4.
「僕の魔力、全て持って行くといいよ」
アレックスは、手を差し出しそう言った。俺は言うまでもなく混乱する。
「なんだよ、いきなり――?」
「いきなりも何も、今の君には力なんてほとんど無いじゃないか。いかによその世界の君が創造神の魔法に介入されないとは言っても、君と言う存在が物理的な衝撃を受けないわけじゃなんだよ?」
「言われなくてもわかってる! けどお前、またぶっ倒れるんじゃないのか?」
アレックスは返事をしない。が、代わりになぜか、他の奴らまでもが手を差し出してくる。あの三魔王までもが。
「そぉは言うけど、やっぱり力は必要でしょォ? アナタと、サイカちゃんには」
「別に、あんたのためじゃないわ。あたしが、ただあいつをぶっ潰してほしいだけよ」
「あらァん? 一番は、サイカちゃんのためだって、言ってなかったかしらァん?」
「やっかましいわよ! 筋肉の塊のクセして、余計なことばっかり! 汚物食わせるわよ!?」
オカマ。ドクゼツ。俺の殴った、戦った魔王。自分勝手の権化とも言っていいような奴らが、俺がこれまでの人生で見てきた奴らでは信じられない言葉を交わしている。
「我は、お前たちの生きてきた世界。そこで取り巻く環境までは聞いてはおらぬ」
「お前――」
ソンダイの声が、空間の中静かに響く。
「だが、サイカが貴様に、貴様がサイカに執着するのは、確かな強い理由があるのだろう。我もそうだった。勇者に対して、特別な感情を抱き、執着した」
ソンダイの仮面の裏、そこには相変わらずコイツの本体である影が詰まっているのだろう。
だが、声には明らかに熱がこもっていた。冷静沈着に見えて、案外熱血漢なのかもしれない。
「故に、その正体に気が付かせてくれたサイカや貴様を、助けてやりたいと我は思っている。貴様が不安に思うことなど、今度こそ何もない。これは、純粋な施しだ」
施し――利己的な裏のほとんどないそれを、もしかすると俺は初めて受け取ったかもしれない。なぜならば、今まで誰の心も俺達には見向きもしなかったからだ。
――いや、見向きもしなかったのは、
「わたくしたちも、カナト様には感謝していますわ。あなたのおかげで、わたくしはヒトを想って行動することが間違いではないと、確信できましたから」
「つまり、は。妾達が助ける番なのじゃよ。妾は吸血鬼じゃが、人間と共に在る身。ヒトとヒトは、助け合って生きていくもの。じゃろう?」
ルストは竜の角や爪、尻尾を生やし半人半竜ではあるが、相変わらず優しいまなざし。
ダニカも、あの時の後がないような目はどこへやら。一国を束ねる姫君の強い意志。
だがそれだけにとどまらない。彼ら、彼女らの後ろには。いつの間にか何人もの人々がいた。
魔法使いだったり、魔物だったり。はたまたただの一人だったり。
それらは、かつて俺が自ら魔力を得るためだけに助けた人々。
しかし、その誰もが俺に手を差し出していた。俺がどんな気持ちであの時お前らを助けたのか、知っているのだろうか?
「皆、分かってるさ」
俺の疑問に対し、代表するかのようにアレックスが応えた。
「けど、分かっていても。みんな、カナトを、サイカちゃんを助けたいって思ってくれた」
「なんで、だ――?」
「決まってるじゃないか」
「――?」
「皆、君に助けられたからだよ。だから、君がサイカちゃんを助けたいという想い、サイカちゃんの君を想う想いに、心打たれたんだ」
見向きもしなかったのは、俺達の方だったのかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆
【う、く、く、ふ、ふふふふ、ふ】
「――何?」
女神が体勢を元に戻す。神々しい輝きを放つその身体には、傷の一つとして付いている様子はなかった。
【感謝しましょう、カナト・ルート。ワタシには手の出せない魔力を、返していただいて】
「な、に――?」
創造神ヤルザ・ヴォーンを包む光が、より一層強くなる。
【アナタが今持っているチカラは、このセカイの再構築に当たり、ワタシの管理を外れてしまったモノなのです。ですが、アナタが撃ち込んでくれたおかげで、】
俺は思わず舌打ちをする。今までの俺の攻撃は、あいつらからもらった力をみすみすクソッたれな創造神にくれてやってしまっただけなのか? こちらから逃げるように飛ぶものだから、効果があると思って調子に乗ってしまった。
――どうやら、腹のくくり方が足りな、
【ワタシの、アラた、ナるセカイ構築へとチかヅい――ッ!?】
ピシリ、と。女神の顔面に亀裂が入った。
【ギ、お、ご――ッ!】
突然の異変に、顔を押さえるヤルザ・ヴォーン。だが、顔だけではない。その全身に、罅が入っていく。ボロボロと、塗装の古びた壁のようにその破片が一部剥がれてゆく。
「なん、だ――? ……ッ!」
そうして露わになった部分。ボロボロと砕けた身体の、鎖骨、丁度間の位置。
目を閉じて意識を失っているサイカが、光の中に埋まっているのが見えた。
「サイカ――ッ!」
【う、うううウうウ、うウうううゥ――ッッッ!!!】
「――っ! く……ッ」
身体が崩れているらしき創造神が、まっすぐに突っ込んで来た。流星などよりもよっぽど高速なそれを、俺は寸でのところで回避する。
しかし、アレは一体どんな状態だ――? 言ってることと、まるで状況が……、
【キ、ききっ、何でモありマせん。撃ち込ンでくるとヨいデショウ。ワタシのチカラへと還元さレルだけなのですカラ】
羽ばたいた四枚の翼から、先ほどと同じようにして無数の羽根が舞い襲い掛かってくる。
「今度も、焼き落としてやるだけだ――ッ」
腕を振るい、生み出した炎を鞭のように振るう。一度通じなかった手を、もう一度展開してくるとは。――炎と羽根が散り、視界が開ける。
その向こうで、創造神の両腕が根元からボキリとちぎれた。
「――ッ!」
二本の腕は抜き手を形作り、ドリルのように回転しながら襲い掛かってくる。
回転する腕を、回避しつつ力任せに横から殴り付ける。古木よりもさらに太く大きく長いドリルだったが、一撃打ち据えただけでそれは、陶器の花瓶のように砕け散った。
「なんだ、ってんだよ――ッ!」
もう一本の腕が斜め下から突き上げてくる。すんでのところで、身をひるがえして回避。
何のことは無い。こいつも粉砕して――、
破片を巻き散らかしながら、女神の下半身が――腹部あたりでもげた。
「今度は、何を――?」
再び戻ってくる腕へと構えつつ、ローブの裾に包まれた下半身――いや、足さえないそれが、中を見せるようにこちらを向いた。
そこから、先ほどのような極太の光が照射される。
嬉しくないパンチラに俺は上へと飛翔し、それを回避。代わりに、分離していたヤツの腕が光線によって破砕され、破片が辺りへと拡散していく。
また、ビームを発射した下半身も、その負荷に耐えられなかったのか砕け散った。
まさに、身を削る攻撃。今度は、周りを漂っていた破片が針となって向かってきた。
「っ、ふざけん、な――ッ!?」
重力の球を生み出して、ヤルザ・ヴォーンへと向けて投げつける。何も、攻撃だけに使おうというのではない。こちらに向かってくる破片を本体に集約しつつ、そのまま返してやるのだ。
すると、今度は女神の両目からビームが放たれ、重力弾を貫いた。再び破片が、花火のように拡散する。瞬間的に放たれた切っ先に対応できず、俺は身体中に切り傷を受けてしまった。
「やられるか、よ――ッ」
頭と翼だけが付いた上半身へと、俺は接近をかける。おそらく、遠距離から攻撃を放ったところで、今のように撃ち落とされるがオチ。ならば、近づくのが正解だろう。
俺の接近に対し、ある程度予想していたが、両目から照射され続けるビームが俺を狙ってくる。掠りながら、皮膚を焦がされながら当たらずに済ますが、流石に厳しいか。
ならば、と。俺は左右から、巨大な甲冑の腕を呼びだした。自分は飛来しながら、その掌に俺自身を覆い隠させる。
ビームは鎧の腕を焦がしてゆく。が、ここまで接近できれば充分。防護の掌を囮にしつつ下をくぐり、何十倍にもパワーを高めた拳を胴体に叩きこむ。
――が、それを遮るように間に滑りこんでくるモノが。それは、奴の背中に生えている天使のような四枚の翼だ。
拳と翼がぶつかり、衝撃が空間を通してこちらまで通じてくる。
「神様と言う割には、さっきから動きが鈍いじゃ、ねぇか」
【……………………………………………………………………………………………………………】
深い亀裂の入ってゆく、白き翼。それは、決して浅くなく。そして、遂に限界を迎えたのか陶器の置物のように、ボロリとへし折れた。
翼の破片と羽根が、それを機に目の前で炸裂した。
「――っ、く、ぐ……ッ」
鋭いガラスのようなそれらが、猛烈な風圧と共に襲い掛かってくる。
頬や手足、衣服が斬り裂かれる。それだけのみならず、肩や腹にまで突き刺さり、顔をしかめざるを得なかった。
目の前には、ようやく。ようやく、あれほどにまで望んだサイカの姿が。しかし、そんな俺を押し戻すように、羽根の波が激しく流れてくる。だが、
「う、ォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
それでも俺は一度拳を引いてから、もう一度腕を伸ばす。その先には、光の塊に埋まって眠るサイカ。こちらの気も知らないで、随分と安らかな顔をしている幼馴染。
無数の羽根の嵐を抜けた俺は、彼女の小さな身体を抱きしめた。
そのまま、光の表面に足をかけて引き抜きにかかる。
こいつが。サイカが、いったい何を考えていたのか、見当もつかない。しかし、こいつのことだ。またしょうもないことを考えて、事に及んだに違いない。
元の世界に居た時から、こいつはそんな奴だった。とんでもなく頭がいいのに下らない思い付きで馬鹿をやり、充分な地位や財力があるのにアホなことに使い、状況に恵まれているのに敢えてそれを足蹴にする。
俺は到底、こいつには及ばない。――けれども、俺がそばにいてやらなきゃ、こいつはきっと、そんなおふざけもできやしなかっただろう。
力いっぱい引くと、ずるりとぬめる感覚と共に、サイカを引き抜くことに成功する。小柄な体躯は力なく、しかし伝わってくる体温が、彼女の無事を教えてくれる。
「おい、サイカ! 起きろ、サイカッ! おいッ!」
「う、ぅ、ん――?」
「俺だ! カナトだ! 分かるか!?」
「……――カ、ナト? は、ははっ、なんだ、キミ、か」
力なく笑うその顔は、しかし思ったよりも顔色が悪くはない。どちらかと言うと、睡眠から今しがた目覚めたばかりという印象に近かった。
「え、っと、ボクは、どれくらい眠ってたのか、な――?」
「知らねぇよ。一度、元の世界に帰らされて、その間こっちでどれくらい時間が経ったかなんて、見当もつかねぇ」
「そう言えば、そうだったね。――っ、キミ、記憶が……?」
宇宙空間を漂うかのごとく、周囲に破片を散らす光の塊から俺達は遠ざかる。その創造神に記憶をまた弄り直され、どこまで自分が何を思い出しているのかも分からないが。
「――なるほど、封印があいつに利用されて、一度はボクの事まで忘れていたみたいだ、ね」
「分かるのか?」
「ボクを誰だと思ってるんだい? この世界の仕組みは大体把握してるから、キミの中に流れる魔力と、魔法の残骸を読み取れば、概ねの状況は読める。キミにはできないのかい?」
「できるか!」
「そんなんだから、キミはいつまで経っても二流、いや、三流、いや、百流なんだよ」
「誰が助けてやったと思ってんだコラ」
意識が覚醒してきたのか、俺の腕に抱かれるサイカはだんだんと饒舌になってきた。相も変わらずその口調は憎たらしい。――が、
「――なんだろう、ね。なんだか、涙が出てきちゃったよ」
意地悪な笑みを浮かべつつも、その眼尻には露が溜まっていた。
「サイカ――」
「ホント、自分で自分を愚かしいと思うよ。折角一世一代の決心をしたと言うのに、こうしてキミが近くに居て触れていると、抑え切れなくなってしまう」
「…………」
「わぷっ」
彼女が何を言っているのかわからないが、そんなサイカの顔を見て、無性に抱きしめたくなった。
もう二度と、離さない。話してたまるものか。それを体現するかのごとく、俺はしっかり、しっかりとその小さな身体を抱きしめる。
今度こそ、帰るのだ。俺達の日常に。それがいかなる世界であっても、そこで俺達二人と言う存在は、確かに存在――、
【µµµ¤µµΙΪ΄΄΄΄΄΄!!@ΦΈΣΦΈΣΦΈΣ¶ΠΐΩάΐΌ¦ΈήΫ³ΌΓΈΪΐΕ§±±±±±±±±±±±±±±±±±――!!】
「――っ!?」
空間中に爆裂する、音とも文字とも物質ともつかぬ何かに、俺は思わず創造神ヤルザ・ヴォーンの方を見た。
突如として、世界の全てが。創造神に引き込まれ始めた。




