6.
「やった、か――?」
「そういう呟きはフラグ建築になるからしないほうがいいよ」
創造神が引きこんでいた世界が、急激に戻ってくる。一瞬のうちに、俺達はファラナルド世界の天上へと戻された。
漆黒の穴がそこら中に開いているが、大地も、大海も、大空も。構築された世界その全てが、あっという間に俺達の周囲を支配した。
「リアルとゲームの区別くらいつけろよ」
「この世界そのものが、ボクらのいた世界からすればゲームみたいな世界だけど?」
「ははっ、ちげぇねぇな」
ビンボーではあるモノの、サイカがたびたび学校に漫画やゲームを持ち込んできていたために、多少は俺の中でなじみはある。
が、だからと言って、自分がそんな世界を本当に冒険することになるとは思わなかった。
「ふふっ、ようやく、心の底から笑ったね」
「んあ?」
「我ながら、ちょっと。ホントにちょっとだけ、後悔してたんだよ。ケジメをつけるために必要なことだとは言え、キミに大変な苦労を掛けちゃったことをね」
「何の話だ――?」
正直、サイカに苦労を掛けられるのは、これが初めてではない。
今回ほどのモノは流石になかったが、それでも、いつだってやりたい放題なコイツには振り回されていた。
もっとも、それは俺自身が自ら望んで巻き込まれていたのも事実。そんな世界こそが、俺の目に映るモノの中で一番輝いていたから。だが――ケジメ?
「じきに分かるよ」
「おい、あんまりもったいぶられても――っ、何だ!?」
サイカにもの申そうとしたその時。世界全体が、強く揺れ始めた。
「なんだよ、一体何が起こってるんだ!?」
今、俺の足は地についているわけではない。それでも振動を感じるというのは、言いようのない気味の悪さがあった。
その感覚は、空間そのモノに歪み穴が開いて行く、サイカの魔法によく似ている。
「この世界が、崩壊を始めたんだよ」
「な、なん、崩壊――っ!?」
「人間、脳ミソ撃ち抜かれたら死ぬだろう? それと同じさ。この世界は、創造神ヤルザ・ヴォーンの身体の一部だからね」
「ちょ、ちょっと待てよ!? だったら、俺は何のためにアイツと戦って――」
この世界の人々を縛りつけていた創造神が滅べば、この世界の人々が解放されると、俺は思っていた。世話になっておいて、何も返さないほど薄情ではいたくないから。
しかし、神様と住民たちが一蓮托生だというのであれば、倒してはならなかったのだ。創造神によって行われていた崩壊が緩やかだったと思えてしまうほど、今この世界は至る場所が分解していく。
ヤルザ・ヴォーンが消滅していくのと同じように。光の粒子となって世界が消え、全てが闇よりも深い無と化していく。
「――心配はいらないよ」
と、妙に穏やかな表情で、サイカが言った。
「っ、何が心配いらないだ!? あからさまに間違いを犯してしまった、以外の何物でもねぇじゃねぇかよ!?」
「察しが悪いなぁ。崩壊を食い止め、その上で世界を元に戻す方法があるって、言ってるのさ」
こいつの、こちらを馬鹿にしながらも断言する様を、これほどにまで頼もしく感じたことはかつてなかった。
そうだとも。サイカと言う女は、常に機会に恵まれ、あらゆるものを手にしてきたヤツだ。俺に思いつかない手立てがあってもおかしくない。
俺は、期待のこもった眼差しで彼女を見つめる――、
「ボクが、創造神に成り代わるんだ」
――が、相変わらず口にする言葉の意味は、非常に分かりにくかった。
「ワケが分からないって顔、してるね?」
「お前も今言った通り、俺はすこぶる察しが悪いんだ! ちゃんと説明してくれなきゃ――」
「そのままの意味だよ。ボクは、この世界と一体化して、今後は見守り続ける立場になる」
「――っ、……っ!?」
意味が分からなかった。いや、意味は分かったが、それは、つまり――、
「うん。キミと一緒に帰ってあげることは出来なくなったって、ことさ」
俺の願いが、望みが。全て無に帰す、と言うことでもあった。
「は、は、ははっ、冗談キツイ、ぜ。縁起でも、ねぇよ」
「世界一つが消滅するというのにそんな冗談を言うほど、縁起悪い性格はしてないつもりだよ」
俺が抱きかかえていたサイカの表情は、とても穏やかだった。
そんな彼女が、俺の腕の中からするりと抜け出し、目の前に対峙するように浮遊する。
「ふ、ふざっ、ふざけんなよ!? 何だよ、何なんだよそれは!? 意味わからねぇよ!?」
「うん、そうだよね。突然すぎて、キミには意味が分からないよね。だから――キミに、三つ。伝えなきゃならないことがある」
そう言って、サイカは指を三本立てた。その一本、薬指が折りたたまれる。
「一つ。向こうの世界では、ボクは既に故人。死んでいる」
「……――っ!?」
「キミが知らないのも無理はないよ。どうせ、誰にも伝えられることは無かっただろうからね」
サイカの微笑む顔が、突然遠ざかった。気がした。
「多分、学校はやめた扱いになってるんじゃないかな。多分、一か月くらいずっと。その休み始めた前日くらいにね。ちょっと、お風呂場で手首をスパッと」
「――っ、……ッ!? ――っ!」
突然の告白過ぎて、声が出ない。対するサイカは、手刀でもう一方の手首を切るジェスチャーと共に、まるで転んで頭にコブを作った、という程度の口調で話を続ける。
「まあ、理由はいろいろあるんだけどさ。それは後で語ろう。キミの驚く顔を見る限り、ボクの予想どおり伝えられてはいないみたいだね」
なんだよ、なんでそんな大事な事、そんな軽く語れるんだよ。
「まあ、ウチはやたらと外面を気にするし、これでも一応、数百年? 数千年? に一人の天才だとか、超人だとか言うくっだらない呼び名までつけられてる身だ。そんな人間が自殺したと世に知れれば、いろんな憶測が飛び交うに決まってる。いかに満天須の家と言えど大ピンチ。隠さざるを得ないよね」
「じゃ、じゃあ、ここに居るお前はなんだよ――ッ!? 幽霊だとでも言うつもりか!?」
そんな動揺のなかで。ようやく出た言葉は、あまりに普遍的な返しだった。
「ここに居るボク――この身体は、元は創造神ヤルザ・ヴォーンがボクに与えたモノだよ。多少、簡単には取りこまれないために手を加えはしたけどね。つまるところ、一度死んだボクの精神だけを、アイツはこちらに呼んだのさ」
サイカの指先を見ると、彼女のそれは光の粒子となりながら消えつつあった。
「そもそも、おかしいと思わなかったかい? ボクはあれこれ引っ掻き回したけど、アイツへのとどめはキミにほぼ任せたんだ。なぜなら、この世界そのモノと言う枠から、この身体では抜け出せなかったからなんだよ」
サイカは、なぜかおかしそうに笑う。
「駄目だろう? 死んだ奴が出てきちゃ。死んでなきゃ、さ」
相変わらず、どこからか拾ってきたような言葉で茶化しながら。
そうして、サイカは次に中指を折り曲げた。
「二つ。創造主になり替わり崩壊を止めるのは、ボクなりの、この世界への償いだ」
サイカは消滅してゆく世界をのんびりとした様子で見下ろす。
「最初はね。この世界もろとも道連れにするつもりだったんだよ。ボクが一時、創造神の核を自身の身体に封印していたことを覚えているかい?」
「ああ――」
「カナト。キミの最後の攻撃が当たれば、ボクは死んで、そしてこの世界も滅び去る。そのはずだったんだ。あのいけ好かない創造神全て、もろともね」
今思い返せば。あの最期の瞬間、変身したサイカは自らの腹部の光へと、俺を導いていたようにも思う。あの光こそが、ヤルザ・ヴォーンの核だったのだろう。
「けど、ね。キミと同じように、有体に言えば情が沸いちゃったんだ。ソルフェリーノも、ニコバルトカリも、そしてサイアノも。勝てないと分かり切っていながら、ボクを創造神から救おうとしてくれた。もしかしたら、最期に一矢報いたいという想いだったのかもしれないけど、」
思いだすように目を閉じるサイカの瞼の裏には、どんな光景がうつっているのだろう。
穏やかな表情。少なくとも、それは苦しみではない。
「けど、確かに。ボクを助ける、なんて言ってくれたんだ。ボクが、彼らを利用していたことなんて完全に知りながら」
「俺も、あいつらにお前を助けろと、言われたな」
「一度創造神をなんやかんやした後、魔力がほとんどなくなっちゃったからね。一時的にそれを魔王たちから借りてたんだ。その力で君の中に例の備蓄魔法をかけたわけだから、その関係かもしれないね」
「――なんでも知ってるな」
「何でもはしらないかな。知ってることだけだよ」
どこかで聞いたようなセリフで、またもや。こう言った言い回しはいつも通りだが、今のこの時は、いつも通りではない。
そして、サイカは最後の人差し指を折り曲げる。
「三つ目。カナト、キミは一種の病気なんだ」
「病、気――?」
「離れていた時も、ずっと遠くからキミのことを見ていたよ。その顔が、どんどん険しくなって行くのを」
「…………」
「カナト。ボクは、キミにとても感謝してる。キミが居なかったら、多分だけど。ボクの心は死んでしまっていただろう。孤独と言う研磨材で、削られに削られて」
「…………」
「だけど、キミは自分で気が付いていたかい? そのせいで、自分のことを顧みることが一切なかったのを」
サイカはこれ以上ないほど真摯な眼差しで、俺を見つめてくる。気が付けば、彼女の身体は足首から下と手が消えていた。
「それは一種の呪縛。そのせいで、キミはトラバサミに咥えられた鳥のように、その場で羽ばたくことしかできなくなってしまった。ボクと言う捕縛装置から逃れられず、何もできない」
「っ、何が悪いんだよ――ッ!」
俺は反論する。ただただ、反論したかった。根拠など何もない。駄々をこねる子供のように。この受け入れられない状況に抗いたいがために。
「俺のことを、俺で決めて何が悪いんだ!? 俺にできることはそれくらいしかないんだよ! 才覚があるわけでもないし、機会に恵まれてるわけでもない!」
「そうだよ。才覚も機会も、そんな都合のいいものがあってたまるか。そんなものなんだよ」
サイカは、睨み付けるような眼差しで言いきった。
「それはボクも同じだよ。ただ運がよかっただけなんだ。後は、それをいかに生かせるか、行き止まりかもしれない努力をするかしないか。それだけさ」
サイカの眼差しが、優しくなる。
「だから、そんな風に自分を犠牲にしてほしくなかった。一人の、唯一の幼馴染として、これほど悲しいことは無い。キミの頭上の大空はとても広いのに、ボクがそれを妨げている」
だから、と、サイカは続ける。
「だから、ボクは自殺したんだ。キミを呪いから解くために。――ただ、キミがボクと言う存在にあそこまで執心しているとは思わなかったけど。普通、命張ってまで友達助けようとするのは、相当な勝算あってのことだろう? けど、勝ち目をキミは大して考えなかった」
「…………」
「逆の立場なら。もしかしたらボクもキミと同じようになったかもしれない。だって、ボクらはどこか似ているから。――病気なのは、ボクも同じなのかな?」
「だか、ら、俺の手で止めを刺させようとした、のか?」
「ボクは、キミ自身が無条件にその身を捧ぐほどの存在じゃないって、暗に伝えようとしていたのさ。よもや決戦の最中、あんなふうに安心されるなんて、思ってもみなかったけど」
「お前でも、予想のつかないことはあるんだな」
「しょっちゅうさ。さっきも言ったじゃないか。所詮そんなものだ、ってね」
珍しく、疲れでもしたかのように。サイカはふっと息を吐く。
「だから、ボクはキミとは居られない。ボクは、キミの空を覆いたくない。キミのことは離し難いけど、本音は束縛してしまう事まで望んでたわけじゃないんだ」
「っ、だからって、納得するとでも思ってんのかよッ!」
俺は、サイカの肩をがしりと掴んだ。相変わらず小さい身体だが、手足が消え、髪の先も消滅しかかり、身体からは光の粒子が散り始めているせいか、余計にそう感じた。
「この世界を存続させるために、神様の代わりが必要だってのは分かったさ。死んじまったのも、まだ気持ちは追いつかねぇけど――今はその身体があるんだろ!? 神様しつつ、こっちに来ちゃいけないのかよ!?」
「――駄目だ」
「何だったら、俺がこの世界に居続けてもいい! 何が何でも、お前を――」
「――駄目だよ」
「――っ、」
困り顔で見上げてくるサイカの顔を見て、俺は思わず言葉を詰まらせた。
「それじゃあ、意味は無くなってしまうから」
普段。あらゆる言葉、理詰めで、俺の言葉を封殺してくるサイカが。やたら小難しい言葉で俺の言葉を翻弄し尽くすサイカが。
至極単純な言葉で。俺の叫びを遮った。
――これでは、俺がただ駄々をこねているだけみたいじゃないか。
「何度でもボクは言うよ。ボクは、キミの呪縛を解いて自由にしたい。――いや、違うかな」
「…………」
「ただ、巣立っていくところをちゃんと確認したい。と言ったほうが、正しいかもしれないね」
「自分が子供みたいなくせに、俺を子ども扱い、するなよ――」
「ふふっ、いつもの仕返しと言う奴さ。まったく、いつもいつもチビだのガキだの。こんなに美しい女性を捕まえて、何て呼び方してくてれるんだい?」
「そういうところが、ガキくせぇっつってるんだろ」
すると、サイカは「そうだね」と言って、くすりと笑った。
全くもって、サイカには敵わなかった。ただの一度も、その上を行くことなど出来やしなかった。
それそのものがどうでもいいと思っていた俺だが、今のこの瞬間に関しては、これ以上ない程の悔しさを感じざるを得ない。
卑怯。あまりにも卑怯だ。そんな顔して、そんな風に言われたら――もう、何も言う事が出来ないじゃねぇかよ。
俺は、その姿を。サイカの一挙手一投足を、目に、心に焼き付ける。
サイカの決意に、それ以上何か言おう、などとは思わない。
更に否定の言葉を重ねようとすれば、それは彼女への侮辱になりうるから。
それだけ、俺にとっての「サイカ」と言う名の少女は、大きな存在だったから。
だから、そんな忘れたくとも忘れられない存在を、より深く、強く、心に焼き付ける。もう二度と、永遠に合うことのない幼馴染の最期の姿を。
「――最後だけ、ボクの我儘を聞いてくれないかな」
「後生と言って、最後だったためしがないだろお前」
「ふふっ、ボクは都合の悪いことは忘れるようにしてるから、覚えてないな」
「んのやろ」
「――カナト。ボクの頭を、一度だけ撫でてほしい、な」
「それが、最後の我儘、か」
「うん」
「ホントに、いつもは子ども扱いされるとキレるクセに」
「今日は特別なんだ」
サイカが差し出してきた頭を、撫でてやる。感触があるようなないような、存在が消えかかっているためか、曖昧な感触。きっと、神様とやらになったら、また元に戻るのだろうか。
今は、さらさらとした黒髪の感触を忘れぬよう撫でる。全神経を集中して、死んでも忘れないように。
「カナト。よくぞ創造神を倒したね」
「ああ」
「闇がある限り、光もまたある。ボクには見えるよ。キミが羽ばたいたとき、強大な何かが、さらに立ちはだかるときがきっとあると」
「――ああ」
「けど、その時は必ず乗り越えてくれると、ボクは信じてるよ。ふふふっ」
「ああ――」
サイカが、俺の手を離れた。
「キミの努力、実らせてあげられなくてごめんね」
「いつもの、ことだろ」
「そう、だね」
「…………」
「…………」
「さよなら。秦十」
「じゃあな。彩香」




