日本を変える、世界を変える
羽衣は「日本を変える」を合言葉に、SNSで発信。同時に各地を自転車で周り、小さなコミュニティにまで顔を出して己の言葉で語りかけた。
最初は色物扱いだった彼だが、1年かけて行われる大統領選、日を追うごとに彼の人気は上がって行った。
貧困層に生まれ、幼い頃から苦労してきた彼、宝くじに当たった幸運以外何も持たない彼が、その幸運全てを使って日本のトップを決める戦いに挑む。
テレビ局は彼の半生を感動的なドラマに仕立て上げた。
ネットでは毎日、自分の行動を配信する羽衣が理想をあちこちで語る姿が生で見られる。
しかも全国行脚までしているので、その気になれば目の前で「生」の姿も見る事ができる。
彼の政策はたったひとつだ。
それは、政治家が毎年、「日本で健康で文化的に生活するために最低限支払われるべき賃金」を話し合って決める、というもの。
ここで間違えてはいけないのは、『健康で文化的な最低限度の生活』の金額を決めるのではない、という事だ。
あくまでも決めるのは『健康で』『文化的な』生活を送るために、『働いた対価として』最低限支払われるべき金額なのだ。
これを政治家たちが決める。
大統領ではない。
全ての政治家達が話し合って決めるのだ。
この事について羽衣は根気よく、熱意を持って語り続けた。
彼と話したいと思う全ての人と、時間が許す限り本音で語り続けた。
羽衣はコミュ症ではない。人と話すのは好きだった。
だがこれまではそれが許されなかった。
なぜなら彼は底辺の人間だったから。
考えてもみてほしい。
1人ぐらしで朝から晩まで働いて、スーパーやコンビニの割引札がついた弁当を毎日食べ、安アパートなので近所迷惑にならないように洗濯をするのは休みの日だけ。
掃除をして出たゴミは分別をする余裕がなく、やっと捨ててもまた溜まる。
服はくたびれるまで着倒して、常に安いもの、安いものばかりを探して買う。
そんな人間の話す事になんの価値があろうか?
善良な一般市民が気にかける、時間を割いてまで考えを聞く必要がどこにあろうか?
大統領選に出るまで、彼と親しく話したいと思う人はいなかった。
日常会話は業務上必要なもののみ、そんな毎日だったのだ。
しかも作業員だった彼は肉体仕事で体力のある30代。
いくらでも話せた。
人と話せる事が、自分の考えを聞いてくれる事が嬉しくてとにかく喋り続けた。
「政治家が決める給料とか碌でもない金額になる気がするよ」
そう言った老婆に、羽衣は言った。
「この金額を政治家の給料にすればいいんです。自分の給料を自分で決める。そしてそれが最低限の給料の額になる。そういう仕組みにするんです」
「だけどさ、政治家って俺ら日本人の顔だろ? それが最低限の給料しかもらえなくて、必要なスーツとかもボロボロだったら不味くねえ? 恥ずかしいぜ、普通に」
「必要なものは請求すればいいんです。まず政治資金を管理する省を作ります。省では請求されたら購入時は審査なしで対応し、1年分まとめて監査を入れる。その際におかしいものをチェックすればいい。政治にかかるお金は全て省で取りまとめ、そこを通さないものはどんな場合でも政治のために使ったとは見做さない、とすればいい」
「え、じゃあ使い放題なんじゃないの?」
「最初の購入時は。でも、決算時に不適切となれば個人資産から支払ってもらえばいいんです」
「それって、1年後にとんでもない額が請求されるって事?」
「不正がなければ請求はされませんよ?」
「でもさー、政治家だって人間だし、いいもの食べて好きな事して、あとエステにジムに趣味とかやりたい事いっぱいなくない?」
「もちろんそうでしょうけど、でもそれってみんな一緒だと思うんだよね」
「わたしは、あまり変な政治家とかいて欲しくないから、マナーレッスンとか外国語の勉強とか、そういうのできるような金額になっててほしいわ。政治資金で請求できないでしょ? 多分」
「政治資金は難しいでしょうね。でもできる金額にすればでいいと思いますよ、『健康で文化的な生活ができる』金額であればいいわけだから。どこまでを最低限にするかは自分たちで話し合えばいいわけですし。というか、そういうのできてる人を選ぶべきですよね。最低限のマナーや勉強は学校で普通にしてれば学べると思うんですよ。上流階級のマナーやプロのレッスンとかじゃなければ。むしろ、そういうのをきちんと身につけた人を、僕らは政治家として選びたいと思ってるはずなんですよね」
「なんかそれって選民意識ってヤツじゃない?」
「底辺で生きたからこそ、自分の上には立派な人がいてほしい、自分よりもずっと頭のいい素晴らしく上品な頭のいい人だからこそ人の上に立っているんだと思いたいんですよ、僕は。だって、殺人犯や人格異常者に政治家になって欲しいとは誰も思わないでしょう? 立派な人だから、自分より優れているから人の上に立っている。でも僕は、たまたまラッキーだったからっていうだけですけどね。ただ、大きな幸運を掴んだからこそ、この幸運をみんなで分かち合い、より良い国、より良い世界を作っていきたいんです」
絶好調だった。
羽衣はとにかく絶好調だった。
今まで誰とも触れ合えなかった自分が、人とこうして触れ合っている。
社会の一員として受け入れられ、意見を聞いてもらえている。
現場仕事で培った体力のままに、羽衣は調子に乗って1年間、国内を周り続けた。
年寄りと話した。
若者と話した。
学生と話した。
子供と話した。
その両親と話した。
自分と同じ、日雇い労働者達と話した。
ネットで配信者達と話した。
お金持ちの奥様達と話した。
病院でベッドの上で動けない人達とも話した。
彼と話したいという人がいれば、朝から晩まで、どこへでも行って話した。
そして彼は、日本国初代大統領というとんでもないラッキーを手に入れた。




