第十章(1):休日と、観光案内の始まり
土曜日が訪れた。
学校は休みだが、我が佐倉家は、週末の朝から活気に満ち溢れていた。
早朝から道場では木刀がぶつかる音、気合の入った掛け声が響き渡っていた。
健太郎や、近所の子供たちから大人まで、父・剛の剣道場に集まる門下生たちが、次々と稽古に励んでいる。
父もまた、彼ら一人ひとりに熱心に指導し、汗を流していた。
私は普段であれば当然、この稽古に参加するはずだった。
竹刀を握り、父や健太郎と共に汗を流すのが、私の週末のルーティンだった。
しかし、今日は特別だ。
私は道場に顔を出し、稽古の様子を見守っていた父に、頃合いを見計らって声をかける。
「お父さん、今日、ルシアン様たちをどこか観光にお連れしたいのだけど、お稽古、休んでもいいかな?」
「もちろんだ。行ってくるがいい」
父は、前日の私との手合わせを思い出したのか、上機嫌だ。
父の内心は、(まさか、花があんなに強くなっていたとはな!あの速さ、あの剣筋、まるで化け物じみている!佐倉家の血筋はやはりすごい、剣の神に愛された血筋か!これは、近いうちに全国大会どころか、世界大会も夢じゃないぞ!そうと決まれば、今のうちに色々な経験を積ませて、人間としての器も大きくしておかねば。異国の留学生たちと交流するのも、きっと良い経験になるだろう!たまには息抜きも必要だろ、少しくらいなら行ってくるがいい!)
といったところだろう。
父は、嬉々として私を送り出してくれた。
私は、少しばかり心苦しい気持ちで、道場を後にする。
リビングに戻ると、ルシアン様たちが朝食を終え、くつろいでいた。
ルシアン様は、いつもの涼やかな表情をしていたが、どこか深い思索の影が差しているように見える。
それでも、他の皆は日本の休日の雰囲気を満喫しているようだ。
(もう、桜の髪飾りつけないようにしないと……)私は、心の中でそっと思いながら、明るく声をかける。
「みんな、おはよう!今日は学校が休みだから、どこか行きたいところあるかな?せっかくだから、日本の色々な場所を案内したいんだけど」
私が声をかけると、ローゼリアちゃんがぱっと顔を輝かせた。
「どこか、お花がたくさん咲いている場所がいいわ!」彼女らしい、可憐なリクエストだ。
カスパール君は、不満そうな顔をしつつも、「俺は…別に行きたい場所なんてねぇが、この世界の文化とやらを、もう少し見ておいてやるのも悪くねぇ」と、相変わらずのツンデレ発言。
だが、その瞳の奥には、かすかな好奇心が宿っているのが見て取れた。
アルドロンさんは静かに頷いた。
「この世界の技術や歴史に触れる機会があれば、幸甚だ。特に、あの奇妙な鉄の塊(電車のことだろう)がどのようにして動くのか、興味がある」
ルシアン様は、私の隣に座ると、私の顔をじっと見つめ、優しく微笑んだ。
しかし、その瞳の奥には、まだ、割り切れないような微かな影が宿っているようにも見えた。
「俺は、セラフィナが行きたいところならば、どこでも構わない。だが、強いて言うならば……」
彼は言葉を切り、私の手にそっと触れる。
「お前が、この世界でどのような日常を送り、何を愛してきたのか。それを知ることができれば、私はそれで十分だ」
ルシアン様の甘い言葉に、私の心臓はまたしても高鳴る。
まったく、この人はどこまで私をときめかせれば気が済むのだろう。
「ええと、じゃあ、いくつか候補があるから、一緒に見てみようか」
私はそう言って、テーブルの上に何冊かの旅行ガイドブックを広げた。
日本の観光名所、歴史的な建造物、自然豊かな公園、最新のエンターテイメント施設など、色とりどりの写真がページを飾る。
「これは、京乃都って言って、昔の日本の都なんだ。お寺とか、神社とか、すごく綺麗だよ。こっちは、帝都タワーとか展望塔とか、高い建物がいっぱいある場所。あとは、動物園とか、水族館とかも…」
私が一つずつ説明していくと、彼らは真剣な表情でガイドブックを覗き込む。
彼らの瞳は、日本の未知の世界への期待と好奇心で輝いている。
この光景が、まるで異世界人たちが初めて日本の「観光」という概念に触れているようで、なんだか微笑ましかった。




