第十五章(2):熱狂の舞台、顕現する真実
眩い光に包まれた次の瞬間、私の視界いっぱいに広がったのは、耳をつんざくような熱気と、色とりどりの光景だった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
私は思わず歓声を上げた。
そこは、想像をはるかに超える人、人、人!
会場中に大音量で響き渡るBGM、どこを見ても老若男女で埋め尽くされ、それぞれのコスプレ衣装や、思い思いの推しグッズを身に着けた人々が、熱狂の渦を作り出していた。
もう、まさにカオス!…いや、最高の楽園だ!
「な、なんだ、これは…!」
隣から、ルシアン様の珍しく戸惑ったような声が聞こえてきた。思わず彼の顔を見上げると、その美しい蒼い瞳が、信じられないものを見るように大きく見開かれている。
無理もない。彼の故郷の世界で、これほどまでに人間がひしめき合い、熱狂している光景なんて、殺伐とした戦場か、せいぜいお祭りくらいしかないはずだ。それが、人々が愛するそれぞれの物語が紡ぎ出す熱気と興奮だなんて、彼には想像もつかないだろう。
「ルシアン様、私も同じ気持ちだよ!」
彼の驚きが、私にはたまらなく愛おしく映った。
アルドロンさんも、その膨大な人の数に目を見張ってたけど、冷静を装いながらも、どこか戸惑いの表情を浮かべてた。
カスパール君は、周囲の喧騒に眉をひそめて、人混みに慣れない様子でわずかに身を固くしてた。
「うるせぇ…」って声が聞こえてきそうだった。
ローゼリアちゃんは、目をキラッキラさせながら周囲を見回して、色とりどりのコスプレをした人々や、様々なキャラクターのイラストが描かれたグッズの数々に、興味津々といった様子だった。
可愛すぎる!
「あれって…!『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』の…!?」
「やばい!本物すぎない!?クオリティ高っ!」
「しかも、あの顔面偏差値の高さ…!まじでリアルルシアン様じゃん…!」
「え、ていうか、あの話、続編が発表されたんだよね!?待ってた人、多いみたいだよ!」
周囲のざわめきが、徐々に私たちの方へと集中し始める。
耳慣れた自分たちの名前が、あちらこちらから聞こえてくる。人々の視線が、熱のこもった好奇心と興奮を伴って、私たちに注がれているのがわかる。
ひゃー、なんか有名人になった気分!
「ルシアン様!アルドロンさん!カスパール君!ローゼリアちゃん!あっち!あっちが『五光の勇者の物語』のブースですよ!」
私は、興奮のあまり、はしゃぎながらブースの方向を指差した。
しかし、行く先々で、私たちを取り囲む人垣が厚くなっていく。
「すみません、写真いいですか!?」
「握手してください!」
「サインもらえるならどこにでも行きます!」
「あなたたち、一体何者!?」
口々に写真撮影や握手を求められ、質問を浴びせられる。ブースにたどり着くどころか、一歩進むのもままならない状態だった。
私も「キャー!」って叫びたかったけど、ここは踏ん張らなきゃ!
「す、すみません!通してください!」 私が必死に声を上げるが、人々の興奮は増すばかりだ。
「見て!このマントの質感!本物みたい!」
「え、本物!?待って、まじで!?」
「マジで異世界から来たんじゃね!?」
周囲のざわめきが、「本物みたい」という言葉で一気にヒートアップする。人だかりはみるみるうちに膨れ上がり、ついには通路を塞ぐほどになってしまった。
「…エリアス様…こんなに、人気だったんですね…」 私は、感極まってエリアス様を見上げた。
私の言葉に、エリアス様は目を細め、どこか遠い目をした。
「ああ…この世界で、この物語は5年間、更新が滞っていたからね。セラフィナ君が頑張って活動していた頃も、ブースは閑散としていた時もあっただろう。それでも、こうして、多くの人が待ち続けてくれていたんだ。嬉しいね。私も、やっとここまで来れたよ」
エリアス様の言葉に、私の目にはうっすらと涙が滲んだ。
かつて、細々と続けていた「推し活」の日々が蘇る。
イベントに行っても、知る人ぞ知る作品という扱いで、ブースも人もまばらだったこともあった。それが今、これほどの熱狂を生んでいる。
それは、作品が、そして私たち「五光の勇者」の存在が、多くの人々に愛されている証拠だ。
ようやく、人々の波をかき分け、私たちは目指す『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』ブースにたどり着いた。
ブースは、予想以上の盛り上がりだった!
机の上には、コミケさながらに薄い本が山と積まれ、キーホルダーやアクリルスタンド、缶バッジといった公式グッズから、クリエイターたちが制作した二次創作グッズまで、あらゆるアイテムが並べられている。
複数の人気作家さんやクリエイターさんが出店しており、それぞれのブースには長蛇の列ができていた。
特に目立つのは、ピンク色の可愛らしい『フワワ』のぬいぐるみや、その姿が描かれた様々なグッズだ。
それらを手にした人々が、嬉しそうにブースを行き交っている。
「すごい…!本当にこんなにたくさんの人が…!」
私は、目を輝かせながらブースを見回し、等身大パネルに目が釘付けになった。
やった!ルシアン様の等身大パネルがある!
カスパール君もローゼリアちゃんも、アルドロンさんのもある!
「うわー、みんな超イケメン!」って、我ながらテンションが上がりまくりだ。
これはもう、今度こそ買うしかないでしょ!って、心に誓い、買う気満々で列に並んだ。
ルシアン様も、自分の等身大パネルを見て、少し驚いた顔で「これは…俺か?」と呟いていた。
アルドロンさんはパネルの構造をじっと観察し、カスパール君は自分のパネルに「なんだこれ…」と眉をひそめつつも、ローゼリアちゃんのパネルには「…悪くねぇな」と呟いてた。
ローゼリアちゃんは、自分のパネルを指差して「私ってば、こんなに可愛く描いてもらってる!」って大喜びだった。
その間も、ルシアン様たちは周囲の人々に写真撮影や握手を求められ、対応に追われている。彼らの周囲は常に人だかりの中心となり、イベント会場の熱気を一層高めていた。
―――その時、カスパール君が突然、眉をひそめた。その顔には、何かを探るような険しさが浮かんでいた。
「…やっぱり、ずっと変な匂いがしてたんだよな」
彼の呟きは、会場の熱狂の渦に飲まれそうになるほど小さかったけど、私たち勇者にははっきりと聞こえた。
すると、会場の熱気が一瞬にして重く、淀んだものに変わる。
「魔物だ!」
ルシアン様が鋭い声で叫んだ。
彼の蒼い瞳が、一点を睨みつける。
アルドロンさんも、杖を構え、警戒態勢に入った。
「な、なんで、人間界に魔物が…!?」
私は驚愕した。
魔物は、勇者たちの世界にしか存在しないはずだったのに!
しかし、その疑問を打ち消すかのように、異形の影が、会場の熱気を吸い上げながら、歪んだ空間からヌッと現れた。
それは、黒い瘴気を纏った巨大な結晶質の獣で、会場中の人々の負の感情や興奮を貪るように、みるみるうちに巨大化していく。
その体表は見る間に鋭利な結晶に覆われ、不気味な光沢を放っている。
「うおおお!すげーリアル!」
「なんだあれ!?新作のプロジェクションマッピングか!?」
「やっべ、迫力すげえ!」
会場の人々は、目の前の魔物を、イベントの演出の一部だと信じて疑わない。歓声を上げ、スマートフォンを掲げ、その「リアルなショー」を撮影し始めた。
彼らにとっては、まさに物語の世界が現実になったかのような、最高のエンターテイメントなんだろうけど…!
「行くぞ!」
ルシアン様の号令と共に、私たち五光の勇者は一斉に魔物に向かって走り出した。
「うをー!カッコいいー!」 「ルシアン様ー!」 人々は、勇者たちの動きを「ショー」の一環だと捉え、熱狂的な声援を送る。
しかし、私たち勇者たちは、ショーじゃない、本気の戦いを繰り広げていた。
魔物は会場の熱気を吸い上げ、さらに巨大化を続ける。このままでは、多くの犠牲者が出てしまう。
「エリアス!会場の外へおびき出す!」 ルシアン様の言葉に、エリアス様は素早く頷いた。 「承知した!」
私たちは、連携して魔物を会場の入り口へと誘導する。
魔物も、私たちの攻撃に誘われるように、ずるずると外へと引きずり出されていく。
ようやく、魔物と私たち、そしてエリアス様は会場の外に出ることに成功した。
広い屋外に出たことで、魔物はさらに自由に巨大化を始める。
その異形の姿は、もはや「演出」では片付けられないほどの存在感を放っていた。
「なぜ、魔物がこの世界に…異世界にしかいないはずでは…!?」 私の問いに、カスパール君が険しい顔で答えた。
「ずっと嫌な匂いがしてたんだ。負のオーラというか、この世界の…それが、時間と共に凝り固まって、魔物をおびき寄せてしまったのか…」
「しかし、どうやってこの世界に…?」
エリアス様が、苦しそうな顔で説明してくれた。
「陽子殿が異世界を行き来した、その時にできた空間の歪みだ。次元の狭間にできたわずかな亀裂から、この世界の負の気配に誘われて、魔物が迷い込んできたのだろう。最初は小さな存在だったが、数日の間にこのイベント会場の、人々の様々な気を吸い上げて、ここまで巨大化したのだ。」
「あの時、私は『作者えりあす』として人間界で活動中だったのは知ってるよね。神としての力が一時的に制限されていたため、私の感知を完全に超えたところでこの歪みが発生してしまった。ゆえに、この歪みを修正する術がなかったのだ。私の不手際だ、申し訳ない。」
その言葉に、勇者たちは一斉に顔を見合わせた。
お母さんの行動が、思わぬ形でこの世界に影響を与えてしまっていたなんて…。
責任を感じた私たちは、決意の表情で魔物に向き合った。
―――その時、けたたましいサイレンの音が響き渡り、数台の車両が猛スピードで近づいてきた。
「帝都守護剣士隊だ!街の喧騒に紛れて忍び寄る異変を察知し、急ぎ駆けつけた!」
そして、その先頭に立つ人物の姿に、私は目を見張った。
「お父さん…!」
お父さんは、険しい表情で隊員たちに指示を出し、私たちの前に立ちはだかった。
「おい、お前たち!危険だ、下がってろ!そんなコスプレで戦えるわけがないだろう!お前たちは本物の勇者とやらではないのだから、大人しく我々に任せておけ!」
お父さんの言葉に、私たちは一瞬言葉を失う。
しかし、目の前の魔物は、もう悠長に言い争っている場合ではないほどに巨大化していた。
帝都守護剣士隊は、「うおおおお!」と雄叫びを上げながら、一糸乱れぬ波状攻撃で魔物へと斬りかかった。
鍛え抜かれた剣術と、統率された動きは、確かにこの世界の人間としては一流だろう。剣閃が煌めき、まるでダンスを踊るかのように美しい動きで、何十本もの刀が魔物の体へと吸い込まれていく。
でも、その剣は魔物の硬質な結晶に覆われた体にはまるで通用しない。
ガキン!キィィィン!と甲高い金属音が響き渡り、火花が盛大に散るばかりで、刃は滑り、わずかな傷さえも刻めない。
まるで、豆腐を切るつもりが鋼鉄の塊を叩いているかのようだった。
逆に、魔物は巨大な結晶の腕を振り回し、あるいは鋭利な突起を叩きつけるように攻撃する。
ズドォン!という鈍い音と共に、隊員たちは次々とまるで紙切れのように宙に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられていく。
彼らの鎧はへこみ、苦悶の声を上げて倒れていった。見てるだけで痛そう!
お父さんもまた、渾身の一撃を繰り出し、「くそっ!」と叫びながら魔物の核と思しき部分へ剣を突き刺そうと試みる。
彼の剣技はまさに帝都最強と謳われるだけあって、目にも止まらぬ速さだ。しかし、その強大な力の前には、彼の愛刀もかすり傷一つつけられず、むしろ刀身がミシミシと軋む音が聞こえた。
「くそっ…!なんだこの化け物は…!」
お父さんは血の滲むような声を上げ、息を切らして苦悶の表情で膝をついた。
彼の隊員たちも、すでに半数以上が倒れ伏し、残る者も疲弊しきって、もはや立ち上がる力も残されていないようだった。
その光景を目の当たりにした私たちは、顔を見合わせた。これ以上、彼らを見過ごすことはできない。
私たちが見て見ぬふりなんて、できるわけないじゃない!
「ルシアン様!」
私が力強く叫んだ。
ルシアン様は、静かに頷く。
「行くぞ!」
ルシアン様の号令と共に、私たち五光の勇者は、再び魔物へと向かって飛び出した。
聖剣『ヴォーパルブレード』を構えた私が、魔物の巨体へとまっすぐに駆ける。
私の赤い宝珠が輝き、剣先からは神聖な光が迸る。
「聖剣技・閃光連撃!」
高速の斬撃が魔物の硬質な結晶の体に叩き込まれ、まばゆい光の刃が邪悪なオーラを焼き払い、その巨体を切り裂く!
通常の刃では砕けないはずの結晶が、聖なる光によって溶けるように軋み、わずかな亀裂が走った。やった!
切り裂かれた魔物の体が、まるで結晶の破片が崩れ落ちるかのように砕け、再生しようとする。その隙をルシアン様が逃さない!
彼の漆黒の宝珠が宿る指輪が強く瞬く。
「空間の歪み!」
ルシアン様は瞬時に魔物の背後へと回り込み、その強大な魔力を集中させる。
「次元断裂!」
指輪を通して空間そのものが引き裂かれ、魔物の体を大きく分断する。切断面からは黒い瘴気が噴き出し、結晶の再生速度が著しく低下した。
ルシアン様、かっこいいー!
魔物が悲鳴のような咆哮を上げる中、アルドロンさんが冷静に杖を構える。緑の宝珠が光り輝き、複雑な魔法陣が瞬時に展開される。
「賢者の摂理!」
世界の摂理を一時的に掌握し、魔物の再生を阻害しようとする。
さらに、彼は魔物の弱点を探る。
「真理の探求!」
魔物の体が青白い光に包まれ、その内部構造がアルドロンさんの目に鮮明に映し出される。すごい!レントゲンみたい!
「カスパール!魔物の核は、その中央、深層に位置する!再生が止まっている今が好機だ!」
アルドロンさんの指示に、カスパール君は大きく踏み込み、全身から紫色の魔力を噴出させた。
耳元の紫色の宝珠が強く光り輝く。
「禁断魔法・虚空破滅陣!!」
広範囲に凄まじい爆炎と虚無を生み出す魔法が、魔物の分断された体をまとめて襲う!
大地が砕け、空間が歪むほどの想像を絶する威力が、魔物の結晶の体をさらに破壊し尽くす。
「闇属性魔法・絶望の渦!」
さらに強力な闇属性魔法が魔物の核へと集中し、その存在そのものを内側から蝕んでいく。
結晶の核が、闇の渦に飲み込まれるようにひび割れ始める。
カスパール君、かっこよすぎる!威力やばい!
魔物が苦悶の声を上げ、その巨大な体が大きく傾ぐ。しかし、まだ完全に倒れたわけではない。
ローゼリアちゃんが素早く駆け寄り、魔物の攻撃で傷ついたカスパール君に癒しの光を放つ。
「治癒魔法・癒しの光!」
彼女の優しい声と共に、カスパール君の傷がみるみるうちに癒されていく。
さらに、彼女は全員を光の障壁で包み込む。
「聖女の守護!」
桃色の温かい光の膜が私たち勇者たちを包み込み、魔物の最後のあがきによる鋭利な結晶の突起を完全に防ぎきった。
ローゼリアちゃん、ありがとう!そして最強可愛い!
そして、最終的な一撃を放つため、ルシアン様が再び深く集中する。
彼の周囲の魔力は、先ほどとは比べ物にならないほどに膨れ上がり、空気が軋む音すら聞こえる。
「『終焉を告げよ、虚無の閃光』!」
ルシアン様の手から放たれたのは、全てを飲み込むかのような巨大な漆黒の閃光だった。
それは、これまで私が知る限り、どんな物語にも描かれていなかったほど強大で、まさに『世界の守護者』たる魔法使いの王の力…いや、魔王の力そのものだった。
私の推し、最高最強!
魔物は、その圧倒的な閃光に抗う術もなく、悲鳴を上げながら、巨大な結晶の体が内部から崩壊し、黒い瘴気と共に霧散した。
静寂が訪れた場所に、お父さんの震える声が響いた。
「…ま…まさか…まさか、本当に…お前たちが…」 彼は、ゆっくりと立ち上がった。
満身創痍の私たち…いや、今や彼には、私たちが「五光の勇者」そのものに見えていたはずだ。
漫画で描かれた戦術、個々の技の連携、そして彼らの揺るぎない覚悟。全てが、目の前の現実と完全に一致していたんだから。
「…信じる…!俺は…信じるぞ…!」
お父さんの目には、涙が浮かんでいた。
それは、恐怖や困惑の涙ではなかった。長年の偏見と、目の前の現実との葛藤の末に、ついに真実を受け入れた、安堵と、そして、彼らの強さと存在に対する、深い畏敬の念からくる涙だった。
お父さん…!
やった、やっと信じてくれた!
私、嬉しすぎて泣きそうになったよ!




