第十九章(3):古都の風情と、深まる絆
学園での騒動から一夜明けた、12月29日の朝。
私たちは、古都・京乃都への旅行に出発した。
ルシアン様をはじめとする勇者たちと私、そして私の両親。佐倉家にとって、そして彼らにとっても、おそらくこれが、この滞在における日本での最後の特別な時間になるだろう。
新幹線に乗り込んだルシアン様たちは、窓の外を流れる日本の風景に目を輝かせた。
「セラフィナ、あの速さで景色が変わっていくとは……この世界の技術は、やはり驚くべきものがあるな」ルシアン様が感嘆の声を漏らす傍らで、カスパール君は駅弁を広げ、ローゼリアちゃんは一口一口味わいながら、その美味しさに瞳を輝かせていた。
アルドロンさんは、旅行中も何か思考を巡らせているようだったが、時折見せる穏やかな表情は、彼もこの時間を楽しんでいる証拠だろう。
京乃都に着くと、まず私たちは格式高い高級旅館にチェックインした。
広々とした和室には、手入れの行き届いた庭園が望める窓があり、洗練された調度品が並べられていた。
ルシアン様たちは畳の香りと、静かで落ち着いた雰囲気から、この世界の「もてなし」の心を感じているようだった。
「これが、この世界の『もてなし』というものか……」ルシアン様が感嘆の声を漏らす。
部屋割りは、男女別に分かれた。女性陣は私、母、そしてローゼリアちゃんが一部屋。男性陣はルシアン様、父、カスパール君、アルドロンさんが一部屋だ。
高級旅館とあって、どちらの部屋も広々としており、中に複数の寝室や控室が設けられているため、各々がゆったりと過ごせるよう配慮されていた。
午後は早速、観光に出かけた。
まずは、朱色の鳥居が延々と続く伏美稲荷大社へ。
その神秘的な光景に、ルシアン様たちは目を奪われていた。
「これは……まさに神域と呼ぶにふさわしい」ルシアン様が厳かに呟くと、他のメンバーも敬虔な面持ちで鳥居をくぐっていった。
その後は、風情ある儀園の街を散策し、舞妓さんの姿に目を輝かせたり、老舗の和菓子店で抹茶と甘味を楽しんだりした。
夜は、宿で京料理の真髄を堪能し、その繊細な味付けに舌鼓を打った。
「これほどまでに素材の味を引き出すとは……」ルシアン様が感心しきりだった。
食事の後、私たちは部屋に備え付けられた露天風呂へ向かった。湯船に浸かると、温かい湯が全身を包み込み、一日の疲れが溶けていくようだった。
そして、目の前には京乃都の夜景が広がり、最高の景色を独り占めしているような贅沢な気分に浸った。
それぞれの部屋では、他愛のないおしゃべりに花を咲かせていた。
女性陣の部屋では、早速、私とローゼリアちゃんがお互いの購入品を見せ合ったり、母を交えて女子トークに花を咲かせた。
「ねえ花、ローゼリアちゃん。こんな日が来るなんて、本当に夢みたいよ……!」
母は、目をキラキラさせて私たちを見つめた。
「まさか、本物の五光の勇者様たちと、一緒に旅行に来るなんてね!しかも、ルシアン様が花と結婚だなんて!花、本当に幸せになるのよ!?」
母の興奮した声に、私は顔を赤くして「もう、お母さん!」と抗議したが、母は嬉しそうに笑っている。
「それにしても、ローゼリアちゃん」母は身を乗り出した。
「カスパール君って、本当にローゼリアちゃんのこと大切に思ってるのね。いつもローゼリアちゃんのこと心配してて、優しいじゃない。でも、時々、ちょっと素直じゃないっていうか……」
母の言葉に、ローゼリアちゃんはパッと顔を輝かせた。
「陽子さん、そうなんです!カスパール君は、本当に素晴らしいんです!普段はぶっきらぼうに見えるかもしれませんけど、実は誰よりも仲間思いで、いざという時には必ず守ってくれるんです!魔導士としても、本当に尊敬しています!」
ローゼリアちゃんは、まるで推しのライブについて語るかのように、目を輝かせながらカスパール君の魅力を熱弁し始めた。その姿は、私がお母さんにルシアン様のことを語る時とそっくりで、思わず笑みがこぼれた。
「それに、あのツンデレなところも、たまらないんです!本当は心配しているのに、わざと冷たいふりをしたり、照れて目を逸らしたり……もう、可愛くて仕方ないんです!」
ローゼリアちゃんの熱い語りに、母は「まあ、そうなのね!」と相槌を打ちながら、楽しそうに耳を傾けている。
私たち三人の間には、温かく、秘密めいたガールズトークの時間が流れていった。
普段は聞けないような母の若い頃の話や、私の魔界での冒険談に、時間も忘れて盛り上がった。こんな家族水入らずの時間も、本当に久しぶりだった。
―――一方、男性陣の部屋では、ルシアンと剛が向き合うように座っていた。
ルシアンが剛の義理の息子となることもあり、剛は少し緊張した面持ちだったが、ルシアンが「剛殿、今夜は堅苦しい話は抜きにして、男同士、ざっくばらんに語らおうではないか」と声をかけると、彼の表情も和らいだ。
「ルシアン様……娘の花を、本当に大切に育ててきたつもりです」
父は、盃を傾けながら、ぽつりと語り出した。
「剣道師範として、また帝都守護剣士隊隊長として、つい厳しく接してしまったこともありました。あの子には、人一倍の才能があったからこそ、どこか期待しすぎていたのかもしれない……。ですが、それは親として、あの子が強く、幸せに生きてほしいと願う一心からでした。大切な大切な娘ですから、どうか、ルシアン様、花を……セラフィナを、世界で一番幸せにしてやってほしい」
その言葉には、親としての偽らざる愛情と、娘を送り出す複雑な胸の内が滲んでいた。
ルシアンは静かに、しかし力強く頷いた。
「それにしても、あの子は昔から、本当におっちょこちょいでね」
剛は、どこか懐かしむように笑った。
「小さい頃は、よく剣道の稽古中に竹刀と木刀を間違えて持ってきたり、道着を裏返しに着ていたりして、そのたびに私が怒って、陽子が笑って……。そんな可愛い失敗ばかりする娘でしたよ」
カスパールとアルドロンも、その話に興味深そうに耳を傾け、時折くすくすと笑い声を漏らした。
「ルシアン様も、まさかご自身の等身大パネルで異世界を行き来することになるとは、思ってもみなかったのでは?」
剛の冗談に、ルシアンはわずかに眉をひそめた後、ふっと笑みをこぼした。
その表情には、彼の持つ温かさと、親愛の情が滲んでいた。
アルドロンも面白そうに口元を緩め、カスパールは視線を逸らしつつも、「それは確かに、俺たちにとっても予想外だったな……」と、珍しく素直な同意の言葉を漏らした。
剛とルシアンの間に、確かに「男同士」の絆が芽生え始めた瞬間だった。―――
翌、12月30日の朝。
私たちは、旅館の広間から望む京乃都の風景を眺めながら、彩り豊かな朝食をいただいた。
湯豆腐や京野菜の煮物、焼き魚など、体に優しい和食が並び、皆、昨夜の豪華な食事とはまた違う、素朴で温かい味わいを堪能していた。
ルシアン様も日本の朝食文化に興味津々で、お味噌汁を一口飲むたびに「なるほど……奥深い味だ」と感心していた。
朝食後、私たちは二日目の観光へ出発した。
まずは、鮮やかな朱色に輝く金箔寺へと向かった。
雪がちらつく中、池に映る金色の楼閣は、息をのむほど幻想的で、一同から感嘆の声が上がった。
「これは……まさに絵画の世界だ」ルシアン様が静かに呟き、その瞳に日本の美を焼き付けているようだった。
カスパール君は建物の構造に興味を示し、アルドロンさんは輝く素材の成分を分析しようと試み、ローゼリアちゃんは美しい庭園を背景に盛んに写真を撮っていた。
その後、私たちは清石寺へと足を運んだ。
多くの観光客で賑わう参道を歩き、様々なお土産物店を覗いた。
母とローゼリアちゃんは、可愛らしい和雑貨や京菓子に夢中になり、あれこれと品定めを始めた。
「花、これルシアン様にどうかしら?」
「わあ、陽子さん、セラフィナちゃん、これカスパール君にどうかしら?」そんな声が飛び交う中、私も二人の笑顔につられて、楽しく品物を選んだ。
男性陣も、それぞれの好みに合わせて抹茶味のお菓子などを購入している。
清石の舞台から見下ろす京乃都の街並みは、どこか懐かしく、そして少し寂しげに見えた。
「セラフィナ」 ふと、隣に立つルシアン様が私の手を握った。
彼の視線は、遠く広がる街の景色に向けられている。
「お前が生まれ育ったこの世界は、本当に美しい場所だな」 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「はい……私も、この景色が大好きです」 ルシアン様は、私の頭を優しく撫でた。
「また、いつでも戻って来られる。この京乃都にも、何度でもな」 その言葉が、私の不安をそっと和らげてくれた。
夕方、私たちは京乃都駅へと向かい、新幹線で帝都へと戻った。
車窓から流れる日本の風景は、もうすぐお別れを告げるかのように、一層輝いて見えた。
家族や勇者たちと過ごした二日間の京乃都旅行は、思い出深いものとなり、私の中で大切な宝物として刻み込まれた。




