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第十章(2):観光名所選びと、魔王の不安


私が広げたガイドブックを覗き込みながら、ルシアン様はふと、私の左手薬指に視線を落とす。そこには、以前まで嵌められていたはずの、あの婚約指輪がない。


彼の涼やかな蒼い瞳が、僅かに訝しげな色を帯びた。



「セラフィナ。指輪は、どうしたのだ?」



彼の静かな問いかけに、私の心臓がドクンと跳ねた。


やばい!

完全に忘れてた!


私は慌てて、言葉を選びながら答えた。


「あ、あのですね、ルシアン様。あの指輪、とっても大切で貴重なものだから、失くしたりしたら大変だし、あと、ちょっと目立つかなって…お父さんとお母さんに、まだ婚約のこと言ってないし…」



言い訳がましいことを言っている自覚はあった。まさか「あんな立派な婚約指輪を、普通の日本の17歳がつけることは滅多にないでしょうから外しました」なんて、正直に言えるはずもなかった。



「それで、どこに?」



ルシアン様は、私の言葉の奥にある含みを探るように、真っ直ぐに私を見つめてくる。彼の視線は、まるで私の心を読み解こうとしているかのようだった。


「部屋の机の引き出しに、大切にしまってあります!ルシアン様のアクスタと一緒に、黒いお守り袋に入れて!」


私は、これ以上隠し立てするような素振りを見せるわけにはいかないと思い、正直に場所を告げた。事実、なくしてしまっては大変だという思いは本心だったし、あの指輪は、私にとってルシアン様そのもの。何よりも大切な宝物だった。


私の説明を聞いて、ルシアン様の表情が、少しだけ和らいだように見えた。だが、その瞳の奥には、まだかすかな不安の色が残っているようにも感じられた。



彼は、何も言わずに、私の左手をそっと取り、その薬指を指先でなぞった。



「…そうか。お前にとって、それほど大切で、価値のあるものだと認識してくれているならば、俺は何も言わない。だが、常にお前と共に在りたいという、俺の願いだけは理解してほしい」


ルシアン様が甘く囁く。その優しさに、私の顔は再びカッと熱くなる。


ずるい!

ずるすぎるってば、魔王様は!



その様子を、カスパール君が腕を組みながらじろりと見ていた。「ふん、相変わらずだぜ、魔王サマは」とぼやきながらも、どこか諦めたような、呆れたような表情をしている。


アルドロンさんは、何も言わずに微笑ましそうに見守っている。ローゼリアちゃんは、私たちの間に流れる空気に、どこか憧れの視線を向けていた。





よし、早く観光地を選んで、この状況を切り抜けるんだ!


私は慌てて、ガイドブックのページをめくり、皆に提案した。


「えっと、みんな、お花が好きって言ってたし、今日はまず植物園とか、大きめの公園に行くのはどうかな?京乃都のお寺もいいけど、ちょっと遠いし、まずは近場で日本の自然に触れてみるのはどうかな?」


私の提案に、ローゼリアちゃんは目を輝かせた。


「わぁ、素敵ね、セラフィナちゃん!」


アルドロンさんも頷いた。


「植物の多様性は、この世界の環境特性を理解する上で非常に興味深い。賛成しよう」


カスパール君は「別にどこでもいい」と相変わらずだが、植物園という選択肢に異論はなさそうだ。


ルシアン様は、私の提案に静かに頷いた。だが、彼の視線は、私がめくるガイドブックのページではなく、常に私の横顔に向けられている。まるで、私の一挙手一投足を見逃すまいとしているかのように。


「それから、みんな。今着ているお洋服しかないから、着替えがいるかな。それ以外にも、この世界で過ごすのに必要なものがたくさんあるでしょ?だから、今日は近場を観光して、その後に、皆で買い物に行くのはどうかな?日本の生活用品や、みんなが着る服も見て回れたらと思うんだけど」


私がそう提案すると、皆の顔に再び好奇の光が宿った。


「おお、それは良い案だ、セラフィナ。確かに、この世界の『日用品』というものにも、我々は興味がある」

アルドロンさんが目を細めて頷いた。


「買い物か……まあ、見るだけなら付き合ってやってもいいぜ」

カスパール君も、不満そうながらも乗り気な様子。


ローゼリアちゃんは目を輝かせた。

「わぁ、お洋服!どんなデザインがあるのかしら、楽しみだわ!」


ルシアン様は、静かに私を見つめた後、穏やかな笑みを浮かべた。

「セラフィナの提案ならば、異論はない。お前がこの世界の生活について教えてくれるならば、我々も喜んで同行しよう」


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