第33話:重力の解放、そして密着の加速
浮遊大陸エリュシオンの生活にも慣れてきた頃。勇は、居住区の片隅にある「古代の魔導自動売買機」に目をつけた。 どうやら、大陸に自生する特殊な果実のジュースが買えるらしい。
「よし。今日は誰の力も借りず、一人でジュースを買いに行くぞ。……これは俺にとっての、平均的な生活への第一歩だ」
勇は中和クリスタルの加護を一身に受け、軽やかな足取りで廊下を進む。 かつては一歩歩くごとに地鳴りがしていたのが嘘のように、今は床を蹴る感触が心地よい。 だが、自動売買機まであと数メートルというところで、左右の角から「リミッター」たちが現れた。
「待ちなさい勇! その売買機のボタン、貴方の指圧に耐えられる設計じゃないわよ!」
セレナが魔導書を展開しながら滑り込んできて、勇の腰に腕を回して密着する。
「師匠! コインを投入口に入れる際、指先の密度が一点に集中すれば、機械そのものが貫通してしまいますぞ! 私が右腕をガッチリとホールドし、動作を減速させます!」
ヒルダが勇の右腕を抱え込み、自身の筋力で「ブレーキ」をかける。
「……勇。お財布の紐を解く力加減……私たちがいないと、お財布がブラックホールみたいに圧縮されちゃう。……ほら、私が後ろから支えてあげる」
リネットが背中から羽交い締めにし、勇の呼吸すらも「風」で優しく抑え込む。
「……だから、大丈夫だって言ってるだろ! ここは中和圏内なんだから、俺の指先も平均的な硬さになってるはずだ!」
「ダメよ! もし中和術式に一瞬の瞬き(ラグ)があったらどうするの!? 貴方の指が『神の指』に戻った瞬間、この島に穴が開くのよ!」
結局、勇は三人にガッチリとホールドされた状態で、自動売買機の前に立った。 勇が指を一本動かそうとするたびに、「ああ!」「危ないですぞ!」「……落ち着いて」と三人が過剰に反応し、彼の身体を右へ左へと揺らす。
「……分かった、分かったよ。じゃあ、セレナ、コインを入れてくれ。ヒルダはボタンを押して。リネットは……出てきたジュースを受け取ってくれ」
「「「それはダメよ(であります/のよ)!!」」」
三人の声が重なる。
「貴方が自分の手で『平均的な達成感』を味わうために、私たちが全力で『補助』してるんじゃない! さあ、一緒にボタンを押しましょう!」
結局、勇の指の上にセレナの指が重なり、その上からヒルダが手を添え、リネットが全体を包み込むという、**「たった一つのボタンを四人がかりで押す」**という異様な光景が繰り広げられた。
――カラン。
出てきたのは、一本の冷たいジュース。
「……やった、な。買ったぞ、一人で(?)……」
「ええ! 勇の偉大な一歩ね!」 「師匠! 歴史的な瞬間でありますぞ!」 「……ふふ。お祝いに、一口ずつ『あーん』で飲みましょう?」
手に入れたのは一本のジュースだが、それを得るために費やした密着エネルギーは魔王討伐級だった。 自由になったはずの勇の身体には、以前よりも濃密な三人の温もりが、逃れられない重力のように染み付いていた。




