第九章(4):桜の髪飾りの真実
ルシアン様の問いかけに、私の心臓は嫌な音を立てた。
彼の視線は、私の髪に飾られた桜の髪飾りに釘付けになっている。
その目は、まるで裏切られた子供のような、深い衝撃と、耐え難い悲しみの色を浮かべていた。
ああ、なんてこと!
推しのルシアン様を悲しませてしまうなんて、「推し」に愛を捧げる者として、これ以上の不徳はない!
絶対にあってはならないのに!
「ち、違うんです、ルシアン様!その、これ、健太郎にもらったからってつけてるわけじゃないんです!」
私は慌てて弁解した。
言葉がしどろもどろになる。
「私の名前、佐倉花、でしょう?桜の花って意味でつけてたんですけど…それだけが理由じゃないんです。この髪飾りをつけていたら、ルシアン様の新作グッズの抽選に当たったり、限定のグッズをゲットできたり、イベントのチケットが取れたりと、ルシアン様に関することで良いことが続いたからなんです!だから、ゲン担ぎで…その、お守りみたいなもので…っ」
私は必死に言葉を重ねた。
そんなつもりはなかった、と伝えたい一心で。
「だいたい、健太郎が私を好きなわけがないじゃないですか!あんなにぶっきらぼうで、いつも喧嘩ばっかりしてるのに…!」
そう言い放ちながらも、私の心の中では、さっきの健太郎の言葉がぐるぐると渦巻いていた。
「お父さんを裏切る気か!」
「俺は行くぞ!」
そう言い放って去っていった彼の姿が、脳裏に焼き付いている。
そして、有紀がルシアン様と私を責めるように言った言葉も。
「…そうか。お前が、俺のために、その髪飾りを…」
ルシアン様の声は、微かに震えていた。
彼の表情から、先ほどの怒りや困惑の色が薄れ、代わりに深く柔らかな感情が浮かび上がった。
しかし、その瞳の奥には、わずかな悲しみの影が完全に消え去ったわけではないことを物語っている。
やはり健太郎から贈られたものだという事実が、ルシアン様の胸に微かな棘として残っているのだろう。
「……すまない、セラフィナ。俺は、お前の心を疑うような真似をした。愚かだった…」
ルシアン様は、そう言って、ゆっくりと私の手を取り、その髪飾りから視線を外し、私の瞳をまっすぐに見つめた。
彼の蒼い瞳には、後悔と、そして以前にも増した愛おしさが満ちていた。
その温かい視線が、私の心の奥底に染み渡る。
ルシアン様の優しさに触れて、張り詰めていた感情が、ふと弛緩した。
しかし、同時に、親友に世界の真実を信じてもらえなかったことへの痛みが、じわりと胸に広がっていく。
「あの…ルシアン様…。どうしよう、有紀に、信じてもらえなかった…」
私の声は、震えていた。
異世界での全てを否定されたような、そんな虚しさが胸を締め付ける。
親友に、自分の存在そのものを否定されたような気がした。
やっぱり、親友に信じてもらえないのは、さすがに辛い。
アルドロンさんは、眉を下げ、静かに私を見守っていた。
カスパール君は、やはり不機嫌そうな顔をしていたが、その視線は有紀と健太郎が去っていった襖に向けられていた。
ローゼリアちゃんは、悲しそうに唇を噛み締め、私の腕をそっと摩ってくれた。
沈黙が、重く部屋にのしかかる。
その沈黙を破ったのは、襖の向こうから聞こえてきた、陽気な母の声だった。
「みんなー!そろそろ晩御飯よー!」
母の呼び声に、私たちははっと顔を上げた。
襖が開き、母、陽子が顔を覗かせる。
「あら、みんな、なんか暗い顔してどうしたの?もしかして、お腹空きすぎちゃったかしら?ふふ、今日の晩御飯は、花の大好物のハンバーグよ!」
母は、和室の重い空気に全く気づいていないようだった。
満面の笑みを浮かべ、私たちを見つめている。
その屈託のない笑顔が、今の私には眩しすぎて、なんだか余計に胸が苦しくなった。
お母さーん!
私、今、親友に世界の真実を信じてもらえなくて、しかも推しが悲しんでて、内心大パニックなのに、この状況をどう乗り切ればいいのよー!?




