第7話 縦山宅・作戦会議
「動議です。緊急動議を要求します」
金曜の夜、いつものガイの会。スイーツが並びはじめたローテーブルで、俺は開口一番そう言った。
三人の目の色が変わった。縦山さんが無言で大学ノートを開く。高田さんがテレビを消した。宮原に至っては、食いかけのテリーヌを置いた。あの宮原が、スイーツを、置いたのだ。
「第三十九回ガイの会、開会。冒頭、茨城より緊急動議を受理する。議題――」
「あの、議題っていうか、ただの相談で」
「議題、『茨城の重大報告』。発言を許可する」
もう書いてある。仕方なく、俺は話した。名前を除いて、洗いざらい。三年来のネトゲの相棒がいること。口は悪いが気の合う、大事な友達であること。そして、男だと思っていたそいつが女で、しかも同じ会社にいると判明したこと。
話し終えた時、ローテーブルは静まり返っていた。
最初に口を開いたのは高田さんだった。
「……それ、漫画なら打ち切り回避の神展開じゃねえか」
「現実なんですよ」
「三年だろ? 三年、画面の向こうで相棒やってた相手と、毎日同じ空気吸ってんだろ、今」
「そうなんですよ」
「で、相手はうちの会社の誰なんだ」
「それは言えません。本人と約束したので」
「言えないってことは近い部署だな」縦山さんがさらりと言った。「遠い部署なら隠す必要がない。毎日接点のある距離。さらに言えば、お前がここ最近、急に楽しそうなのと時期が一致する」
「な、なんで分かるんですか」
「お前、分かりやすいんだよ。それと三年来の相棒の口の悪さを『大事な友達』って言い切るあたり、お前そいつのこと相当――」
縦山さんはそこで言葉を切って、ノートに何かを書き、線を引いて消して、書き直した。
俺の位置から、それは見えた。
『議題:茨城の重大報告』に二重線が引かれ、その横にこう書いてあった。
『議題:茨城の恋について(重要・最優先)』
「恋!?」
「違うのか」
「違っ……違うかどうかの話はしてないでしょ今! 報告しただけ!」
「却下。本会はこの議題を最優先で審議する」
審議って何だよ。と思う間もなく、両脇の二人が動き出した。
「よし茨城、まず店だ」宮原が身を乗り出した。「二人きりで飯に行け。話はそれからだ。店なら任せろ、いいところを知ってる。個室で、静かで、肉も魚もうまい」
「飯!? いやそういう関係じゃ」
「服も買いに行くか。あと髪切れ。俺の行ってる店を紹介する」
「高田さんまで……いや待って、二人とも話が早すぎる」
「善は急げと言うだろ」
「まだ善かどうかも分かってないんですよ!」
「会場はどうする」
「何の会場!?」
「式の」
「気が早すぎるんだよ!! まだ手も繋いでない! なんなら昨日まで気まずかった!」
「手も繋いでない(メモ)」
「議事録に書くな!!」
俺の絶叫を、縦山さんが手で制した。さすが年長者、この人だけは冷静だ。
「二人とも落ち着け。順序がある」
「ですよね」
「まず外堀からだ」
「この人が一番怖い」
ひとしきり騒いだあと、ふいに高田さんが「あ」と声を上げた。
「待てよ。茨城に彼女ができたらよ……ガイの会、どうなるんだ?」
時が止まった。
ガイの会。独身野郎の会。会員資格、独身であること、彼女がいないこと。
「「「……解散?」」」
三人の声が重なった。さっきまで祭りだったローテーブルに、お通夜の空気が流れる。宮原が手をつけかけたテリーヌを再び置いた。高田さんが天井を見た。縦山さんが議事録に『本会の存続に関わる重大事案』と書き足した。
「いや、まだ恋とかじゃないですから! 解散しませんから!」
「……そうか。そうだよな」
「うむ。それはそれ、これはこれだ」縦山さんは咳払いして、ノートを構え直した。「審議続行。応援は全力でやる」
するんかい。
でも、と俺はテリーヌをつつきながら思う。この人たちのこういうところに、俺は多分、ずっと助けられてきたのだ。報告しただけで自分のことみたいに沸いて、勝手に店を探して、勝手に式場を心配して、勝手に解散の心配をして。
ばかばかしくて、あったかい。それがガイの会だった。
「それで、だ」
会もお開きという頃、縦山さんがペンを置いて、ふいにこっちを見た。さっきまでとは違う、静かな目だった。
「茨城。ふざけるのは抜きで、一個だけ聞くぞ」
「……はい」
「お前、その子のこと、好きなのか」
心臓が止まった。
好き。その一文字を、頭が勝手に白瀬さんの顔に重ねる。九十度のお辞儀。実質「は???」の敬語。画面の中の「ナイス」。給湯室の土下座。こらえきれずに漏れた、あの笑い方。
「………………」
「おーい」
「茨城?」
「再起動しろ茨城。おーい」
俺はフリーズしたまま、再起動の仕方が分からなかった。
誰かが俺の顔の前で手を振っていた。誰かが「これは重症だ」と言った。誰かが議事録に何かを書き足す音がした。たぶん、ろくでもないことを書かれた。
でも、否定する言葉が、最後まで出てこなかったのだ。




