言いつけは守ろうね
お母さんが病院から戻ってきたわ。
本当に心臓を焼いてきたんですって!
どうやって心臓だけを焼くのか…人間は不思議なことができるものだけど…心臓を焼かれてピンピンしているお母さんも凄いと思うの。
お母さんだけじゃなくて、人間はみんな、心臓を焼かれても平気なものなのかしら?
でもそれは、お姉ちゃんも不思議に思ったらしいの。それはそうよね。心臓を焼くだなんて恐ろし過ぎるもの。
「食道を火傷しているんですか?」
「そうなの、心臓の側に食道が通ってるでしょ?だから、どうしても食道にも熱が伝わるらしいのね…」
「それは…食事は大丈夫だったんですか?」
「まったくダメなのよ!! 一日の塩分量が厳しく制限されちゃってて、ゆで汁に入れる塩も含めて一日六gだって、言われちゃったのよ。」
「ゆで汁に入れる量も含めて!? それは何にも塩を入れられませんね…」
「そうなの!そうなの!! だから、メニューが「ムニエル」って書いてあるのに、バターの香りもしないし、焼いた香ばしい香りもしない…ただの蒸した魚が出てくるだけなの!」
お母さんはだいぶご立腹のご様子。病院の食事がよほど気に入らなかったみたいね。
やっと家に戻れたお母さんは蕎麦の出前を取って、念願の味のある食事を楽しむつもりらしいわ。
食事を楽しむってとても大切よね。わたしには狩るところからが楽しみなのだけれど…狩をしない人間にはちょっと分かりづらいかしらね?
「やっと味のあるものが食べれるわ~~」
お母さんは感極まった様子だけれど…
「本当に大丈夫ですか? 食事前の薬とかって何かないんですか?」
お姉ちゃんはものすごく心配そう。
「食事前にのむ、食道を守るっていう薬があるけど……ドロっとしてて、アレ美味しくないのよね〜。せっかくの食事が不味くなっちゃっうから、あんなモノ飲まないわ!」
「え……せめて、その食道を保護する薬だけでも飲んでいたほうが……」
「いいの、いいの、そんな不粋なもの要らないわ。夕飯からちゃんと飲むから大丈夫よ!」
「そうですか…。」
病院に迎えに行ってきたお姉ちゃんよりも病院から帰ってきたお母さんの方が勢いがあるわね。
いつものことだけど。
お姉ちゃんはいつものようにお母さんの勢いに押されて驚きっぱなし。
うん、お母さんはまだまだ長生きしそうね。
きっと、心臓焼かれて、ますます元気になったんだわ。
待ちに待ったお蕎麦を濃ゆいつゆで食べはじめたお母さん。だけど、ひと口食べたらお姉ちゃんと一緒にお母さんの迎えに行ったアオに譲っちゃったの。
「アオくん、おばあちゃんのお蕎麦も食べない?」
「いいの!? 食べれるけど、おばあちゃんはほとんど食べてないんじゃない? 大丈夫?」
「大丈夫よ。病院で胃が小さくなっちゃってるみたい。もう十分だから、良かったら残りはアオくんが食べてくれる?」
「うん、ありがとう。」
お母さんとアオのやり取りをお姉ちゃんは無言で見てるわ。そして、自分の分を食べはじめたの。お母さんとアオとのやり取りにさえ気づかないことにしたようだわ。
きっとお姉ちゃんは無言スルースキルを発動中ね。
「お医者さんの言うことはちゃんと聞きます!いつまでも病気が治らないでしょ!」
お姉ちゃんがよく子どもたちに言い聞かせていることだけど、お母さんには言わないみたい。
なら、お母さんにはわたしが言ってあげなきゃね。
ピョンとお母さんの膝の上に飛び乗るわ。
「にゃぁぁ(お薬はちゃんと飲まなきゃだめよ)」
お母さんはにっこり笑ってわたしを撫でてくれる。
わたし 立派なレディですもの、必要ならお母さんを窘めることも、慰めることも同時にできちゃうのよ。
貴方も叱られたくて、慰められたい時にはわたしに逢いにきてくれてもよくってよ。
気が向いたら相手をしてあげるわ。
では、ごきげんよう




