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奈々美さんの裏の顔  作者: 暁の裏


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第27話 「私の玲ちゃん」

 一月一日、午前十時。


 俺、渡部元樹は自分の部屋でベッドに横になっていた。


 昨夜は年越しで遅くまで起きていたため、まだ体が重い。


 窓の外からは、穏やかな冬の日差しが差し込んでいる。


「新年か……」


 小さく呟く。


 去年は、本当に色々なことがあった。


 奈々美との再会。


 玲との恋愛と別れ。


 そして、奈々美の病気。


 全てが、俺を変えた。


「今年は……」


 そう考えていた時、スマホが鳴った。


 着信表示を見ると、光明からだった。


「もしもし」


『おう、元樹! 明けましておめでとう!』


 光明の明るい声が聞こえる。


「ああ、明けましておめでとう」


『元旦から電話してごめんな。でも、お前と話したくてさ』


 その言葉に、俺は少し嬉しくなった。


「いいよ。俺も光明と話したかった」


 実際、最近は光明とゆっくり話す時間がなかった。


 奈々美の病院通いで忙しく、友達との時間が減っていた。


『それでさ、元樹』


 光明の声が少し真剣になる。


『最近、どう? 体調とか大丈夫?』


「ああ、大丈夫だよ」


『本当に? この前学校で会った時、めちゃくちゃ疲れてたぞ』


 光明の心配に、俺は少し申し訳なく思う。


「奈々美の病院に通ってて、少し疲れてるだけだから」


『柊の病気、どうなんだ?』


「少しずつ良くなってる。輸血も効果があったみたいで」


『そっか。良かったな』


 光明の声に、安堵の色が混じる。


『でもな、元樹』


「ん?」


『お前も、自分の体を大切にしろよ』


 光明が続ける。


『柊さんを支えるのは大事だけど、お前が倒れたら意味ないだろ?』


 その言葉に、俺は胸が熱くなった。


「ありがとう、光明」


『友達だからな』


 光明が笑う。


 そして、少し間があってから、光明が口を開いた。


『あのさ、元樹』


「何?」


『玲のこと……知ってるか?』


 その名前を聞いて、俺の胸が痛む。


「玲……か」


『ああ』


 光明の声が心配そうになる。


『実はさ、最近玲に新しい友達ができたんだ』


「新しい友達?」


『ああ。草壁穂香って女の子』


 草壁穂香。


 聞いたことのない名前だ。


「それが……どうかしたのか?」


『んー……』


 光明が言葉を選んでいる。


『なんていうか、ちょっと心配なんだよ』


「心配?」


『ああ。その草壁って子、すごく玲に執着してるっていうか』


 光明が続ける。


『未菜が言うには、玲を見る目が普通じゃないらしい』


 その言葉に、俺は嫌な予感がした。


「普通じゃないって……」


『友達として見てる目じゃないって』


 光明が真剣な声で言う。


『もしかしたら、恋愛感情があるのかもしれない』


「同性に……?」


『ああ。それ自体は別にいいんだけど』


 光明が続ける。


『問題は、その執着の仕方なんだ』


「執着の仕方?」


『未菜が言うには、玲が辛い時に近づいて、依存させるような感じらしい』


 その説明を聞いて、俺の背筋が寒くなった。


「それって……」


『ああ』


 光明が頷く気配がする。


『お前が経験したことと、似てるかもしれない』


 奈々美のことだ。


 奈々美も、俺が弱っている時に近づいてきた。


 そして、依存させた。


「まさか……玲が……」


『元樹』


 光明が真剣に言う。


『お前、玲のこと、まだ心配してるだろ?』


 その問いに、俺は答えられなかった。


 確かに、玲のことは今でも心配している。


 別れたとはいえ、幼馴染だ。


 大切な存在であることに変わりはない。


「ああ……心配してる」


 俺は正直に答えた。


『だと思った』


 光明が言う。


『だからさ、もし機会があったら、玲に忠告してやってくれないか?』


「忠告?」


『ああ。草壁って子のこと、気をつけろって』


 光明が続ける。


『お前の経験から、アドバイスできることがあるだろ?』


 その提案に、俺は迷った。


 玲に忠告する資格が、俺にあるのだろうか。


 玲を傷つけて、別れた俺に。


「でも……俺が言っても……」


『元樹』


 光明が強く言う。


『お前にしかできないことがある』


『お前は、そういう執着を経験した』


『だから、危険性がわかるはずだ』


 その言葉に、俺は頷いた。


「わかった……」


「機会があったら、玲に話してみる」


『頼んだ』


 光明が安心したような声を出す。


『じゃあ、長くなったから切るな』


「ああ、ありがとう。電話してくれて」


『こちらこそ。じゃあな』


「ああ」


 電話が切れる。


 俺はスマホを見つめたまま、考え込んだ。


 玲に、新しい友達ができた。


 草壁穂香という女の子。


 そして、その子が玲に執着している可能性がある。


「玲……」


 小さく呟く。


 玲は今、俺との別れで傷ついているはずだ。


 そんな時に、誰かに依存してしまうのは危険だ。


「何とかしないと……」


 でも、どうすればいいのか。


 玲は俺を避けている。


 話しかけても、聞いてくれないかもしれない。


「それでも……」


 俺は決意する。


「試してみないと」


 玲を守りたい。


 それは、今でも変わらない気持ちだった。


 初詣での遭遇


「お兄ちゃん、準備できた?」


 由美が部屋のドアをノックする。


「ああ、もう少し待って」


 俺は着替えを済ませ、部屋を出た。


 今日は由美と一緒に、初詣に行く約束をしていた。


「遅い!」


 由美が頬を膨らませる。


「ごめんごめん」


「もう、お兄ちゃんったら」


 由美はそう言いながらも、嬉しそうに笑っている。


 二人で家を出て、神社に向かう。


 黒峠神社は、この町で一番大きな神社だ。


 正月三が日は、たくさんの参拝客で賑わう。


「寒いね」


 由美が白い息を吐く。


「ああ。手袋、持ってきたか?」


「うん」


 由美が手袋をした手を見せる。


「お兄ちゃんは?」


「俺はポケットに手を入れておくから大丈夫」


「もう、ちゃんと持ってこないと」


 由美が呆れたように言う。


 神社に近づくにつれ、人の流れが増えてくる。


 参道には、屋台が並んでいる。


 たこ焼き、焼きそば、綿あめ。


 様々な匂いが混ざり合っている。


「お兄ちゃん、後で何か食べよう」


「ああ、いいよ」


 参道を進み、本殿の前に到着する。


 すでに長い列ができていた。


「すごい人だね」


「そうだな」


 俺たちも列に並ぶ。


 ゆっくりと前に進みながら、由美が話しかけてくる。


「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」


「今年の願い事、決めた?」


 その質問に、俺は少し考える。


「奈々美の病気が治りますように……かな」


「そっか」


 由美が微笑む。


「私も、それをお願いする」


「由美……」


「だって、奈々美さん、良い人だもん」


 由美が続ける。


「お兄ちゃんを幸せにしてくれる人だと思う」


 その言葉に、俺は複雑な気持ちになった。


 確かに、奈々美は俺を愛してくれている。


 でも、その愛は時々重すぎる。


「ありがとう」


 俺は由美の頭を撫でた。


 列が進み、やがて本殿の前に到着する。


 お賽銭を入れ、鈴を鳴らす。


 二礼二拍手一礼。


 手を合わせて、目を閉じる。


『奈々美の病気が治りますように』


『玲が幸せになりますように』


『みんなが笑顔でいられますように』


 心の中で願う。


 目を開けると、由美もお参りを終えていた。


「じゃあ、おみくじ引こう」


 由美が提案する。


「ああ」


 二人でおみくじ売り場に向かう。


 百円を入れて、箱の中から棒を引く。


 俺は十三番、由美は七番だった。


「何だった?」


 由美が聞いてくる。


「中吉」


「私は大吉!」


 由美が嬉しそうに言う。


「良かったな」


「うん! 今年は良い年になりそう」


 由美が笑顔を見せる。


 おみくじを結び、再び参道を歩く。


「お兄ちゃん、あそこでたこ焼き買おう」


 由美が屋台を指差す。


「ああ」


 たこ焼き屋の前に並んでいると、俺の目に見覚えのある姿が入った。


「あれ……」


 短い髪。


 ボーイッシュな雰囲気。


 間違いない。


「玲……」


 小さく呟く。


 玲は一人で、綿あめを買っていた。


 その横には、見知らぬ女の子がいる。


 セミロングの黒髪、清楚な雰囲気。


「あの子が……草壁さん?」


 俺は推測する。


 光明が言っていた、玲の新しい友達。


 二人は楽しそうに話している。


 玲の表情は、久しぶりに明るい。


「お兄ちゃん?」


 由美が俺を見上げる。


「どうしたの?」


「いや……」


 俺は視線を玲たちから外そうとしたが、その時――


 玲と目が合った。


 玲の表情が、一瞬で固まる。


 そして、明らかに不快そうな顔になる。


「玲……」


 俺は思わず声をかけそうになった。


 でも、玲は素早く視線を逸らし、隣の女の子に何か話しかけた。


 女の子――草壁さんが、こちらを見る。


 その目は、鋭く、警戒するようだった。


「お兄ちゃん、玲さん?」


 由美も気づいたようだ。


「ああ……」


「隣にいるの、誰?」


「たぶん……新しい友達」


 俺は小さく答える。


「話しかけないの?」


「どうしようかな……」


 俺は迷う。


 でも、光明の言葉が頭に蘇る。


『草壁って子のこと、気をつけろって』


「ちょっと、話してくる」


 俺は由美に言う。


「わかった。ここで待ってる」


 俺は深呼吸をして、玲たちの方に歩いていった。


「玲、おけおめ」


 俺が声をかけると、玲は明らかに嫌そうな顔をした。


「おめでとう……何か用?」


 刺すような視線、やはり俺達にはまだ時間が必要な感じの反応。


「あの……ちょっと話せないか」


「私は、話すことなんてないかな」


 玲は即座に答える。


「でも…」


「元樹には関係ない」


 その言葉に、俺は言葉を詰まらせる。


「あの……」


 隣の女の子――草壁さんが、俺を見る。


「あなたが、渡部元樹さん?」


「え、ああ……」


「玲さんから聞いています」


 草壁さんの声は穏やかだが、目は冷たい。


「私は草壁穂香と言います」


「あ、はじめまして」


 俺は頭を下げる。


「玲の友達で……」


「友達じゃなくて、元恋人でしょ?」


 穂香が訂正する。


「いや、その……」


 言葉に詰まる俺。


「穂香、もういいよ」


 玲が穂香の腕を引く。


「行こう」


「でも、玲さん……」


「お願い」


 玲の声が震えている。


 穂香は少し考えてから、頷いた。


「わかりました」


 二人が立ち去ろうとする。


「待って!」


 俺は思わず声を上げた。


 玲が立ち止まる。


「何?」


「その……草壁さんのこと」


 俺は慎重に言葉を選ぶ。


「気をつけた方がいいと思う」


 その言葉に、玲の表情が険しくなった。


「は?」


「いや、その……」


 俺は続ける。


「友達として心配してるんだ」


「友達?」


 玲が冷たく笑う。


「今更、友達面しないで」


「玲……」


「元樹は、私を振ったのよ」


 玲の声が大きくなる。


 周りの参拝客が、こちらを見始める。


「私が辛い時、元樹は奈々美さんを選んだ」


「それは……」


「それなのに、今更何?」


 玲の目に、涙が浮かんでいる。


「私の交友関係に、口を出す権利なんてないでしょ」


「そうじゃなくて……」


 俺は必死に説明しようとする。


「俺は、玲が心配で……」


「心配?」


 玲が笑う。


「心配なら、最初から私を傷つけなければ良かったのに」


 その言葉が、俺の胸に突き刺さる。


「ごめん……」


「謝らないで」


 玲が首を振る。


「謝られても、何も変わらない」


「玲さん……」


 穂香が玲の肩に手を置く。


「もう行きましょう」


「うん……」


 玲が再び歩き出そうとする。


「待って!」


 俺はもう一度声をかける。


「本当に、気をつけて」


「俺も同じような経験をしたから……」


「同じ?」


 玲が振り返る。


「何が言いたいの?」


「草壁さんが……」


 俺は言葉を濁す。


「玲に、執着してるかもしれない」


 その瞬間、穂香の表情が変わった。


 明らかに怒りの色が浮かんでいる。


「執着……?」


 玲が呟く。


「ああ。友達として心配してるふりをして、実は……」


「やめて」


 玲が俺の言葉を遮る。


「何様のつもり?」


「え……」


「穂香は、私が辛い時に支えてくれた」


 玲が続ける。


「元樹が私を捨てた時、穂香は側にいてくれた」


「玲、それは……」


「穂香と、あなたを一緒にしないで」


 玲の声が怒りに震えている。


「穂香は、私を裏切らない」


「元樹とは違う」


 その言葉に、俺は何も言えなくなった。


「行くよ、穂香」


「はい」


 二人が歩き去る。


 俺はその場に立ち尽くしていた。


「お兄ちゃん……」


 由美が駆け寄ってくる。


「大丈夫?」


「ああ……」


 俺は力なく答える。


「玲さん、すごく怒ってたね」


「うん……」


 俺は自分の愚かさに、呆れていた。


『俺が振ったのに、今更何を言ってるんだ』


 確かに、玲の言う通りだ。


 俺は玲を傷つけた。


 奈々美を選んで、玲を捨てた。


 そんな俺に、玲の交友関係に口を出す資格なんてない。


「帰ろうか……」


 俺は由美に言う。


「うん……」


 二人で神社を後にする。


 背中に、玲の怒りの声が残っている。


『あんた、私を振ったのよ』


『今更、友達面しないでくれる?』


 全部、正論だった。


 俺は、どうしようもなく最低な人間だった。


 反省と病院


 家に帰ると、俺は自分の部屋に直行した。


 ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。


「最悪だ……」


 小さく呟く。


 玲の怒った顔が、頭から離れない。


『私を振ったのに、今更何?』


 その言葉が、何度も脳裏に響く。


「俺、何やってるんだ……」


 自己嫌悪が込み上げてくる。


 光明に言われて、玲を心配した。


 でも、それは偽善だった。


 俺に、玲を心配する資格なんてない。


 俺が、玲を一番傷つけたんだから。


「くそ……」


 拳を握りしめる。


 その時、スマホが鳴った。


 着信表示を見ると、奈々美からだった。


「もしもし」


『元樹くん、明けましておめでとう』


 奈々美の優しい声が聞こえる。


「ああ、明けましておめでとう」


『今日、来てくれる?』


「ああ、午後から行くよ」


『やった。待ってるね』


 奈々美の嬉しそうな声に、少しだけ気持ちが軽くなる。


「じゃあ、後で」


『うん。気をつけてね』


 電話を切る。


 俺は時計を見た。



 午後一時。



 そろそろ病院に向かう時間だ。


 着替えて、家を出る。


「行ってきます」


「いってらっしゃい」


 母の声を背に、俺は病院に向かった。


 バスに乗り、揺られること十分。


 病院に到着する。


 受付で面会の手続きをして、奈々美の病室に向かう。


 廊下を歩きながら、玲のことを考える。


『どうすればいいんだろう……』


 答えは出ない。


 奈々美の病室の前に着く。


 ノックする。


「はい」


「俺だよ」


「元樹くん! 入って」


 ドアを開けると、奈々美がベッドに座っていた。


 髪は以前より少し伸びている。


 顔色も、前より良い。


「明けましておめでとう」


 俺は笑顔を作る。


「明けましておめでとう、元樹くん」


 奈々美も微笑む。


「座って」


 椅子に座ると、奈々美が嬉しそうに話し始める。


「今日は特別な日だから、お母さんが着物を持ってきてくれたの」


「へえ」


「でも、病院だから着られないって言われちゃった」


 奈々美が少し残念そうに言う。


「そっか」


「でもね、来年は一緒に初詣に行きたいな」


 奈々美が俺を見つめる。


「着物を着て、元樹くんと一緒に」


「ああ……」


 俺は頷く。


「来年は、絶対に行こう」


「約束ね」


 奈々美が嬉しそうに微笑む。


 しばらく、他愛のない話をする。


 奈々美の体調のこと。


 病院での生活のこと。


 新年の抱負のこと。


 でも、俺の心は玲のことで一杯だった。


「元樹くん」


 奈々美が俺を見る。


「何か、悩んでる?」


 その問いに、俺はハッとする。


「え……」


「顔に書いてあるよ」


 奈々美が優しく微笑む。


「何かあったの?」


 その優しさに、俺は全てを話すことにした。


「実は……」


 光明からの電話のこと。


 玲に新しい友達ができたこと。


 その友達が玲に執着している可能性があること。


 初詣で玲に会って、忠告しようとしたこと。


 そして、玲に激怒されたこと。


 全部、話した。


 奈々美は黙って聞いていた。


「それで……俺、どうすればいいのかわからなくて」


 俺は正直に言う。


「玲を心配してる。でも、俺に玲を心配する資格なんてない」


「俺が、玲を傷つけたんだから」


 その告白に、奈々美は少し考えてから口を開いた。


「元樹くん」


「うん……」


「あなたは、優しすぎるのよ」


 奈々美が微笑む。


「え?」


「上野さんを傷つけたことを、後悔してる」


「だから、上野さんを守りたいと思ってる」


 奈々美が続ける。


「でも、上野さんからすれば、それは余計なお世話なの」


「余計なお世話……」


「だって、元樹くんが上野さんを振ったのは事実でしょ?」


 奈々美が優しく言う。


「その元樹くんが、今更心配するって言っても」


「上野さんは素直に受け取れないわ」


 その言葉に、俺は頷く。


「そうだよな……」


「でもね」


 奈々美が俺の手を取る。


「元樹くんの優しさは、間違ってないわ」


「え……」


「ただ、タイミングが悪かっただけ」


 奈々美が続ける。


「今の上野さんは、傷ついてる」


「だから、元樹くんの言葉を受け入れられない」


「でも、時間が経てば……」


 奈々美が俺を見つめる。


「きっと、元樹くんの気持ちが伝わるわ」


「本当に……?」


「ええ」


 奈々美が頷く。


「だから、今は待つしかないの」


「上野さんが落ち着くまで」


 その助言に、俺は少し気持ちが楽になった。


「ありがとう、奈々美」


「どういたしまして」


 奈々美が微笑む。


「でもね、元樹くん」


「ん?」


「一つだけお願いがあるの」


 奈々美が真剣な表情になる。


「何?」


「上野さんのことを心配するのはいいけど」


 奈々美が俺の手を強く握る。


「私のことも、忘れないでね」


 その言葉に、俺は驚く。


「忘れるわけないだろ」


「本当に?」


「ああ。奈々美は、俺の恋人だから」


 その言葉に、奈々美は満面の笑みを見せた。


「嬉しい……」


「ありがとう、元樹くん」


 奈々美が俺に抱きつく。


 俺も、そっと奈々美を抱き返す。


「これからも、ずっと一緒だよ」


「うん……」


 奈々美の温もりを感じながら、俺は思う。


 玲のことは心配だ。


 でも、今の俺は奈々美を支えなければならない。


 玲のことは……


 時間が解決してくれることを願うしかない。




 私、上野玲は公園のベンチに座っていた。


 一人で。


 穂香とは、神社の後で別れた。


「家に用事があるから」と言って。


 だから今、一人。


 冷たい風が吹いて、木の葉が揺れる。


「元樹……」


 小さく呟く。


 さっきの元樹の言葉が、頭から離れない。


『草壁さんのこと、気をつけた方がいい』


『執着してるかもしれない』


 なんで、そんなこと言うの。


 なんで、今更。


「今更……」


 涙が溢れてくる。


 私を振ったのは、元樹だ。


 私が辛い時、元樹は奈々美さんを選んだ。


 それなのに、今更心配するなんて。


「ずるいよ……」


 涙が止まらない。


 ベンチに座ったまま、顔を手で覆う。


 初詣の人々の声が、遠くに聞こえる。


 でも、私の周りだけは静かだった。


「元樹……」


 名前を呼ぶ。


 好きだった。


 今でも、好きなのかもしれない。


 でも、元樹は私を選ばなかった。


「吹っ切れたと思ったのになんで……」


 涙が溢れて、止まらない。


「なんで、私じゃダメだったの……」


 声が震える。


 元樹との思い出が、次々と蘇る。


 小さい頃、一緒に遊んだこと。


 中学の時、一緒に帰ったこと。


 高校に入って、同じクラスになれたこと。


 全部、大切な思い出。


 でも、それは全部過去になった。


「元樹……」


 また、名前を呼ぶ。


 返事は、ない。


 当たり前だ。


 元樹は、ここにいない。


 元樹は、奈々美さんのところにいる。


「私は……」


 呟く。


「私は、一人なの……」


 その言葉が、自分の心に突き刺さる。


 一人。


 そう、私は一人だ。


 元樹はいない。


 未菜ちゃんも、光明くんも、忙しそうだ。


 私には……


「玲さん?」


 突然、声をかけられる。


 顔を上げると、穂香が立っていた。


「穂香……?」


「用事、終わったから……」


 穂香が心配そうに見つめる。


「泣いてるんですか?」


「え……」


 私は慌てて涙を拭う。


「ち、違う……」


「嘘です」


 穂香が断言する。


「玲さん、泣いてます」


 その言葉に、私はもう誤魔化せなくなった。


「うん……泣いてる」


「どうして……」


 穂香がベンチの隣に座る。


「さっきの、渡部くんのせいですか?」


 その名前を聞いて、私は頷いた。


「うん……」


「やっぱり」


 穂香の声が、冷たくなる。


「あの人、何て言ったんですか?」


「え……」


「私に気をつけろって言ったんでしょ?」


 穂香が続ける。


「執着してるって」


「うん……」


 私は正直に答える。


「でも、それは違う」


「穂香は、私を助けてくれた」


「元樹が私を捨てた時、穂香は側にいてくれた」


 その言葉に、穂香は微笑む。


「玲さん……」


「だから……」


 私は続ける。


「穂香のことを悪く言われて、腹が立った」


「でも……」


 私は涙を拭う。


「でも、元樹の顔を見たら……」


「思い出しちゃったの」


「思い出した?」


「うん……」


 私は頷く。


「元樹との思い出」


「楽しかったこと、嬉しかったこと」


「全部、思い出しちゃった」


 涙が再び溢れる。


「そして……辛いことも、別れたこと、捨てられたこと、全部」


 私は泣き崩れる。


「全部、思い出して……辛いの……」


 その瞬間、穂香が私を抱きしめた。


「玲さん……」


「穂香……」


「大丈夫です」


 穂香が優しく言う。


「私が、側にいますから」


 その温もりに、私は安心する。


「ありがとう……」


「玲さん」


 穂香が私を見つめる。


「渡部元樹は、最低です」


「え……」


「玲さんを傷つけて、捨てたのに」


 穂香の声が怒りに震える。


「今更、心配するなんて」


「そんなの、偽善です」


「穂香……」


「玲さんを傷つけた罪は、消えません」


 穂香が続ける。


「渡部元樹は、玲さんに謝罪する資格もない」


 その言葉に、私は何も言えなかった。


 確かに、元樹は私を傷つけた。


 でも……


「でも、元樹は……」


「玲さん」


 穂香が私の両肩を掴む。


「まだ、渡部くんのことが好きなんですか?」


 その問いに、私は答えられなかった。


 好き……なのか。


 わからない。


「わからない……」


「わからないです……」


 その答えに、穂香は少し悲しそうな顔をした。


「そうですか……」


「ごめん……」


「いいえ」


 穂香が首を振る。


「玲さんの気持ちは、玲さんのものです」


「でも」


 穂香が真剣に言う。


「渡部くんに、もう傷つけられないでください」


「穂香……」


「私は……」


 穂香が続ける。


「玲さんの笑顔が見たいんです」


「泣いてる玲さんじゃなくて」


「笑ってる玲さんが見たい」


 その言葉に、私の胸が温かくなる。


「穂香……」


「だから」


 穂香が私の手を握る。


「渡部くんのことは、忘れてください」


「前を向いてください」


「そして……」


 穂香が少し照れながら言う。


「私と、一緒にいてください」


 その告白に、私は驚く。


「穂香……」


「私、玲さんのこと……」


 穂香が言いかける。


 でも、最後まで言えなかった。


 ただ、私の手を強く握っている。


 その温もりが、嬉しかった。


「ありがとう、穂香」


 私は微笑む。


「穂香がいてくれて、良かった」


「玲さん……」


 穂香も微笑み返す。


 でも、その目の奥には――


 何か、強い感情が渦巻いていた。


 それが何なのか、私にはまだわからなかった。




 草壁穂香は家に帰ってから、ずっと考えていた。


 渡部元樹。


 玲さんを傷つけた男。


 そして、今日また玲さんを泣かせた男。


「許せない……」


 小さく呟く。


 ベッドに座り、スマホを握りしめる。


 玲さんの泣いている顔が、頭から離れない。


 あんなに辛そうで。


 あんなに悲しそうで。


 全部、渡部元樹のせいだ。


「許せない……」


 もう一度、呟く。


 そして、私は決意した。


「電話しよう」


 渡部元樹に。


 玲さんを傷つけたことを、責めよう。


 もう二度と、玲さんに近づくなと言おう。


 でも、電話番号がわからない。


「どうすれば……」


 考える。


 そして、思いついた。


「玲さんに聞こう」


 私は玲さんに電話をかけた。


『もしもし、穂香?』


 玲さんの声が聞こえる。


「玲さん、お願いがあるんです」


『お願い?』


「渡部くんの電話番号、教えてもらえませんか?」


 その質問に、玲さんは驚いたようだった。


『え……元樹の? どうして?』


「ちょっと……話したいことがあって」


 私は曖昧に答える。


『でも……』


 玲さんが躊躇する。


「お願いします」


 私は真剣に頼む。


『……わかった』


 玲さんが電話番号を教えてくれる。


「ありがとうございます」


『穂香、何を話すつもり?』


「ちょっと、確認したいことがあるだけです」


 私は誤魔化す。


『そう……わかった』


 玲さんは納得したようだった。


『でも、あまり元樹を責めないでね』


「大丈夫です」


 私は答える。


 でも、心の中では違った。


『絶対に、許さない』


 電話を切る。


 そして、渡部元樹の番号を見つめる。


 深呼吸をする。


「行くぞ……」


 電話をかける。


 コール音が鳴る。


 一回。


 二回。


 三回。


『もしもし?』


 男の声が聞こえる。


 渡部元樹だ。


 その瞬間、私の中で怒りが爆発した。


「渡部元樹ね!」


 私は大声で言う。


『え……誰?』


 戸惑う声。


「草壁穂香よ、さっき会ったでしょ! 玲さんの友達!」


『草壁さん……? どうして俺の番号を……』


「そんなことどうでもいいわ!」


 私は続ける。


「あんた、最低ね!」


『え……』


「玲さんを傷つけておいて、今更心配するなんて!」


 私の声が震える。


「玲さんがどれだけ辛かったか、わかってるの!?」


『それは……』


「わかってないでしょ!」


 私は叫ぶ。


「あんたは、自分勝手に玲さんを振って!」


「柊さんとかいう女を選んで!」


「玲さんを一人にして!」


 電話の向こうで、渡部が何か言おうとする。


 でも、私は止まらない。


「玲さんは、毎日泣いてたのよ!」


「学校にも行きたくないって言ってた!」


「全部、あんたのせいよ!」


『ごめん……』

 小さな声が聞こえる。


「謝って済むと思ってるの!?」


 私は怒鳴る。


「玲さんの傷は、謝罪で治らないわ!」


『わかってる……』


「わかってないわ!」


 私は続ける。


「わかってたら、今日みたいに余計なこと言わないでしょ!」


「私のことを、執着してるとか!」


「失礼にもほどがあるわ!」


 電話の向こうで、何か物音がする。


 そして、女の声が聞こえた。


『元樹くん、どうしたの?』


 柊奈々美だ。


『奈々美……』


『誰からの電話?』


『草壁って人……』


 その会話が聞こえる。


 そして、電話が代わったようだった。


『もしもし、草壁さん?』


 女の声。


 穏やかで、優しそうな声。


 でも、私は騙されない。


「柊奈々美ね」


『ええ。元樹くんの恋人よ』


 その言葉に、私は苛立つ。


「恋人? よく言えるわね」


『え……?』


「あんたのせいで、玲さんがどれだけ傷ついたか」


 私は冷たく言う。


『それは……元樹くんが選んだことよ』


 奈々美が答える。


『私は、ただ元樹くんを愛しているだけ』


「愛してる?」


 私は笑う。


「あんたのは、愛じゃなくて執着でしょ」


『……』


 奈々美が黙る。


「元樹くんを束縛して、支配して」


 私は続ける。


「それを愛だと思ってるなら、大間違いよ」


『草壁さん』


 奈々美の声が、少し冷たくなる。


『あなたこそ、上野さんに執着してるんじゃない?』


 その言葉に、私は一瞬言葉を失う。


「何ですって……?」


『元樹くんが言ってたわ』


 奈々美が続ける。


『草壁さんが、上野さんに執着してるって』


『友達の域を超えてるって』


「それは……」


 私は反論しようとする。


 でも、言葉が出てこない。


『草壁さん』


 奈々美が優しく言う。


『上野さんを守りたい気持ちはわかる』


『でも、あまり感情的にならない方がいいわよ』


『冷静に、上野さんのことを考えてあげなさい』


 その言葉に、私は腹が立った。


「あんたに言われたくないわ!」


 私は叫ぶ。


「玲さんを傷つけたあんたたちに!」


『草壁さん……』


「もう、いいわ」


 私は続ける。


「言いたいことは一つだけ」


「玲さんに、もう関わらないで」


「二度と、近づかないで」


『でも、元樹くんと上野さんは幼馴染で……』


「関係ないわ!」


 私は遮る。


「過去の関係なんて、どうでもいいの!」


「今は、玲さんは私の友達なんだから!」


『草壁さん……』


「私の玲ちゃんに、関わらないで!」


 その言葉を最後に、私は電話を切った。


 スマホを握りしめる。


 手が震えている。


「玲ちゃん……」


 小さく呟く。


 私の、大切な玲ちゃん。


 渡部元樹も、柊奈々美も。


 二人とも、玲ちゃんを傷つけた。


「許さない……」


 私は決意する。


「絶対に、玲ちゃんは渡さない」




 電話を切った後、私は玲さんに連絡した。


『玲さん、今から会えませんか?』


 すぐに返信が来た。


『うん、いいよ。どこで?』


『例の公園で』


『わかった。すぐ行く』


 私は急いで準備をして、家を出た。


 公園に着くと、玲さんがベンチに座っていた。


「玲さん」


 声をかけると、玲さんが振り向く。


「穂香。どうしたの? 急に」


「話したいことがあって」


 私はベンチの隣に座る。


「渡部くんと、電話したんです」


 その言葉に、玲さんの表情が変わった。


「え……元樹と?」


「はい」


 私は頷く。


「色々、言ってやりました」


「色々って……」


「玲さんを傷つけたこと」


 私は続ける。


「今更心配するなんて、偽善だって」


「もう玲さんに関わるなって」


 その言葉に、玲さんは複雑な表情をした。


「穂香……」


「でも、途中で柊さんが電話に出て」


 私は苛立ちを隠せない。


「あの人、何か言ってたけど、全然納得できなくて」


「最後に、私の玲ちゃんに関わるなって言って切りました」


「私の……玲ちゃん?」


 玲さんが呟く。


「はい」


 私は玲さんを見つめる。


「玲さんは、私の大切な友達です」


「だから、誰にも傷つけさせません」


 その言葉に、玲さんは少し困ったような顔をした。


「穂香、ありがとう」


「でも……」


「でも?」


「あまり、元樹を責めないで」


 玲さんが言う。


「元樹は……悪い人じゃないの」


「ただ、選択を間違えただけで」


 その言葉に、私は驚く。


「玲さん……」


「まだ、渡部くんのことを庇うんですか?」


「庇うわけじゃないけど……」


 玲さんが視線を逸らす。


「元樹は、私の幼馴染だから」


「昔から知ってるから」


「だから……」


「玲さん」


 私は玲さんの肩を掴む。


「もういいんですよ」


「え……」


「渡部くんのことは、忘れましょう」


 私は真剣に言う。


「過去のことは、過去です」


「今は、前を向きましょう」


 その言葉に、玲さんは涙ぐんだ。


「でも……」


「でも、忘れられないの……」


 玲さんが泣き始める。


「元樹のこと、まだ好きなの……」


 その告白に、私の胸が痛む。


 でも、同時に――


 ある感情が湧いてくる。


 嫉妬。


 いや、それ以上のもの。


「玲さん……」


 私は玲さんを抱きしめた。


「穂香……?」


「大丈夫です」


 私は優しく言う。


「時間が解決してくれます」


「今は、辛いかもしれないけど」


「いつか、必ず忘れられます」


 玲さんが私にしがみつく。


「本当に……?」


「ええ」


 私は頷く。


「そして……」


 私は続ける。


「私が、ずっと側にいます」


「玲さんが辛い時も、悲しい時も」


「いつも、側にいます」


 その言葉に、玲さんは泣きながら頷いた。


「ありがとう……穂香……」


「どういたしまして」


 私は玲さんを強く抱きしめる。


 玲さんの温もり。


 玲さんの匂い。


 全てが、愛おしい。


「玲さん」


 私は玲さんの耳元で囁く。


「私は、裏切りません」


「え……」


「渡部くんみたいに、玲さんを傷つけたりしません」


 私は続ける。


「柊さんみたいに、玲さんから大切な人を奪ったりしません」


「私は……」


 私は強く言う。


「ずっと、玲さんの側にいます」


「どんなことがあっても」


「玲さんを、守ります」


 その言葉に、玲さんは顔を上げる。


 涙で濡れた顔。


 でも、その表情は――


 少し、安心したように見えた。


「穂香……」


「だから」


 私は玲さんの頬に手を添える。


「私を、信じてください」


「私だけを、見てください」


 その瞬間、玲さんの表情が変わった。


 驚き。


 困惑。


 そして――


 何か、気づいたような表情。


「穂香……あなた……」


 でも、私はそれ以上言わせなかった。


「今は、何も考えなくていいです」


 私は玲さんを再び抱きしめる。


「ただ、私が側にいることだけ」


「覚えていてください」


 玲さんは、もう何も言わなかった。


 ただ、私の腕の中で静かにしていた。


 冬の風が吹く。


 木の葉が揺れる。


 でも、私たちは離れなかった。


 私は、玲さんを抱きしめたまま――


 心の中で誓う。


『玲さんは、私のもの』


『誰にも、渡さない』


『渡部元樹も、柊奈々美も』


『誰も、玲さんを傷つけさせない』


『私が、守る』


 その決意は、もはや友情の域を超えていた。


 でも、私はそれでいいと思った。


 玲さんのためなら、何でもする。


 玲さんを幸せにするためなら、何でもする。


 たとえ、それが――


 歪んだ愛だとしても。




 俺は病院のベッドに座ったまま、呆然としていた。


 さっきの電話。


 草壁穂香からの、怒りの電話。


「何だったんだ……」


 小さく呟く。


 隣では、奈々美が心配そうに俺を見ている。


「元樹くん、大丈夫?」


「ああ……」


 俺は頷く。


 でも、大丈夫じゃない。


 草壁さんの怒り。


 玲を傷つけたことへの責め。


 全部、正論だった。


「俺は……」


 呟く。


「俺は、本当に最低だな」


「元樹くん……」


 奈々美が俺の手を取る。


「あなたは、最低なんかじゃないわ」


「でも……」


「ただ、選択をしただけ」


 奈々美が続ける。


「私を選んでくれた」


「それは、悪いことじゃない」


 その言葉に、俺は首を振る。


「でも、玲を傷つけた」


「それは、事実だ」


「ええ」


 奈々美が頷く。


「上野さんは傷ついた」


「でも、それは仕方がないことよ」


「仕方がない……?」


「だって、元樹くんは一人しか選べないもの」


 奈々美が優しく言う。


「私と上野さん、両方を選ぶことはできない」


「だから、どちらかを選ぶしかなかった」


「元樹くんは、私を選んでくれた」


 奈々美が俺を見つめる。


「それは、私にとっては嬉しいことよ」


「でも、上野さんにとっては辛いこと」


「それは、避けられない」


 その言葉に、俺は何も言えなくなった。


 確かに、奈々美の言う通りだ。


 俺は選ばなければならなかった。


 そして、俺は奈々美を選んだ。


「でも……」


 俺は呟く。


「草壁さんの言う通り、俺は偽善者だ」


「玲を傷つけておいて、今更心配するなんて」


「そんな資格、ないのに」


「元樹くん」


 奈々美が俺の顔を覗き込む。


「あなたは、優しすぎるのよ」


「え……」


「上野さんを傷つけたことを、後悔してる」


「だから、上野さんを守りたいと思ってる」


 奈々美が続ける。


「でも、それは偽善じゃないわ」


「本当の優しさよ」


「本当の優しさ……?」


「ええ」


 奈々美が頷く。


「上野さんを傷つけたからこそ」


「上野さんを守りたいと思う」


「それは、責任感の表れよ」


 その言葉に、俺は少し救われる思いがした。


「でもね、元樹くん」


 奈々美が真剣な表情になる。


「上野さんのことを気にしすぎないで」


「え……」


「今の上野さんには、草壁さんがいる」


 奈々美が続ける。


「草壁さんが、上野さんを支えてる」


「だから、元樹くんは気にしなくていいの」


「でも……」


「元樹くん」


 奈々美が俺の手を強く握る。


「今、あなたが気にするべきは誰?」


 その問いに、俺は答える。


「奈々美……」


「そうよ」


 奈々美が微笑む。


「私よ」


「私は、病気と闘ってる」


「元樹くんの支えが必要なの」


「だから……」


 奈々美が俺を見つめる。


「私だけを見て」


 その言葉に、俺は頷いた。


「わかった……」


「ありがとう」


 奈々美が嬉しそうに微笑む。


 でも、俺の心の中では――


 まだ、玲のことが気になっていた。


 草壁さんの怒り。


 玲への執着。


 全てが、不安だった。


「玲……」


 心の中で呟く。


「大丈夫かな……」


 でも、その不安を口にすることはできなかった。


 奈々美が、そばにいるから。




 私、渡部由美は自分の部屋で宿題をしていた。


 でも、集中できない。


 今日の出来事が、頭から離れない。


 お兄ちゃんと玲さん。


 初詣での、あの険悪な雰囲気。


「お兄ちゃん……」


 小さく呟く。


 お兄ちゃんは、玲さんのことを心配してた。


 でも、玲さんは怒ってた。


「どうしてこんなことに……」


 私は、お兄ちゃんと奈々美さんを応援してきた。


 二人が結ばれることを、願ってきた。


 でも――


 玲さんを傷つけることになるなんて、思わなかった。


「玲さん……」


 玲さんは、優しい人だ。


 私のことも、可愛がってくれた。


 そんな玲さんが、お兄ちゃんのせいで傷ついてる。


「私……」


 私は、どうすればいいんだろう。


 お兄ちゃんを応援すべき?


 それとも、玲さんを慰めるべき?


 わからない。


「難しい……」


 ため息をつく。


 恋愛って、こんなに複雑なんだ。


 誰かを選ぶってことは、誰かを傷つけるってこと。


「お兄ちゃん……辛いよね」


 お兄ちゃんも、きっと苦しんでる。


 玲さんを傷つけたことを、後悔してる。


 でも、奈々美さんを選んだ。


 それは、お兄ちゃんの決断だ。


「私は……」


 私は、お兄ちゃんを支えよう。


 お兄ちゃんが選んだ道を、応援しよう。


 でも、玲さんのことも忘れない。


 玲さんが幸せになれるように、祈ろう。


「みんな、幸せになってほしいな……」


 小さく呟いて、私は再び宿題に向かった。



 同じ日の夜。



 私、山田未菜は光明くんと電話していた。


「今日、元樹が玲ちゃんに会ったらしいよ」


 光明くんが言う。


「え、本当?」


「ああ。初詣で偶然会ったみたい」


「それで、どうなったの?」


 私は身を乗り出す。


「元樹が、草壁のことを玲に忠告したらしい」


「忠告?」


「ああ。気をつけろって」


 光明くんが続ける。


「でも、玲は激怒したって」


「そりゃそうだよね……」


 私は頷く。


「元樹くんに言われても、説得力ないもん」


「だよな」


 光明くんが同意する。


「でもさ、未菜」


「ん?」


「草壁って子のこと、やっぱり気になるんだよ」


 光明くんが真剣な声になる。


「元樹の話だと、草壁が元樹に電話してきたらしい」


「え、電話?」


「ああ。めちゃくちゃ怒られたって」


 光明くんが続ける。


「玲を傷つけた罪を責められて」


「最後に『私の玲ちゃんに関わるな』って言われたらしい」


「私の玲ちゃん……」


 私は呟く。


「やっぱり、おかしいよね」


「ああ」


 光明くんが頷く。


「友達の域を超えてる」


「でも、どうすればいいの?」


 私は不安そうに言う。


「玲ちゃんは、草壁さんのことを信頼してる」


「私たちが何を言っても、聞かないと思う」


「そうだよな……」


 光明くんが悩む声を出す。


「でも、このまま放っておくのも危険だ」


「うん……」


 私も同意する。


「草壁さん、玲ちゃんに執着してる」


「元樹くんが経験したことと、同じかもしれない」


「どうしよう、光明くん」


 私は不安で仕方がない。


「まずは、様子を見よう」


 光明くんが言う。


「新学期になったら、玲の様子を注意深く見る」


「そして、何かあればすぐに動く」


「わかった……」


 私は頷く。


「でも、何もないといいね」


「ああ」


 光明くんも願うように言う。


「玲が、幸せになれるといいな」


 電話を切った後、私は考え込んだ。


 草壁穂香。


 彼女は、本当に玲ちゃんの味方なのだろうか。


 それとも――


 何か、別の思惑があるのだろうか。


「新学期が……不安だな」


 小さく呟いて、私はベッドに横になった。




 夜、十時。


 私は自分の部屋で、ベッドに座っていた。


 今日のこと。


 玲さんを抱きしめたこと。


「私は裏切らない」と言ったこと。


 全部、覚えている。


「玲さん……」


 名前を呟く。


 大好きな人。


 守りたい人。


 一緒にいたい人。


「私の……玲ちゃん」


 小さく笑う。


 そう、玲さんは私のものだ。


 渡部元樹のものでも、柊奈々美のものでもない。


 私のものだ。


「誰にも……渡さない」


 決意を新たにする。


 新学期が始まったら、もっと玲さんと一緒にいよう。


 もっと、玲さんに頼られる存在になろう。


 そして――


 いつか、玲さんに告白しよう。


「好きです」って。


「一緒にいてください」って。


 玲さんは、きっと驚くだろう。


 でも、拒否はしないと思う。


 だって、玲さんも私を必要としてる。


 私がいないと、玲さんは一人になってしまう。


「だから……」


 私は微笑む。


「玲さんは、私を選ぶしかない」


 それは、計算だった。


 でも、それでいい。


 玲さんを手に入れるためなら、何でもする。


 たとえ、それが――


 卑怯な方法だとしても。


「玲さん……」


 もう一度、名前を呼ぶ。


「待っててね」


「私が、あなたを幸せにするから」


 その決意と共に、私は電気を消した。


 暗闇の中、私の目だけが――


 不気味に光っていた。




 一月一日の夜が更けていく。


 それぞれが、それぞれの場所で、想いを抱えていた。


 元樹は病院で、奈々美の隣にいる。


 奈々美の手を握りながら、でも心は玲のことで一杯だった。


『玲、大丈夫かな……』


 玲は自分の部屋で、ベッドに横になっている。


 元樹のことを思い出しながら、涙を流していた。


『元樹……私、どうすればいいの……』


 穂香は自分の部屋で、玲のことを考えている。


 その目には、強い執着が宿っていた。


『玲さん……絶対に、手に入れる』


 由美は自分の部屋で、兄のことを心配している。


『お兄ちゃん、幸せになってね』


 未菜と光明は、それぞれの家で、玲のことを心配していた。


『玲ちゃん……大丈夫かな』


『玲……守ってやりたいけど……』


 そして、奈々美は病室で、元樹の横顔を見つめている。


 その目には、満足感と――わずかな不安が混じっていた。


『元樹くん……私だけを見て』


 新年の夜。


 それぞれの想いが、交錯する。


 恋。


 友情。


 執着。


 嫉妬。


 全てが絡み合い、複雑な関係を作っていく。


 そして――


 これから始まる新学期。


 新たな展開が、彼らを待っている。


 草壁穂香の執着は、どこまでエスカレートするのか。


 玲は、元樹への想いを断ち切れるのか。


 元樹は、玲を守ることができるのか。


 奈々美は、元樹を手放すのか。


 全ての答えは――


 これからの物語が、明らかにしていくだろう。


 新年の静かな夜。


 黒峠の町は、平和に見える。


 でも、その水面下では――


 新たな波乱が、静かに近づいていた。



第27話、お読みいただきありがとうございました。


新年から動き出した新たな波乱。元樹の善意は玲には届かず、逆に関係はさらに悪化してしまいました。

そして草壁穂香の執着が、ついに表面化しました。


「私の玲ちゃん」――この一言に、穂香の本質が凝縮されています。奈々美の元樹への執着と同じよう

に、穂香もまた玲に病的な愛情を向けています。傷ついた玲は、それに気づくことができるのでしょう

か。


元樹と玲の関係は完全に断絶し、穂香は玲をさらに自分の世界に引き込んでいきます。一方で奈々美は病院から、元樹を通して状況を見守っています。


次回も、穂香の行動はさらにエスカレートし、未菜と光明の懸念も現実のものとなっていきます。


それでは、第28話でまたお会いしましょう。


暁の裏

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