第四話 反撃開始
オーレッドと婚約破棄を約束し、幼馴染み同盟とやらを結んだ数日後のこと・・・
「お嬢様、お茶とお菓子です」
「・・・あー、ありがとう」
ペネロペはしばしの沈黙の後、テーブルに置かれた紅茶とクッキーを一瞥し、軽く礼を言った。
それらを運んできたのは公爵邸に数年前にやってきたメイド、ベルタだ。ありふれた色の茶髪を後ろで一まとめにしていて、年齢はペネロペと近く十八歳ぐらいだろう。
そして彼女は、今日、ペネロペに毒を盛る。
ーーそれも、レイオン殿下の命令ではなく、単なる嫌がらせでね・・・
ベルタは端から見ればペネロペ第一の忠誠心の強いメイドの鏡のような人だ。一回目の人生、ペネロペもベルタにはすっかり気を許していた。許していたからこそ、気づくことができなかったのだ。
ベルタがペネロペに忠誠心など誓っていないことも、彼女がレイオンが送ってきたペネロペへのスパイであることも、ずっとペネロペの様子や動向を本当の主に報告していたことも。内心では、ペネロペを見下し、嘲笑っていたことも。
ーーあの頃は、信じてたんだけどなぁ・・・
ペネロペは思わずため息を吐いた。
ベルタはずっと優しい、自分の味方だと思っていたのに、信じていたのに。全てが演技だったと知った時は、珍しく泣きそうになってしまった。
ーー悪いけどベルタ・・・私はあなたを許せそうにない・・・。まずは、どちらが上か、わからせてあげなきゃね。
ナメられたままではいけない。
残酷な運命から抜け出したいなら、変わらなきゃいけない。ペネロペは決意を新たに、グッと拳を強く握りしめた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「・・・ねぇ、ベルタ」
「何でしょうか?お嬢様」
ベルタはキョトンと首を傾げるが、ペネロペとしてはその行動すらも腹が立つ一方だ。
「あなた、このクッキー、一つ食べてくれないかしら?今、ここでよ」
「え・・・」
ペネロペはクッキーのうち一つを手に取り、ベルタに差し出した。ベルタは予想外のペネロペの行動に目を見開いていた。
ーー一度目の人生の記憶が正しければ、確か盛られた毒はジギタリス・・・。恐らく、私がジギタリスの毒に耐性があるとわかってて、選んだのね。
ベルタが毒を持った理由は、嫌がらせ。
万が一ペネロペに死なれては困るのだ。そこで、ジギタリスを選んだのだろう。毒への耐性だって、完璧ではない。
摂取すれば、症状が出てもおかしくはないのだ。
ーーあの時はかなり苦しかったわね・・・。てっきり暗殺を狙ってやられたことだと思ってたけど。
高熱が出て、ベッドの上でのたうち回っていた時、ベルタは優しく大丈夫だとペネロペの手を握っていた。
ーーあれも、演技だと思うと逆に笑えてくるわね・・・
今、ベルタはかなり困っているはずだ。
貴族でも何でもない一メイドが、ジギタリスの毒の耐性などあるわけがない。ジギタリス入りのクッキーなど食べれば、苦しんで、最悪死亡するだろう。
「どうしたの?食べれないの?あなた、アレルギーはないんでしょう?」
「そ、それはそうですが・・・お嬢様のお菓子をメイドの私が食べる訳には・・・」
「あぁ、それなら気にしないで。さっき言った通り私が許すわ。日頃の感謝よ」
「・・・ッ」
「・・・あら?まさか、私の言うことが聞けないの?」
ペネロペがソッとベルタの頬に手を添えると、距離を詰め、耳元で囁く。その顔は純粋無垢なお嬢様とはかけ離れていて、どちらかといえばか弱いヒロインを追い詰める悪役だ。
ーーどうしよう!!毒を入れたことがバレた!?
ベルタはペネロペからの圧に拳を握り締めた。
ベルタはあくまで、ペネロペに忠実なメイドでなければならない。それは、レイオンのスパイとしてペネロペに付いている以上絶対に必要なことだ。
ーークッキーを食べたら、多分死ぬ。でも食べなければペネロペに更に怪しまれる。そして、このことを公爵様に密告されれば私は余計なことをしたとして排除される・・・。
ベルタはレイオンや公爵家にとって代わりがきくからいつでも切り捨てられる捨て駒。
実際、ペネロペへのスパイはベルタが初めてではないし、そのことをベルタもわかっている。つまりは、所詮自分達の命など砂上の楼閣だということを。
ベルタは痛い程理解していたのだ。
ーーあぁ、どうすれば・・・!!
「どうしたの?さぁ、食べて?」
ペネロペは今度こそ逃がすまいとベルタの顔をがっちりと掴み、部屋に漂う雰囲気とはアンバランスに、優しく笑った。




