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奈々美さんの裏の顔  作者: 暁の裏


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第30話 「執着の果てに」

 私、草壁穂香は自分の部屋のベッドに座り、天井を見つめていた。


 今日のことが、何度も頭の中で繰り返される。


 玲さんに拒絶されたこと。


『もう無理……』


『こんなことが続くなら、あなたとは友達でいられない……』


 その言葉が、胸に突き刺さったまま抜けない。


「玲さん……」


 小さく呟く。


 どうして。


 どうして、わかってくれないの。


 私は、玲さんを愛してるだけなのに。


 玲さんのことを、誰よりも大切に思ってるのに。


「おかしいのは……」


 私は拳を握りしめる。


「私じゃない」


「玲さんを傷つけた、渡部元樹が悪いんだ」


 そうだ。


 全ての原因は、渡部元樹。


 元樹が玲さんを振ったから。


 元樹が玲さんを傷つけたから。


 玲さんは、辛くて、私に依存するようになった。


 それなのに――


 元樹は今日、保健室で私に言った。


『玲から、離れてくれ』


『このままじゃ、玲が壊れてしまう』


「ふざけるな……」


 私は声を荒げる。


「あなたが、玲さんを壊したんでしょう!」


「あなたが、全部悪いのに!」


 怒りが込み上げてくる。


 玲さんを傷つけたのは、元樹。


 でも、その元樹が今、玲さんを守ろうとしている。


 偽善だ。


 全部、偽善だ。


「許せない……」


 私は立ち上がる。


 窓の外を見る。


 暗い夜空。


 星は、見えない。


「渡部元樹……」


 名前を呟く。


「あなたさえいなければ……」


「玲さんは、私だけを見てくれるのに……」


 そうだ。


 元樹が、邪魔なんだ。


 元樹が、玲さんと私の間に入ってくるから。


 元樹が、玲さんの心を乱すから。


「だったら……」


 私は決意する。


「元樹を……」


「消せばいい」


 その言葉が、自然と口から出た。


 消す。


 渡部元樹を、この世界から消す。


 そうすれば――


 玲さんは、私だけを見てくれる。


 玲さんは、私のものになる。


「そうだ……」


 私は微笑む。


 暗闇の中で。


「それしか、ない」


 机に向かう。


 ノートを開く。


 そして、計画を書き始めた。


『渡部元樹を消す計画』


 その文字を見て、私の心臓が高鳴る。


 怖さは、ない。


 あるのは――


 玲さんへの愛と、元樹への憎しみだけ。


「元樹……」


 私はペンを走らせる。


「あなたは、毎日病院に通ってる」


「柊奈々美のお見舞いに」


 元樹の行動パターンは、把握していた。


 クラスメートから聞いた情報。


 元樹は放課後、必ず病院に行く。


 奈々美のために。


「病院の帰り……」


 私は考える。


「人通りの少ない道……」


「暗い時間……」


「そこで……」


 私は計画を練る。


 元樹を襲う。


 後ろから。


 気づかれないように。


「武器は……」


 周りを見回す。


 部屋の隅に、野球のバットがある。


 小学校の時、使ったもの。


「これで……」


 私はバットを手に取る。


 重い。


 でも、これなら――


 元樹を、倒せる。


「ごめんね、元樹」


 私は笑う。


「でも、あなたが悪いんだよ」


「玲さんを傷つけたあなたが」


 その夜、私は眠れなかった。


 頭の中は、計画で一杯だった。


 元樹を襲う場所。


 時間。


 方法。


 全てを、何度も何度も確認する。


「失敗は、許されない」


 小さく呟く。


「一度で、終わらせないと」


 そして――


 玲さんのことも、考える。


 元樹を消した後。


 玲さんを、どうするか。


「玲さん……」


 名前を呟く。


 玲さんは、まだ私を拒絶している。


 でも、それは元樹がいるから。


 元樹さえいなくなれば――


 玲さんは、私を受け入れてくれるはず。


「でも……」


 私は不安になる。


「もし、それでも拒絶されたら……」


 その可能性を考えると、胸が苦しくなる。


「だったら……」


 私は決める。


「玲さんも、連れて行く」


「二人で、どこか遠くへ」


「誰にも邪魔されない場所へ」


 そうだ。


 それがいい。


 元樹を消して、玲さんを連れ去る。


 そして、二人だけの世界を作る。


「完璧……」


 私は微笑む。


「完璧な計画だ」


 朝が来た。


 私は学校を休んだ。


 今日は、準備の日。


 計画を、完璧にする日。


「まず、場所の確認」


 私は家を出る。


 病院に向かう。


 元樹が通っている病院。


 そこから家までの道を、確認する必要がある。


 病院の前に着く。


 入り口を見る。


 ここから、元樹は出てくる。


「そして……」


 私は周りを見回す。


「どの道を通るか……」


 元樹の家の方向を考える。


 バス停がある。


 きっと、バスで帰るんだろう。


「バス停までの道……」


 私は歩き始める。


 病院からバス停まで。


 約五分の距離。


 途中、人通りの少ない道がある。


 街灯も少ない。


「ここだ……」


 私は立ち止まる。


「ここなら……」


 周りを確認する。


 住宅街だが、この時間――夕方六時頃なら、人通りは少ない。


 冬だから、すぐに暗くなる。


「完璧」


 私は微笑む。


 そして、周辺を何度も歩く。


 逃げ道を確認する。


 もし誰かに見られたら。


 もし元樹が反撃してきたら。


 全てのパターンを、想定する。


「大丈夫……」


 私は自分に言い聞かせる。


「私なら、できる」


 午後になると、私は桜ヶ丘に向かった。


 電車に乗り、桜ヶ丘駅に着く。


 ここは、私が中学の時に住んでいた町。


「懐かしい……」


 駅を降りて、工業地帯に向かう。


 ここには、昔よく行っていた場所がある。


 廃工場。


 誰も来ない、静かな場所。


 あの子と、よく二人で来ていた。


「あの子……」


 私は少し悲しくなる。


 中学の時の幼馴染。


 私が愛していた子。


 でも、裏切られた。


 転校して、私を一人にした。


「でも……」


 私は首を振る。


「もう、あの子のことは忘れよう」


「今は、玲さんだけ」


 工業地帯に着く。


 古い工場が並んでいる。


 どれも稼働していない。


 廃墟のようだ。


「あった……」


 私が目指していた廃工場。


 大きな建物。


 入り口は半開きになっている。


 中に入る。


 薄暗い。


 でも、窓から光が差し込んでいる。


「ここなら……」


 私は周りを見回す。


 広い空間。


 機械の残骸。


 埃だらけの床。


 でも――


 ここなら、誰にも見つからない。


「玲さんを、ここに連れてこよう」


 私は決める。


「そして、二人だけの時間を過ごす」


 工場の奥に、小さな部屋がある。


 昔、事務所として使われていたのだろう。


 椅子と机が残っている。


「ここに、玲さんを……」


 私は考える。


 玲さんを、ここに連れてくる。


 そして――


 話をする。


 私の気持ちを、全部伝える。


「そうすれば……」


 私は微笑む。


「玲さんも、わかってくれるはず」


 帰り道、私はコンビニで食料を買った。


 パンと水とお菓子。


 これを、廃工場に置いておく。


 玲さんと、ここで過ごすために。


「準備は、整った」


 私は満足そうに呟く。


「後は……」


「実行するだけ」


 家に帰ると、もう夜だった。


 部屋に入り、バットを手に取る。


 明日には使わない。


 でも、確認しておく。


 振ってみる。


 重い。


 でも、振り下ろせる。


「これで……」


 私は鏡を見る。


 私の顔が、映っている。


 でも――


 それは、私じゃないような気がした。


 目が、違う。


 普段の私じゃない。


 何か――


 別の人間になったような。


「これが……」


 私は呟く。


「本当の、私」


 そして、微笑む。




 私は、毎日病院の近くで元樹を観察した。


 学校は休み続けている。


 クラスメートから心配のメッセージが来るけど、無視している。


 今は、計画を完遂することだけが大事。


 元樹は、毎日同じ時間に病院を出る。


 午後六時頃。


 そして、バス停に向かう。


 いつも同じ道を通る。


「規則正しい……」


 私は観察しながら思う。


「それが、あなたの弱点」


 何度も、襲撃のシミュレーションをする。


 後ろから近づく。


 バットを振り下ろす。


 一撃で、倒す。


「できる……」


 私は自分に言い聞かせる。


「私なら、できる」


 でも、心のどこかで――


 迷いもあった。


 本当に、やるのか。


 人を傷つけて、いいのか。


「でも……」


 私は首を振る。


「玲さんのためだ」


「玲さんと一緒にいるためには」


「元樹が、邪魔なんだ」


 その度に、自分を納得させる。


 そして、迷いを消す。


 元樹は、毎日同じパターン。


 病院。


 見舞い。


 帰宅。


「もう、わかった」


 私は決める。


「明日……」


「明日、実行する」


 その夜、私は最後の準備をした。


 バットを、大きなバッグに入れる。


 手袋を用意する。


 指紋を残さないために。


 黒い服を着る。


 目立たないように。


「完璧……」


 全てを確認する。


「後は……」


 深呼吸する。


「やるだけ」


 でも、眠れなかった。


 明日のことを考えると、胸がドキドキする。


 怖さもある。


 でも――


 玲さんのためだと思うと、勇気が湧いてくる。


「玲さん……」


 名前を呟く。


「私、頑張るね」


「あなたのために」


 そして――


 朝が来た。


 運命の日。


 私は、いつもより早く起きた。


 シャワーを浴び、黒い服を着る。


 鏡を見る。


 私の顔が、映っている。


 でも――


 表情は、冷たい。


 感情が、ない。


「行こう……」


 私は家を出た。


 バッグを肩にかけ、病院に向かう。


 電車に乗る。


 周りには、たくさんの人がいる。


 でも、誰も私を見ていない。


 みんな、自分のことで精一杯。


「ちょうどいい……」


 私は呟く。


「誰も、私を覚えていない」


 病院の近くに着くと、時刻は午後五時。


 まだ、元樹は出てこない。


 私は近くのカフェで待つ。


 コーヒーを頼む。


 でも、飲めない。


 緊張で、喉が渇いている。


 時計を見る。


 五時半。


 もうすぐだ。


「落ち着いて……」


 私は自分に言い聞かせる。


「できる」


「私なら、できる」


 六時が近づく。


 私はカフェを出る。


 病院の近くに移動する。


 隠れられる場所を探す。


 建物の影。


 ここなら、見えない。


 そして――


 元樹が、病院から出てきた。


「いた……」


 私の心臓が、激しく鳴る。


 元樹は、いつもと同じ道を歩き始める。


 バス停に向かっている。


 私は、後をつける。


 距離を保ちながら。


 気づかれないように。


 元樹は、何も気づいていない。


 スマホを見ながら歩いている。


「油断してる……」


 私は呟く。


 そして――


 人通りの少ない道に入った。


 ここだ。


 ここが、襲撃ポイント。


 私は、バッグからバットを取り出す。


 手袋をはめる。


 深呼吸する。


「行ける……」


 元樹との距離を詰める。


 五メートル。


 四メートル。


 三メートル。


 元樹は、まだ気づいていない。


 二メートル。


 私は、バットを構える。


 一メートル。


「ごめんね、元樹」


 小さく呟く。


 そして――


 振り下ろした。


 ゴッ。


 鈍い音。


 バットが、元樹の後頭部に当たる。


 元樹の体が、揺れる。


「うっ……」


 小さな声。


 そして――


 崩れ落ちた。


 地面に、倒れる元樹。


「やった……」


 私は呟く。


「やった……」


 手が、震えている。


 バットを、見る。


 血は――ついていない。


 でも、確かに当たった。


 元樹は、動かない。


 気を失っている。


「これで……」


 私は周りを確認する。


 誰もいない。


 誰も、見ていない。


「逃げないと……」


 私は、バットをバッグにしまう。


 そして、その場を離れた。


 走る。


 走り続ける。


 心臓が、激しく鳴っている。


 やった。


 本当に、やった。


 人を――


 傷つけた。


「でも……」


 私は走りながら思う。


「これで、いいんだ」


「玲さんのためだ」


 駅に着く。


 電車に乗る。


 誰も、私を不審に思っていない。


 普通の女子高生。


 ただの、帰宅途中の生徒。


「ふふ……」


 私は笑う。


 小さく。


「完璧」


 電車が動き出す。


 窓の外を見る。


 暗くなっていく景色。


「元樹は……」


 私は考える。


「もう、邪魔できない」


「これで、玲さんは私のもの」


 でも――


 心の奥で、何かが痛む。


 罪悪感。


 でも、それを無視する。


「玲さんのためだ」


 何度も、自分に言い聞かせる。


 家に着くと、もう夜だった。


 部屋に入り、バットをしまう。


 服を脱ぎ、洗濯機に入れる。


 証拠を、消す。


 シャワーを浴びる。


 熱い湯が、体を流れる。


「終わった……」


 小さく呟く。


「第一段階は、終わった」


 鏡を見る。


 私の顔が、映っている。


 笑っている。


 でも――


 目は、笑っていない。


「次は……」


 私は考える。


「玲さんだ」


 スマホを手に取る。


 玲さんの連絡先を開く。


 メッセージを打つ。


『玲さん、話があります』


『明日、会えませんか?』


 送信。


 しばらくして、返信が来た。


『穂香……?』


『急に、どうしたの?』


 私は、返信する。


『お願いです』


『大事な話があるんです』


『会ってください』


 また、返信が来る。


『……わかった』


『でも、人の多い場所で』


『駅前のカフェは?』


 人の多い場所。


 玲さんは、私を警戒している。


「当然か……」


 私は苦笑する。


 でも、問題ない。


 計画は、ある。


『わかりました』


『明日、午後三時に駅前のカフェで』


『待ってます』


 送信。


 玲さんから、了解のスタンプが返ってくる。


「よし……」


 私は微笑む。


「明日、玲さんを……」


「連れて行く」


 その夜、私は計画を練った。


 玲さんを、どうやって廃工場に連れて行くか。


 カフェで会う。


 そして――


 話をする。


「一緒に、来てください」って。


「二人だけで、話したいことがあるんです」って。


 もし、玲さんが拒否したら――


「無理やり、連れて行く」


 私は決める。


「玲さんを、失うわけにはいかない」


 バッグに、必要なものを詰める。


 ロープ。


 テープ。


 もし、玲さんが抵抗したら、縛る。


「ごめんね、玲さん」


 私は呟く。


「でも、これは愛なんだよ」


「私の、愛」


 翌朝。


 私は、早く起きた。


 今日が、決行の日。


 玲さんを、連れて行く日。


「準備は、できてる」


 バッグを確認する。


 ロープ。


 テープ。


 水。


 食料。


 全て、入っている。


「行こう……」


 私は家を出た。


 電車に乗り、地元の駅に向かう。


 午後二時半。


 カフェの近くで待つ。


 玲さんは、まだ来ていない。


「来てくれるよね……」


 私は不安になる。


 もし、来なかったら。


 もし、警察に連絡されたら。


「いや……」


 私は首を振る。


「大丈夫」


「玲さんは、来る」


 そして――


 午後三時。


 玲さんが、来た。


「穂香……」


 玲さんが、私を見る。


 その目は――


 警戒している。


「玲さん」


 私は笑顔を作る。


「来てくれて、ありがとう」


「それで……話って?」


 玲さんが聞く。


「ここじゃなくて……」


 私は続ける。


「もっと、静かな場所で話したいんです」


「静かな場所?」


 玲さんが警戒する。


「どこ?」


「私の……秘密の場所」


 私は微笑む。


「昔、よく行ってた場所なんです」


「そこで、ゆっくり話したいんです」


 玲さんは、少し迷っている。


「でも……」


「お願いです」


 私は頭を下げる。


「これが、最後のお願いです」


「最後……?」


「はい」


 私は顔を上げる。


「この話が終わったら……」


「もう、玲さんを困らせません」


「だから、お願いです」


 玲さんは、しばらく考えてから――


「わかった……」


 頷いた。


「でも、あまり遠くはダメだよ」


「大丈夫です」


 私は微笑む。


 玲さんが不安そうな顔をする。


 でも、断らなかった。


「行こう」


 私は玲さんの手を取る。


 玲さんは、少し抵抗したけど――


 従ってくれた。


 駅に向かう。


 電車に乗る。


 桜ヶ丘行きの電車。


 車内で、玲さんは窓の外を見ている。


 私は、玲さんの横顔を見つめる。


「綺麗……」


 小さく呟く。


 玲さんは、気づいていない。


「玲さん……」


「ん?」


 玲さんが私を見る。


「ごめんね」


「え?」


「私……」


 私は続ける。


「玲さんを、困らせて」


「いいよ……」


 玲さんが小さく微笑む。


「穂香も、辛かったんだよね」


 その優しさが――


 私の胸を締め付ける。


「玲さん……」


 私は、玲さんを抱きしめたくなる。


 でも、我慢する。


 今は、まだ。


 電車が、桜ヶ丘駅に着く。


「着いたよ」


 私は立ち上がる。


「ここが、秘密の場所?」


 玲さんが周りを見回す。


「ここから、少し歩くんです」


 私は駅を出る。


 玲さんも、後をついてくる。


 工業地帯に向かう。


「ねえ、穂香」


 玲さんが不安そうに言う。


「どこに行くの……?」


「もうすぐだよ」


 私は微笑む。


「もうすぐ、着くから」


 住宅街を抜ける。


 徐々に、建物が少なくなっていく。


「穂香……」


 玲さんの声が、震えている。


「怖い……」


「大丈夫」


 私は玲さんの手を握る。


「私が、守るから」


 工業地帯に入る。


 廃工場が、見えてくる。


「あそこ」


 私は指差す。


「あそこが、私の秘密の場所」


「廃工場……?」


 玲さんが驚く。


「こんなところに……?」


「うん」


 私は頷く。


「中学の時、よく来てたの」


「友達と、二人で」


 廃工場の前に着く。


 入り口を開ける。


「入って」


 私は玲さんを促す。


 でも、玲さんは躊躇している。


「穂香……やっぱり帰ろう……」


「ダメ」


 私は強く言う。


「ここまで来たんだから」


「お願い、入って」


 玲さんは――


 仕方なく、中に入った。


 私も、後に続く。


 そして――


 ドアを閉める。


 鍵を、かける。


「穂香……?」


 玲さんが振り返る。


「どうして、鍵を……」


「ごめんね、玲さん」


 私は微笑む。


「でも、これは必要なことなの」


 バッグから、ロープを取り出す。


「え……」


 玲さんの顔が、青ざめる。


「穂香、何を……」


「玲さん」


 私は近づく。


「大人しくして」


「嫌!」


 玲さんが逃げようとする。


 でも――


 私は、玲さんの腕を掴む。


「離して!」


 玲さんが叫ぶ。


「助けて!」


「誰も、来ないよ」


 私は冷たく言う。


「ここは、廃工場」


「誰も、いない」


 玲さんを、床に押し倒す。


「やめて! 穂香!」


 玲さんが抵抗する。


 でも、私の方が力が強い。


 ロープで、玲さんの手首を縛る。


「痛い!」


 玲さんが泣き叫ぶ。


「助けて!」


 足も、縛る。


「穂香! お願い!」


 玲さんが涙を流す。


「やめて!」


 でも、私は止まらない。


 口には、テープを貼る。


「んー! んー!」


 玲さんが、もがく。


 でも、もう動けない。


「ごめんね、玲さん」


 私は玲さんを見下ろす。


「でも、これしか方法がなかったの」


 玲さんは、私を睨んでいる。


 涙を流しながら。


「大丈夫」


 私は優しく言う。


「すぐに、わかるから」


「私の気持ちが」


 玲さんを、奥の部屋に運ぶ。


 椅子に座らせる。


 体も、椅子に縛る。


「これで……」


 私は満足そうに呟く。


「逃げられない」


 玲さんは、必死に何か言おうとしている。


 でも、テープで口を塞がれている。


「ちょっと、待っててね」


 私は部屋を出る。


 入り口に戻り、食料を取りに行く。


 水とパン。


 これで、数日は過ごせる。


「完璧……」


 私は微笑む。


 部屋に戻ると、玲さんはまだもがいている。


「無駄だよ」


 私は言う。


「そのロープは、ほどけないから」


 玲さんの動きが、止まる。


 諦めたのか。


 それとも――


 体力を温存しているのか。


「じゃあ」


 私は玲さんの前に座る。


「話そうか」


 玲さんの口から、テープを剥がす。


「痛っ……」


 玲さんが顔をしかめる。


「穂香!」


 すぐに叫ぶ。


「何してるの!」


「これは、誘拐だよ!」


「そうだね」


 私は落ち着いて答える。


「誘拐かもしれない」


「でも、仕方ないんだ」


「仕方ない……?」


 玲さんが信じられないという顔をする。


「誘拐が、仕方ないって……」


「穂香、おかしいよ!」


「おかしい……」


 私は呟く。


「みんな、そう言う」


「私が、おかしいって」


「でも、違う」


 私は玲さんを見つめる。


「おかしいのは、みんなの方だ」


「私の気持ちを、わかってくれない」


「私の愛を、否定する」


「みんな、おかしいんだ」


「穂香……」


 玲さんが震える声で言う。


「お願い……」


「帰して……」


「帰せない」


 私は首を振る。


「玲さんを、帰したら」


「また、元樹のところに行くでしょ」


「元樹……?」


 玲さんが驚く。


「元樹が、どうしたの……」


「元樹は、もう大丈夫」


 私は微笑む。


「邪魔できないから」


「え……」


 玲さんの顔が、青ざめる。


「穂香……まさか……」


「そう」


 私は頷く。


「元樹を、やった」


「後ろから、バットで」


「嘘……」


 玲さんが絶望的な顔をする。


「元樹を……殺したの……?」


「殺してはいないよ」


 私は訂正する。


「ただ、倒しただけ」


「でも、もう玲さんの邪魔はできない」


「そんな……」


 玲さんが泣き始める。


「穂香……どうして……」


「玲さんのためだよ」


 私は優しく言う。


「元樹がいなくなれば」


「玲さんは、私だけを見てくれる」


「私たち、二人だけの世界」


「おかしいよ……」


 玲さんが泣きながら言う。


「そんなの、愛じゃない……」


「執着だよ……」


「病気だよ……」


 その言葉が、私の胸に突き刺さる。


「病気……」


 私は呟く。


「私が、病気……」


「そうだよ……」


 玲さんが続ける。


「穂香、気づいて……」


「これは、おかしいことなんだよ……」


「お願い……」


「病院に行こう……」


「治療を受けよう……」


 その言葉を聞いて――


 私の中で、何かが弾けた。


「病気じゃない!」


 私は叫ぶ。


「私は、病気じゃない!」


「ただ、玲さんを愛してるだけ!」


「それが、どうして病気なの!」


 玲さんが、怯える。


「穂香……」


「みんな、そう言う」


 私は続ける。


「中学の時も、そうだった」


「あの子も、私を病気だって言った」


「『穂香は、おかしい』って」


「『友達じゃなくて、ストーカーだ』って」


 私の目から、涙が溢れる。


「そして、転校した」


「私を、一人にした」


「裏切った」


「穂香……」


 玲さんが小さく言う。


「それは……」


「穂香が、その子を苦しめたからだよ……」


 その言葉に、私は笑った。


「苦しめた?」


「私が?」


「そうだよ……」


 玲さんが頷く。


「独占しようとして」


「束縛して」


「その子は、逃げたんだよ……」


「逃げた……」


 私は呟く。


「そう……みんな、逃げる」


「私から、逃げる」


「でも」


 私は玲さんを見る。


「玲さんは、逃がさない」


「絶対に、逃がさない」


「穂香……」


 玲さんが懇願する。


「お願い……」


「帰して……」


「帰さない」


 私は強く言う。


「玲さんは、私のもの」


「ずっと、ここにいて」


「二人で、一緒に」


「そんなの……」


 玲さんが泣く。


「できない……」


「私、家に帰りたい……」


「お母さんが、心配する……」


「お母さん……」


 私は考える。


「ああ、そうか」


「玲さんのお母さん、心配するよね」


「だったら……」


 私はスマホを取り出す。


「メッセージ、送ろうか」


「え……」


「お母さんに」


 私は玲さんのスマホを取り出す。


「『友達の家に泊まります』って」


「やめて!」


 玲さんが叫ぶ。


「それは、ダメ!」


 でも、私は無視する。


 玲さんのスマホを開く。


 パスワードは――


 わからない。


「パスワード、教えて」


「嫌だ!」


 玲さんが拒否する。


「そっか……」


 私は考える。


「じゃあ、仕方ないね」


 玲さんの指を取る。


 指紋認証。


 スマホが、開いた。


「やめて!」


 玲さんが叫ぶ。


 でも、もう遅い。


 お母さんへのメッセージ。


『友達の家に泊まります』


『心配しないでください』


 送信。


「完璧」


 私は微笑む。


「これで、誰も心配しない」


「穂香……」


 玲さんが絶望的な顔をする。


「どうして……」


「こんなことを……」


「愛してるから」


 私は答える。


「玲さんを、愛してるから」


「それは……」


 玲さんが首を振る。


「愛じゃない……」


 その言葉に、私は悲しくなる。


「玲さんも……」


「私の愛を、否定するんだ……」


 涙が溢れてくる。


「どうして……」


「どうして、わかってくれないの……」


 私は泣き崩れる。


 玲さんは、黙って私を見ている。


 しばらくして――


 玲さんが口を開いた。


「穂香」


「……」


「私、わかるよ」


 玲さんが続ける。


「穂香の、気持ち」


「え……」


 私は顔を上げる。


「本当に……?」


「うん」


 玲さんが頷く。


「穂香は、寂しかったんだよね」


「中学の時、友達に裏切られて」


「一人になって」


「だから……」


 玲さんが続ける。


「誰かに、必要とされたかった」


「誰かを、独占したかった」


 その言葉に、私は泣いた。


「そう……」


「そうなんだ……」


「私、寂しかったの……」


「一人は、嫌だったの……」


 玲さんが優しい目で私を見る。


「わかるよ」


「でもね、穂香」


 玲さんが続ける。


「その方法は、間違ってる」


「人を、独占することはできないんだよ」


「人には、自由がある」


「束縛されたくない自由が」


「でも……」


 私は泣きながら言う。


「自由にしたら、みんな離れていく……」


「私を、一人にする……」


「それは……」


 玲さんが少し考えてから言う。


「穂香が、束縛するからだよ」


「束縛しなければ」


「みんな、穂香の側にいてくれるよ」


 その言葉に、私は首を振る。


「嘘だ……」


「本当だよ」


 玲さんが強く言う。


「穂香は、優しい子だもの」


「束縛さえしなければ」


「きっと、たくさん友達ができるよ」


「友達……」


 私は呟く。


「私に、友達ができる……?」


「うん」


 玲さんが頷く。


「だから、穂香」


「お願い」


「私を、帰して」


「そして、一緒に病院に行こう」


「治療を受けよう」


 その提案に――


 私は、少し心が揺れた。


 本当に、治療を受ければ――


 友達が、できるのだろうか。


 みんなと、普通に付き合えるのだろうか。


「でも……」


 私は不安になる。


「治療って……」


「薬を飲んだり、カウンセリングを受けたり」


 玲さんが説明する。


「時間はかかるけど」


「きっと、良くなるよ」


「良くなる……」


 私は考える。


 でも――


「嫌だ」


 私は首を振る。


「私は、病気じゃない」


「穂香……」


「病気じゃない!」


 私は叫ぶ。


「ただ、愛してるだけ!」


「それを、病気だなんて言わないで!」


 玲さんは、諦めたような顔をする。


「そっか……」


「わかってくれないんだ……」


 その表情が、私を傷つける。


「玲さん……」


「もういい」


 玲さんが言う。


「好きにして」


「でも、覚えておいて」


「これは、犯罪だから」


「いつか、捕まるよ」


 その言葉に、私は笑った。


「捕まってもいい」


「玲さんと一緒なら」


「穂香……」


 玲さんが悲しそうに私を見る。


 私は、玲さんの口に再びテープを貼る。


「んー!」


 玲さんが抵抗する。


 でも、無駄だ。


「ちょっと、外に出てくるね」


 私は立ち上がる。


「大人しくしててね」


 部屋を出る。


 ドアを閉める。


 外の空気が、冷たい。


「はあ……」


 深く息を吐く。


 玲さんの言葉が、頭から離れない。


『これは、愛じゃない』


『病気だよ』


「私は……」


 小さく呟く。


「本当に、病気なのかな……」


 でも――


 すぐに首を振る。


「違う」


「私は、正常だ」


「玲さんを愛してるだけ」


 工場の外を歩く。


 周りは、静かだ。


 誰もいない。


 本当に、誰も来ない場所。


「ここなら……」


 私は考える。


「ずっと、いられる」


「玲さんと、二人で」


 でも――


 食料は、限られている。


 いつか、なくなる。


 その時は、どうするか。


「考えなきゃ……」


 でも、今は考えられない。


 頭が、混乱している。


 工場に戻ろうとした時――


 中から、物音が聞こえた。


「え……」


 私は急いで中に入る。


 玲さんがいた部屋に向かう。


 でも――


 玲さんの姿が、ない。


「玲さん!」


 私は叫ぶ。


 椅子が、倒れている。


 ロープが、ほどけている。


「逃げた……」


 私は愕然とする。


「どうやって……」


 周りを見回す。


 窓が、開いている。


「あそこから……」


 私は窓に駆け寄る。


 外を見る。


 玲さんの姿が――


 遠くに見える。


 走っている。


「玲さん!」


 私は叫ぶ。


「待って!」


 でも、玲さんは振り返らない。


「くそ!」


 私は窓から飛び出す。


 地面に着地する。


 足が痛い。


 でも、気にしない。


 玲さんを追いかける。


「玲さん!」


 必死に走る。


 玲さんは、工業地帯を抜けようとしている。


「待って!」


 私は叫び続ける。


 でも、玲さんは止まらない。


 むしろ、速くなっている。


「玲さん!」


 距離が、縮まらない。


 いや――


 離されている。


「くそ!」


 私は全力で走る。


 心臓が、破裂しそうだ。


 息が、苦しい。


 でも、止まれない。


 玲さんを、失うわけにはいかない。


「玲さん!」


 もう一度、叫ぶ。


 すると――


 玲さんが、転んだ。


「あ……」


 チャンスだ。


 私は一気に距離を詰める。


 玲さんが、起き上がろうとしている。


「玲さん!」


 私は玲さんに追いつく。


「待って!」


 玲さんが振り返る。


 その顔は――


 恐怖で歪んでいる。


「来ないで!」


 玲さんが叫ぶ。


「お願い!」


「来ないでって……」


 私は悲しくなる。


「私、玲さんを愛してるのに……」


「それが、わからないの!」


 私は玲さんに近づく。


 玲さんは、後ずさりする。


「やめて!」


「穂香、お願い!」


 でも、私は止まらない。


「玲さんは、私のもの」


「逃がさない」


 私は玲さんの腕を掴む。


「離して!」


 玲さんが抵抗する。


 引っ掻く。


「痛っ!」


 私の顔に、傷ができる。


 でも、離さない。


「離して!」


 玲さんが必死に抵抗する。


 蹴る。


 殴る。


「くっ……」


 私も、やり返す。


 玲さんを押し倒す。


 二人とも、地面に倒れる。


 転がる。


 殴り合う。


「やめて!」


「玲さん!」


 お互いに、叫ぶ。


 顔が、傷だらけになる。


 服が、破れる。


 体中、痛い。


 でも、止まらない。


 止められない。


 そして――


 川の近くまで来ていた。


 橋の下。


「はあ、はあ……」


 二人とも、息が荒い。


 傷だらけ。


 ボロボロ。


「玲さん……」


 私は言う。


「どうして……」


「どうして、わかってくれないの……」


「穂香……」


 玲さんも、息を切らしている。


「やめて……」


「もう……」


「帰して……」


 その言葉に、私は怒りが込み上げる。


「帰せない!」


 私は叫ぶ。


「玲さんは、私のもの!」


「私のもの!」


 玲さんを、押さえつける。


 両手で、肩を。


「やめて!」


 玲さんが抵抗する。


 その時――


 私の目に、何かが入った。


 石。


 小さな石。


 地面に、落ちている。


「これで……」


 私は石を拾う。


 玲さんの顔が、青ざめる。


「穂香……」


「まさか……」


「ごめんね、玲さん」


 私は石を握りしめる。


「でも、これしか方法がないの」


「やめて!」


 玲さんが叫ぶ。


「お願い!」


 でも――


 私は、振り下ろした。


 ゴッ。


 鈍い音。


 石が、玲さんの頭に当たる。


「あっ……」


 玲さんの声。


 体が、脱力する。


「玲さん……」


 私は石を落とす。


 玲さんを見る。


 頭から――


 血が流れている。


 赤い血。


 たくさんの血。


「あ……」


 私の手も、血だらけ。


「玲さん……」


 玲さんは、動かない。


 目を閉じている。


「玲さん!」


 私は叫ぶ。


「玲さん!」


 揺する。


 でも、反応がない。


「嘘……」


 私の目から、涙が溢れる。


「嘘でしょ……」


「玲さん……」


「起きて……」


「お願い……」


 でも、玲さんは起きない。


「玲さん……」


 私は、玲さんを抱きしめる。


 血が、私の服につく。


 でも、気にしない。


「玲さん……」


「ごめんなさい……」


「ごめんなさい……」


 泣き続ける。


 でも――


 心の奥で、別の感情も湧いてくる。


「玲ちゃんが……」


「悪いんだよ……」


 小さく呟く。


「逃げようとするから……」


「抵抗するから……」


 私は、玲さんの顔を見る。


 血まみれの顔。


 でも――


 綺麗だ。


「玲ちゃん……」


 私は微笑む。


 気持ち悪い笑み。


「これで……」


「ずっと、一緒だね……」


「永遠に……」


 その時――


 玲さんの体が、動いた。


「え……」


 玲さんが、私を押した。


 弱い力。


 でも、不意を突かれた。


 私は、倒れる。


「玲さん……」


 玲さんが、起き上がろうとしている。


「まだ……意識が……」


 玲さんは、ふらふらしながら立ち上がる。


 そして――


 走り出した。


「待って!」


 私は叫ぶ。


「玲さん!」


 起き上がろうとする。


 でも、体が動かない。


 疲れ切っている。


「玲さん……」


 玲さんの姿が、遠ざかっていく。


「待って……」


 でも、追いかけられない。


「玲さん……」


 私は、その場に座り込む。


 涙が、止まらない。


「どうして……」


「どうして……」


 全てが、崩れた。


 計画も。


 夢も。


 全部。


「玲さん……」


 もう一度、名前を呼ぶ。


 でも、返事はない。


 私は、一人だった。


 また――


 一人になった。


「ふふ……」


 私は笑う。


 涙を流しながら。


「結局……」


「一人か……」


 空を見上げる。


 暗い空。


 星は、見えない。


「もう……」


 私は呟く。


「どうでもいい……」


 そして――


 意識が、遠のいていった。


 一方、玲は必死に走り続けていた。


 頭が、割れるように痛い。


 視界が、ぼやける。


 でも、止まれない。


「助けて……」


 小さく呟く。


「誰か……」


 足が、もつれる。


 転びそうになる。


 でも、何とか踏ん張る。


「お母さん……」


 涙が溢れる。


「助けて……」


 住宅街に入る。


 人は――


 いない。


 もう、夜遅い。


「誰か……」


 玲は叫ぼうとする。


 でも、声が出ない。


「助けて……」


 力が、抜けていく。


 意識が、朦朧とする。


「もう……」


「無理……」


 玲の足が、止まる。


 膝が、崩れる。


 地面に、倒れる。


「お母さん……」


 最後に、そう呟いて――


 玲の意識は、闇に落ちた。


 しばらくして――


 通りすがりの人が、玲を見つけた。


「おい! 大丈夫か!」


 男性の声。


「血が……」


「救急車! 救急車を呼べ!」


 慌てた声が、響く。


 救急車のサイレン。


 玲は、病院に搬送された。


 でも――


 意識は、戻らなかった。




 私、草壁穂香は川の近くで目を覚ました。


「ここは……」


 周りを見回す。


 橋の下。


 そうだ。


 ここで、玲さんを――


「玲さん……」


 小さく呟く。


「どこ……」


 周りを見回す。


 玲さんの姿は、ない。


「逃げた……」


 私は立ち上がる。


 体中が、痛い。


 傷だらけ。


 服も、血だらけ。


「どうしよう……」


 私は考える。


 玲さんは、逃げた。


 きっと、警察に通報する。


 私は、捕まる。


「でも……」


 私は首を振る。


「もう、どうでもいい」


 全てが、終わった。


 玲さんを、失った。


 もう、何も残っていない。


「玲さん……」


 名前を呟く。


「ごめんなさい……」


 でも――


 心のどこかで、まだ思っている。


『玲さんが、悪いんだ』


『逃げようとするから』


『私を、拒絶するから』


 その矛盾した感情に――


 私は、苦しんでいた。


「もう……」


 私は歩き出す。


 どこに行くのか、わからない。


 ただ――


 歩き続ける。


 そして――


 警察に、見つかった。


「君、大丈夫か?」


 警察官の声。


「血だらけだけど……」


 私は、警察官を見る。


「ああ……」


「どうしたんだ? 何があった?」


 その問いに――


 私は、何も答えられなかった。


 ただ――


 笑うだけ。


「草壁穂香だね?」


 警察官が私の名前を確認する。


「上野玲さんを、知っているか?」


 その名前を聞いて――


 私の心臓が、跳ねた。


「玲さん……」


「玲さんは、今病院にいる」


 警察官が言う。


「意識不明の重体だ」


「君が、やったのか?」


 その言葉に――


 私は、何も言えなくなった。


 意識不明の重体。


 玲さんが。


 私が、やった。


「私が……」


 小さく呟く。


「私が……殺した……?」


「殺してはいない」


 警察官が訂正する。


「でも、重傷だ」


「君を、傷害と誘拐の容疑で逮捕する」


 手錠が、かけられる。


 冷たい金属の感触。


「玲さん……」


 私は呟く。


「生きてるんだ……」


 それが――


 唯一の救いだった。


 パトカーに乗せられる。


 窓の外を見る。


 青い空。


 綺麗な空。


 でも、私には――


 もう見えなかった。


「玲さん……」


 もう一度、名前を呟く。


「ごめんなさい……」


「でも……」


「愛してたんだよ……」


「本当に……」


 涙が、溢れる。


 でも、もう遅い。


 全てが、終わった。


 私の愛は――


 誰にも、届かなかった。


 そして――


 私、草壁穂香の物語は――


 ここで、終わった。


 愛という名の執着に――


 支配された、私の物語。


「玲さん……」


 最後に、もう一度――


 その名前を呼んだ。


「愛してた……」


「本当に……」


 でも――


 その言葉は――


 もう、誰にも届かなかった。


三十話、お読みいただきありがとうございました。


今回は草壁穂香視点で、事件の一部始終を描きました。彼女の歪んだ愛情と執着、そしてその結末を。穂香は自分の行為を「愛」だと信じて疑いませんでしたが、それは愛ではなく、孤独と恐怖から生まれた執着でした。


中学時代の経験から学べなかった穂香。同じ過ちを繰り返し、今度は取り返しのつかない事件を起こしてしまいます。元樹への襲撃、玲の誘拐、そして暴力――全ては「愛している」という言葉の下に正当化されました。


玲は命をつなぎとめましたが、意識不明の重体。穂香は逮捕されました。

次回からは、この事件の後日談と、それぞれの登場人物たちがどう向き合っていくのかを描いていきます。


物語は、まだ終わりません。


暁の裏

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