第十六章(1):薄い本の衝撃、そして賢者の悟り
熱狂と興奮に包まれたイベントを終え、エリアス様の計らいで、私たちは瞬く間に佐倉家のリビングへと移動した。
「いやー、楽しかったねぇ!」
エリアス様は、満足げに声を上げた。
私もまた、両腕いっぱいに抱えていたルシアン様グッズをリビングの床にドサッと降ろした。
そこには、私のものだけでなく、ローゼリアちゃんが抱えていたカスパール君グッズや可愛らしい雑貨、私が抱えきれなかったグッズの山も加わり、まるで小さな山脈のように購入品が積み上がっていた。
私は大興奮で頷いた。
「はい!楽しかったです!」
ローゼリアちゃんも、そのグッズの山を愛おしそうに見つめながら、嬉しそうに微笑んだ。その姿は、私まで温かい気持ちになるほどだった。
さて、とエリアス様は一つ手を叩いた。
「私は旅行の続きをしようじゃないか」
エリアス様は、ふと真面目な顔になり、私たちに告げた。
「君たち、元の世界に帰るのは12月31日の大晦日から1月1日に年越しをするときにしようと思っている。それまでに、やり残すことのないように!あと、元の世界に戻る準備もしておいてくれ。では!」
そう言い残し、エリアス様は再び光に包まれ、佐倉家から姿を消した。
エリアス様の言葉を聞いたお母さんは、途端に表情を曇らせた。
「花…元の世界に帰るのね…」
寂しげな声が、リビングに響く。
私は、お母さんの悲しそうな顔を見て、胸が締め付けられる思いがした。
「お母さん…」
―――一方、男性陣の和室では、思わぬ衝撃が彼らを襲っていた。
アルドロンがイベント会場で大量に購入してきた「薄い本」の山を、カスパールが何気なく手に取ったのだ。
「ったく、アルドロンも何こんなもん買い込んでんだか…」
ぶつぶつと呟きながら、カスパールはパラパラとページをめくった。最初に目に入ったのは、ルシアンとセラフィナが抱き合っているイラストだった。
「はっ…なんだこれ。まあ、ありがちな…」
最初はそう思ったカスパールだったが、次のページ、また次のページと読み進めるうちに、彼の顔色はみるみるうちに青ざめていった。
そこに描かれているのは、彼の想像をはるかに超える「濃密な愛情表現」の数々だった。
ルシアンとセラフィナの、赤裸々な「いちゃいちゃ」が、惜しげもなく描かれている。
「な…ななな、なんだこりゃあぁぁぁぁぁぁ!?」
カスパールの絶叫が、和室に響き渡った。その声に、隣の部屋で読書をしていたルシアンと、まだ部屋に戻っていなかったアルドロンが何事かと駆け寄ってきた。
「どうした、カスパール!?」
ルシアンが驚いて尋ねると、カスパールはガタガタと震える手で、その薄い本をルシアンの目の前に突き出した。
「ル、ルシアン様!こ、これ見てください…!アルドロンが買ってきた本、とんでもないですよ…!」
ルシアンが薄い本を覗き込むと、その蒼い瞳が大きく見開かれた。彼の顔もまた、みるみるうちに赤く染まっていく。
「な…これは…!?」
ルシアンが絶句する中、アルドロンが冷静な表情で言った。
「ああ、それか。人間同士の愛情表現について、より深く知るために購入してみた。非常に興味深い資料だ」
ルシアンとカスパールは、アルドロンの言葉に言葉を失った。
カスパールが手に取ったのは、ルシアンとセラフィナの甘い絡みが描かれた一冊だったが、他にも様々な嗜好の「薄い本」が存在した。カスパールとローゼリアの、時に甘く、時に情熱的な交流を描いたもの。はたまた、男性同士の絆を深く掘り下げた、いわゆる「腐向け」と呼ばれるジャンルのものまで。
その多様な表現に、アルドロンは最初こそ驚きを隠せなかったものの、賢者としての冷静な分析力で、すぐにその本質を見抜いた。
「この世界の人間は、子孫を残すという行為に対して、これほどまでに多様な感情と想像力を働かせているのか…」
彼は、薄い本を読み進めるうちに、その中に描かれた感情の機微、人間関係の複雑さ、そして生殖という行為の根源にある「愛」の多様な形を理解し始めた。
「なるほど…これは、子をなすために必要な、情動のバリエーションを考察する上で、非常に有益な資料となる」
アルドロンは、そう結論付けた。
彼の顔には、もはや驚きや戸惑いの色はなく、ただ純粋な学術的探求心と、深い理解の眼差しが宿っていた。
ルシアンとカスパールは、そんなアルドロンの隣で、顔を赤らめたり、眉をひそめたり、未だ複雑な表情を浮かべている。
そこに、両腕いっぱいのルシアングッズを抱えたセラフィナが、上機嫌で現れた。
「二人ともどうしたの?顔真っ赤だよ?」
セラフィナは、男性陣の異様な雰囲気に首を傾げ、テーブルに置かれた薄い本の山に気づいた。
「あ!薄い本!って、えええええ!?そんなものアルドロンさん買っちゃったの!?」
セラフィナは、驚きと恥ずかしさがごちゃ混ぜになった声を上げた。
その反応を見て、ルシアンは、少し戸惑ったようにセラフィナに問いかけた。
「セラフィナ…お前も、このようなものを購入したことはあるのか?」
ルシアンの真っ直ぐな問いに、セラフィナは顔を赤くし、視線を泳がせた。
「い、いや、あの…そ、その…」
言葉を濁すセラフィナに、ルシアンとカスパールは、ますます怪訝な顔をした。
アルドロンは、そんな彼らの様子を冷静に観察しながら、静かに微笑んでいた。
その日、異世界の男性陣は、新たな「学び」の領域に足を踏み入れたのだった。
アルドロンは、既にその道の先を見据えていたが、ルシアンとカスパールにとっては、まだまだ長い道のりになりそうだった。
アルドロン、さすが賢者である。




