第28話 「歪んだ愛の形」
一月七日。
冬休みが終わり、新学期が始まった。
俺、渡部元樹は久しぶりの制服に袖を通し、鏡の前に立つ。
「行ってきます」
「いってらっしゃい。元樹、頑張ってね」
母の声を背に、俺は家を出た。
冬の朝は寒い。
白い息を吐きながら、学校に向かう。
冬休み中は、ほとんど毎日病院に通っていた。
奈々美の側にいて、励まして、一緒に過ごした。
奈々美の体調は少しずつ良くなっている。
医者も「順調です」と言ってくれた。
でも、まだ退院の目処は立っていない。
「奈々美……」
小さく呟く。
今日から学校だと伝えた時、奈々美は少し寂しそうな顔をした。
でも、すぐに笑顔になって言った。
『元樹くん、勉強頑張ってね』
『私も、ここで頑張るから』
その笑顔に、俺は救われたのだ。
俺は歩きながら今までのことを考えていた。
学校での玲のこと。
初詣での出来事。
玲の怒り。
草壁さんの執着。
全てが、まだ解決していない。
「どうすればいいんだろう……」
答えは出ない。
一定のペースで学校に向かって歩く。
途中、何人かのクラスメートとすれ違う。
「おはよう、渡部」
「おはよう」
挨拶を交わしながら、校門をくぐる。
久しぶりの学校。
でも、どこか緊張している。
玲と、どう接すればいいのか。
わからなかった。
教室に入ると、すでに何人かの生徒がいた。
「おはよう、元樹!」
光明が手を振ってくる。
「おはよう」
俺は自分の席に向かう。
隣の席――かつて奈々美が座っていた席は、今は空席だ。
奈々美が転校してから、誰も座っていない。
机に荷物を置き、椅子に座る。
「元樹、久しぶり」
光明が俺の机に近づいてくる。
「ああ」
「冬休み、どうだった?」
「病院通いで忙しかった」
「そっか。柊さん、元気?」
「ああ、少しずつ良くなってる」
「良かったな」
光明が微笑む。
「それでさ……」
光明が声を小さくする。
「玲のこと、見た?」
その言葉に、俺は教室を見回す。
玲は――いた。
窓際の席に座っている。
でも、表情は暗い。
隣には、草壁穂香が座っている。
二人は何か話しているようだった。
「玲……」
小さく呟く。
「元樹、気をつけろよ」
光明が忠告する。
「玲、まだ怒ってるから」
「わかってる……」
俺は視線を逸らす。
その時、玲がこちらを見た。
目が合う。
玲の表情が、一瞬で険しくなる。
そして、すぐに視線を逸らした。
「やっぱり……」
俺は小さく呟く。
玲は、まだ俺を許していない。
当然だ。
俺が、玲を傷つけたんだから。
「おはよう、元樹くん」
声をかけられて振り返ると、未菜が立っていた。
「あ、おはよう」
「久しぶり。元気だった?」
「ああ、まあ……」
未菜は少し心配そうな顔をしている。
「あのね……」
未菜が小声で言う。
「後で、ちょっといい?」
「え?」
「話したいことがあるの」
未菜が真剣な表情で言う。
「休み時間に、屋上で」
「わかった……」
俺は頷く。
未菜は自分の席に戻っていった。
何の話だろう。
たぶん、玲のことだろうな。
その時、チャイムが鳴った。
ホームルームの時間だ。
担任の佐々木先生が教室に入ってくる。
「はい、席について。新年明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます」
クラス全員で挨拶する。
「今日から新学期だ。気を引き締めていこう」
先生が話し始める。
「まず、出席確認をする」
名前が順番に呼ばれていく。
俺の名前が呼ばれる。
「渡部」
「はい」
そして――
「柊」
沈黙。
奈々美は、今はこのクラスにいない。
先生は静かに次に進む。
ホームルームが終わり、一時間目の授業が始まる。
数学の授業。
でも、全然集中できない。
玲のことが気になる。
草壁さんのことが気になる。
そして、未菜が何を話すのかも気になる。
「渡部」
突然、先生に名前を呼ばれた。
「はい」
「この問題、解けるか?」
黒板を見る。
二次関数の問題。
「あ……すみません、もう一度問題を……」
「ちゃんと聞いていなかったのか」
先生が呆れた声を出す。
「すみません……」
クラスメートたちの視線が痛い。
授業に集中しなければ。
そう自分に言い聞かせる。
一時間目が終わり、休み時間。
「元樹」
光明が声をかけてくる。
「ちょっと、売店行かない?」
「ああ……でも、未菜に呼ばれてて」
「え、未菜に?」
光明が驚く。
「何の話?」
「わからない。屋上で話があるって」
「そっか……」
光明が少し考える。
「たぶん、玲のことだろうな」
「だと思う」
「じゃあ、行ってこい。俺は売店行ってくる」
「ああ」
光明と別れて、俺は屋上に向かう。
階段を上り、屋上のドアを開ける。
冬の風が吹き込んでくる。
寒い。
屋上には、未菜が一人で立っていた。
「未菜」
声をかけると、未菜が振り向く。
「元樹くん、来てくれたんだ」
「ああ。で、話って?」
未菜は少し躊躇してから、口を開いた。
「草壁さんのこと」
やはり、そうか。
「草壁さんが……どうかしたのか?」
「実はね……」
未菜が真剣な表情で言う。
「私の友達が、草壁さんと同じ中学だったの」
「え……」
その情報は初耳だった。
「同じ中学?」
「うん」
未菜が頷く。
「そうだったのか……」
「でも、クラスは違ったから、あまり話したことはなかったらしいんだ」
未菜が続ける。
「でもね……草壁さんのこと、覚えてるって」
「覚えてる?」
「うん」
未菜が深呼吸する。
「草壁さん、中学の時……ちょっと問題があったらしいの」
「問題?」
俺は身を乗り出す。
「どんな問題?」
「執着……かな」
未菜が言葉を選ぶ。
「草壁さんには、幼馴染がいたんだって」
「幼馴染?」
「うん。小学校からの友達で、すごく仲が良かった」
未菜が続ける。
「でも……その仲良さが、ちょっと異常だったの」
「異常?」
「草壁さんが、その子に依存してたの」
未菜が真剣な目で俺を見る。
「いつも一緒にいて、他の友達を作らせなくて」
「その子が他の人と話すと、嫉妬して」
「まるで……恋人みたいな関係だったの」
その話に、俺は背筋が寒くなった。
「それって……」
「うん」
未菜が頷く。
「玲ちゃんに対する態度と、すごく似てる」
俺は黙って未菜の話を聞く。
「それで……その幼馴染の子、耐えられなくなって」
未菜が続ける。
「親に相談したらしいの」
「そして……転校した」
「転校……」
「うん。中学二年の冬に」
未菜が少し悲しそうに言う。
「草壁さん、それをすごく引きずってた」
「友達に裏切られたって、ずっと泣いてたらしい」
「裏切られた……」
「そして、三学期から不登校になったの」
未菜が続ける。
「学校に来なくなって」
「私たちも心配したけど、どうすることもできなくて」
「卒業式にも来なかった」
その話を聞いて、俺は言葉を失った。
「それから……高校に入って」
未菜が続ける。
「最初は普通だったの」
「友達もできたみたいだし、明るくなってた」
「だから、もう大丈夫なのかなって思ってたんだけど……」
「でも、玲ちゃんと出会ってから」
未菜が俺を見る。
「また……同じことが起きてる」
その言葉に、俺は震えた。
「玲ちゃんに、依存してる」
「玲ちゃんを独占しようとしてる」
「まるで、中学の時と同じように」
未菜が心配そうに言う。
「元樹くん、私……怖いの」
「このままだと、玲ちゃんが……」
未菜の目に、涙が浮かんでいる。
「わかった……」
俺は頷く。
「教えてくれて、ありがとう」
「元樹くん」
未菜が俺の腕を掴む。
「何とかして」
「玲ちゃんを、助けて」
「元樹くんにしかできないことがあるから」
その言葉に、俺は迷う。
「でも……俺が玲に近づいたら、また怒らせるだけだ」
「それでもいいから」
未菜が強く言う。
「玲ちゃんのために、動いて」
「お願い」
その必死な表情に、俺は決意する。
「わかった……」
「何か、方法を考える」
「ありがとう」
未菜が安心したような顔をする。
「でも、気をつけてね」
「草壁さん、元樹くんのことも警戒してるから」
「わかってる」
二人で屋上を出る。
階段を下りながら、俺は考える。
草壁さんの過去。
幼馴染への依存。
そして、その子の転校と不登校。
全てが、今の玲の状況と重なる。
「このままじゃ……」
玲も、同じ目に遭うかもしれない。
何とかしなければ。
でも、どうすれば。
答えは、まだ見つからなかった。
教室に戻ると、次の授業が始まろうとしていた。
俺は自分の席に座る。
ふと、玲の方を見る。
玲は、草壁さんと楽しそうに話している。
でも、その笑顔は――
どこか、無理をしているように見えた。
「玲……」
小さく呟く。
俺は、玲を守らなければならない。
たとえ、玲が俺を拒絶しても。
それが、俺の責任だ。
放課後。
私、草壁穂香は友達の佐藤愛と一緒に、廊下を歩いていた。
「ねえ、穂香ちゃん」
愛が話しかけてくる。
「何?」
「最近、上野さんとずっと一緒にいるよね」
その言葉に、私は少しムッとする。
「それがどうかした?」
「いや……」
愛が少し困ったような顔をする。
「別にいいんだけど、ちょっと心配で」
「心配?」
私は立ち止まる。
「何が心配なの?」
「だって……」
愛が言葉を選ぶ。
「穂香ちゃん、上野さんにべったりじゃない?」
「朝も一緒、休み時間も一緒、帰りも一緒」
「まるで……」
愛が続ける。
「恋人みたい」
その言葉に、私の顔が熱くなる。
「何言ってるの」
「いや、そう見えるって話」
愛が手を振る。
「穂香ちゃん、もうちょっと他の友達とも遊んだら?」
「私たちとも、最近全然遊んでないじゃん」
その指摘に、私はイライラする。
「私は、玲さんと一緒にいたいの」
「それの何が悪いの?」
「悪いとは言ってないけど……」
愛が困った顔をする。
「でも、上野さんも困ってるんじゃない?」
「困ってる?」
私は声を荒げる。
「玲さんが困ってるって、どういうこと?」
「いや……」
愛が後ずさりする。
「そういう意味じゃなくて……」
「じゃあ、どういう意味?」
私は詰め寄る。
「穂香ちゃん、落ち着いて……」
「落ち着いてるわよ」
私は強く言う。
「私は、玲さんの友達なの」
「玲さんが辛い時、支えてあげてるの」
「それの何が悪いの?」
「悪いとは言ってない……」
愛が繰り返す。
「ただ、ちょっと距離感が……」
「距離感?」
私は笑う。
「友達に距離感なんて必要ないわ」
「でも……」
「もういい」
私は愛に背を向ける。
「あなたには、わからないのよ」
「玲さんと私の関係が」
「穂香ちゃん……」
愛が心配そうに呼びかける。
でも、私は振り返らなかった。
教室に戻ると、玲さんが荷物をまとめているところだった。
「玲さん」
声をかけると、玲さんが振り向く。
「穂香。帰ろうか」
「はい」
私は嬉しくなる。
二人で教室を出る。
廊下を歩きながら、玲さんが話しかけてくる。
「今日、どうだった? 新学期初日」
「楽しかったです」
私は微笑む。
「玲さんと一緒だったから」
「そっか」
玲さんも微笑む。
でも、その笑顔は少し疲れているように見えた。
「玲さん、大丈夫ですか?」
「え?」
「疲れてるみたいで」
「ああ……」
玲さんが苦笑する。
「ちょっと、寝不足で」
「そうなんですか……」
私は心配になる。
「無理しないでくださいね」
「ありがとう」
玲さんが優しく微笑む。
学校を出て、二人で帰り道を歩く。
冬の夕暮れ。
空はオレンジ色に染まっている。
「ねえ、玲さん」
私は口を開く。
「はい?」
「さっき、クラスの子に言われたんです」
「言われた?」
「私が玲さんにべったりだって」
その言葉に、玲さんの表情が変わった。
「ああ……」
「玲さんも、そう思いますか?」
私は不安そうに聞く。
「私、玲さんに迷惑かけてますか?」
「いや……」
玲さんが首を振る。
「迷惑じゃないよ」
「本当ですか?」
「うん」
玲さんが頷く。
でも、その後に――
「でもね、穂香」
玲さんが少し真剣な表情になる。
「友達も、大事にした方がいいよ」
その言葉に、私の心臓が止まった。
「友達……?」
「うん」
玲さんが続ける。
「佐藤さんとか、他の友達とも遊んだ方がいいと思う」
「私とばかり一緒にいないで」
その言葉が、私の胸に突き刺さる。
「玲さん……」
「穂香は優しいし、いい子だから」
玲さんが続ける。
「もっと色々な人と友達になれると思うの」
「私だけじゃなくて」
私は、何も言えなくなった。
玲さんも――
私がおかしいと思ってるんだ。
私が、依存してると思ってるんだ。
「玲さん……」
私の目から、涙が溢れる。
「穂香?」
玲さんが驚く。
「どうしたの?」
「玲さんも……」
私は泣きながら言う。
「私のこと、おかしいと思ってるんですね……」
「え? そんなことないよ」
玲さんが慌てる。
「でも……」
「今、私だけじゃなくて、他の人とも友達になれって……」
私は続ける。
「それって、私が玲さんに依存してるって言いたいんですよね……」
「穂香、違うよ」
玲さんが私の肩を掴む。
「私は、穂香のことを心配して……」
「心配……」
私は笑う。
涙を流しながら。
「みんな、そう言うんです」
「心配してるって」
「でも、本当は……」
私は玲さんを見つめる。
「私のことを、おかしいって思ってるんでしょう?」
「穂香……」
「もういいです」
私は玲さんの手を振り払う。
「わかりました」
「穂香、待って」
玲さんが呼び止める。
でも、私は振り返らなかった。
走って、その場を離れた。
涙が止まらない。
愛も。
玲さんも。
みんな、私のことをおかしいと思ってる。
私が、玲さんに依存してるって。
「違う……」
小さく呟く。
「私は、ただ玲さんを愛してるだけなのに……」
でも、誰もわかってくれない。
誰も、私の気持ちをわかってくれない。
「玲さん……」
名前を呟く。
裏切られた。
玲さんにも、裏切られた。
あんなに信じてたのに。
あんなに、側にいたのに。
「……」
私は決意する。
「でも……」
心の中で、別の感情も湧いてくる。
玲さんへの愛。
玲さんを失いたくない気持ち。
「謝らないと……」
私は立ち止まる。
「玲さんに、謝らないと……」
でも、どうやって。
どうやって、私の気持ちを伝えればいいの。
その時――
あるアイデアが浮かんだ。
「そうだ……」
私は微笑む。
「人形を作ろう」
玲さんを模した人形。
私の愛情を込めた人形。
それを、玲さんにプレゼントしよう。
そうすれば、玲さんにわかってもらえる。
私の気持ちが、本物だって。
私は家に向かって走り出した。
翌日。
私、上野玲は朝から憂鬱だった。
昨日、穂香に言ってしまったこと。
「友達も大事にした方がいい」って。
あの後、穂香は泣いて走り去ってしまった。
「どうしよう……」
学校に向かう途中で、私は悩んでいた。
穂香に、謝らないといけない。
でも、何て言えばいいのか。
私は、穂香のことを心配しただけなのに。
穂香の様子が、最近おかしかったから。
私にべったりで、他の友達を作らなくて。
まるで、私だけを見てるような感じで。
それが、少し重く感じていた。
「でも……」
私は空を見上げる。
「穂香は、私が辛い時に支えてくれた」
元樹に振られて、辛かった時。
穂香が、側にいてくれた。
だから、穂香を傷つけたくない。
「どうすれば……」
答えは出ないまま、学校に到着した。
教室に入ると、すでに何人かの生徒がいた。
でも、いつもならこっちのクラスに来る穂香の姿は見えない。
「穂香、まだ来てないのかな……」
私は自分の席に座る。
ホームルームが始まる時間になっても、穂香は顔を見せなかった。
「欠席かな……」
心配になる。
昨日のことが原因かもしれない。
「私のせいだ……」
罪悪感が込み上げてくる。
一時間目の授業が始まる。
でも、全然集中できない。
穂香のことが気になる。
休み時間になると、未菜が話しかけてきた。
「玲ちゃん、大丈夫?」
「え……」
「何か、元気ないよ?」
未菜が心配そうに聞く。
「ちょっと……色々あって」
私は曖昧に答える。
「草壁さんと、何かあった?」
その質問に、私はハッとする。
「どうして……」
「だって、草壁さん、今日来てないでしょ?」
未菜が言う。
「うん……」
「何かあったんじゃないかって、心配になって」
未菜が優しく言う。
「話したくないなら、無理に聞かないけど」
その優しさに、私は少し救われる。
「ありがとう、未菜ちゃん」
「いいよ。何かあったら、いつでも相談してね」
「うん……」
授業が進み、昼休みになった。
私は一人で、中庭のベンチでお弁当を食べていた。
いつもなら、穂香と一緒なのに。
「穂香……」
小さく呟く。
本当に、欠席なのかな。
それとも、遅刻してくるのかな。
不安で仕方がない。
午後の授業も、穂香は来なかった。
結局、今日は一日欠席だった。
「どうしよう……」
放課後、私は荷物をまとめながら考える。
穂香に、連絡した方がいいかな。
でも、何て言えばいいのか。
その時、未菜が話しかけてきた。
「玲ちゃん、一緒に帰らない?」
「え……」
「光明くんも一緒なんだけど」
未菜が微笑む。
「ああ……ごめん、今日は一人で帰りたい」
私は断る。
「そっか。わかった」
未菜が少し心配そうな顔をする。
「何かあったら、連絡してね」
「うん、ありがとう」
未菜と別れて、私は下駄箱に向かう。
廊下を歩きながら、私は考える。
穂香に、謝らないと。
ちゃんと、説明しないと。
私は、穂香のことを嫌いなわけじゃない。
ただ、心配だっただけ。
下駄箱に到着する。
私は自分の下駄箱を開けた。
その瞬間――
「え……」
下駄箱の中に、何かが入っていた。
白い封筒。
そして――
人形。
小さな、人形。
私とそっくりの人形。
短い髪。
制服を着ている。
まるで、私そのもの。
「これ……」
手に取ると、人形は思ったより重い。
そして――
髪の毛が、本物みたいだ。
「まさか……」
私は震えながら、封筒を開ける。
中には、手紙が入っていた。
便箋を開く。
そこには、丁寧な字で文章が書かれていた。
『玲さんへ
昨日は、ごめんなさい。
突然泣いて、走って行ってしまって。
玲さんを困らせてしまいました。
でも、聞いてください。
私の気持ちを。
私は、玲さんのことが大好きです。
友達として、じゃなくて。
もっと、特別な存在として。
玲さんと、ずっと一緒にいたいんです。
だから、この人形を作りました。
玲さんを模した人形。
私の全ての愛情を込めて。
この人形の髪の毛は、私の髪の毛です。
私の一部を、玲さんに。
そして、この人形の中には――
私の爪が入っています。
これは、約束の証。
私と玲さんが、ずっと一緒にいるという証。
玲さん、お願いです。
私を、見捨てないでください。
私には、玲さんしかいないんです。
玲さんがいないと、私は生きていけません。
だから――
ずっと、一緒にいてください。
ずっと、私だけを見ていてください。
愛を込めて
穂香』
手紙を読み終えた瞬間、私の手から人形が落ちた。
「嘘……」
小さく呟く。
髪の毛は、穂香の髪。
爪は、穂香の爪。
人形の中に、入ってる。
「嘘でしょ……」
私は震える。
これは、おかしい。
普通じゃない。
友達が、こんなことするなんて。
「穂香……」
名前を呟く。
人形を見つめる。
私そっくりの顔。
まるで、生きているみたい。
いや――
まるで、私を監視しているみたい。
「怖い……」
私は人形を拾い上げる。
でも、触りたくない。
気持ち悪い。
「どうしよう……」
パニックになる。
これを、どうすればいいの。
捨てる?
でも、穂香が作ってくれたものを……
いや、でも――
こんなの、受け取れない。
「怖い、怖い……」
私は下駄箱の前で立ち尽くす。
周りの生徒たちが、不思議そうに私を見ている。
「上野さん、大丈夫?」
誰かが声をかけてくる。
「あ、ああ……」
私は適当に返事をする。
でも、大丈夫じゃない。
全然、大丈夫じゃない。
私は人形と手紙を鞄に入れて、学校を飛び出した。
走る。
走り続ける。
息が切れても、止まらない。
「穂香……」
名前を呟く。
「どうして……」
「どうして、こんなことを……」
涙が溢れてくる。
怖い。
本当に、怖い。
穂香の執着。
穂香の愛情。
全てが、重すぎる。
私は、公園に辿り着いた。
ベンチに座り込む。
鞄から、人形を取り出す。
じっと見つめる。
私そっくりの顔。
短い髪。
制服。
全てが、そっくり。
「これ……」
私は人形をひっくり返す。
背中に、小さな切れ目がある。
縫い目。
中に、爪が入ってる。
穂香の爪が。
「気持ち悪い……」
私は人形を地面に置く。
そして――
両手で顔を覆う。
「どうしよう……」
「どうすればいいの……」
私は、一人で泣いた。
誰にも相談できない。
未菜ちゃん?
光明くん?
でも、何て説明すればいいの。
「穂香が、私の人形を作ってくれました」
「中に、爪が入ってます」
そんなこと、言えない。
言ったら、変な目で見られる。
それに――
穂香のことを、悪く言いたくない。
穂香は、私を支えてくれた。
辛い時、側にいてくれた。
だから――
「私が、我慢すれば……」
小さく呟く。
「我慢すれば、いいんだ……」
でも、心の奥では――
もう限界だと、思っていた。
穂香の執着は、どんどんエスカレートしている。
最初は、優しい友達だった。
でも、今は――
まるで、私を所有物のように扱ってる。
「私だけを見て」
「ずっと一緒にいて」
それは、友情じゃない。
何か、別のもの。
「元樹……そっか私がしてたことも同じだったんだね」
ふと、元樹の気持ちがわかった気がした。
自分の中で元樹に対して申し訳ない気持ちが広がっていく。
この間、元樹が言ってたこと。
『草壁さんのこと、気をつけた方がいい』
あの時は、怒ってしまった。
元樹に、何がわかるのって。
でも、今は――
元樹の言葉が、正しかったのかもしれない。
「でも……」
私は首を振る。
「元樹には、相談できない」
もう、元樹には頼れない。
「一人で……」
私は立ち上がる。
「一人で、何とかしないと……」
人形を拾い上げ、鞄にしまう。
そして、家に向かって歩き出した。
でも、心の中では――
不安でいっぱいだった。
家に帰ると、母が出迎えてくれた。
「おかえり、玲」
「ただいま……」
私は力なく答える。
「どうしたの? 元気ないわね」
母が心配そうに聞く。
「ちょっと……疲れただけ」
「そう? 無理しないでね」
「うん……」
私は自分の部屋に向かう。
ドアを閉めて、ベッドに倒れ込む。
鞄から、人形を取り出す。
じっと見つめる。
この人形を、どうすればいいの。
捨てる?
でも、捨てたら穂香が悲しむ。
いや、穂香が怒る。
「私の愛情を込めた人形を捨てた」って。
「どうしよう……」
私は人形を抱きしめる。
その感触が、気持ち悪い。
でも、捨てられない。
「穂香……」
名前を呟く。
「あなたは、どうしてこんなことを……」
答えは、返ってこない。
私は人形を机の引き出しにしまった。
見えないところに。
そして、ベッドに横になる。
目を閉じても、人形の顔が浮かんでくる。
私そっくりの顔。
監視してるような目。
「怖い……」
小さく呟く。
本当に、怖かった。
同じ日の夜。
渡部元樹は自分の部屋で、スマホを見ていた。
未菜からメッセージが来ていた。
『元樹くん、玲ちゃんの様子、おかしかった』
『放課後、すごく怯えてた』
『何かあったのかも』
そのメッセージを読んで、俺は不安になる。
玲に、何があったんだろう。
草壁さんと、何かあったのか。
『わかった。明日、様子を見てみる』
返信を送る。
でも、どうやって玲に近づけばいいのか。
玲は、俺を避けている。
話しかけても、無視されるかもしれない。
「でも……」
俺は決意する。
「玲のためなら、やらないと」
明日、玲に話しかけよう。
何があったのか、聞いてみよう。
たとえ、拒絶されても。
その時、スマホが鳴った。
奈々美からだった。
「もしもし」
『元樹くん、今大丈夫?』
奈々美の優しい声が聞こえる。
「ああ、大丈夫」
『良かった。ちょっと話したくて』
「どうしたの?」
『ううん、特に何もないけど』
奈々美が続ける。
『元樹くんの声が聞きたくて』
その言葉に、俺は少し罪悪感を覚える。
今、俺の頭は玲のことで一杯だ。
でも、奈々美には言えない。
「奈々美、体調はどう?」
『うん、良好。先生も褒めてくれたよ』
「良かった」
『元樹くん、明日、来てくれる?』
「ああ、放課後に行くよ」
『やった。待ってる』
奈々美の嬉しそうな声。
でも、俺の心は複雑だった。
「じゃあ、また明日」
『うん。おやすみ、元樹くん』
「おやすみ」
電話を切る。
俺はベッドに横になる。
「玲……」
小さく呟く。
明日、玲と話せるだろうか。
玲を、助けられるだろうか。
不安で、眠れなかった。
一月九日。
私、草壁穂香は朝早く学校に来た。
昨日は欠席してしまった。
人形作りに、夢中になっていたから。
でも、今日は学校に来た。
玲さんに会うために。
隣の教室に入ると、まだ誰もいなかった。
私は玲さんの横の席に座り、窓の外を見る。
昨日、玲さんは人形を受け取っただろうか。
喜んでくれただろうか。
それとも――
怖がっただろうか。
「怖がる……はずない」
私は小さく呟く。
「玲さんなら、わかってくれる」
「私の気持ちを」
時間が経ち、生徒たちが教室に入ってくる。
そして――
玲さんが入ってきた。
「玲さん!」
私は立ち上がる。
でも、玲さんは私を見て――
明らかに怯えた表情を見せた。
「あ……穂香……」
「玲さん、おはようございます」
私は笑顔で近づく。
でも、玲さんは一歩後ずさりした。
「お、おはよう……」
その反応に、私は不安になる。
「玲さん……?」
「ご、ごめん。ちょっと……」
玲さんは私から離れて、自分の席に向かった。
私は、その場に立ち尽くす。
「どうして……」
小さく呟く。
玲さん、私を避けてる。
なんで。
人形、喜んでくれなかったの。
私の気持ち、伝わらなかったの。
「玲さん……」
私は玲さんの席に向かおうとする。
でも――
「草壁さん」
誰かが私の腕を掴んだ。
振り返ると、山田未菜が立っていた。
「何?」
私は冷たく言う。
「ちょっと、話がある」
未菜が真剣な顔で言う。
「話? 何の?」
「玲ちゃんのこと」
その言葉に、私は身構える。
「玲さんが、どうかしたの?」
「草壁さん」
未菜が低い声で言う。
「玲ちゃんから、離れて」
その言葉に、私の血が凍る。
「何を言ってるの……」
「草壁さんの執着、おかしいよ」
未菜が続ける。
「玲ちゃんを、苦しめてる」
「苦しめて……?」
私は笑う。
「私は、玲さんを支えてるだけよ」
「支えてるんじゃなくて、束縛してる」
未菜が強く言う。
「草壁さん、気づいて」
「自分が、何をしてるのか」
その言葉に、私は怒りが込み上げる。
「あなたに、何がわかるの!」
私は声を荒げる。
周りの生徒たちが、こちらを見る。
「私と玲さんの関係に、口を出さないで!」
「草壁さん……」
「玲さんは、私のものなの!」
その瞬間――
教室が静まり返った。
全員が、私を見ている。
そして――
玲さんも、私を見ていた。
その目には――
恐怖が浮かんでいた。
「玲さん……」
私は玲さんに近づこうとする。
でも、玲さんは立ち上がり――
教室から走り出た。
「玲さん!」
私は追いかけようとする。
でも、未菜が私の腕を掴む。
「離して!」
「草壁さん、落ち着いて」
「離してってば!」
私は未菜の手を振り払い、走り出した。
廊下を走る。
玲さんの姿を探す。
でも、見つからない。
「玲さん……」
私は立ち止まる。
「どこ……」
その時――
女子トイレから、泣き声が聞こえた。
私はトイレに入る。
個室の一つが閉まっている。
「玲さん……?」
私は小声で呼びかける。
「……穂香?」
玲さんの声が聞こえる。
震えている。
「玲さん、出てきてください」
「い、嫌……」
玲さんが拒否する。
「どうして……」
私は個室のドアに手を置く。
「私、玲さんのこと大好きなのに……」
「穂香……」
玲さんの声が聞こえる。
「あなたの気持ち、重すぎるの……」
その言葉に、私の心が凍る。
「重すぎる……?」
「うん……私、元樹が離れて行った理由がちゃんと分かったよ、きっとこんな気持ちだったんだね、穂香がやっていることもあの時の私と同じ」
玲さんが続ける。
「人形のこと……怖かった……」
「あんなの、友達がすることじゃないよ……」
その言葉が、私の胸に突き刺さる。
「でも……」
私は必死に説明しようとする。
「あれは、私の愛情の証で……」
「愛情じゃないよ」
玲さんが言う。
「あれは……執着だよ……」
「執着……」
私は呟く。
「私の気持ちは……執着なの……?」
「穂香、ごめん」
玲さんが泣きながら言う。
「私、もう無理……」
「こんなことが続くなら、あなたとは友達でいられない……」
その言葉を聞いた瞬間――
私の中で、何かが壊れた。
「友達でいられない……?」
私は笑う。
涙を流しながら。
「そう……玲さんも、私を裏切るんだ……」
「穂香……」
「みんな、そう」
私は続ける。
「みんな、私を裏切る……」
「中学の時も、そうだった……」
私の声が大きくなる。
「あの子も、私を裏切った!」
「転校して、私を一人にした!」
「そして今、玲さんも!」
「穂香、落ち着いて!」
玲さんが叫ぶ。
でも、私は止まらない。
「私は、玲さんを愛してるだけなのに!」
「どうして、わかってくれないの!」
「どうして、みんな私を裏切るの!」
私は個室のドアを叩く。
何度も、何度も。
「玲さん! 出てきて!」
「話を聞いて!」
「お願い!」
その時――
トイレのドアが開いて、先生が入ってきた。
「何をやってるんだ!」
先生が私の腕を掴む。
「離して!」
私は暴れる。
「玲さんと話をしてるの!」
「邪魔しないで!」
「草壁、落ち着きなさい!」
先生が強く言う。
でも、私は止まらない。
玲さん。
玲さん。
玲さん。
頭の中は、玲さんのことで一杯だった。
「玲さん!」
私は叫ぶ。
「私を、見捨てないで!」
「お願い!」
でも、玲さんは個室から出てこなかった。
私は、先生に連れられて保健室に行った。
ベッドに座らされ、保健の先生が心配そうに私を見ている。
「草壁さん、大丈夫?」
「大丈夫です……」
私は力なく答える。
でも、大丈夫じゃない。
全然、大丈夫じゃない。
玲さんが、私を拒絶した。
友達でいられないって。
「どうして……」
小さく呟く。
「どうして、こんなことに……」
保健の先生が何か言っているけど、耳に入らない。
頭の中は、玲さんのことで一杯だった。
玲さん。
玲さん。
玲さん。
「私の……玲さん……」
その時――
保健室のドアが開いた。
入ってきたのは――
渡部元樹だった。
「草壁さん」
元樹が私を見る。
「何の用?」
私は冷たく言う。
「玲のこと……」
元樹が続ける。
「もう、やめてくれないか」
その言葉に、私は笑った。
「やめる?」
「何を?」
「玲への執着を」
元樹が真剣な目で言う。
「このままじゃ、玲が壊れてしまう」
「壊れる……」
私は呟く。
「玲さんが、壊れる……」
「そうだ」
元樹が頷く。
「草壁さんの執着は、異常だ」
「俺も、同じことを経験した」
「だから、わかる」
元樹が続ける。
「このままじゃ、玲が……」
「黙って」
私は元樹を睨む。
「あなたに、何がわかるの」
「わかるよ」
元樹が強く言う。
「俺は、奈々美に束縛された」
「執着された」
「その苦しさを、知ってる」
「だから、玲にそんな思いをさせたくない」
その言葉に、私は怒りが込み上げる。
「あなたが、玲さんを傷つけたんでしょう!」
私は叫ぶ。
「あなたが、玲さんを振ったんでしょう!」
「それなのに、今更何を言ってるの!」
「確かに、俺が玲を傷つけた」
元樹が認める。
「でも、だからこそ――」
「だからこそ、玲を守りたい」
「草壁さん、お願いだ」
元樹が頭を下げる。
「玲から、離れてくれ」
その姿を見て――
私は、何かが切れた。
「嫌よ」
私は立ち上がる。
「私は、玲さんを離さない」
「絶対に」
「草壁さん……」
「玲さんは、私のものなの」
私は続ける。
「あなたも、誰も」
「玲さんを奪えない」
その言葉を最後に、私は保健室を飛び出した。
廊下を走る。
どこに行けばいいのかわからない。
でも、走り続ける。
「玲さん……」
名前を呟く。
「私の……玲さん……」
涙が止まらない。
みんな、私を否定する。
みんな、私の愛を否定する。
でも――
私は、間違ってない。
玲さんを愛することは、間違ってない。
「玲さん……」
もう一度、名前を呼ぶ。
「待ってて……」
「必ず……」
「あなたを……」
「手に入れる……」
その決意と共に――
私は、暗闇の中に消えていった。
夕方。
上野玲は未菜と光明と一緒に、ファミレスにいた。
「玲ちゃん、大丈夫?」
未菜ちゃんが心配そうに聞く。
「うん……」
私は力なく答える。
でも、大丈夫じゃない。
今日のこと。
穂香のこと。
全部が、トラウマになりそうだった。
「草壁のこと……」
光明くんが口を開く。
「学校中で噂になってる」
「保健室で暴れたって」
「元樹に詰め寄ったって」
その話を聞いて、私は震える。
「穂香……」
「玲」
光明くんが真剣な顔で言う。
「もう、草壁とは関わるな」
「うん……」
私は頷く。
「もう……怖くて……」
涙が溢れてくる。
「人形のこと……」
「爪が入ってたこと……」
「全部……怖かった……」
未菜ちゃんが私の手を握る。
「大丈夫。私たちがいるから」
「未菜ちゃん……」
「これから、玲ちゃんを守るから」
未菜ちゃんが優しく言う。
「だから、安心して」
その言葉に、私は救われる思いがした。
「ありがとう……」
でも、心の奥では――
まだ、穂香のことが気になっていた。
穂香は、今どこにいるのだろう。
何をしているのだろう。
そして――
また、何かするのだろうか。
その不安は――
消えることがなかった。
同じ日の夜。
草壁穂香は自分の部屋で、天井を見つめていた。
今日のこと。
玲さんに拒絶されたこと。
渡部元樹に説教されたこと。
全部が、許せなかった。
「玲さん……」
名前を呟く。
「どうして……」
「どうして、わかってくれないの……」
涙が溢れてくる。
でも、私は諦めない。
絶対に、諦めない。
玲さんは、私のもの。
誰にも、渡さない。
「玲さん……」
もう一度、名前を呼ぶ。
「待ってて……」
「私が……」
「必ず……」
「あなたを……」
そして――
私は、ある計画を思いついた。
危険な計画。
でも、それしかない。
「玲さん……」
私は微笑む。
暗闇の中で。
「もうすぐ……」
「もうすぐ、私たちは……」
「永遠に、一緒になれる……」
その言葉と共に――
私の目が、不気味に光った。
新たな事件が――
静かに、始まろうとしていた。
第28話、お読みいただきありがとうございました。
今回は新学期を迎え、草壁穂香の過去が明らかになりました。未菜から語られた中学時代の幼馴染への依存、転校、不登校――すべてが今の玲への執着に繋がっています。
そして、衝撃の「人形事件」。自分の髪の毛と爪を使った人形は、穂香の歪んだ愛情の象徴です。玲の恐怖、穂香の暴走、そして周囲の必死の説得も届かず、状況は最悪の方向へ。
穂香の「永遠に一緒になれる」という言葉――彼女は一体何を企んでいるのでしょうか。
次回、さらなる波乱が待ち受けています。
暁の裏




