第十二章(3):魔王の懺悔と、明かされる真実
健太郎に抱きしめられそうになるセラフィナの姿は、俺にとって何よりも衝撃的だった。
そして、健太郎の言葉が引き起こした魔力の暴走は、俺が魔王となって以来、制御しきれなかった初めての経験だった。
道場を後にした俺は、家に戻るとすぐにアルドロンに連れられ、和室へと向かった。
その夜、俺は部屋から出ることはなかった。セラフィナもまた自室に閉じこもり、俺たちの間には重苦しい沈黙が横たわった。
佐倉家では、花とルシアンが二人揃って風邪を引いたかと、陽子と剛、佐倉家の面々は、俺たちを心配していた。
深夜、俺の部屋の障子がそっと開けられた。そこに立っていたのは、心配そうな顔をしたアルドロンだった。
「ルシアン、入ってもよいか?」
俺は、静かに頷く。部屋の中は暗く、月明かりが障子越しに差し込むだけだ。
「…アルドロン、俺は、とんだ過ちを犯したようだ」
俺は、ここ数日の自身の行動の全てを、アルドロンに正直に話し始めた。
陽子殿が見ていた「帝都ラブストーリー」のこと、恋愛指南書を読み漁ったこと、そして、その本に書かれていた「駆け引き」とやらをセラフィナに試したこと…。
昨日、セラフィナを泣かせてしまったこと。そして、今日、健太郎に抱きしめられているセラフィナを目撃したこと。その全てを、言葉を選びながらアルドロンに打ち明けた。
アルドロンは、俺の話を聞くにつれて、目を見開いていった。
「ルシアン、本を読んで、そのような行動を…!?」
魔王として絶対的な存在である俺が、この世界の「恋」という複雑な概念に翻弄されている姿は、彼にとってもあまりにも予想外だったであろう。
「俺は、セラフィナに嫌われてしまったのだろうか。『愛情が重い』という言葉が、俺を深く悩ませた。俺のセラフィナへの愛は、無限だ。全てを捧げ、尽くすことが、この世界では相手を息苦しくさせるというのか?だから、俺は、あえて彼女を突き放すことが、この世界の『愛し方』だと誤解して…この世界の文化を知らなすぎるせいで、彼女を傷つけてしまった…」
「もう……もう、いい……っ。」
俺は、深々と顔をうつむかせ、震える声で呟いた。
「こんな世界など、どうでもいい。こんな場所で、セラフィナが苦しむ姿を見るくらいなら……いっそ、今すぐにでも、連れて帰りたい……っ。俺の世界に……」
俺の握りしめられた拳が、床を僅かに震わせる。
この世界に来てから、ずっと抑え込んでいた、魔王としての本能的な支配欲と独占欲が、セラフィナを失うかもしれないという恐怖によって、堰を切ったように噴出し始めていた。俺の理性は、もはや薄氷の上に立っているかのようだった。
アルドロンは、その言葉にハッと息を呑んだ。
「ルシアン、そのような考えは…!」
アルドロンは、月明かりに照らされた積まれた本の山の中から、まだ俺が見ていなかった別の恋愛指南書を取り出した。
「ルシアン、お主が見たのは、おそらく『恋愛の罠』とでも言うべき、初学者向けの挑発的な内容だったのだろう。この本にも、様々な行為が書かれている…」
アルドロンは、パラパラとページをめくり、あるページを俺に見せた。そこには、「本気で愛する相手には、駆け引きは不要。素直な感情が何よりも大切である」と明確に記されていた。さらに、「誤解を招く行動は、時に相手を深く傷つけ、取り返しのつかない溝を生む可能性がある」とも。
「そして、『愛情が重い』という言葉だが、それは、お主が思っているような、愛そのものを否定する言葉ではない。愛の量や深さを問題視しているのではなく、その愛の表現の仕方が、相手の自由や自己決定を尊重しない形になっている場合に用いられる言葉なのだ。例えば、相手の行動を全て束縛したり、相手の気持ちを無視して一方的に尽くしたりする行為が、この世界では『重い』と受け取られることがある」
「陽子殿の言っていた『駆け引き』は、確かにこの世界の一部の者が用いる手段かもしれんが、それはあくまでゲームであり、真剣な関係においては、むしろ逆効果となることが多い。特に、ルシアンのように、セラフィナを心から愛している場合は、そのような手段を用いるべきではなかった」
アルドロンは、厳しい口調で俺に諭した。
「セラフィナは、ルシアンの突如の変化に傷つき、嫌われたと誤解している。このままでは、彼女の心が本当にお主から離れてしまう。セラフィナにすべてを正直に話し、誤解を解かねばならない。魔王たる者が、この世界の『恋』の作法に翻弄されたなどと、誰が信じられるか。しかし、それが真実であるならば、それを隠すべきではない。誠実な心こそが、真の絆を築く鍵となるだろう」
俺は、アルドロンの言葉に、大きく目を見開いた。
俺の顔から、苦悶の表情が消え、決意を秘めた眼差しが宿る。
「…アルドロン、感謝する。俺は、間違っていた。今すぐ、セラフィナに…」 俺は、勢いよく立ち上がろうとした。しかし、アルドロンがそれを制する。
「ルシアン。今は夜が更けている。落ち着いて、明日、セラフィナにきちんと話すのだ。誠意をもって、お主の真実の気持ちを伝えるべきだろう」 俺は、アルドロンの言葉に頷き、深く息を吐いた。
俺の心は、依然として不安と後悔で満たされていたが、セラフィナへの強い愛が、俺に真実を伝える勇気を与えていた。
夜はまだ長い。俺は、明日、セラフィナに何を、どのように話すか、深く考え始めた。




