第五章(1):推しと勇者、私の日常に突然の襲来!?
見慣れた我が家の庭は、手入れが行き届き、冬枯れの景色の中に凛とした季節の花々が咲き誇る。
特に、今はすっかり葉を落とし、春の訪れを静かに待つ何本かの桜の木が、その広さを物語っていた。
剣道場から自宅へ向かう庭の道中、私は冷や汗をかきながら、スーツケースを転がす皆の様子を伺っていた。
魔王様と勇者たちが、まさか私の実家にホームステイするなんて、現実味がなさすぎて頭が痛い。
「ちっ…まさか、この質素な家で生活するのか?」
カスパール君は、早速不満そうな顔で家の外観を眺めている。ほら言わんこっちゃない。
「カスパール君! 失礼よ!」
ローゼリアちゃんが咎めるが、彼の表情は変わらない。
そりゃそうだよね、勇者たちの拠点の白亜の城と比べたら、うちなんて普通の一軒家だもんね…。
「しかし、この建築様式は実に興味深いな。木材と土壁で構成されているにも関わらず、どこか堅牢さを感じる」
アルドロンさんが、家の造りをじっくりと観察しながら分析する。
彼だけは、どんな状況でも知的な好奇心を忘れない。
さすが賢者様!
「ねえ、セラフィナちゃん! ここがセラフィナちゃんのお家なのね! すごく、温かい感じがするわ!」
ローゼリアちゃんは、庭に咲いている山茶花に目を輝かせながら、無邪気に私の家を褒めてくれる。
ああ、ローゼリアちゃん、本当に天使だ。
そんな中、私の隣を歩くルシアン様が、不意に私の耳元で囁いた。
「なあ、セラフィナ。なぜ俺を御父上にご挨拶させてくれなかったのだ?」
彼の声は、どこか拗ねたような響きを含んでいる。
その可愛さに私の心臓がまたキュンとする。
でも今はそんな場合じゃない!
私は慌てて説明する。
「ルシアン様! いきなり初対面で『婚約しました』なんて言われたら、お父さん、ビックリして倒れちゃいますよ! 本当に!」
「なぜだ? 婚約の挨拶は、礼儀ではないのか?」
ルシアン様は、本気で理解できないという顔をしている。
ああ、この人、異世界では魔王として君臨しているから、常識がちょっと…いや、かなりズレてるんだ。
(それが可愛いんだけど、今は困るぅぅ!)
「その…日本では、そういうのは段階を踏むものなんです! まずは『こんにちは』とかから始まって、少しずつ関係を築いていくんですよ! いきなりだと、本当に心臓が止まっちゃいますから!」
私が必死に説明すると、アルドロンさんが冷静に助け船を出した。
「ルシアン。セラフィナの言う通り、異世界における文化や慣習は我々のそれとは大きく異なる。焦らず、まずはこの世界の常識を学ぶべきかと。さすれば、いずれ佐倉花殿のご両親も、ルシアンを受け入れてくださる」
アルドロンさんの言葉に、ルシアン様はわずかに視線を伏せ、不本意そうに頷いた。
助かった…!
アルドロンさん、さすが賢者様!
本当にありがとう!
そんなこんなで、私たちは玄関までたどり着いた。
引き戸が開くと、そこには、私の母、佐倉 陽子が、優しげな笑顔で立っていた。
数千年ぶりの母との再会。
その優しい笑顔を見た瞬間、私の胸には熱いものが込み上げ、視界がじんわりと滲む。
ああ、お母さんだ。
夢にまで見た、温かい母の姿だ。
感極まる気持ちを、ぐっと奥にしまい込む。
今は、目の前の状況を乗り切るのが先だ。
「あら、花! もう着替えたの? って、あれ?」
母は、私の隣に立つ勇者一行を見て、一瞬目を丸くした。
そして、その視線がルシアン様で止まった。
次の瞬間、母の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「キャー! なんて素敵なお方…! まるで映画スターみたいだわ!」
母は完全にポーっとしている。
その様子は、まるで私がルシアン様の推し活をしている時のようだ。
遺伝だ、これは。
お母さん、推しに弱いのは私も同じだよ…!
ルシアン様は、母の熱視線を受けても全く動じず、むしろその視線にすら応えるかのように、優雅に一礼した。
「花さんのお母上、私はルシアンと申します。この度、ご縁があり、御息女である花さんと共に、しばらくの間、この地で学ばせていただくことになります」
完璧すぎる日本語、そしてその立ち居振る舞い。母はもう完全にメロメロだ。
「まぁ! なんて素敵! 言葉遣いも、そしてそのお姿も、全てが洗練されていらっしゃるわ! 」
母は手を合わせて、うっとりとした表情を浮かべた。
ルシアン様は、そんな母に静かに微笑み返す。
その笑顔が、さらに母の『推しセンサー』を刺激しているのがわかる。
(母よ、落ち着け! 推し活は後でいいから!)




