第34話:高圧洗浄の掃除と、極楽(超過密)の湯船
浮遊大陸エリュシオンの生活において、最も神経を使う場所の一つ――それが風呂場だった。 たとえ中和圏内であっても、水という「流体」は勇の質量の影響を敏感に受けやすい。勇が湯船に浸かれば、その密度に押された水が「超高圧カッター」と化して壁を突き破る恐れがあるからだ。
「よし。今日は俺が掃除する番だ。みんなは危ないから外で待っててくれ」
勇がデッキブラシを手に取った瞬間、脱衣所の扉が勢いよく開いた。そこには、お揃いの特製レインコート(魔導撥水仕様)に身を包んだ三人の姿があった。
「甘いわ勇! 貴方の力加減でブラシを動かしたら、床のタイルが摩擦熱でプラズマ化しちゃうわ! 私たちが『人間型ダンパー』として貴方を抑えなきゃ!」
「師匠! 濡れた床で万が一滑りでもしたら、その瞬間に大陸のバランスが崩れ、エリュシオンはひっくり返りますぞ! 私がこの強靭な足腰で、師匠の軸を固定いたします!」
「……勇。水しぶきが貴方の肌に触れるたび、微細な衝撃波が起きているわ。私が風の膜で、貴方を一滴たりとも濡らさないように包んであげる」
結局、勇はレインコート姿のセレナに腰を抱かれ、ヒルダに腕をホールドされ、背後からリネットの翼で包囲された状態で掃除を開始した。 三人がかりで「ゆっくり……もっとゆっくり動かして!」と指示が飛ぶ中、勇は精密機械を扱うような手つきでタイルを磨いていく。
「……ふぅ。なんとか掃除は終わったな。じゃあ、俺は一人で汗を流してくるから……」
「「「何言ってるのよ(であります/のよ)!!」」」
三人の声が浴場に響き渡る。
「掃除で疲れてリミッターが緩んでるかもしれないのに、一人で入浴なんて許可できるわけないでしょ! さあ、私たちが貴方の質量を『完全密着』で封じ込めながら、お湯に浸かるわよ!」
「なっ……! いや、それは流石に平均的な倫理観としてどうなんだ!?」
勇の抵抗も虚しく、彼は三人に抱えられたまま、巨大な石造りの湯船へと運ばれた。 勇が湯船の底に足をつけた瞬間、お湯が「ズン……」と重く沈み込むような感触がしたが、三人が一斉に勇に抱きつくことで、その波動を最小限に抑え込む。
「ほら、勇。肩まで浸かって。……ふぅ、貴方の隣はやっぱり落ち着くわね」
セレナが勇の胸板に背中を預け、湯船の中でリラックスする。 ヒルダは勇の隣でその筋肉を揉みほぐし、リネットは勇の首筋に寄り添いながら、翼を湯面に浮かべて温度を一定に保つ。
「……なんだこれ。お湯の温かさより、三人の体温の方が熱いんだけど」
「当たり前でしょ。貴方の質量を抑えるために、私たちの魔力はフル稼働なんだから」
「師匠……。こうして密着していると、師匠の鼓動が私の身体にまで響いて……まるで一つになったようでありますな」
「……勇。もう、どこにも行かないでね」
中和クリスタルの淡い光と、立ち上る湯気。 一人で立てるようになったはずの勇だったが、この温かな密着こそが、彼にとっての「エリュシオン(楽園)」の真の姿なのかもしれない。 平均的な入浴タイムとは程遠いが、勇は三人の柔らかな重みを感じながら、深く息を吐いて目を閉じるのだった。




