第四章(3):剣道場の来訪者と、異例のホームステイ
その時、剣道場の引き戸がガラリと開き、父の声が響き渡った。
「花!何を騒がしい、朝練の時間だぞ。着替えてないじゃないか、たるんどる!」
父、佐倉 剛は、竹刀を片手に道場に足を踏み入れた。
慌てて時計を見ると、剣道場の時計は午前6時を指していた。
(そうか、今日は金曜日の朝なんだ…)
私は、異世界に召喚される前に眠りについたのが、確か木曜日の夜だったことを思い出す。
まさか、あの眠りについてから、本当に翌朝になっているなんて。
エリアス様が言っていた通り、私の日本での時間は、あの時のままで止まっていて、今、再び動き出したのだと実感した。
数千年ぶりの父との再会。
本当なら、喜びのあまり、涙がこみ上げてくるはずだった。
けれど、今はそんな感傷に浸る間もなく、私の頭はパニックでフル回転だった。
「す、すみません、お父さん!」
私が慌てて返事をすると、父は怪訝な顔で道場の中に目を向けた。
その視線が、私の隣に立つ面々に固定される。
銀白色の長髪を横でくくり、モデルのような出で立ちの超絶イケメン。
その隣には、黒髪に紫の瞳が印象的なクールなイケメン。
さらにその奥には、薄茶色のサラサラ髪に落ち着いた雰囲気の可愛い系イケメン。
そして、とどめは、ふわっふわのピンク色の髪に、まるで海を閉じ込めたような青い瞳を持つ、絵本から飛び出してきたような可愛い女の子。
彼らが、私と一緒に剣道場にいるのを見て、父の顔に驚愕の色が浮かんだ。
「な、なんなんだ!この外国人たちは!」
父は、普段の厳格な剣道師範の顔から一転、完全に思考停止しているようだった。
その混乱した様子に、私は内心、冷や汗をかく。
(そりゃそうだよ!いきなりこんな美男美女が、娘と一緒に早朝の剣道場にいたら、誰だって固まるって!)
「セラフィナのお父上、はじめまして。私はルシアンと申します。この度、御息女であるセラフィナさんと共に、この地へ参りました」
ルシアン様が、父の前へ一歩進み出ると、優雅な所作で頭を下げ、高貴な響きを持つ声で流暢な日本語を紡ぎ出した。
その立ち居振る舞いは、まさしく「王子様」そのものだ。
(うわー!ルシアン様、日本語ペラペラ!流石エリアス様の神の力だ!でも、これ、ますます怪しい人に…!)
父は、突然の丁寧な挨拶にさらに目を丸くした。
普段は滅多に動揺を見せない彼の顔に、困惑と、そしてわずかな警戒の色が浮かぶ。
それでも、武家の当主としての顔は崩さない。
「…むむ。ご丁寧に。拙宅の娘が世話になっております。佐倉剛と申します」
父は竹刀を握ったまま、短く、しかし礼儀正しく返した。
その鋭い視線は、ルシアン様の奥に潜む底知れない何かを探っているかのようだ。
「しかし、花、セラフィナとは、一体どういうことだ?」
父の鋭い視線が私に向けられる。
「あ、あああ、お父さん!えっと、その、私の、ニックネームみたいなもので、あはは…!」
私は、冷や汗をかきながら必死でごまかした。
心臓がバクバクと音を立てる。
(ニックネームってレベルじゃないし!どうするの私!?)
父は納得いかない様子で、私とルシアン様を交互に見る。
その間に、稽古着姿の門下生、田中 健太郎が、道場の入り口から顔を覗かせ、状況を把握しようと目を凝らしていた。
健太郎の視線が、なぜか私とルシアン様の間で何度も往復している。
(健太郎の視線が痛い…!)
「そして、この度、セラフィナさん、花さんと婚約させていただいており、ご両親にご挨拶に…」
ルシアン様が、私の左手の薬指に視線をやりながら、またもや爆弾発言をしようとした瞬間、私の神経は完全に限界を迎えた。
「っっっっああああああっっっっ!!!」
私は絶叫し、ルシアン様の口を両手で塞いだ。
私の頬は、火が付いたように熱くなる。
まさか、こんなところで婚約をバラされるわけにはいかない!
「あ、あの、お父さん!こ、こちらの方々は、北方にある某国の王子様御一行です!交通のトラブルで、ちょっと早く着いちゃったんだって!それで、もう家に来てるんだ!」
私は、無理やりルシアン様の言葉を遮り、適当な理由で父の追及をかわそうと必死だった。
父は、半信半疑といった表情だったが、それ以上は追求しなかった。
ただ、ルシアン様と私の間に流れる、どこか特別な空気に気づいたかのように、じっと見ている。
(うう、お父さん、勘が鋭いからなぁ…)
「とにかく、花!まずは着替えてこい!彼らには、陽子が対応する!」
父は、そう言い放つと、竹刀の先を床につけ、腕を組み直した。
厳格な剣道師範の顔に戻った父の姿に、私は慌てて頷き、仲間たちを促した。
私は異世界からの来訪者たちを伴い、剣道場を後にし、佐倉家の母屋へと向かった。