第八章(3):英語の授業と、隠しきれない異能力の片鱗
次に始まったのは英語の授業だった。
教室に入ってきた女性の英語教師は、ネイティブのような流暢な発音で「Good morning, class!」と挨拶する。
その声に、私は一瞬、ビクッと身構えたものの、すぐにふっと全身の力が抜けた。
(あ、そういえばエリアス様、言ってたっけ……『すべての言語を理解できる能力を与えた』って。ってことは、英語もまさか完璧ってこと!?え、まじで!?これなら、予習なんて宇宙の彼方に置き忘れてきちゃった私でも、きっと大丈夫なはずだ!)
内心で興奮とちょっとした不安が入り混じったまま、私はホッと安堵の息をついた。
先生が教科書を開くように指示し、今日の課題である長文読解を黒板に書き出した。
それは、環境問題に関する、やや専門的な内容だ。
「では、この文章を、一人ずつ順番に読んで、日本語に訳していきましょう。佐倉さん、まずは最初のパラグラフをお願いします」
先生の指名に、私は反射的に教科書に目を落とした。
正直、予習はゼロ。
けれど、英語の文章が目に飛び込んできた瞬間、その意味が、まるで漫画の吹き出しを読むように自然と頭に入ってくるのを感じた。
(うっそ!?マジで!?これ、本当にエリアス様の能力のおかげ!?ヤバすぎない!?)
特別な意識をすることなく、英語が、いや、多分、この世の全ての言語が理解できるのだと、今、はっきりと実感した。
感動しすぎて、心の中でエリアス様に感謝状を送るところだった。
私は迷うことなく、すらすらと完璧な発音で最初のパラグラフを読み上げる。
まるで洋画の吹き替えのように淀みなく、そして正確な日本語に訳していく。
「The escalating global temperatures are posing unprecedented challenges to ecosystems worldwide. This phenomenon, often attributed to anthropogenic factors, necessitates immediate and concerted efforts to mitigate its detrimental effects.」
「世界の気温上昇は、世界中の生態系に前例のない課題を突きつけています。この現象は、しばしば人為的な要因に起因すると考えられており、その有害な影響を緩和するために、即座かつ協調的な努力が不可欠です。」
私の訳し終えると、教室は一瞬静まり返った。
クラスメートたちが、ポカーンと口を開けて私を見ているのが分かる。
まるで、宇宙人でも見たかのような顔だ。
「佐倉さん…素晴らしい発音です!そして、完璧な訳!ネイティブレベルですね!」
英語教師は目を丸くして私を褒め称えた。
普段の私が当てられて、冷や汗をかきながら単語を並べていたことを考えれば、本当にありえない反応だ。
有紀は、驚きで目を見開いている。
「花、いつの間にそんなに英語が…!?」
健太郎も、口を半開きにして私を見つめていた。
「花、すげぇ…!まるで別人の喋り方じゃねえか…」
そして、教室の端に座っていた女子グループの加藤さんが、信じられないものを見るような顔で私を睨みつけた。
その目には、明らかに嫉妬の炎がメラメラと燃え盛っている。
「はぁ!?佐倉花が、なんでそんなに英語できるわけ!?ありえないんだけど!だって、この前の中間テストでも、そんなに良くなかったじゃん!私たちの方がずっと成績上だったのに!」
加藤さんは、流暢な英語がグループのアイデンティティであり、優位性だと思っていただけに、私の突然の流暢さに動揺を隠せないようだった。
「嘘でしょ…!私たちが、一番得意だと思ってたのに…!」
(いや、知らんがな!私だって困ってるわ!ありがとう、エリアス様!あなたの力は地球を救う……私を救ってるけど、同時に私を窮地に陥れてる気もする!)
午前の授業は進み、次の時間は体育になった。
体育着に着替え、校庭に出ると、今日は短距離走の授業だ。
私は剣道師範の娘として、日頃から鍛えていたので、もともと運動神経が悪い方ではない。
むしろ、体力には自信があったし、人並みには動けた。
短距離走も、クラスの中では、いつも上位に入るくらいのタイムを出していたはずだ。
だが、異世界での身体能力は、もはや私の「人並みより少しは動ける」という可愛いレベルを遥かに超えていた。
それは、自覚していた以上に。
「よーい、ドン!」 先生の合図とともに、私はスタートを切った。
スタートダッシュは完璧だ。
地面を蹴る足の感覚が、まるでバネのように軽く、ぐんぐんと加速していく。
周りの景色が、みるみるうちに後方へ流れていく。
(え、ちょっと待って!?なんか、いつもより全然速いんですけど!?私の足、バグってる!?やばいやばい、止められない!)
体幹がまるでブレず、手足の動きも滑らかだ。
まるで、身体が私の意思を遥かに超えて、勝手に動いているような感覚だった。
これはもう、私じゃない、何かの機械だ。
あっという間に、ゴールテープを切っていた。
あまりに速すぎて、体が前に突っ込みそうになるのを必死で耐える。
ゴールラインを駆け抜けた瞬間、私のすぐ後ろで、まるで爆発でも起こったかのような「ドン!」という音が聞こえた気がした。
あまりの速さに、私から巻き起こった竜巻のような風圧に煽られ、何人かの生徒が派手に転倒しているのが見えた。
もはや、私の走りは凶器だ。
タイムを計測していた体育教師が、ストップウォッチを何度も見返し、目をこすっていた。
そして、ガクガクと震える手でストップウォッチを地面に落とす。
その目は、恐怖にすら近い驚きで大きく見開かれていた。
「さ、佐倉…お前、嘘だろ…!?き、記録が……これは、学園記録、いや、市の記録、県の記録なんてものじゃない…!ま、まさか…人類の、いや、生物の限界を超えたタイムだと…!?世界記録をはるかに上回っているって…!?」
体育教師の驚愕の声が、校庭に響き渡る。
クラス中が、その結果にざわめいた。
生徒たちは、まるでUFOでも見たかのような顔で、呆然と私を見つめている。
「な、なんだ今の…!ま、まるで……異次元の速さじゃねえか…!」
健太郎が、信じられないものを見るような目で私を見ている。
その顔は驚愕で引き攣っていた。
有紀も、目を丸くして私に駆け寄ってきた。
「花!すごすぎる!まさか、剣道であんなに足が速くなるなんて…!」
私は、冷や汗をかきながら、心の中で頭を抱えた。
(やばい、またやっちゃったよ…!どうしよう、これ!もう隠し通すとか無理ゲーじゃん!)
どうやら、私の身体能力は、意識的に抑え込まなければ、すぐにオーバーフローしてしまうらしい。
私を訝しげに見つめる有紀と健太郎の視線が、痛いほど突き刺さるのを感じた。




