第九章(2):親友への告白と、届かない真実
約束の時間まであと少し。
私はみんなと一緒にいる和室でスマホを手に取り、ネットニュースを眺めていた。
すると、目に飛び込んできたのは、衝撃的な見出しだった。
『速報!作者えありす、5年ぶり!「魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語」の続編を発表!』
思わず「きゃああっ!」と小さな悲鳴を上げてしまった。
その声に、和室でくつろいでいたルシアン様たちが一斉に私を見る。
私は興奮に震える声で、すぐに彼らに報告する。
「ル、ルシアン様!皆さん!見てくださいこれ!エリアス様の物語の続編が発表されました!今、先行配信の漫画が読めるみたいです!」
私の言葉に、ルシアン様たちがわっとばかりにスマホを覗き込む。
「何だと?我らの物語の、続編だと?」
ルシアン様が驚いたように目を瞬かせる。
私は興奮気味に、先行配信されているという漫画のリンクをタップした。
そこには見慣れた、私たち五光の勇者の姿が、しかし少しだけ異なる展開で描かれていた。
―――悪魔ヴェクス討伐後の世界。
創造神ガイアの暴走により絶滅の危機に瀕した人間界を救うため、五光の勇者の力では無理だと悟ったルシアン様が、自ら魔界の力を手に入れ、魔王となる。
カスパール君もまた、魔界の能力を覚醒させ、魔王となったルシアン様と共にガイアと戦い、他の勇者たちも力を合わせて戦う。
そして、ついに勝利を収め、人間界に平和が訪れる。
漫画のカスパール君は、肩に可愛らしいピンクのウサギのような従属魔物『フワワ』を乗せている。
物語は、魔界の力によって若返ったアルドロンさんが、愛する妻と共に生きるという願いを叶えたところで、終わりを告げていた。
(な…なるほど!私たちとガイア様の戦いは、確かにあったけど、ルシアン様が魔王になった経緯は少し違う。そして、カスパール君が魔界の能力を得たというのも実際とは少し違うけど、まさか漫画の中でフワワやアルドロンさんの若返りまで忠実に描かれてる!これ、すごい展開になってるーっ!)
私が心の中で呟く間にも、皆は食い入るようにスマホ画面を見つめている。
ルシアン様は真剣な眼差しで、カスパール君は顔をしかめながら、ローゼリアちゃんは目を輝かせながら、それぞれが自身の新たな「物語」を追っているようだった。
私は興奮を抑えきれず、スクロールして読者コメントを読み漁った。
ネット上は、「ルシアン様が魔王に!?」「まさかの展開!」「これは熱すぎる!」「フワワ可愛い!」など、その反響はすさまじい。
ルシアン様が「魔王」になったことに対する驚きと熱狂が、画面からひしひしと伝わってくる。
その様子を、物珍しそうに覗き込んでいたアルドロンさんが、私の手元のスマホを指差した。
「セラフィナ。そのような薄い板で、遠い地の情報を瞬時に見ることが叶うのか?一体どのような原理で?」
アルドロンさんの純粋な問いかけに、私はニヤリと笑った。
「これですか?これはスマホっていうんです!この薄い板一枚で、世界中の情報が見られるんですよ!漫画を読むだけじゃなくて、写真も動画も撮れるし、遠くの人と話したり、顔を見て話したりもできるんです!アルドロンさんは、きっとこういうの好きですよね?他にも色々面白い機械があるんですよ!今度、家電量販店にでも見に行きましょうか!」
アルドロンさんは、目を輝かせ、深く頷く。
「うむ!ぜひ!この『スマホ』とやら、そして他の機械とやらも、非常に興味深い!」
ルシアン様も、カスパール君も、ローゼリアちゃんも、早く物語を読みたいとばかりに画面を覗き込んでいる。
私も、この新しい展開を早くみんなと語り合いたくてうずうずしていた。
その、和やかな空気が一変したのは、突然のインターホンが鳴り響いた瞬間だった。
「花!有紀ちゃんと健太郎君が来たわよー!」
母、陽子の声が、いつもより数段明るく、玄関から響く。
私の心臓が、ドクリ、と大きく脈打った。
今までの楽しい時間とは打って変わり、私の意識は一気に現実へと引き戻される。
私は大きく深呼吸をして、震えそうになる足を叱咤し、玄関へ向かう。
扉を開けると、そこに立っていたのは、普段着に着替えた有紀と、剣道着姿の健太郎だった。
健太郎は竹刀袋を肩にかけ、稽古の用意万端といった様子だ。
その表情は、これから起こるであろう事態を全く知らない、いつもの彼らのままで……だからこそ、私の胸に、ずしりと重い覚悟がのしかかる。
「花!あのルシアンさんって人、いるの!?」
有紀は玄関に入るなり、私に耳打ちしてきた。
その声は、まだ昼間の興奮が冷めやらないといった様子だ。
「うん、いるよ。実は今、ルシアン様たちがいる部屋で話があるんだけど…」
私がそう言うと、健太郎は眉をひそめる。
「なんだよ、花。そんな大事な話なら、リビングで全員で話せばいいだろ?」
彼の声には、僅かな不満と、ルシアン様への警戒が混じっていた。
「ち、違う違う!そうじゃないの!ええと…、お母さんにはちょっと聞かれたくなくて…」
ルシアン様たちが宿泊している和室に移動する。
畳の部屋に、有紀と健太郎はどこか落ち着かない様子で正座した。
ルシアン様、アルドロンさん、カスパール君、ローゼリアちゃんは、彼らが座るのを待ってから、座布団の上にきちんと座った。
ルシアン様は、ちらりと健太郎に視線を向ける。
その蒼い瞳には、わずかな不快感が宿っているように見えた。
皆の視線が私に集まる。
私はゴクリと唾を飲み込む。
ここからが本番だ。
(さあ、今こそ真実を話す時…!頼む、どうか信じてくれ…!)
「あのね、有紀、健太郎。今日の私たちの様子で、もしかしたら気づいたかもしれないけど……実は、ルシアン様たちが『ノルヴェイグ』から来たって言ってるけど、あれは嘘なんだ。本当は、私を含めてみんな、異世界にいたんだ」
そう切り出すと、健太郎は「はあ!?」と声を荒げ、有紀も目を丸くして私を見つめた。
(よし、第一段階はクリア!驚いてはくれた!)
「ほら、これ」
私は、部屋の隅に置いてあった、愛読している『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』のコミックスを手に取った。
「この漫画に描かれている世界。これは、私たちの世界なんだ…」
そう言って、コミックスの表紙に描かれたルシアン様や勇者たちの絵を、目の前の本物のルシアン様たちと交互に見た。
(どうだ!ここまで証拠が揃ってたら、信じるしかないだろ!?)
有紀と健太郎は、改めてコミックスとルシアン様たちを交互に、そして何度も見比べる。
彼らの顔に浮かぶのは、驚愕よりも、むしろ困惑と、ほんの少しの呆れだった。
「はあ?なんだよそれ?異世界って…花、何言ってんだよ?」
健太郎は、私の言葉を理解できないといった顔で、頭をガシガシと掻く。
(いや、頭掻くな!信じろよ!)
「いや、確かに今日の花はいつもと違ったけど、それは偶然っていうか…」
有紀は、現実的な解釈を見つけようとするかのように、困惑した表情でルシアン様たちに視線を向ける。
(有紀ー!そこで現実的な解釈に逃げないでー!)
「そうそう!多分そうだよな!なあ、お前ら、花のコスプレ仲間なのか?だから、花も今日は異様に英語ペラペラだったり、走るの速かったりしたのか!そういうことだろ?海外のお仲間を留学生って言って呼んだんだな!なあ、花、そうだろ?」
健太郎は、全てを理解したとばかりにポンと手を叩き、満面の笑顔で、ドヤ顔で私を見た。
その顔は、まるで「俺、名推理しただろ?」と言いたげだ。
(健太郎…お前、天才か!?いや、馬鹿なのか!?なんでそこでコスプレ認定!?私の説明、そんなに下手だった!?)
「いや、違うんだってば!本当なんだって!私、本当にこの世界にいたんだよ!このルシアン様だって、本物の魔王様なんだってば!」
私は必死で訴えるが、二人の顔には、まだ半信半疑の色が濃く浮かんでいる。
私の言葉は、どこか遠い国の話のように、彼らの耳には届いていないようだった。
(誰か、誰か助けて!信じてくれええええええええええええ!)




