」


 その言葉に、俺は笑った。


「そうだな」


「一緒なら、大丈夫だ」


 二人で駅に向かう。


 春の空が、広がっている。


 青い空。


 雲一つない空。


「綺麗だね」


 未菜が空を見上げる。


「ああ」


 俺も見上げる。


「春だな」


「うん……」


「新しい季節の始まり」


 未菜が呟く。


「楽しみだね」


「ああ」


 俺は頷く。


「楽しみだ」


 二人で手を繋いで、歩き続けた。




 山田未菜は光明くんと玲ちゃんと一緒に、ショッピングモールにいた。


「わあ!」


 私は嬉しくなる。


「すごい人!」


「春休みだからな」


 光明くんが言う。


「みんな、遊びに来てるんだろ」


「玲ちゃん」


 私は玲ちゃんを見る。


「どこから見る?」


「えっと……」


 玲ちゃんが少し考える。


「服屋さんとか……」


「いいね!」


 私は玲ちゃんの手を取る。


「行こう!」


 三人で服屋さんに入る。


 たくさんの服が並んでいる。


 春物の服。


 明るい色。


 可愛い服。


「これ、どう?」


 私は玲ちゃんに服を見せる。


「可愛い……」


 玲ちゃんが微笑む。


「でも、私に似合うかな……」


「絶対、似合うよ!」


 私は断言する。


「試着してみて」


「うん……」


 玲ちゃんが試着室に入る。


 光明くんは、少し離れたところで待っている。


「光明くん」


 私が声をかける。


「玲ちゃん、楽しそうだね」


「ああ」


 光明くんが頷く。


「よかった」


 しばらくして、玲ちゃんが出てきた。


「どう……?」


 玲ちゃんが恥ずかしそうに聞く。


「可愛い!」


 私は叫ぶ。


「めちゃくちゃ似合ってる!」


「本当に……?」


「本当だよ」


 光明くんも言う。


「似合ってる」


「ありがとう……」


 玲ちゃんが照れる。


「じゃあ、これ買おうかな……」


「うん! 買おう!」


 私は嬉しくなる。


 玲ちゃんが、少しずつ元気になってきている。


 それが、嬉しい。


 服を買った後、フードコートに行く。


 三人でテーブルに座る。


「何食べる?」


 光明くんが聞く。


「んー……」


 私は考える。


「パスタがいいな」


「玲は?」


「私も、パスタで……」


「じゃあ、俺が買ってくるよ」


 光明くんが立ち上がる。


「パスタ三つな」


「ありがとう、光明くん」


 光明くんが去った後、私は玲ちゃんを見る。


「玲ちゃん」


「ん?」


「楽しい?」


 その問いに、玲ちゃんは少し考えてから――


「うん」


 頷いた。


「楽しい」


「よかった」


 私は安心する。


「玲ちゃん、最近元気なかったから……」


「心配してたの」


「ごめんね……」


 玲ちゃんが謝る。


「心配かけて……」


「謝らないで」


 私は玲ちゃんの手を握る。


「友達だもん」


「心配するのは、当たり前だよ」


「未菜……」


 玲ちゃんが涙ぐむ。


「ありがとう……」


「どういたしまして」


 私は微笑む。


 しばらくして、光明くんが戻ってきた。


「お待たせ」


 三つのパスタを置く。


「いただきます」


 三人で食べ始める。


 美味しい。


「美味しいね」


 私が言う。


「ああ」


 光明くんが頷く。


「玲も、食べてるか?」


「うん……」


 玲ちゃんが小さく頷く。


「美味しい……」


 食べながら、他愛もない話をする。


「そういえば」


 玲ちゃんが言う。


「新学期、クラス替えだよね……」


「そうだね……」


 私は少し不安になる。


「みんな、離れちゃうかな……」


「かもな」


 光明くんが言う。


「でも、また一緒になれるかもしれないし」


「そうだね……」


 玲ちゃんが微笑む。


「どうなるか、わからないけど……」


「楽しみにしてる」


 その言葉に、私も微笑む。


「うん」


「楽しみだね」


 三人で食べ終わる。


「次、どこ行く?」


 私が聞く。


「ゲームセンター」


 光明くんが提案する。


「いいね!」


 私は頷く。


「玲ちゃんも、いい?」


「うん」


 玲ちゃんが微笑む。


 三人でゲームセンターに向かう。


 たくさんのゲーム機が並んでいる。


「わあ!」


 私は嬉しくなる。


「クレーンゲーム、やろう!」


「いいぞ」


 光明くんが笑う。


「何か取ってやるよ」


「本当に?」


「ああ」


 光明くんがクレーンゲームの前に立つ。


「どれがいい?」


「あのぬいぐるみ!」


 私は指差す。


「ウサギのやつ」


「了解」


 光明くんが操作を始める。


 一回目。


 失敗。


「くそ……」


 光明くんが悔しそうにする。


「もう一回」


 二回目。


 また失敗。


「光明くん、頑張って」


 私は応援する。


「おう」


 三回目。


 クレーンが、ぬいぐるみを掴む。


「いけるか?」


 持ち上がる。


 移動する。


 そして――


 落ちた。


「よし!」


 光明くんがガッツポーズする。


「やった!」


 私も嬉しくなる。


「ありがとう、光明くん!」


 ぬいぐるみを受け取る。


 可愛いウサギのぬいぐるみ。


「玲ちゃんも、何か取ろうよ」


 私が提案する。


「え……」


 玲ちゃんが戸惑う。


「でも……」


「大丈夫だって」


 光明くんが言う。


「俺が取ってやるよ」


「本当に……?」


「ああ」


「じゃあ……」


 玲ちゃんが指差す。


「あのクマのぬいぐるみ……」


「了解」


 光明くんが再びチャレンジする。


 今度は、二回で取れた。


「すごい!」


 玲ちゃんが嬉しそうに言う。


「ありがとう、光明くん」


「どういたしまして」


 光明くんが笑う。


 三人で、しばらくゲームセンターで遊んだ。


 音楽ゲーム。


 レースゲーム。


 たくさんのゲーム。


 楽しかった。


「そろそろ、帰ろうか」


 光明くんが時計を見て言う。


「もう、五時だ」


「え、もうそんな時間?」


 私は驚く。


「早いね」


「楽しい時間は、すぐ過ぎるからな」


 光明くんが微笑む。


 三人でショッピングモールを出る。


 春の夕暮れ。


 オレンジ色の空。


「綺麗……」


 玲ちゃんが呟く。


「うん……」


 私も同意する。


「綺麗だね」


 駅まで歩く。


「今日は、ありがとう」


 玲ちゃんが言う。


「二人とも」


「楽しかった」


「よかった」


 私は微笑む。


「また、遊ぼうね」


「うん」


 玲ちゃんが頷く。


「また、遊ぼう」


 駅で別れる。


 玲ちゃんが電車に乗る。


 手を振る。


「バイバイ」


「バイバイ」


 玲ちゃんが手を振り返す。


 電車が、動き出す。


 玲ちゃんの姿が、遠ざかっていく。


「よかったね」


 光明くんが言う。


「玲、楽しそうだった」


「うん……」


 私は頷く。


「ちょっとだけど、元気になってくれたかな」


「ああ」


 光明くんが私の肩を抱く。


「お前のおかげだな」


「光明くんも、頑張ってくれたじゃん」


「まあな」


 二人で笑い合う。


「帰ろうか」


「うん」


 二人で手を繋いで、歩き出した。


 春の夕暮れ。


 温かい風。


 幸せな時間を過ごしていた・・・



 始業式。



 俺、渡部元樹は体育館にいた。


 新学期の始まり。


 二年生になった。


「緊張するな……」


 小さく呟く。


 隣には光明。


「クラス替え、どうなるかな」


 光明が言う。


「わからないな」


 俺は答える。


「でも、まあ……」


「どうなっても、大丈夫だろ」


「そうだな」


 光明が笑う。


「俺たち、親友だからな」


「ああ」


 始業式が始まる。


 校長先生の話。


 長い。


 でも、みんな真剣に聞いている。


 新しい一年の始まり。


 どんな一年になるのか。


 期待と不安が、混ざっている。


 始業式が終わり、教室に戻る。


 クラス発表。


 掲示板の前に、たくさんの生徒が集まっている。


「見てみるか」


 光明が言う。


「ああ」


 二人で掲示板に近づく。


 二年生のクラス発表。


 2-A、2-B、2-C、2-D。


 俺は――


 2-B。


 光明は――


「2-B!」


 光明が叫ぶ。


「元樹と同じクラスだ!」


「よかったな」


 俺も嬉しくなる。


「一緒だ」


「おう!」


 光明がハイタッチしてくる。


「今年も、よろしくな」


「ああ」


 他のクラスメイトも確認する。


 未菜は――


 2-A。


「残念……」


 光明が言う。


「未菜と離れちゃった」


「まあ、仕方ないだろ」


「そうだな……」


 玲は――


 2-C。


「玲も、別クラスか……」


 俺は呟く。


 そして――


 奈々美は――


 2-B。


 俺と同じクラス。


「奈々美と一緒だ」


 俺は安心する。


「よかった」


「元樹と奈々美、同じクラスか」


 光明が笑う。


「ラブラブだな」


「うるさい」


 俺は笑う。


 2-Bの教室に向かう。


 廊下には、たくさんの生徒。


 みんな、新しいクラスを確認している。


「元樹」


 後ろから声がした。


 振り返ると、奈々美がいた。


「奈々美」


「同じクラスだね」


 奈々美が微笑む。


「うん」


 俺も微笑む。


「よろしく」


「こちらこそ」


 二人で教室に入る。


 新しい教室。


 新しい席。


 新しいクラスメイト。


「わあ……」


 奈々美が周りを見回す。


「知らない人、多いね」


「そうだな……」


 俺も周りを見る。


 去年、別のクラスだった人たち。


 新しい出会い。


「元樹!」


 光明が手を振る。


「こっち、こっち」


 俺と奈々美は、光明のところに行く。


「隣、空いてるぞ」


「ありがとう」


 俺は光明の隣に座る。


 奈々美は、俺の後ろの席に座った。


「元樹くん」


 後ろから奈々美の声。


「ん?」


「今年も、よろしくね」


「ああ」


 俺は振り返る。


「よろしく」


 二人で微笑み合う。


 その時――


 教室のドアが開いた。


 入ってきたのは、新しい担任。


「おはよう」


 男性の先生。


 三十代くらい。


「田中だ」


「今年、2-Bの担任になった」


「よろしく」


 みんなが挨拶する。


「よろしくお願いします」


「それでは、出席を取る」


 田中先生が名簿を開く。


「渡部元樹」


「はい」


 俺は手を上げる。


「柊奈々美」


「はい」


 奈々美も手を上げる。


「木口光明」


「はい」


 光明も。


 次々と、名前が呼ばれる。


 知っている名前もあれば、知らない名前もある。


「佐々木航」


「はい」


 明るい声。


 振り返ると、茶色い髪の男子がいた。


 爽やかな雰囲気。


「森川詩織」


「はい」


 落ち着いた声。


 黒髪の女子。


 清楚な感じ。


 新しいクラスメイト。


 これから一年間、一緒に過ごす仲間。


「よし、全員いるな」


 田中先生が言う。


「それでは、自己紹介をしよう」


「前から順番に」


 一人ずつ、立ち上がって自己紹介する。


「渡部元樹です」


 俺の番が来た。


「趣味は、読書とゲームです」


「よろしくお願いします」


 座る。


 次は、奈々美。


「柊奈々美です」


 奈々美が立ち上がる。


「趣味は……料理です」


「よろしくお願いします」


 奈々美が座る。


 次々と、自己紹介が続く。


佐々木(ささき)(こう)です」


 さっきの茶色い髪の男子。


「趣味は、サッカーとカラオケです」


「みんな、仲良くしてください!」


 明るい性格みたいだ。


森川(もりかわ)詩織(しおり)です」


 黒髪の女子。


「趣味は、読書と音楽鑑賞です」


「よろしくお願いします」


 落ち着いた口調。


 全員の自己紹介が終わる。


「よし、それでは」


 田中先生が言う。


「今日は、ホームルームだけだ」


「明日から、通常授業」


「教科書も、配布する」


「それでは、解散」


「おつかれさま」


 みんなが立ち上がる。


「元樹」


 光明が声をかける。


「昼飯、どうする?」


「食堂でいいだろ」


「おう」


「俺も、一緒にいい?」


 後ろから声がした。


 振り返ると、さっきの佐々木航がいた。


「佐々木……だっけ?」


「そう! 航って呼んで」


 航が笑う。


「俺も、混ぜてよ」


「いいぞ」


 光明が言う。


「一緒に行こう」


「やった!」


 航が嬉しそうにする。


「じゃあ、行くか」


 俺が立ち上がる。


「元樹くん」


 奈々美が声をかける。


「私も、一緒にいい?」


「もちろん」


 俺は頷く。


「一緒に行こう」


 四人で食堂に向かう。


 廊下には、たくさんの生徒。


 新学期の賑やかさ。


「元樹って、彼女いるの?」


 航が突然聞いてくる。


「え?」


「だって、その子」


 航が奈々美を見る。


「彼女っぽかったから」


 その質問に、俺は頷く。


「ああ、そうだ」


「やっぱり!」


 航が笑う。


「お似合いだな」


「ありがとう……」


 奈々美が照れる。


 食堂に着く。


 たくさんの生徒が並んでいる。


「混んでるな」


 光明が言う。


「まあ、初日だからな」


 俺は答える。


 四人で並ぶ。


「航は、彼女いるの?」


 光明が聞く。


「いないよー」


 航が笑う。


「募集中!」


「ははは」


 みんなで笑う。


 航は、明るくて話しやすい。


 いいやつだ。


 順番が来て、食事を買う。


 四人でテーブルに座る。


「いただきます」


「新学期、どうなるかな」


 航が言う。


「楽しみだよな」


「ああ」


 俺は頷く。


「でも、勉強も大変になるだろうな」


「二年生だからな」


「そうだね……」


 奈々美が言う。


「でも、頑張ろう」


「おう」


 光明が拳を上げる。


「みんなで、頑張ろうぜ」


 四人で、拳を合わせる。


 新しいクラス。


 新しい仲間。


 新しい一年が、始まった。


 同じ日、午後三時。


 放課後。


 俺は、校舎の前を歩いていた。


 奈々美は、用事があるって言ってた。


 光明も、未菜と会うらしい。


 だから、一人。


「さて、帰るか」


 そう思った時――


「あの!」


 後ろから声がした。


 振り返ると――


 見知らぬ女子生徒がいた。


 一年生の制服を着ている。


 新入生だ。


「え?」


「あの……」


 その子が恥ずかしそうに言う。


「道に、迷っちゃって……」


 黒髪のショートカット。


 大きな瞳。


 可愛らしい顔立ち。


 身長は――150センチくらいか。


 小柄だ。


「道に迷った?」


 俺は聞く。


「どこに行きたいの?」


「体育館……」


 その子が答える。


「入学式の後、見学させてもらったんですけど……」


「もう一度、場所を確認したくて……」


「でも、迷っちゃって……」


「体育館か」


 俺は考える。


「ここから、まっすぐ行って……」


「左に曲がれば、すぐだよ」


「あ、ありがとうございます!」


 その子が嬉しそうに言う。


「助かりました!」


「どういたしまして」


 俺は微笑む。


「頑張ってね」


「はい!」


 その子が笑顔になる。


「あの……」


「ん?」


「先輩の、お名前……」


 その子が恥ずかしそうに聞く。


「聞いても、いいですか……?」


「俺?」


 俺は少し驚く。


「渡部元樹」


「二年生」


「渡部……先輩……」


 その子が呟く。


「覚えました!」


「ありがとうございました!」


 そう言って、その子は走って行った。


「元気だな……」


 俺は苦笑する。


 そして、校門に向かう。


 でも――


 その時は、まだ気づいていなかった。


 あの出会いが――


 俺の日常を、大きく変えることになるとは。



 翌日。



 俺は、昼休みに中庭を歩いていた。


 奈々美は、友達と話している。


 光明は、未菜と一緒。


 だから、一人で散歩。


「春だな……」


 桜が咲き始めている。


 ピンク色の花びら。


 綺麗だ。


「先輩!」


 後ろから声がした。


 振り返ると――


 昨日の女子生徒がいた。


「あ……」


 俺は驚く。


「昨日の……」


「はい!」


 その子が笑顔で近づいてくる。


「昨日は、ありがとうございました!」


「体育館、見つかった?」


「はい!」


 その子が頷く。


「先輩のおかげです」


「そっか」


 俺は微笑む。


「よかった」


「あの……」


 その子が少し恥ずかしそうに言う。


「私、星野(ほしの)あかりって言います」


「一年A組です」


「星野……あかり」


 俺は名前を確認する。


「よろしく」


「はい!」


 あかりが嬉しそうに頷く。


「渡部先輩……」


「あの……」


 あかりが言葉を選ぶ。


「先輩は……」


「何部なんですか?」


「え?」


 俺は首を傾げる。


「部活?」


「俺は、入ってないよ」


「そうなんですか……」


 あかりが少し残念そうな顔をする。


「じゃあ……」


「放課後は、何してるんですか?」


 その質問に、俺は少し考える。


「んー……」


「特に何も……」


「図書室で本読んだり……」


「そうなんですか……」


 あかりが呟く。


 そして――


「じゃあ、私も図書室行きます!」


 突然、宣言した。


「え?」


「先輩と、一緒に本読みたいです!」


 あかりが目を輝かせる。


「いや、でも……」


 俺は戸惑う。


「別に、一緒じゃなくても……」


「ダメですか……?」


 あかりが上目遣いで見てくる。


 その目は――


 純粋で、キラキラしている。


「いや、ダメってわけじゃないけど……」


「じゃあ、いいですね!」


 あかりが嬉しそうにする。


「放課後、図書室で待ってます!」


「え、ちょっと……」


 俺が止める前に、あかりは走って行った。


「なんだったんだ……」


 俺は首を傾げる。


 でも――


 悪い気はしなかった。


 あかりは、明るくて元気で――


 可愛い後輩だ。


「まあ、図書室くらい……」


「いいか……」


 そう思った。


 この時は、まだ――


 あかりの気持ちに、気づいていなかった。


 放課後。


 俺は図書室に来ていた。


「来ちゃった……」


 小さく呟く。


 本当は、断るつもりだった。


 でも――


 あかりの期待に満ちた目を思い出すと、断れなかった。


 図書室に入る。


 静かな空間。


 本の匂い。


 落ち着く。


「渡部先輩!」


 小さな声が聞こえた。


 振り返ると、あかりがいた。


「来てくれたんですね!」


 嬉しそうな顔。


「ああ……」


 俺は頷く。


「約束だから」


「嬉しいです!」


 あかりが笑顔になる。


 二人で、テーブルに座る。


 あかりは、カバンから本を取り出す。


「これ、読んでるんです」


 見せてくれた本は――


 ファンタジー小説。


「ああ、これ……」


 俺は驚く。


「俺も、読んだことある」


「本当ですか!」


 あかりが目を輝かせる。


「先輩も、ファンタジー好きなんですか?」


「ああ」


 俺は頷く。


「好きだよ」


「わあ!」


 あかりが嬉しそうにする。


「一緒ですね!」


「そうだな」


 二人で本の話をする。


 好きな作品。


 好きなキャラクター。


 あかりは、本当に本が好きらしい。


 話していて、楽しい。


「先輩」


 あかりが言う。


「他にも、おすすめの本ありますか?」


「んー……」


 俺は考える。


「これとか……」


 本棚から、一冊取り出す。


「面白いよ」


「わあ!」


 あかりが本を受け取る。


「ありがとうございます!」


「読んでみます!」


 あかりが嬉しそうに本を見る。


 その表情が――


 無邪気で、可愛い。


「先輩」


「ん?」


「先輩って……」


 あかりが少し恥ずかしそうに言う。


「優しいんですね……」


「え?」


「だって……」


 あかりが続ける。


「昨日も、道を教えてくれて……」


「今日も、こうして一緒に本の話してくれて……」


「嬉しいです……」


 その言葉に、俺は少し照れる。


「いや、別に……」


「普通のことだよ」


「そんなことないです」


 あかりが首を振る。


「他の先輩は、一年生なんて相手にしてくれないのに……」


「渡部先輩は、優しくしてくれて……」


「本当に、ありがとうございます……」


 あかりが笑顔で言う。


 その笑顔を見て――


 俺の胸が、少しドキッとした。


「いや、どういたしまして……」


 俺は視線を逸らす。


「本、読もうか」


「はい!」


 二人で、それぞれの本を読み始める。


 静かな時間。


 でも――


 心地いい時間。


 あかりの存在が――


 なんだか、温かい。


 一時間ほど経って――


「そろそろ、帰ろうか」


 俺が言う。


「え、もうですか……」


 あかりが残念そうな顔をする。


「もう少し、いたかったです……」


「でも、門限とかあるだろ?」


「あ……」


 あかりが時計を見る。


「そうですね……」


「お母さんに、怒られちゃう……」


「じゃあ、帰ろう」


 二人で図書室を出る。


 廊下を歩く。


「渡部先輩」


「ん?」


「また、明日も……」


 あかりが恥ずかしそうに言う。


「図書室、来ていいですか……?」


 その質問に、俺は少し考える。


 毎日、一緒にいていいのだろうか。


 でも――


 断る理由も、ない。


「まあ、いいけど……」


「やった!」


 あかりが嬉しそうに飛び跳ねる。


「ありがとうございます!」


 その姿を見て、俺は微笑む。


「じゃあ、また明日」


「はい!」


 あかりが手を振る。


「また、明日!」


 校門で別れる。


 あかりが去っていく。


「可愛い後輩だな……」


 俺は呟く。


 そして、家に向かった。


 でも――


 この時、俺は気づいていなかった。


 あかりが――


 俺に対して、特別な感情を抱き始めていることに。



 放課後。



 俺は、また図書室にいた。


 あかりと、一緒に。


「渡部先輩」


 あかりが本を読みながら言う。


「この本、面白いです!」


「そうか」


 俺は微笑む。


「気に入った?」


「はい!」


 あかりが嬉しそうに頷く。


「先輩のおすすめ、全部面白いです!」


 ここ数日、俺とあかりは毎日図書室で一緒に本を読んでいる。


 最初は、ただの後輩だと思っていた。


 でも――


 一緒にいると、なんだか楽しい。


 あかりは、明るくて素直で――


 一緒にいて、心地いい。


「先輩」


 あかりが顔を上げる。


「先輩は……」


「彼女、いるんですか……?」


 その質問に、俺は驚く。


「え?」


「あ、ごめんなさい!」


 あかりが慌てる。


「変なこと、聞いちゃって……」


「いや、別に……」


 俺は少し考える。


 奈々美のこと、話すべきだろうか。


「実は……」


「はい……」


 あかりが俺を見つめる。


 その目が――


 少し不安そうだ。


「彼女、いるんだ」


 俺は正直に答える。


「あ……」


 あかりの表情が、曇る。


「そう、なんですか……」


「ああ」


「そっか……」


 あかりが俯く。


「やっぱり……」


「渡部先輩みたいに優しい人は……」


「彼女、いますよね……」


 その言葉に、俺は少し気まずくなる。


「あかり……」


「大丈夫です!」


 あかりが顔を上げる。


 笑顔。


 でも――


 少し無理してる笑顔。


「先輩に、彼女がいても……」


「私、先輩と友達でいたいです!」


「友達……」


「はい!」


 あかりが強く頷く。


「先輩は、私の大切な友達ですから!」


 その言葉に、俺は少し安心する。


「そっか」


「じゃあ、これからも……」


「一緒に本、読もうな」


「はい!」


 あかりが笑顔になる。


 でも――


 その笑顔の奥に、何か別の感情が隠れていることに――


 俺は、まだ気づいていなかった。



 四月十二日、土曜日。



 俺は、奈々美とデートしていた。


 映画館。


 二人で、ロマンス映画を見た。


「面白かったね」


 奈々美が言う。


「ああ」


 俺は頷く。


「よかった」


 映画館を出て、カフェに入る。


 二人で、コーヒーを飲む。


「元樹くん」


 奈々美が言う。


「最近……」


「ん?」


「何か、忙しそう」


 その言葉に、俺は少し驚く。


「そんなことないよ」


「本当に?」


 奈々美が俺を見つめる。


「放課後……」


「図書室に、いるんでしょ?」


「あ……」


 俺は言葉に詰まる。


「知ってるんだ……」


「うん」


 奈々美が頷く。


「クラスの子が、言ってた」


「『渡部くん、最近図書室で一年生の女の子と一緒にいるよ』って」


 その言葉に、俺は焦る。


「あ、あれは……」


「後輩が、道に迷ってて……」


「助けてあげたら……」


「図書室で、一緒に本読むようになっただけで……」


 俺は必死に説明する。


 奈々美は、黙って聞いている。


 その表情は――


 穏やか。


 でも――


 目が、少し冷たい。


「そう……また、新しい女」


 奈々美が小さく言う。


「後輩、なんだ……」


「ああ」


 俺は頷く。


「星野あかりって言うんだ」


「一年生で……」


「本が好きで……」


 俺が話せば話すほど――


 奈々美の表情が、硬くなっていく。


「楽しそう……」


 奈々美が呟く。


「え?」


「元樹くん……」


 奈々美が俺を見る。


「その子と、楽しそうだね……」


 その言葉に、俺はドキッとする。


「いや、そんなことは……」


「嘘……」


 奈々美が強く言う。


「元樹くん、楽しそうに話してた……」


「その子のこと……」


「奈々美……」


「私……」


 奈々美が俯く。


「怖い……」


「え?」


「元樹くんが……」


 奈々美の声が震える。


「その子に、取られちゃうんじゃないかって……」


「怖い……」


 その言葉に、俺は奈々美を抱きしめる。


「大丈夫だ」


「でも……」


「俺の気持ちは、変わらない」


 俺は強く言う。


「奈々美が好きだ」


「あかりは、ただの後輩だ」


「本当に……?」


 奈々美が俺を見上げる。


 目が、潤んでいる。


「ああ」


 俺は頷く。


「絶対に」


「元樹くん……」


 奈々美が俺の胸に顔を埋める。


「信じてる……」


「でも……」


「ん?」


「会ってみたい……」


 奈々美が言う。


「その子に……」


「え?」


「会って、確かめたいの……」


 奈々美が顔を上げる。


「元樹くんが、どんな子と一緒にいるのか……」


 その提案に、俺は少し戸惑う。


「でも……」


「ダメ……?」


 奈々美が上目遣いで見る。


「いや、ダメってわけじゃないけど……」


「じゃあ、いいわね」


 奈々美が微笑む。


 でも――


 その笑顔は、少し怖い。


「わかった……」


 俺は頷く。


「月曜日、図書室に来る?」


「うん」


 奈々美が頷く。


「行く」


 こうして――


 奈々美とあかりが会うことになった。


 この時、俺は――


 大変なことになると、予感していた。



 月曜日。



 放課後。


 俺は、図書室に向かっていた。


 今日は――


 奈々美も、一緒。

「元樹くん」


 奈々美が俺の腕を掴む。


「緊張する……」


「大丈夫だよ」


 俺は言う。


「あかりは、いい子だから」


「そう……」


 奈々美が不安そうな顔をする。


 図書室に入る。


 あかりは、もういた。


 いつもの席に座って、本を読んでいる。


「あかり」


 俺が声をかける。


 あかりが顔を上げる。


「渡部先輩!」


 笑顔。


 でも――


 奈々美を見た瞬間、その笑顔が固まった。


「あ……」


「紹介するよ」


 俺は言う。


「こっちは、柊奈々美」


「俺の彼女」


「彼女……」


 あかりが小さく呟く。


「そして、奈々美」


 俺は奈々美を見る。


「こっちは、星野あかり」


「俺の後輩」


「初めまして……」


 奈々美が微笑む。


 でも――


 その笑顔は、冷たい。


「柊……奈々美です」


「は、初めまして……」


 あかりが緊張した声で答える。


「星野あかりです……」


 二人が、向かい合う。


 空気が――


 張り詰めている。


「じゃあ、座ろうか」


 俺は二人をテーブルに案内する。


 あかりと奈々美が、向かい合って座る。


 俺は、あかりの隣。


「あかりは……」


 奈々美が口を開く。


「一年生なの?」


「は、はい……」


 あかりが頷く。


「一年A組です……」


「そう……」


 奈々美が微笑む。


「可愛いわね」


「あ、ありがとうございます……」


 あかりが照れる。


 でも――


 その笑顔は、ぎこちない。


「元樹くんと……」


 奈々美が続ける。


「仲良くしてくれてるの?」


「は、はい……」


 あかりが頷く。


「渡部先輩は、優しくて……」


「色々、教えてくれて……」


「そう……」


 奈々美の笑顔が、少し強張る。


「元樹くんは、優しいものね……」


「はい……」


 あかりが答える。


「本当に、優しいです……」


「私、渡部先輩のこと……」


「あかり」


 俺が慌てて止める。


 でも――


 遅かった。


「大好きです」


 あかりが、言ってしまった。


「……」


 奈々美が、固まる。


「え……」


 俺も、固まる。


「あかり……」


「先輩のこと……」


 あかりが続ける。


「最初に会った時から……」


「ずっと、好きでした……」


 その告白に――


 俺は、言葉を失った。


「あかり……」


「知ってます……」


 あかりが俯く。


「先輩には、彼女がいるって……」


「でも……」


 あかりが顔を上げる。


 涙が、溢れている。


「気持ちを、伝えたくて……」


「だから……」


「言いました……」


 その言葉に、奈々美が立ち上がった。


「ふざけないで」


 冷たい声。


「奈々美……」


「あなた……」


 奈々美があかりを見下ろす。


「元樹くんが、誰のものか……」


「わかってるの?」


 その目が――


 冷たい。


 いや――


 恐ろしい。


「私の、ものよ」


 奈々美が言う。


「元樹くんは、私の彼氏」


「誰にも、渡さない」


 その言葉に、あかりが震える。


「で、でも……」


「でも、何?」


 奈々美が一歩、近づく。


「あなたみたいな小娘が……」


「元樹くんを、奪えるとでも思ってるの?」


「奈々美、やめろ」


 俺が止めに入る。


「元樹くん」


 奈々美が俺を見る。


 その目は――


 狂気を帯びている。


「この子、追い払って」


「今すぐ」


「奈々美……」


「お願い」


 奈々美が俺の腕を掴む。


「この子が、いると……」


「私、怖いの……」


「元樹くんを、取られちゃいそうで……」


 その言葉に、俺は困惑する。


 奈々美の様子が――


 おかしい。


 昔の奈々美に、戻っている。


 束縛的で――


 執着的で――


 狂気的な、奈々美に。


「奈々美、落ち着いて」


 俺は奈々美を抱きしめる。


「大丈夫だから」


「大丈夫じゃない!」


 奈々美が叫ぶ。


「この子が、元樹くんを好きだって……」


「言ったのよ!」


「だから……」


 奈々美が俺を見る。


 涙が、溢れている。


「元樹くんは、私のものだって……」


「教えてあげないと……」


 その言葉に、俺はゾッとした。


 奈々美が――


 壊れている。


「奈々美……」


「元樹くん……」


 奈々美が俺にしがみつく。


「好き……」


「大好き……」


「誰にも、渡さない……」


 その声が――


 震えている。


 恐怖と、執着と、愛情が――


 混ざり合っている。


「あの……」


 あかりが小さく言う。


「私……」


「帰ります……」


 あかりが立ち上がる。


「ごめんなさい……」


「邪魔、しちゃって……」


 涙を流しながら、あかりは図書室を出て行った。


「あかり!」


 俺が追いかけようとする。


 でも――


 奈々美が、俺の腕を掴んで離さない。


「行かないで……」


「元樹くん……」


「私を、置いていかないで……」


 その声が――


 悲痛だった。


「奈々美……」


 俺は、奈々美を抱きしめる。


「大丈夫だ」


「俺は、どこにも行かない」


「本当に……?」


「ああ」


 俺は頷く。


「約束する」


 奈々美が、俺の胸で泣く。


「怖かった……」


「元樹くんが、取られちゃうと思って……」


「怖かった……」


 その言葉を聞いて――


 俺は、自分の行動を反省した。


 あかりと、親しくしすぎた。


 奈々美を、不安にさせた。


「ごめん、奈々美」


 俺は謝る。


「俺が、悪かった」


「元樹くん……」


「これから、気をつける」


 俺は続ける。


「あかりとは、距離を置く」


「奈々美を、不安にさせないように」


 その言葉に、奈々美が顔を上げる。


「本当に……?」


「ああ」


 俺は頷く。


「約束する」


「元樹くん……」


 奈々美が微笑む。


 でも――


 その笑顔は、まだ少し歪んでいた。


「ありがとう……」


「元樹くんは、私のもの……」


「ずっと、私のもの……」


 その言葉に――


 俺は、少し寒気を感じた。


 奈々美が――


 また、壊れ始めている。


 あかりの出現が――


 奈々美の中の、()()()()を呼び覚ましてしまった。


「どうしよう……」


 俺は心の中で呟く。


「このままじゃ……」


「また、昔の奈々美に……」


 不安が、込み上げてくる。


 でも――


 今は、奈々美を落ち着かせることが先決だ。


「帰ろうか」


 俺は言う。


「うん……」


 奈々美が頷く。


 二人で、図書室を出る。


 廊下を歩く。


 奈々美が、ずっと俺の腕にしがみついている。


 離さない。


 まるで――


 俺が逃げないように、監視しているかのように。


「元樹くん」


「ん?」


「今日から……」


 奈々美が言う。


「毎日、一緒に帰ろうね」


「ああ……」


 俺は頷く。


「放課後も、一緒にいようね」


「……ああ」


「図書室には、もう行かないでね」


「……わかった」


 奈々美の要求が、増えていく。


 束縛が、始まっている。


「元樹くん」


「ん?」


「好きだよ」


 奈々美が微笑む。


「大好き」


「ああ……」


 俺も答える。


「俺も、好きだ」


 でも――


 その言葉は、少し重かった。


 奈々美のヤンデレが――


 再び、始まろうとしていた。



 翌日。



 俺は、一人で廊下を歩いていた。


 奈々美は、トイレに行っている。


 その隙に、あかりを探そうと思った。


 昨日のこと、謝らないと。


 一年生の教室がある階に向かう。


「あかり……」


 小さく呟く。


「どこだ……」


 教室を覗く。


 でも、いない。


「あれ……」


 次の教室も、いない。


「どこに……」


 そして――


 中庭で、あかりを見つけた。


 一人で、ベンチに座っている。


「あかり」


 俺が声をかける。


 あかりが顔を上げる。


「渡部先輩……」


「昨日は、ごめん」


 俺は謝る。


「奈々美が、ちょっと……」


「いいんです……」


 あかりが首を振る。


「私が、悪かったんです……」


「告白なんて、しちゃって……」


「あかり……」


「先輩には、彼女がいるのに……」


 あかりが俯く。


「ごめんなさい……」


「謝らなくていいよ」


 俺は言う。


「気持ちを、伝えてくれて……」


「ありがとう」


「先輩……」


 あかりが顔を上げる。


 目が、潤んでいる。


「でも……」


 俺は続ける。


「俺には、奈々美がいる」


「あかりの気持ちには、応えられない」


「……わかってます」


 あかりが頷く。


「でも……」


「ん?」


「先輩のこと……」


 あかりが涙を流す。


「諦められません……」


 その言葉に、俺は困惑する。


「あかり……」


「だって……」


 あかりが続ける。


「先輩は、私に優しくしてくれて……」


「本のこと、たくさん教えてくれて……」


「私、そんな先輩が……」


「好きなんです……」


 その告白に、俺は何も言えなくなった。


「あかり……」


「ごめんなさい……」


 あかりが立ち上がる。


「もう、先輩には……」


「近づきません……」


「柊先輩に、怒られちゃうから……」


 そう言って、あかりは走り去った。


「あかり!」


 俺が呼ぶ。


 でも、あかりは振り返らない。


「くそ……」


 俺は拳を握りしめる。


「俺が、悪いんだ……」


 あかりに、期待を持たせてしまった。


 優しくしすぎた。


「元樹くん」


 後ろから、声がした。


 振り返ると――


 奈々美がいた。


「奈々美……」


「今の子……」


 奈々美が言う。


「星野さん……だよね」


「ああ……」


 俺は頷く。


「謝りに、来たんだ」


「そう……」


 奈々美が近づいてくる。


「元樹くん……」


「ん?」


「あの子……」


 奈々美が俺の腕を掴む。


「まだ、諦めてないね」


「え?」


「『諦められない』って……」


 奈々美が言う。


「言ってたよね」


「聞こえてたのか……」


「うん」


 奈々美が微笑む。


 でも――


 その笑顔は、冷たい。


「あの子……」


「危険ね」


「危険……?」


「だって……」


 奈々美が続ける。


「元樹くんのこと、諦めないって……」


「言ってたもの」


「つまり……」


 奈々美の目が、鋭くなる。


「私の、敵」


 その言葉に、俺はゾッとした。


「奈々美……」


「元樹くん」


 奈々美が俺を見る。


「約束して」


「何を……」


「もう、あの子には……」


 奈々美が強く言う。


「近づかないで」


「話しかけないで」


「目も、合わせないで」


 その要求に、俺は驚く。


「でも、それは……」


「やりすぎじゃ……」


「やりすぎじゃない」


 奈々美が強く言う。


「あの子は、元樹くんを狙ってる」


「私から、奪おうとしてる」


「だから……」


 奈々美が俺の手を握る。


「距離を、置いて」


「完全に」


 その目が――


 狂気を帯びている。


「奈々美……」


「お願い」


 奈々美が俺にしがみつく。


「元樹くんは、私のもの」


「誰にも、渡したくない」


「だから……」


「お願い……」


 その声が、震えている。


 俺は――


 何も言えなかった。


 奈々美が――


 完全に、壊れている。


 ヤンデレが――


 完全に、復活している。


「わかった……」


 俺は頷く。


「あかりには、近づかない」


「本当に?」


「ああ」


「約束ね」


 奈々美が微笑む。


「元樹くんは、私のもの」


「ずっと、私のもの」


 その言葉が――


 俺の心に、重くのしかかった。


 こうして――


 奈々美のヤンデレが、再び始まった。


 あかりの出現が、引き金になって。


 俺は――


 また、束縛の日々に、戻ることになった。


 でも――


 今回は、以前と違う。


 奈々美は、以前よりも狡猾になっている。


 以前よりも、計算高くなっている。


 そして――


 以前よりも、危険になっている。


「どうなるんだ……」


 俺は心の中で呟く。


「この先……」


 不安が、込み上げてくる。


 でも――


 今は、奈々美を落ち着かせるしかない。


「帰ろうか」


 俺は言う。


「うん」


 奈々美が嬉しそうに頷く。


「一緒に、帰ろうね」


 二人で、校門に向かう。


 奈々美が、ずっと俺の腕にしがみついている。


 離さない。


 監視している。


「元樹くん」


「ん?」


「好きだよ」


 奈々美が微笑む。


「大好き」


「ああ……」


 俺も答える。


「俺も、好きだ」


 でも――


 その言葉は、どこか虚しかった。


 春の空が、広がっている。


 青い空。


 綺麗な空。


 でも――


 俺の心は、曇っていた。


 奈々美のヤンデレ。


 あかりの恋心。


 そして――


 記憶を失ったままの玲。


 全てが、複雑に絡み合っている。


「どうすれば……」


 俺は呟く。


「どうすれば、いいんだ……」


 答えは、見つからない。


 ただ――


 春の風が、優しく吹いていた。


 新しい季節。


 新しい学年。


 でも――


 俺の日常は、また混沌としていた。


「頑張るしか……ないか……」


 小さく呟いて――


 俺は、奈々美と一緒に帰路についた。


 春の夕暮れ。


 二人の影が、長く伸びている。


 これから――


 どんな日々が、待っているのだろう。


 不安と、期待が、混ざり合っていた。


 でも――


 一つだけ、確かなことがある。


 俺の日常は――


 また、大きく動き始めた。


 奈々美のヤンデレ。


 あかりの想い。


 玲の記憶喪失。


 全てが、これから俺を待ち受けている。


「乗り越えるしか……ない」


 俺は決意する。


 どんなに大変でも。


 どんなに辛くても。


 乗り越えるしかない。


「頑張ろう……」


 小さく呟いて――


 俺は、前を向いた。


 春の空が、赤く染まっている。


 夕焼け。


 綺麗な夕焼け。


 でも――


 その美しさの裏には、嵐の予感があった。


 これから始まる――


 新たな日々への、予感。


初めまして。星野あかりです。


この度、33話から登場させていただきました。


渡部先輩に初めて会ったとき、道に迷っていた私を優しく案内してくださって……その優しさに、一目で恋に落ちてしまいました。


図書室で一緒に本を読む時間は、私にとって夢のような時間でした。先輩と同じ本が好きで、同じ話題で盛り上がれて……本当に嬉しかったんです。


でも、先輩には柊先輩という大切な彼女がいて。


私の気持ちを伝えてしまったことで、柊先輩を怒らせてしまいました。あの時の柊先輩の目は、今でも忘れられません……怖かったです。


先輩への想いは本物です。でも、先輩の幸せを壊すようなことは、したくありません。

これから私がどうなるのか……自分でもわかりません。


ただ、先輩のことを想う気持ちだけは、本物です。


星野あかり

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