第33話 告白
金曜の焼き鳥屋は、いつも通りだった。
いつも通り煙くて、いつも通りうるさくて、白瀬さんはいつも通りレモンサワーを一杯だけ飲んで、俺のつくねを一個かすめ取った。メェさんの着ぐるみが火山レイドで本当に燃えた話で、ひとしきり笑った。「だから言ったのに」「言ったよね私たち」と、二人で何度も言い合った。
いつも通りで行け、と議事録は言った。だから俺は震える膝に「いつも通り」と三回言い聞かせて、店を出た。レモンサワー一杯ぶんの勇気では、正直、足りなかった。でも、足りないなりに、行くしかなかった。
帰り道の途中に、小さな歩道橋がある。
車の音が遠くなる、橋のまんなかで、俺は足を止めた。
「白瀬さん。ちょっとだけ、いい」
「……はい」
白瀬さんも止まった。たぶん、気配で分かったんだと思う。茶化しも敬語の鎧も着けずに、ただ、まっすぐこっちを向いた。三年間、画面の向こうにいた相棒が、今、夜の歩道橋の上で、生身で、俺を見ている。
夜風が、二人の間を一回だけ通り過ぎた。
「うまく言える自信がないから、順番に言う」
「はい」
「三年前にゲームで組んだ、口の悪いやつ。声も顔も、男か女かも知らない相棒だった。なのに毎日の夜が待ち遠しくて、そいつの『ナイス』が、一日の終わりのご褒美だった。会ったこともないやつのことをだ。我ながらどうかしてると思ってた。顔も知らないのに、何やってんだろうって」
「……はい」
「半年前、そいつが目の前に現れた。九十度のお辞儀をする、真面目で、すぐ赤くなる後輩だった。別人みたいなのに、中身は間違いなくあいつで――その相棒ごと、俺は目の前のあなたを、半年かけて好きになった」
白瀬さんの目が夜の中で揺れた。街灯の光が、その目に滲んでいた。
「自信がなくて、一回逃げた。隣に並んだらあなたが笑われるんじゃないかって、勝手に自分の値段を決めて、勝手に下がろうとした。それを、ばかな仲間たちに殴られて、直してもらった。だから今日のこれは、同情でも勢いでもなくて、俺が自分の足で歩いてきて、ちゃんと自信を持って言う言葉だ」
息を吸う。三年半ぶんの。
「好きです。猫をかぶってる白瀬さんも、かぶってない絶対殺すマンも、豆腐が好きなふりも、からあげが本命なのも、全部まとめて、一人のあなたが好きです。――俺と、付き合ってください」
言えた。
歩道橋の上に、車の音だけが流れた。
白瀬さんは俯いていた。肩が小さく震えて、俺の心臓が三回くらい止まりかけた頃、ようやく顔を上げた。
泣き笑いの顔だった。
「……茨城さんは、ずるいです」
「え」
「わたくし、本日、自分から申し上げるつもりでした。先週『今度』と申し上げた件、本日が『今度』でした。三日前から原稿も用意しておりました。歩道橋に差し掛かったら言おうって、決めてたんです。それを、先に、全部……っ」
敬語が、途中から音を立てて崩れていった。
「……っ、ばか先輩」
白瀬さんは涙をぼろぼろこぼしながら、笑った。
「三年だぞ、三年。『ナイス』しか言わない朴念仁が、何が『ご褒美だった』だ、こっちはとっくに……とっくに、おまえの回復がないと、潜れない体になってんだよ……っ。声を聞いた日も、正体がバレた日も、コートで走ってた日も、ぜんぶ、ぜんぶ……っ」
「……それは、つまり」
「『はい』って意味だよ! 言わせるな!!」
夜の歩道橋に、絶対殺すマンの怒鳴り声が響いた。
俺は笑ってしまった。笑いながら、目の奥が熱くなった。三年間テキストで、半年間敬語で、ずっと画面と鎧越しだった俺たちが、今、生の声と生の顔で、何の越しでもなく向き合っている。
「……改めて。よろしく、すずさん」
「っ……よろしく、お願いします……優也、さん」
名前で呼び返されて、心臓が大破した。
それから俺たちはどちらからともなく、ぎこちなく手を繋いだ。手のひらは、お互いびっくりするくらい汗をかいていて、それがおかしくて、二人で歩道橋の上でしばらく笑った。下を、車が何台も通り過ぎていった。誰も、俺たちのことなんか見ていなかった。それが、ちょうどよかった。
*
駅で別れたあと、スマホが震えた。
【すず】:先ほどはありがとうございました。本日のことは一生忘れません
【すず】:あと宮原さん、高田さん、縦山さんに報告するの、ちょっとだけ待って。心の準備をする
【オッサン茨城】:よくピンポイントで人まで当てたな。なんで知ってるの?
【すず】:流石に分かるよ。仲良すぎだし。
【すず】:あと、にやにやしながらスマホ見てるの、駅のホームで丸見えだから
【オッサン茨城】:見えてたのかよ
……ガイの会、機密じゃなかったのか。そもそも本人にバレてたのか。
俺は笑って、夜空を見上げて、それから、ふと現実に戻った。
待てよ。これ報告したら、、




