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ガイの会 〜ネトゲで3年相棒だった暴言女子が、清楚な後輩として入社してきた。最強の独身同僚たちが俺の恋を全力応援してくる~  作者: りんりん


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第8話 初めての声

 縦山さんの質問には、結局「分かりません」とだけ答えて帰ってきた。


 嘘ではない。本当に分からなかった。ただ、帰りの電車の窓に映る自分の顔が、いつもより少しだけ赤いことには、気づかないふりをした。


 *


 その週末、グランデルに大型アップデートが来た。


 新レイド『白夜の砦』。推奨人数四。ギルドチャットは数日前から、この話題で持ちきりだった。


【メェさん】:白夜の砦、初日に行くぞ

【ロッソ】:俺、土日は出張なんよ。すまん

【メェさん】:なら残りの精鋭で行くしかないな。私と、お前らの計三人だ

【絶対殺すマン】:着ぐるみは精鋭に入りません

【メェさん】:羊は装備ではない。生き様だ

【絶対殺すマン】:生き様の防御力が紙なんだよ


 結局その生き様は、当日になって「染色の耐久作業がある」という謎の理由で離脱した(本当に意味が分からない)。残された俺たちはいつもの二人で挑むことになった。


 そして俺たちは開始三十分で限界を迎えていた。


【絶対殺すマン】:違う今のは右! 右って打ったろ!

【オッサン】:打ってる間に左から来てるんだよ

【絶対殺すマン】:だから詠唱しながらチャット見ろって

【オッサン】:無理だが??

【絶対殺すマン】:は??? 目を増やせ

【オッサン】:人体の話する?


 ギミックの速度に、テキストがまるで追いつかない。床は燃え、柱は倒れ、ボスは三カ所同時に攻撃してくる。三年間テキストでやってきたが、この砦は明らかに「通話前提」の難易度だった。


 全滅五回目。リスポーン地点で大の字になった大剣の横に、俺の杖も転がった。


 しばらく、チャット欄が動かなかった。


 やがて、ぽつりと一行。


【絶対殺すマン】:……通話、する?


 心臓が跳ねた。


 三年間、俺たちはテキストだけだった。最初の頃に一度だけ話題になって、「顔も声もなしの方が気楽だろ」「それな」で終わって、それきりだった。声を知らないまま、こいつは俺の生活の一部になっていた。


 今は、顔も本名も知っている。会社で毎日、声も聞いている。


 なのに、どうしてだろう。この一行に、初めて告白されたみたいに緊張している。


【オッサン】:いいの?

【絶対殺すマン】:砦が悪い。私は悪くない

【オッサン】:分かった。じゃあ

【絶対殺すマン】:先に言っとくけど

【絶対殺すマン】:笑ったら殺す


 通話アイコンが、緑に光った。


 クリックする指が我ながら情けないくらい重かった。ヘッドセットを着け直して、マイクの位置を意味もなく三回直して、接続音が一度、二度――繋がる。


 短い沈黙。スピーカーの向こうで、誰かが息を吸う音がした。


『……聞こえてんのか、おい』


 その一言で、分かってしまった。


 声は、会社の白瀬さんと同じ声だった。同じ声のはずだった。なのに、まるで違った。敬語の鎧を全部脱いだ、低くて、ぶっきらぼうで――それでいて、語尾がほんの少しだけ震えている声。


「聞こえてる。……はじめまして、じゃないんだよな、これ」


『は? 何それ』


「いや、三年目なのに初めて喋るから、挨拶どうしようかと」


『……ばっかじゃないの』


 スピーカーの向こうで、ふ、と空気が緩む音がした。


『よし。じゃあ行くぞ、六回目。今度こそギミック合わせる』


「了解、相棒」


『……っ、いちいち言わなくていいんだよ、そういうの』


 六回目の挑戦は、嘘みたいに噛み合った。


「右来た」『見えてる』「下がって、回復置く」『ナイス』「柱、次そっち倒れる」『りょ。任せた』――テキストで何往復もかかっていたやりとりが、一瞬で通る。声というのは、すごい発明だった。三年間で一番、俺たちは強かった。


 途中、一度だけ俺がギミックの床を踏み抜いて、悲鳴を上げた。


『今の何!?』


「床抜けた! 落ちる!」


『ばっ……、掴ま――あー!! 落ちた! ばかオッサン!!』


「すまん……」


『……無事か』


「無事。下の階に着地した」


『なら、いい。……心臓に悪いんだよ、おまえが落ちると』


 その言い方が、テキストの「は?」と全然違う温度をしていて、俺は返事を一拍、失敗した。


 砦のボスが沈んだのは、深夜一時過ぎだった。


『……勝った』


「勝った」


『勝ったぁ……!』


 スピーカーの向こうで、声が弾けた。


 それは、俺が初めて聞く笑い声だった。会社の、口元を隠して小さく漏らす「ふふ」じゃない。喉の奥から出る、子どもみたいに無防備な、転がるような笑い声。


『見たかオッサン! 最後の避け! 完璧だったろ私!』


「見てた見てた」


『もう一回言って』


「完璧だった、絶対殺すマンさん」


『そぉーれ!』


 画面の中で大剣が踊っている。討伐記念のスクリーンショットを撮ろうと言い出したのも向こうで、ポーズを三回も取り直させられた。俺は相槌を打ちながら、自分の胸の真ん中が、どくどくと変な音を立てているのを聞いていた。


 三年聞いてきた「草」の正体が、こんな音をしていたなんて。


 まずい、と思った。


 この笑い声は、まずい。


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