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ネトゲで3年相棒だった暴言女子が、清楚な後輩として入社してきた。~最強の独身同僚たちが俺の恋を全力応援してくる~  作者: りんりん


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第6話 言えないやつだ

 正体が割れた翌日というのは、どんな顔で挨拶すればいいんだろう。


 答えが出ないまま出社すると、先に来ていた白瀬さんが、ぎこちなさの極致みたいな角度で頭を下げた。


「お、おはようございます、茨城さん」


「お、おはよう……白瀬さん」


 完璧な敬語。完璧な距離。昨日までと何も変わらない。変わらないのに、お互いの頭の上に「三年分のチャットログ」が浮かんでいるのが見える。


 気まずい。なのに、変な連帯感がある。この感じを言葉にするのは難しい。共犯、が一番近い気がする。


 その証拠に、午前の会議で係長が「夜更かしは仕事の敵ですからな」と言った瞬間、俺たちは同時にむせた。係長は何も悪くない。ただ単語が悪かった。咳き込む俺と、ハンカチで口元を押さえる白瀬さんを、宮原が交互に見ていたのが少し気になった。


 共犯関係の本領は、午後に発揮された。


 俺が一時間かけて作った会議資料を、白瀬さんがチェックしてくれていた時のことだ。


「茨城さん。こちらの資料なのですが」


「ん、どうかした」


「グラフの配色とレイアウトについて、率直に申し上げてもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


「控えめに申し上げて、正気ではないかと」


「言い方」


 周りの席からは、真面目な新人が先輩に丁寧に質問しているようにしか見えないだろう。完璧な敬語の、完璧な姿勢のまま、この子は実質「は???」を打ってきている。


「ちなみに翻訳すると?」


「色が七色も使われていて目がチカチカします。あと凡例が小さすぎて老眼の方に優しくありません。直してください。今すぐ」


「俺の一時間……」


「無駄な一時間でしたね」


「絶対殺すマンだ……」


「誰のことでしょうか。わたくしは白瀬です」


 白瀬さんはすました顔でそう言って、それから、こらえきれなくなったように、ほんの少しだけ笑った。


 ああ、と思った。


 この笑い方、画面の向こうの「草」と同じやつだ。


「……あと、僭越ながらもう一点」


「まだあるの」


「五ページ目のこの表、とても見やすいです。こういうの、お上手ですよね、昔から」


「昔から?」


「……三年前の、ギルドの周回スケジュール表とか」


 小声だった。小声だったけど、ちゃんと聞こえた。あれを覚えてるのか。エクセルで作って「暇かよ」って言われたやつを。言われた側は覚えてるものだけど、言った側も覚えてるんだな。


 *


 夕方、廊下で二人になった時、白瀬さんがぽつりと言った。


「……変な感じです」


「うん」


「三年も一緒に潜ってた人が、毎日隣にいるの」


「うん。変な感じ」


「あと」


 白瀬さんは周囲を確認してから、声を一段落とした。


「会社のわたしのことは、忘れてくださいって言いましたけど……訂正します。ゲームのわたしのことを、会社で思い出すのを禁止します。にやにやしたら殺すから」


「敬語どこいった」


「……っ、こ、殺すから、です」


「敬語の位置そこじゃないんだよなあ」


「うるさいですね??」


「実質『は???』も会社では禁止じゃないの?」


「い、今のは敬語です! 疑問形の丁寧なやつです!」


 白瀬さんは赤くなって、九十度のお辞儀をして、早足で去っていった。曲がり角で一回、壁にぶつかりかけていた。


 あの後ろ姿が大剣を担いでいるところを、俺はもう知っている。それはなんだか、世界に二人だけの秘密の暗号を持っているみたいな、落ち着かない、悪くない気分だった。


 *


 その夜、グランデルにログインすると、相棒が先に来ていた。


【絶対殺すマン】:お疲れ様です。本日はありがとうございました

【オッサン】:誰?

【絶対殺すマン】:白瀬です

【オッサン】:それは分かるんだけど、ゲームでまで敬語になるのやめてくれ。調子狂う

【絶対殺すマン】:そっちこそ、なんか今日、わたしに気を遣ってませんか。正体バレた途端、会社の後輩みたいに優しくしてくるの、調子狂うんですけど

【オッサン】:俺は何も変えてないが?

【絶対殺すマン】:……

【絶対殺すマン】:たしかに

【絶対殺すマン】:おまえ、会社でもゲームでも同じだな

【オッサン】:そう?

【絶対殺すマン】:そう。資料の作り方は正気じゃないのに、人への接し方だけ全方位で同じ

【オッサン】:資料はもう許してくれ

【絶対殺すマン】:気づいてないならいい

【絶対殺すマン】:ほら渓谷行くぞ。今日の分の暴言が溜まってる

【オッサン】:会社で吐けないもんな

【絶対殺すマン】:そういうこと。本日の俺は一日中豆腐だった

【オッサン】:もう豆腐の意味分かるんだよな、それ

【絶対殺すマン】:……チャットログ、まじで消せよ

【オッサン】:消しません。家宝にします

【絶対殺すマン】:は??? 回せオッサン!!


 大剣が走り出す。俺は笑って、その背中に回復を置いた。


 昼は敬語の後輩で、夜は暴言の相棒。どっちも同じ人間で、そのことを知っているのは、この世界で俺だけ。


 ――誰にも言えない。


 言えないんだけど、やっぱり、誰かに聞いてほしい。


 スマホのカレンダーを見る。次の金曜まで、あと三日だった。


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