第十章(4):ショッピングモールの魔王と、それぞれの収穫
植物園での穏やかな時間を過ごした後、私たちは園内のカフェで簡単に昼食を済ませた。
パンとサンドイッチ、それからコーヒーやジュース。異世界人たちにとっては初めての「軽食」体験だったが、意外にも皆、興味深そうに口にしていた。
特にローゼリアちゃんは、サンドイッチの彩りに目を輝かせ、カスパール君も「まあ、こんなものも悪くねぇな」と言いながら、私の分までつまんでいた。ルシアン様は相変わらず優雅に、けれど一口一口を味わうように口に運んでいた。
「よし、お腹もいっぱいになったことだし、次は買い物に行こうか!」
私が提案すると、彼らの顔がパッと明るくなる。
エリアス様から授かったブラックカードがある。少々お高いお店でも、この魔王様とその御一行にふさわしい、質の良いものを身につけていただきたい。私は内心でそう意気込んだ。
「みんな、何か欲しいものあるかな?」 私が尋ねると、アルドロンさんが静かに手を挙げた。
「私としては、この世界の知識を深めることができる書物に触れたい。もし可能であれば、最大規模の書物を扱う場所へ案内していただきたい。それから、以前セラフィナが言っていた、家電量販店とやらにも行きたい」
「そしたら、まずは、日本一大きな本屋がある高級ショッピングセンターに行こうか!服とか、色々なものもそこで見れるから、ちょうどいいかも!」 私はそう言って、皆をタクシーに乗せた。
さすがにここまで来ると、電車移動は厳しいだろう。
高級ショッピングセンターに到着すると、その煌びやかな内装と、洗練された品々に、異世界人たちは皆、目を丸くしていた。
「なるほど…この世界の『店』とは、かくも華麗なるものか…」 ルシアン様が感心したように呟く。
まず向かったのは、巨大な書店だ。
アルドロンさんは、書店の扉をくぐるなり、その圧倒的な蔵書量に目を見開いた。
「な、なんと…!これほどの書物が、一堂に会しているとは…!」 彼はすでに目を輝かせ、吸い寄せられるように書棚の奥へと進んでいく。
あっという間に、歴史書、科学書、哲学書など、様々なジャンルの棚を次々と漁り始めた。
「アルドロンさん、服も買わないとだから、あんまり時間をかけすぎないでね!」 私が声をかけると、アルドロンさんは振り返りもせずに「服は、セラフィナに任せる。私は、この書物の山に埋もれていたい」と、すっかり本の世界に没頭してしまっていた。
「じゃあ、アルドロンさんの服は私たちが適当に見繕うとして…ローゼリアちゃんとカスパール君は、若い人向けの洋服売り場とか雑貨屋さんに行ってみる?欲しいものは後でまとめて『神カード』で買うから、必要なものをみんなで見繕っていこうか」 私がそう提案すると、ローゼリアちゃんは「わぁ、素敵なアイディアね!」と嬉しそうに頷いた。
カスパール君も「ふん、まあ、付き合ってやるだけだ」と言いつつ、ローゼリアちゃんと二人、楽しそうに若い人向けのフロアへと消えていった。
残ったのは、私とルシアン様だ。
私たちは二人で、落ち着いた雰囲気の高級メンズ服店へと足を踏み入れた。
「ルシアン様、何か気になる服はありますか?」 私が尋ねると、ルシアン様は優雅に店内を見渡した。
「セラフィナ。まずはお前の服を選ぶとしよう」
「え、私ですか?私のは家にたくさんありますから、大丈夫ですよ?」 私が戸惑うと、ルシアン様は私の手を取り、優しい眼差しを向けた。
「俺が選びたいのだ。お前が、この世界の日常で、最も輝ける服を」
その言葉に、私の顔はまたしてもカッと熱くなる。なんでこの人、こんなに甘い言葉がスラスラ出てくるんだろう…!
ルシアン様は、私の隣で、真剣な眼差しで様々な服を見比べ始めた。
彼の選ぶ服は、どれもシンプルながらも上質で、私の体型や雰囲気に合うようなものばかりだった。
「セラフィナ、これを試着してみろ」 彼が差し出したのは、柔らかなオフホワイトのカシミヤニットと、上品なネイビーのフレアスカートのセットアップだった。ニットは首元がボトルネックになっていて、控えめながらも洗練された印象を与える。スカートはふわりと広がり、動くたびに優雅なドレープを描く。
言われるがままにフィッティングルームに入り、着替える。
「どうですか?似合いますか?」 フィッティングルームのドアを開けると、ルシアン様は満足げな笑みを浮かべた。
「とても似合っている。まるで、この服がお前のために誂えられたかのようだ。冬の夜空に、月明かりが降り注ぐような、そんな優美さを感じる」
彼の褒め言葉に私の心臓はまたもや高鳴る。あ、あかん…このままじゃ顔が溶ける…!
―――セラフィナが別の服を試着するためにフィッティングルームに戻ったその時、ルシアンが店内のディスプレイに飾られた一点の髪飾りに目を留めた。
それは、漆黒のベルベットのリボンに、まるで本物のような精巧さで象られた桜の花がいくつも散りばめられたデザインだった。桜の花びらは、光を吸い込むような深い黒で、しかし見る角度によっては、わずかに光沢を放っていた。 ルシアンは店員を呼び止めた。
「この花は…?」
店員はにこやかに答える。 「こちらは、大変珍しいデザインでございますね。有名なデザイナーが、日本の『桜』をモチーフに、『夜桜』をイメージして作られた限定品でございます。黒い桜というのは、まさに唯一無二の存在でして…中心にはブラックダイヤモンドがあしらわれております」
「桜、か…」
ルシアン様は、その髪飾りを手に取り、じっと見つめた。
漆黒の桜。それは、まさしく魔王たる自分にふさわしい色。そして、この髪飾りを、彼の世界のセラフィナが、紅い髪につけたら…と想像した瞬間、彼の脳裏に、その姿が鮮やかに描かれた。きっと、あの燃えるような紅い髪に、漆黒の桜が映えるだろう。その姿は、間違いなく美しい。
健太郎が贈ったという、あの桜の髪飾り……。
ルシアンの瞳の奥に、かすかな対抗心が宿った。
彼にとって、桜の髪飾りは、もはやセラフィナの故郷の日常を象徴するだけでなく、健太郎という存在を意識させるものとなっていた。彼は即座にその髪飾りを購入した。―――
私の服を何点か選び終え、次はルシアン様の番だ。
私は気合を入れて、彼に似合う服を選ぼうと決意した。
「ルシアン様!今度は私が選びます!せっかくなら、ルシアン様にしか着こなせないような、特別な一着を!」 私が目を輝かせると、ルシアン様は面白そうに微笑んだ。
私は店内の様々なアイテムを見て回り、ルシアン様の雰囲気に合いそうなものを探した。
彼の高貴さと、魔王としての圧倒的なオーラを損なわず、それでいて日本の街並みに馴染むような……。
すると、私の目に飛び込んできたのは、店の中央に立つマネキンが完璧に着こなしている一揃いのコーディネートだった。それは、見る者をハッとさせるほど洗練されていて、まさに一流のモデルが着るためにデザインされたような、非日常的な美しさを放っていた。
「ルシアン様、これ、どうですか!?すごく素敵です!まるで、ルシアン様のためにあるような服です!」
私が指差したのは、上質な素材で仕立てられた、チャコールグレーのダブルブレストコートだった。肩のラインからすとんと落ちるような流れるようなシルエットは、彼の長身をさらに際立たせるだろう。内側には、深いブリティッシュグリーンのカシミヤ混のタートルネックニット。首元には黒いスカーフ。そして、ボトムスには、体に沿いながらも動きやすい、ダークトーンのチェック柄のスラックスを合わせた。足元には、シンプルながらも重厚感のある、黒のレースアップブーツが添えられている。
この組み合わせは、ルシアン様の持つ高貴な雰囲気を保ちつつ、日本の洗練された大人の男性の装いを完成させる。
一見シンプルでありながら、素材の質感、シルエットの美しさ、そして色の組み合わせが絶妙で、並の人間では決して着こなせないだろう。
「ルシアン様、これを試着してみてください!」 私が差し出すと、ルシアン様は興味深そうにそれを受け取り、フィッティングルームへと入った。
数分後、フィッティングルームのドアが開き、ルシアン様が姿を現した。
その瞬間、彼の完璧な着こなしに、隣にいた店員が小さく「ひっ…」と息を呑み、思わず顔を赤らめていた。
ひぃっ…!
かっこよすぎて、呼吸困難…!
私だけじゃない、店員さんまで…!
いや、この世のものとは思えない美しさ……!
チャコールグレーのコートは、彼の白い肌と銀色の髪に驚くほど映え、その美しい顔立ちを一層際立たせていた。深いブリティッシュグリーンのニットと、首元の黒いスカーフが、彼の涼やかな蒼い瞳の色を強調し、まさに「魔王」としての魅力を最大限に引き出している。
その姿は、まるで一流ブランドのファッションショーから抜け出してきたかのように、現実離れしたオーラを放っていた。
「どうだ?セラフィナ」
ルシアン様が静かに尋ねる。
「最高です!完璧!ルシアン様、まるで雑誌のモデルさんみたいです!この服、ルシアン様にしか着こなせません!是非、これにしてください!」 私は興奮して熱弁した。
ルシアン様は、私のあまりの熱狂ぶりに、口元に微笑みを浮かべた。
「お前がそこまで言うのならば、異論はない。これも、お前との思い出の一着となるだろう」
一通り買い物を終え、私たちはローゼリアちゃんとカスパール君の元へと向かった。
若い人向けのフロアは活気に満ちており、二人は楽しそうに様々な雑貨や服を見て回っていた。
「セラフィナちゃん、見て!この可愛いぬいぐるみと、このフリルがたくさんついたワンピース、すごく素敵だと思わない!?」
ローゼリアちゃんは、両手に抱えきれないほどの品物を持って、目を輝かせながら駆け寄ってきた。
彼女が選んだのは、花柄の刺繍があしらわれた淡いピンクのブラウスや、フリルとレースが何層にも重なった、まるで絵本のお姫様のようなロングワンピースだった。
日本の最新ファッションというよりは、彼女の可憐な雰囲気に合う、可愛らしいメルヘン系のアイテムが多い。
カスパール君は、どこか得意げに、シンプルなデザインながらも機能性の高そうなパーカーや、クールなアクセサリーを見繕っていた。
彼が選んだのは、ダークグレーのフード付きパーカーと、無地の黒いTシャツ、そしてダメージ加工の施されたデニムパンツなど、彼のワイルドな雰囲気に合う、ストリート系のアイテムが中心だ。
「ふん、この程度のものなら、俺のセンスでも見繕えるさ」 彼の言葉に、ローゼリアちゃんは「カスパール君、とっても似合うと思うわ!」と満面の笑みで答える。
彼らが見繕ったものも、エリアス様のブラックカードでサクッと購入する。
もちろん、アルドロンさんの分も、カジュアルながら彼に似合いそうなシャツやパンツ、ジャケットなどを購入した。
気がつけば、私たちの手にはかなりの量の紙袋がぶら下がっていた。
最近はネットでみんな買うから、あまり、大荷物を持ち歩く人っていないよな…。だから、余計目立つんだ…。私は周りの好奇の視線を感じながら、内心でため息をついた。
再び巨大な書店に戻り、アルドロンさんを探すと、彼は相変わらず本の山に埋もれていた。
彼の周りには、すでにカートに山のように積まれた本が。
「アルドロンさん、もうこれ以上は無理だよ…!」 私が声をかけると、彼は残念そうに顔を上げた。
「うむ…まだ読み足りぬが、致し方あるまい。では、これら全てを購入したいのだが」
「全部!?もう持ち帰れないから、これはもう家に届けてもらうしかないね…」
結局、その日購入した洋服や雑貨、そしてアルドロンさんの大量の本は、全て自宅へ配送してもらうことになった。
買い物の帰り道、私たちは大型家電量販店に立ち寄った。
近代文明の粋を集めた電気製品が並ぶ光景は、異世界人たちにとっては、さながら未来の博物館のようだった。
アルドロンさんは、目を輝かせながら、スマートフォンやデジタルカメラ、タブレット端末などを次々と手に取った。
「これは…!瞬時に遠隔地と交信が可能であり、膨大な情報を記録し、共有できる魔導具か!」
「この小さな板で、あの高層建造物の内部まで見ることが可能とは…!」
彼の知的な探求心はとどまるところを知らず、気がつけば、また大量の電化製品がカートに積み上げられていた。
その中には、ガイア様から頼まれていた「ゲーム」の最新機種とそのソフトも含まれていた。
「これも、すべて自宅に届けてもらうからね!」
この分だと、我が家はあっという間に、異世界の技術研究拠点になりそうだ。




