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ガイの会 〜ネトゲで3年相棒だった暴言女子が、清楚な後輩として入社してきた。最強の独身同僚たちが俺の恋を全力応援してくる~  作者: りんりん


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第35話 二つの世界で

 付き合い始めて、最初に決めたルールは一つだけだった。


 会社では、今まで通り。


「白瀬さん、この資料の最終チェックお願いできる?」


「かしこまりました。……茨城さん、こちらの誤字、直しておきますね。あと、グラフの色、また増えてます」


「うっ……二色までって決めたのに」


「学習能力。控えめに申し上げて、皆無かと」


 完璧な敬語、完璧な距離。フロアの誰も、何も気づいていない。気づいていないはずなのだが、なぜか最近、何人かの同僚たちがこっちを見てにやにやしている。機密の漏洩元は明らかだった。ガイの会の連中共だ。


 そして夜は、もう一つの世界がある。


【絶対殺すマン】:おせーよ

【オッサン】:ごめん、残業

【絶対殺すマン】:は? 彼女より残業取った?

【オッサン】:取ってない。マジでごめん。

【絶対殺すマン】:じゃあ今度居酒屋で奢ってもらう権利を発動からよろしく。

【オッサン】:どういう権利だよ

【絶対殺すマン】:彼女権


 彼女権、らしい。何でもできるな、それは。


 付き合う前と、やってることはほとんど変わらない。ほぼ毎日二十二時に集合して、渓谷に潜って、暴言と回復を交換する。変わったのは、通話の切り際だけだ。


『じゃあ、おやすみ。……優也』


「うん。おやすみ、すず」


『…………』


「……なに」


『なんでもない。慣れないだけ。切るぞ、ばか』


 この「ばか」の意味も、もう辞書に載っている。照れてる時の癖、の項だ。用例は、年々増えている。


 *


 異変に気づいたのは、ギルドの方が先だった。


【メェさん】:なあ、最近お前ら、距離が近くないか

【ロッソ】:それな。回復の置き方が甘い。いや上手いんだけど甘い

【メェさん】:絶対殺すマンが「おまえ」じゃなくて「お前」って打つ率も上がってる

【ロッソ】:何の分析だよ。でも分かる

【メェさん】:あと討伐後のスクショ、二人の立ち位置が前より近い

【ロッソ】:ストーカーかお前は

【絶対殺すマン】:気のせいだが???

【オッサン】:気のせいですね

【メェさん】:今の否定の速度、完全にアレなんよ

【ロッソ】:ハモったしな


 羊の着ぐるみは伊達じゃないらしい。観察眼が無駄に鋭かった。その夜は二人で火山レイドの最深部まで付き合わされた。メェさんの新しい着ぐるみ(耐火仕様・三代目)の披露会だった。燃えた。三代目も燃えた。耐火とは何なのか、誰も答えを持っていなかった。


 *


 日曜の昼、初めて二人で、何の用事もなく出かけた。


 水族館で魚を見て、たい焼きを半分こにして、帰りに本屋に寄った。それだけの一日だった。クルーザーも、武道館も、貸切水族館もなかった。ただの、普通の、どこにでもある休日だった。


 それだけの一日の帰り道、夕暮れの川沿いを歩きながら、すずがふいに言った。


「……あのね。私、最近、変なんです」


「どうした」


「朝、会社に行くのが、普通に楽しい。コピー機の前で先輩たちと笑って、会議で言いたいことを言って、夜はゲームして、おまえと話して。……六年間、息を止めて生きてたのに、最近、ずっと息してる。気づいたら、深呼吸してるの。意識しないで」


 すずは夕陽に目を細めた。川面が、オレンジに光っていた。


「猫はね、まだ、かぶってるんですよ。会社の私は敬語だし、よそいきだし。でも、前と違うの。あれはもう壁じゃなくて……なんだろう、勝負服? みたいな。脱ぎ方を知ってる服は、着てても苦しくないんだなって。いつでも脱げるって思えるだけで、こんなに楽なんだ」


「……うん」


「その脱ぎ方、教えてくれたの、あなたと、そのなんて言ったっけ、ガイの会?の人たちだから。私、みなさんにちゃんとお礼、言いたい」


「言ったら最後、新会員にされるぞ」


「……それも、悪くないかも」


 俺はなんと返していいか分からなくて、結局、手を繋いだ。それが一番正しい返事の気がした。すずの手がぎゅっと握り返してきた。三年前、画面の向こうで「ナイス」をくれた手だった。


 *


 夜、家に帰って、洗面所で顔を洗った。


 鏡の中に、いつもの俺がいた。老け顔で、たぶん来年も再来年も課長に間違われ続ける、二十四歳の俺。


「……ま、悪くないか」


 声に出して、初めてそう思った。半年前は目をそらしていた、この顔。今は、まっすぐ見られる。この顔は、バスの隣で宮原が信用した顔で、高田さんの箸を、きれいだと思った顔で、縦山さんが議事録に書き続けてくれた顔だ。長年の敵と、ようやく停戦協定を結んだ気分だった。完全な和解は、まだ先かもしれない。でも、停戦でも、ずいぶん楽になった。


 ベッドに転がると、スマホが光った。


【すず】:今日、楽しかった

【すず】:次はどこ行く?

【オッサン茨城】:どこでも。何回でも

【すず】:ふふ。即答

【すず】:そういうとこだぞ、おまえ


 画面の向こうで笑っている顔が、見えるようだった。三年間、文字でしか知らなかった「ふふ」が、今は、声でも、顔でも、再生できる。


 会社の世界と、ゲームの世界と、二人の世界。三つの世界が、ゆるやかに重なって、毎日が回っていく。


 こんな日々が、ずっと続けばいい。


 そう思っていた日々が本当にずっと続いて――気づけば、三度目の春が来ていた。


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― 新着の感想 ―
わ、わぁ口から何故か砂糖がぁ
 幸せ空間良いですね〜。    ガイの会の面々、すずさん経由で紹介してもらう?別に結婚前提なんて堅苦しくなくてもそんなに拘らない女性居そうだけど。  それくらいの軽さで相手の事をよく知らない位のひとの…
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