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第十四章(4):イベント前夜と、それぞれの想い


コスプレ計画が持ち上がって以来、佐倉家のリビングは、以前にも増して賑やかになった。


お母さんは、かつて自分が異世界で実際に見た光景を思い出しながら、私の愛読書『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』の漫画本や、ネットの先行配信で続編を見まくって、衣装のデザインを熱心に分析していた。


「あら、この袖の刺繍、素敵だわ!」「マントの裏地の色も、物語のイメージ通りね!」と目を輝かせ、裁縫箱を引っ張り出してきては、生地の感触を確かめたり、細かなデザインをスケッチしたり。まるで、自分が異世界に行ったのは、今、この「再現」のためにあったのだとでも言うかのように、お母さんは活き活きとしていた。


よかったね、お母さん!



お父さんはといえば、相変わらずリビングの隅で新聞を広げているんだけど、時々、お母さんの熱狂的な異世界談義に「はぁ…」とため息をつきつつも、どこか諦めたような、それでいて「…え、何それ?」みたいなちょっと興味があるような視線を向けている。

お父さん、見てる見てるー!


私にとって、自分たちが着る衣装は「コスプレ」というよりも、自分たちの「元の世界の格好」そのもの!

だからこそ、みんなにそれぞれの本来の姿を披露できることが、純粋に楽しみで仕方なかった。


特に、頑固なお父さんに自分たちが異世界から来たことを信じてもらうためには、これ以上の説得材料はないと確信していた。もうこれしかないでしょ!



ルシアン様も、最初は戸惑っていたみたいだけど、私の熱意と、この世界の文化を理解する「学び」の一環として、受け入れてくれたみたい。

さすがルシアン様、お優しい!

彼は静かにお母さんの話に耳を傾け、時折、衣装の細部にまで気を配るお母さんのこだわりを見て、わずかに口元を緩めることもあった。


アルドロンさんも、コスプレ衣装の素材や構造、それがこの世界の技術でどう再現されてるかとか、学術的な興味を持って観察してた。賢者様らしいね!


カスパール君は、最後まで「ったく、面倒くせぇ」とぶつぶつ言ってたけど、ローゼリアちゃんに「カスパール君、絶対に似合うわ!格好いいカスパール君が見れるの、私、楽しみ!」って目を輝かせながら言われたら、顔を赤くして「だからいつもの格好だって言ってるだろ…全く…」とだけ返して、それ以上は何も言わなかった。


カスパール君ってば、ほんとツンデレなんだから!




コスプレ衣装の準備は、お母さんを中心に、皆で協力して進められた。


お母さんとローゼリアちゃんは、手先が器用なこともあって、主に繊細な刺繍や装飾を担当してくれた。二人が並んで、楽しそうにおしゃべりしながら針を進める姿は、まるで昔からの親友みたいで、見てるだけで癒された。


ちなみに、私は裁縫が壊滅的に苦手なのだ。


小学校の家庭科で、縫い目がガタガタすぎて「佐倉さん、これはこれで個性だね!」って先生に苦笑されたくらい。


だから、私は主にアイロンがけとか、生地を押さえるとか、指示されたものを取ってくる「補佐役」に徹した。でも、みんなの役に立てて嬉しい!



「ルシアン様、この部分、少し縫い目がほつれているみたいなんですが…」 ある日、お母さんがルシアン様のローブの裾を見ながらそう呟くと、ルシアン様は当然のように針と糸を受け取った。

そして、驚くべきことに、魔王としての威厳を一切損なうことなく、極めて正確かつ迅速に針を進めていくのだ。その縫い目は一切の乱れがなく、お母さんですら目を丸くするほどだった。


「ルシアン様ってば、何でも出来ちゃうんですね!すごい!」 私が感嘆の声を上げると、ルシアン様は少し得意げに「裁縫など、魔力を用いれば容易いことだ」と返したんだけど、その耳はほんのり赤くなってた。可愛すぎる!



一方、カスパール君はといえば、最初は裁縫なんて「軟弱な真似」とばかりに眉をひそめていた。

「おい、俺にこんな女々しい真似をさせるのか…」 そう言いながらも、ローゼリアちゃんに「カスパール君、ここのボタンが取れそうなの!お願い!」と上目遣いで頼まれると、渋々といった様子で針を持った。


ところが、これがもう、不器用にもほどがある。


指に針を刺しちゃって「いってぇ!」って叫んだかと思えば、糸はぐちゃぐちゃに絡まり、縫い目はまるで蜘蛛の巣のようだ。


そのあまりの不器用さに、ローゼリアちゃんは心配そうな顔で「カスパール君、大丈夫!?」と駆け寄り、アルドロンさんは「ふむ、これはこれで、ある種の芸術的表現と言えなくもないな…」と真顔で分析し、ルシアン様は小さく吹き出していた。


「ルシアン様!笑ってんじゃねぇよ!」


カスパール君は顔を真っ赤にしてルシアン様に怒鳴ったけど、その様子はどこか滑稽で、リビングは笑いに包まれた。


結局、カスパール君は、リビングの隅で、五光の勇者のフィギュアを整列させる『偵察任務』に配置換えになった。もう、裁縫は諦めた方がいいよ、カスパール君!



アルドロンさんは、生地の裁断や、重いパーツの固定など、力仕事や正確な計測が必要な作業を淡々とこなしていた。


彼の的確な作業は、まるで魔法陣を描くかのように精密で、私たちを感心させた。やっぱり賢者様は頭脳派だね!





そして、いよいよイベント前日。



佐倉家のリビングには、それぞれの衣装が並べられていた。


ルシアン様の魔王の漆黒のローブに、アルドロンさんの深緑の賢者の服。カスパール君のやはり紫と黒を基調としたマント付きの魔法衣に、ローゼリアちゃんの可愛らしい桃色のドレス。そして、私の、勇者としての衣装――白を基調とした動きやすいローブだ。


「わあ…!やっぱり、本物だわ!」


実は、エリアス様がお母さんに、この世界では手に入らない素材を提供してくれていたのだ。特にルシアン様の衣装の生地は、魔王の物なので、特別な素材だったらしい。あと、縫製方法に関するアドバイスも、それとなく与えてくれていたので、お母さんはそれを「この世界の技術では再現できない、えありす先生の魔法の縫い方だ!」と興奮していたけど、結果として、どの衣装も物語の世界からそのまま飛び出してきたかのような、驚きの完成度になっていた!


エリアス様、さすが神様!


お母さんが目を輝かせながら、ルシアン様のローブの生地に触れる。


日本の布地とは異なる、しなやかで、しかし確かな重みのある感触に、感動のため息を漏らした。


「セラフィナの衣装も、本当に素敵ね!私が作ったものだけど、まさかこんなにリアルに再現できるなんて!」 お母さんは、自分が数日かけて完成させた私の衣装を手に取り、嬉しそうに言った。


そのお母さんの言葉を聞き、私はルシアン様たちに顔を見合わせ、皆でお母さんの方を向いた。



「お母さん、本当にありがとう!こんなに素晴らしい衣装を作ってもらって!うれしいよ!」 私は、お母さんに抱き着いた。


「花…!私の方こそ、こんな素敵な衣装を作らせてもらって、本当に嬉しかったわ!」 お母さんは、涙ぐみながら、私を抱きしめてくれた。



ルシアン様も、静かに、しかしはっきりとした口調で言った。


「陽子殿、感謝する。お陰で、我々は明日のイベントで、我々の真実を、剛殿に示すことができるだろう」


「ルシアン様…!そんな、畏れ多いです!でも、ありがとうございます!」 お母さんは、感激のあまり、言葉に詰まりながら、何度も頭を下げた。ルシアン様の言葉一つでこんなに喜ぶなんて、お母さん、もはや私の同志だね!



カスパール君は、照れ臭そうにそっぽを向きながら、「…まあ、悪くねぇんじゃねぇか」と呟き、ローゼリアちゃんは、満面の笑みで「陽子さん、本当にありがとう!このドレス、すごく着心地がいいわ!」と伝えた。


アルドロンさんも、穏やかな笑顔で「陽子殿、素晴らしい出来栄えです。この衣装の構造と、この世界の技術の融合には、学術的な興味をそそられます」と、彼らしい言葉で感謝の気持ちを伝えた。



私は明日への期待に胸を膨らませていた。


(いよいよ明日かー!ルシアン様たちが、この世界の皆さんの前で、堂々と「五光の勇者」として立つんだ!)


その光景を想像するだけで、私は幸福感に包まれた。

もちろん、お父さんに信じてもらえるかという不安は残る。だが、それ以上に、愛するルシアン様と仲間たちが、この世界で「彼ら自身」として認められることへの喜びが勝っていた。





その夜、廊下を歩いていると「セラフィナ」 不意に後ろから声を掛けられる。


「ルシアン様!」 私が振り向くと、ルシアン様は静かに立っていた。

月明かりが差し込む中、彼の顔はどこか不安げに見えた。


「どうかされましたか?」


「いや…明日のことだが、本当に、これで良いのだろうか。お前の父上は、まだ我々のことを信じていない。果たして、この『コスプレ』とやらで、彼を納得させられるのか…」 ルシアン様の声には、珍しく弱気な響きがあった。


魔王として絶対的な自信を持つ彼が、一人の父親の理解を得ることに、これほどまでに心を砕いていることに、私は胸を締め付けられる思いがした。


ルシアン様ってば、本当に優しいんだから!


「大丈夫ですよ、ルシアン様。お父さんは、確かに頑固だけど…でも、お母さんが異世界に行ったことを目の当たりにしても、まだ認めようとしたくないだけなんです。本当は、内心では混乱しているだけだと思います。それに、もしお父さんが信じてくれなくても、私にはルシアン様がいます。カスパール君もローゼリアちゃんも、アルドロンさんも。みんながいてくれるなら、私はどんなことだって乗り越えられます」


私は、ルシアン様の手を取り、優しく握りしめた。


「セラフィナ…」 ルシアン様は、私の瞳をまっすぐに見つめた。

そこには、揺るぎない愛と、私への深い信頼が宿っていた。


「ありがとう、セラフィナ。お前がそう言ってくれるなら、俺は何も恐れない。明日は、お前のために、俺たちの真実を、お前の父上に示すとしよう」

ルシアン様の表情から、不安の色は消え去り、いつもの力強い眼差しが戻った。


私は、彼の言葉に、満面の笑みを浮かべた。二人の手は、しっかりと握り合わされ、明日のイベントへの決意を固めた。





―――その頃、男性陣の和室では、カスパールが落ち着かない様子で寝転がっていた。隣からは、アルドロンの規則正しい寝息が聞こえてくる。


「チッ、ったく、明日かよ…」 カスパールはぶつぶつと呟いた。


普段はどんな任務でも動じない彼だけど、さすがに「物語の登場人物」として、大勢の人間たちの前に立つというのは、未経験の領域だ。


しかも、自分たちの「正装」が、この世界では「コスプレ」として認識されるという、なんとも奇妙な状況。


(まあ、ルシアン様のためなら、仕方ねぇか…)


心の中でそう呟きながらも、カスパールの口元には、わずかに笑みが浮かんでいた。


ローゼリアの「格好いいカスパール君が見れるの、私、楽しみ!」という言葉が、不意に脳裏をよぎる。


(…あいつ、本当にそういうこと言うよな…)


カスパールは、少しだけ顔を赤らめながら、目を閉じた。―――





一方、私とローゼリアちゃんが同室の部屋では。


「セラフィナちゃん、ドキドキするわね!」


ローゼリアちゃんが、隣の布団で嬉しそうに身をよじった。


「うん!でも、楽しみだね!」 私も笑顔で応える。


「あのね、セラフィナちゃん。カスパール君、最初はすごく嫌がってたけど、私が行きたいって言ったら、結局は付き合ってくれたのよ。やっぱり、カスパール君って優しいわよね!」


ローゼリアちゃんが幸せそうに言うのを聞き、私はふふっと笑った。


「本当にそうだね。カスパール君、ツンデレだもんね」



「ツンデレ?」



ローゼリアちゃんが首を傾げると、私は「ああ、ううん、こっちの言葉でね、素直じゃないけど優しいってこと!」と説明した。


ローゼリアちゃんは「なるほど!カスパール君にぴったりね!」と、さらに嬉しそうに笑った。


ローゼリアちゃん、純粋で可愛いなー!





***





皆が寝静まり、家中に静寂が訪れる頃、剛はリビングに置いてある大量の漫画本の山に目を留めた。


妻の陽子が熱心に読んでいた『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』。


ちらりと見て、その内容が自分には理解できない異世界のファンタジーであることは知っていたが、陽子が異世界から帰還して以来、その存在感が無視できなくなっていた。


「まったく…いつまでこんなものに夢中になってるんだか…」 そう呟きながらも、剛はなぜか手に取ってしまった。


普段は仕事や剣道の稽古で忙しく、漫画など読む暇もなかった剛だが、不意にページをめくってしまう。



第一巻の表紙には、見慣れたルシアンの姿が描かれている。


最初は半信半疑で読み始めた剛だったが、物語が始まると、その世界観に引き込まれていった。


悪魔ヴェクスとの壮絶な戦い、ルシアンの圧倒的な魔力とカリスマ性、アルドロンの知略、カスパールの無骨な強さ、ローゼリアの癒しの力、そしてセラフィナのまっすぐな勇気と聖剣の輝き。


それぞれの勇者たちが連携し、困難を乗り越えていく姿は、彼が日頃から武道を極め、帝都守護剣士隊の隊長として戦い方を熟知しているからこそ、その戦術の巧みさや、個々の技の連携がいかに優れているかを感じ取ることができた。


特に、セラフィナが繰り出す聖剣の技や、ルシアンが放つ強力な魔法の描写は、剛の武道の心得と重なり、その迫力に思わず息を呑んだ。


そして、読み進めるうちに、剛はだんだんと夢中になっていった。


物語の進行とともに深まる勇者たちの絆、彼らが背負う使命、そして世界の平和を願う純粋な思い。それは、剛自身の「守るべきもの」に対する感情と共鳴する部分があった。


夜が更けるのも忘れ、剛は次から次へとページをめくっていく。

リビングの照明が、彼の真剣な横顔を照らしていた。


(……くっ、ルシアン…!)


時には登場人物の言葉に苛立ちを覚え、時には彼らの活躍に胸を熱くする。現実離れしているはずの物語が、剛の心に深く染み込んでいった。


幸い、この時、彼が漫画を読みふけっている姿を誰にも見られることはなかった。


剛は、読み終えた漫画をそっと元の場所に戻すと、大きなため息をついた。


彼の心の中には、まだ整理しきれない感情が渦巻いていた。


しかし、今まで「馬鹿げた話」と一蹴していた異世界と、そこに生きる「娘の婚約者」に対する、ほんのわずかな、しかし確かな認識の変化が生まれていた。




それぞれの想いを胸に、異世界からの来訪者たちは、この世界の「日常」に深く溶け込みながら、運命の扉を開こうとしていた。





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