第十九章(1):結婚宣言と、三度の誓い
アルドロンさんが、異世界間の移動時に発生していた歪みを解消する等身大パネル、そして遠隔で通信できるスマートフォンを開発した翌日、12月28日のことだった。
年越しが近づき、元の世界に戻る日が刻一刻と迫ってくる中、リビングでみんなで寛いでいると、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい!」
お母さんが出ていくと、そこには健太郎と有紀の姿があった。
「花!おじゃましまーす!」元気いっぱいの二人の声が響き、リビングがぱっと明るくなった。
「健太郎、有紀、いらっしゃい!」私も立ち上がって二人を迎え入れた。
リビングに入ってきた二人は、興奮した様子で私たちを見た。
「花、大変だよ!こないだのイベントのこと、ネットですごいことになってる!」
健太郎がスマホの画面を私に見せた。
そこには、魔物を模した演出と題し、詳細な記事や写真、動画と共に大量にアップされていた。
スクロールすると、私たちが魔物を倒している動画も何本も上がっていて、まるで本物のような迫力だと話題になっている。
「みんなが、うちの学校にいた留学生たちなんじゃないかって、すごく騒がれてるんだよ!」
有紀がスマホの別の画面を見せた。
そこには、ルシアン様たちのイベントでの姿と、私たちが学園で過ごしているときの隠し撮りされた画像や動画が並べられていた。
「ほら、これ見て!ルシアン様が花が廊下で話してるとことか、カスパール君が購買でパン食べてるやつとか!全部バレバレなんだよー!」有紀の言葉に、私も思わず目を丸くした。まさか、そこまで監視されていたなんて!
すると、有紀が急にしょんぼりした顔になった。
「でもさ、花……花、元の世界に帰っちゃうんだよね……?」彼女の寂しそうな声に、私の胸がチクリと痛んだ。
その時、アルドロンさんが静かに口を開いた。
「心配はいらない、有紀殿。実は、我々は新たな通信手段を開発したのだ」そう言って、アルドロンさんは胸ポケットから、例のスマートフォンを出した。
「これを使えば、我々の世界と、この世界で通信が可能になる。遠隔での情報共有や、声のやり取りも可能だ」
アルドロンさんは興奮気味に続ける。
「更に、等身大パネルを媒介とすることで、セラフィナも我々勇者も、空間に大きな歪みを生じさせることなく、この世界を行き来することが可能になったのだ!もちろん、頻繁な行き来は空間に歪みを生じさせる可能性があるため、エリアス様の許しがない限り無制限にはできないが、全く会えなくなるわけではない」
アルドロンさんの説明に、健太郎と有紀の顔がパッと明るくなった。
「え、本当!?じゃあ、花とまた話せるの!?」
「やったー!よかった、花!」二人の喜ぶ姿を見て、私も心が少し軽くなった。
しかし、安堵したのも束の間、有紀が再び顔を曇らせた。
「でもさ、花がいなくなったら、学校とか、この世界の人たちにどう説明するの?急にいなくなるわけにはいかないでしょ?」
鋭い指摘に、私は思わず言葉に詰まった。そうだ、そこまで考えていなかった。
すると、お母さんが優しい声で言った。
「そうね……じゃあ、ルシアン様たちの国に留学したことにでもする?それで、学校は転校ってことにすれば、みんなも納得してくれるんじゃないかしら」お父さんも「そうだな」と頷いている。
そんな話をしていると、健太郎が眉をひそめて言った。「でもさ、変な噂も出てるんだよな。あの加藤さんが、なんか言っててさ…」
「え、何?」
私が尋ねると、有紀が顔を歪めて教えてくれた。
「なんかね、ルシアン様たちは海外から来た『五光の勇者』のコスプレ集団で、実は全員アクション俳優なんだって、言いふらしてるの!」
「花もそのアクション俳優養成所にでも属してるだけでしょって。ルシアン様が花を特別とか思うはずない、とかって…」
有紀の言葉を聞いた瞬間、ルシアン様の顔から表情が消えた。
その蒼い瞳に、見たことのないほどの、静かで冷たい怒りが宿っているのが分かった。
リビングの空気が、一瞬にして凍り付いたようだった。
「……無礼な」
ルシアン様の声は、普段の冷静さからは想像もつかないほど、低く、重く響いた。
その場にいる誰もが息をのむ。
ルシアン様は、ゆっくりと立ち上がると、まっすぐに私の両親に視線を向けた。
「剛殿、陽子殿。佐倉花は、これより学園を退学いたします」
彼の言葉に、私だけでなく、お父さんとお母さんも驚いて目を見開いた。
「ルシアン様!突然どうしたんですか?」
お父さんが慌てて声を上げたが、ルシアン様はそれを遮るように続けた。
「佐倉花は、私、ルシアンと結婚のため、北方の私の国『ノルヴェイグ』へ共に参ります。もちろん、お二人の承諾も既に得ております」
ルシアン様の言葉に、私は完全に思考が停止した。
お父さんとお母さんも、彼の言葉に呆然としている。
確かに以前、ルシアン様から婚約の話は出ていたけれど?
すると、ルシアン様は、場の凍りついた空気に構わず、まるで完璧な解答を提示するかのように、皆に少し微笑んだ。
「このような理由でどうでしょうか?」
お父さんは、まだ呆然としたままだったが、何とか言葉を絞り出した。
「い、いや、ルシアン様……結婚となると、しかも王子様ともなると……周りが黙っていないのでは?色々と詮索されたり、騒ぎになったりするのでは……」
お父さんの心配はもっともだ。普通の転校ならともかく、北方の王子(この世界での設定上)との結婚となれば、とんでもないスキャンダルになりかねない。
しかし、ルシアン様は、そんなお父さんの懸念を一蹴するように、眉一つ動かさずに言い放った。
「かまわない。この世界の人間が何を言おうと、我々の行く末には関係ない」
その揺るぎない態度に、お父さんはたじろいだ。ルシアン様の言葉には、魔王としての絶対的な自信と、私への深い決意が滲み出ていた。
そして、ルシアン様は、改めて深く頭を下げた。彼の姿勢からは、両親への最大限の敬意が伝わってきた。
「皆様に、もう一度、心より確認させていただきたく存じます。娘さんとの結婚をお許しいただけますでしょうか」
お父さんとお母さんは、ルシアン様の真摯な態度に、感動したように目を見合わせた。
「ルシアン様、何を今さら…!」お母さんが、頬を紅潮させながら、少し震える声で言った。
「わたくしたちにとっては、こんなに喜ばしいことはございません!娘の花を、ルシアン様に託せること、本当に光栄に思っております!」
お父さんも、深く頷いた。彼の目には、確かな信頼と喜びが宿っていた。
「もちろんです、ルシアン様。私たちの気持ちに、一切の迷いはございません。どうか、末永く花を、よろしくお願いいたします」
両親の力強い言葉に、ルシアン様の顔に安堵と、そして温かい笑みが浮かんだ。
すると、ルシアン様は、私の手をそっと取り、その蒼い瞳を真っ直ぐに私に向けた。
「セラフィナ。お前との結婚式は三度挙げることになるな」
彼の言葉に、私は目を瞬かせた。
三度?
「一度は我々勇者の世界で、二度目は魔界で。そして、お前がいつでも戻ってこられるようになったこの佐倉花の世界で、三度目の結婚式を挙げよう。むろん、エリアスの許しを得てのことだがな」
ルシアン様の真剣な表情に、私の心臓が大きく跳ねた。
三回も結婚式なんて、漫画みたいだ。
でも、彼の言葉には、私とずっと一緒にいたいという強い思いが込められているのが伝わってきて、胸がいっぱいになった。
すると、それまで呆然としていたお母さんが、急に顔を輝かせた。
「まあ!花の結婚式をこの世界でもしてくださるなんて!こんなに幸せなことはないわ!」
お母さんは、感極まったように目を潤ませ、手を合わせた。
「ね、ルシアン様!勇者の世界と魔界での結婚式の様子も、ぜひスマホで動画を送ってくださいね!もちろん、写真も!」
お母さんの言葉に、ルシアン様は少し驚いたような、でもどこか嬉しそうな顔で頷いた。
「ああ、承知した。可能な限り、記録として残して送ろう」
そのやり取りに、健太郎と有紀も「絶対出席するね!」「魔界の結婚式、絶対見たいな!」と目を輝かせている。
私の頭の中は、これから始まるであろう三度の結婚式の想像で、完全にパニック状態だった。
でも、ルシアン様がそこまで考えてくれていることが、何よりも嬉しかった。




