第十七章(1):クリスマスの夜のために(ルシアン視点)
十二月も半ば、街は奇妙な賑わいに包まれていた。
至る所に煌めく装飾が施され、「メリークリスマス」という耳慣れない言葉が飛び交っている。
佐倉家でも、陽子殿が楽しげに飾り付けを行っていた。
「ルシアン様、この星をツリーのてっぺんに飾ってくださいますか?」
陽子殿に促され、巨大なモミの木のような飾り物の最上部に小さな星を飾る。
ふむ、これがこの世界の祭りの一つか。俺の故郷の世界の祝祭は、もっと厳かで、あるいは力の誇示を伴うものが多い。しかし、この煌びやかな飾り付けも、見ていて退屈はしない。
連日、テレビからは軽快な音楽と共に「クリスマスセール!」や「恋人と過ごす聖なる夜」といった言葉が流れてくる。
特に「イブ」とやらには、恋人たちが特別な夜を過ごすという情報が頻繁に目に飛び込んできた。
愛を確かめ合う、だと?
セラフィナが、この祭りに興味津々で目を輝かせているのを見て、俺もこの『クリスマス』とやらを理解し、彼女と共にその『特別な夜』を過ごす術を学ぶべきだと感じた。
魔王として数多の戦場を駆け巡り、幾多の策謀を巡らせてきたこの俺が…クリスマスイブとやらの作法に窮するとは。
以前、この世界で「駆け引き」とやらで困惑したことがあったが、まさか再び、このようなことで頭を悩ませることになるとはな。
もう失敗は許されない。
これは、かつてないほどの難題かもしれん!
その夜、俺は自室で瞑想を試みたが、思考は「クリスマス」と「デート」という二つの言葉の迷宮を彷徨うばかりだった。
普段であれば瞬時に最適解を導き出すはずの俺の頭脳が、この問題に関しては全く機能しない。
翌朝、俺は和室で書物を読んでいたアルドロンの元を訪れた。彼なら、きっと、この重要極まりない疑問に答えてくれるだろう。
「アルドロン」 俺が声をかけると、アルドロンは手元の書物から顔を上げた。
「どうかしたか?ルシアン」
「お前は、この世界のあらゆる文化を勉強中と聞いているが…一つ、尋ねたいことがある」
俺は努めて平静を装い、本題に入った。
喉の奥でわずかな乾きを覚えながら、「年末に近づき、『クリスマス』とやらが盛んになっているようだが…特に『イブ』という日には、恋人たちが共に過ごすという話を聞いた。…お前は、その具体的な方法について、何か知識を持っているか?」
アルドロンは俺の言葉にピタリと動きを止めた。そして、真顔で腕を組み、深く考え込み始めた。
「ふむ…『クリスマス』とは、特定の宗教的起源を持つ祝祭ではあるようだが、この世界では主に商業的要素が強く、特に『イブ』の夜は、俗に言う『ロマンティックな交流』が推奨される日と認識されておる。具体的な方法と言えば…」 彼は、すっかり慣れた手つきで、ネットの情報端末を操作しながら答える。「まず、互いの存在を称え合う言葉を交わし、特別な食事を共にし、場合によっては互いへの感謝を示す物品を贈呈する行為が見受けられる。これは、この世界の『デート』と呼ばれる行為の、最も典型的な形式の一つのようだ。」
「ほう…」
俺はアルドロンの真面目な説明に、感心したように頷いた。
「贈呈する物品、か…」 俺は腕を組み、セラフィナへの贈り物をどうすべきか考えを巡らせた。
以前、手に入れた『漆黒の桜の花の髪飾り』が頭に浮かんだ。あれは、彼女に似合うと思って選んだ品だ。
「アルドロン。以前、俺が手に入れた『漆黒の桜の花の髪飾り』のような品は、この世界の恋人たちを喜ばせるものなのか?」
アルドロンはフッと笑みを漏らした。
「ルシアン。それは、まさしく最高の選択だ。その髪飾りは、この世界の美意識にも合致し、何よりもルシアンのセラフィナに対する想いが込められた品と、彼女は認識するはずだ。価値ある品とは、単に希少であるだけでなく、贈る側の心が宿るもの。それに勝るものはないだろう。」
俺は頷いた。やはり、あの髪飾りで間違いなかったか。
「なるほど…。では、特別な食事については、どのような場所で、どのようなものが…この時期によく耳にする『チキン』や『ケーキ』とやらも、そういった特別な日に食されるものなのか?」
「この世界の料理は、質素なものから手の込んだものまで様々だが、この『クリスマス』とやらでは、普段とは異なる特別な食事が求められるらしい。 「その『チキン』や『ケーキ』は、この時期の象徴的な食べ物とされている。『クリスマスディナー』では、レストランでのコース料理を楽しむことができる。また、家庭での手作りの食事など、様々な形式で楽しむことができるようだ」
アルドロンの的確な助言に、俺は深く頷いた。
「その『クリスマスディナー』とやらについて、調べられるか?」
「もちろん。すべてデータとして把握している。必要とあれば、ルシアンの口に合うよう、最適な店を探そう」
「そうか…」 俺は、目の前の難題が、少しだけ解決の糸口を見出した気がした。
俺は、クリスマスの夜の計画を練り始めた。
贈る品は決まった。
残るは、特別な食事の手配と、そして何より、この「デート」とやらを成功させることだ。
魔王としての威厳と、一人の男としての真心。その両方を兼ね備えた、最高の夜を演出せねばならん。
ああ、戦略的な大戦を指揮する方が、よほど容易いというのに!




