第九章(3):明かされた秘密と、深まる亀裂
健太郎の「コスプレ仲間」説に、私はさらに声を張り上げる。
「いや、違うんだってば!本当なんだって!私、本当にこの世界にいたんだよ!証拠に…」
私は、ルシアン様たちに視線を向けた。
ルシアン様は私の意図を察し、静かに話し始める。
「彼女の言う通りだ、竹田有紀、田中健太郎。セラフィナは、この『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』の世界に召喚され、我々と共に悪魔ヴェクスと戦った五光の勇者、聖剣の使い手セラフィナなのだ」
ルシアン様は、有紀と健太郎の真っ直ぐな視線を受け止めながら、その言葉一つ一つに真実を込めるように語る。
彼の声は荘厳で、誰もが聞き入ってしまうような不思議な響きを持っていた。
彼は、私、セラフィナがどのように召喚されたか、私がその世界でどのような功績を上げ、いかにして世界の平和に貢献したか、そしていかにして再びこの世界に戻ってきたか、を簡潔に説明した。
アルドロンさんも、静かに口を開く。
「我々は、彼女が語る世界の住人だ。そして、彼女が経験したことは、全て事実であると保証しよう」
カスパール君も、不機嫌そうに腕を組みながらも、 「こんな茶番に付き合うのは趣味じゃねぇが、セラフィナの言ってることに嘘はねぇ」 と、ぶっきらぼうに付け加える。
ローゼリアちゃんは、瞳を潤ませながら、 「セラフィナちゃんは、本当に私たちの大切な仲間なのよ…!」 と、必死に訴えかけてくれた。
しかし、有紀と健太郎は、まるで私たちを幻視しているかのように、茫然と口を開けている。
「…………」
数秒の沈黙の後、最初に口を開いたのは健太郎だった。
彼の顔には、怒りにも似た困惑の色が浮かんでいる。
「花……てめぇ、いい加減にしろよ!」
健太郎は、ガタッと立ち上がった。
座布団が畳にひっくり返る音が、和室に響く。
「なんだよそれ!異世界だの、勇者だの、魔王だの!ふざけるのもいい加減にしろ!こんなくだらない話に付き合ってられるか!」
彼は、竹刀袋を乱暴に掴み上げ、肩に担ぐ。
その顔は、まるで私を裏切り者を見るかのように険しい。
「花、今日の剣道の稽古はどうするんだよ!毎日の稽古を疎かにするなんて、お前らしくねえ!お父さんを裏切る気か!俺は行くぞ!」
健太郎はそう言い放つと、私の返事を待つこともなく、荒々しく和室を出て行った。
彼の足音が、玄関へと遠ざかっていく。
健太郎がいなくなり、部屋に残されたのは、有紀と私たちだけになった。
有紀は、ずっと俯いていた顔をゆっくりと上げた。その目には、涙が浮かんでいる。
「花…ごめんなさい。私、正直、理解できない。信じられないよ…」
彼女の声は震えていた。
その視線は、ルシアン様たちに向けられてから、私へと戻ってくる。
「花は、ずっと、この日本で平和に暮らしてきたんだよ。剣道一筋で、真面目に、一生懸命頑張ってるのを、私、ずっと見てきたんだから。唯一、ルシアン様の『推し活』だけが、花の楽しみだったじゃない」
有紀の言葉は、まるで私を責めるかのようだ。
「だからって、花のその推し活にかこつけて、こんな変な道に花を連れて行かないでよ…!」
彼女の視線が、再びルシアン様に向けられる。
その瞳には、私への心配と、ルシアン様への警戒と、そして微かな怒りが混じっていた。
「ルシアンさん…健太郎が、花のことが好きなの、気づいてるでしょ?健太郎は、ずっと花のこと、大切に思ってるんだから…」
有紀の言葉に、ルシアン様の涼やかな瞳が、一瞬、揺らぐ。
彼の表情に、かすかな動揺が走った。
「その桜の髪飾り…」
有紀は、私が今日つけている桜の髪飾りのことを口にする。
「この髪飾り、健太郎がプレゼントしたものなのよ。花が初めて中学生の時に全国制覇したお祝いと、花の誕生日にって…花だって、それ、ずっとつけてるじゃない!」
有紀の言葉に、ルシアン様の視線が、私の髪に飾られた桜の髪飾りへと吸い寄せられる。
「私…もう、ごめんなさい。今日の花は、私にはわからない…」
有紀はそう言い残すと、顔を伏せたまま、急いで和室を後にした。
玄関の引き戸が、静かに閉まる音がした。
和室には、ルシアン様たちと私だけが残された。
沈黙が、重く部屋にのしかかる。
私は、有紀と健太郎の言葉が、私の心臓に深く突き刺さるのを感じていた。
そして、ルシアン様の視線が、再び私へと向けられる。
彼の碧い瞳には、深い衝撃と、そして困惑の色が浮かんでいた。
彼の指が、私の髪に飾られた桜の髪飾りに、そっと触れた。
「セラフィナ…これは…」
ルシアン様の声は、微かに震えていた。
その問いかけは、まるで私から、この髪飾りの意味を問いただしているかのようだった。




