第35話:浮遊大陸の夜、設定ミスの怪談(と、終わらない密着)
入浴を終え、ようやく寝支度を整えた勇。 中和クリスタルの加護があるとはいえ、夜の浮遊大陸は静寂に包まれ、時折「ゴゴゴ……」と大陸が浮力を調整する地鳴りのような音が響く。
「……なぁ、セレナ。さっき岩晶竜の奴が言ってたんだけど。この大陸には『重力が逆転するスポット』があるって、本当か?」
勇が寝室の窓から外を眺めながら尋ねる。
「ああ、あの噂ね。古代のエルフたちが術式をミスした場所があって、そこに入ると質量に関係なく空へ吸い上げられちゃうらしいわよ。……もし勇がそこに入ったら、貴方の質量が空中で『弾丸』になって、月まで飛んでいっちゃうかもね」
「月まで……冗談だろ」
勇はゾッとした。一人で自由に歩けるようになったということは、裏を返せば「誰も止めてくれない場所へ自分一人で行けてしまう」ということだ。もし夜中にトイレに起きて、寝ぼけてそんな場所に足を踏み入れたら……。
「……怖い。俺、自分の重さが制御不能になるのが一番怖いんだ」
爽やかな顔を少し青ざめさせた勇を見て、三人の目が「キラリ」と光った。
「あら……勇、怖いの? 困ったわね、夜中に一人で寝ていて、もし寝返りで中和圏内から身体がはみ出したら……そのまま大陸ごと真っ逆さまよ?」
「師匠! ご安心を! このヒルダ、師匠がどこへも飛んでいかぬよう、私の全体重と筋力をもって、朝までベッドに縫い止めてご覧に入れますぞ!」
「……勇。風の精霊が囁いてるわ。『今夜は不安定だから、誰かと肌を合わせていないと、存在が消えちゃうかも』って」
「リネット、お前まで……。でも、確かに一人は怖いな……」
勇がこぼしたその瞬間、待ってましたとばかりに三人がベッドへダイブしてきた。
「はい、決定! 今夜は『質量飛散防止キャンペーン』として、一ミリの隙間もなく密着して寝るわよ!」
セレナが勇の腕の中に潜り込み、ヒルダが勇の足を自身の足で挟み込み、リネットが勇の背中から大きな翼で包み込む。
「……あの、一人で立てるようになった意味がまったくない気がするんだけど」
「何を言ってるの。一人で立てるようになったからこそ、三人のリミッターが『フルシンクロ』できるんじゃない。ほら、勇、もっとこっちに来て」
「さあ師匠、私の体温を感じて安心するのです! 幽霊も重力逆転も、この筋肉がすべて弾き返して見せますぞ!」
結局、第1部の頃よりも遥かに高い密度で、勇は三人の柔らかな「肉のリミッター」に埋もれることになった。 勇は、三人の心音と体温に囲まれながら、自分の質量が世界を壊さない安心感に浸る。
(……一人で動けるのはいいけど。やっぱり、この『重み』を誰かに預けられる方が、ぐっすり眠れるな……)
勇のそんな甘い考えを見透かすように、三人は満足げな笑みを浮かべて眠りにつく。 設定ミス級の超質量を持つ勇者にとって、この過保護な密着こそが、どんな魔法よりも強力な「安眠の呪文」なのだった




