2.
「……――ナト、カ――っ!」
暗がりの中で、誰かが俺の名を呼んでいる。
いや、そんな筈はない。少なくとも、俺の記憶の中ではそのように気安く声をかけてくるような奴はいなかったはずだ。
「、ナト――ッ! カナト……ッ!」
にもかかわらず、声はまるで止む様子がなかった。全くもって五月蠅く、それゆえに無性に腹が立ってくるような声。しかし初めて聞く声にもかかわらず、妙に俺を苛立たせる。
なんだかよく分からないが、すごく殴りたい気分になって来た。よぉし、もう一度エクスクラメーションマークが出たらハったおしてやろう。
「――ったく、ああ、もう。どうしたら起きるんだろうね、君は」
「…………」
「こうなったら奥の手だ。この僕の右手をかたぁく握り締めまして、大きく勢いをつけて――」
「…………」
「おっきろ、カナトォッ!!」
「うるっせぇってんだよ馬鹿がァッ!」
「ぐぶるぅおっ!?」
振り回した拳に、筋肉的弾力の感触が伝わってきた。ものの見事に命中した様子がある。ついでに悲鳴も聞こえた。ざまぁ見やがれ。
そこで、俺は違和感に気がつく。
「――あ? なんだ?」
なんで、知らない誰かが俺の名前を呼び掛けている?
「よ、呼び直したばかりで、絶好調だね、君は――」
目を開けると、真っ暗な闇の中で、イケメンとしか形容できないヤツが、腹を押さえてうずくまっていた。あまりにも絵に描いたイケメンと言う面をしているせいか、殴れてよかったという気分になってくる。
「っ、誰だよお前。というか、なんだよ、ここは――?」
異様な光景だった。普段の生活ではあり得ない、その景色。端的に言えば、真っ暗な中で俺とイケメンが浮いている、と言えばよいのだろうか。恒星輝かず、惑星が光を反射しない、真に漆黒の色のない宇宙。
しかし、そんな中で。俺自身とイケメンの姿ははっきりくっきりとその姿を見ることができた。――何とも形容しがたい状況だ。この胡散臭いヤツは妙に馴れ馴れしいし。
「ううん、案の定あの娘の言った通り、忘れちゃってるみたいだね」
「おい、俺の質問に答えろよ」
こいつが何を言っているのか、さっぱりわからない。それにしても、その背中の羽はなんだ? 何かのコスプレか? 何にせよ、俺に対してビックリドッキリを仕掛ける意味が分からないが。
「しかぁも、旅の後半期よりもさらに荒んでる感があるし」
「あらぁん、その制服もなかなか似合ってるわねぇんアナタ!」
な、なんだ?
「短小め。何あんなヤツの小細工でモノ忘れしちゃってんのよ?」
「た、たん――ひ、ヒワイですわ踊魔王さん!?」
オマケに、次々と周りに、
「貴様は、囚われの姫君を助け出す勇者であろう?」
「お主にはそんな気などなかったかもしれぬがが、妾の国を救ってくくれたこと。感謝しているんじゃぞ、勇者殿」
珍妙な奴らが現れて――……?
「しょうがない。サイカちゃんの言った魔法を、試みてみようか。ここで使えるといいんだけどなぁ――。カナト、ちょっと失礼」
「一体お前らはなんなん――」
がしりと、イケメンに頭を両手で掴まれた。向かい合い、互いにまっすぐ見合う形になる。
「な、だ、何――?」
「…………」
目を閉じて何事かをつぶやくイケメン。その後ろには5人の変な奴ら。突然のこと過ぎて、身体が反応できない。
そうして、10分程にも感じられる、わずか数秒の後。カッとイケメン長身は目を開く。
「《蓋さんどうかお元気で、もう二度と会う事はないでしょう{プロテクト・デストラクション}》」
二重に重なったような言葉。妙に間抜けな響きとカッコいい響きが混じったような気のするそれと共に、俺の中で何かが崩れていくような感覚が起こる。
「今しがた解除した魔法は、サイカちゃんが元々君にかけていた、記憶の遮断を外すための魔法。これで、君の記憶は全て戻ってくるはずだ」
砂のように消えていく何か。それに対し頭の奥で、色鮮やかな景色が浮かび上がっていく。
「ファラナルドの神であるヤルザ・ヴォーンだけど、全く別の世界の存在、君そのものに対する魔法は一切かけることができない」
景色の中で、誰かが立っている。そいつは不遜な笑顔で。そのクセ、小柄で。けれども、妙にスペックが高くて。
「だからあの創造神は、元々サイカちゃんがかけていた魔法を利用した。彼女が一時的に神となり、再構成した『魔力』で作り上げた魔法の蓋をいわばずらし、君の記憶を覆い隠した」
けれども、そいつはいつも孤独だった。周りには、自分勝手な考えの奴らばかりで、アイツ自身を見ようともしない奴らばかりで。親類ですら物扱い。あげく、扱いにくいと分かるや否や煙たがる。
「僕は、そんな元々の蓋、それを打ち砕く魔法と魔力を、サイカちゃんから与えられた。今のファラナルドが創造神によって消されてしまう前に、二つの世界の狭間にて、君をこうして呼び出して」
ある種、俺も同じだった。幼少期、父親が死んで、美人だった母親は生活のために水商売で働き始めたものの、どんどん変わっていって。
そして、誰もがそんな状態に見向きもしない。我儘な甘ちゃんの考えかもしれないが、自分には関係ないと知らんふり。そのクセ、自分の都合のいい時だけ何かを押し付けてくる。
「サイカちゃんを救うんだろ、カナト?」
別に、誰かに優しくされたかったわけじゃない。自分が一番大事。それで構わない。けれども、せめて誰かいたら。隣で空を見上げられる誰かがいれば、この落とし穴から這い出ることのできないような気分はマシだったろう。
けれども、そんなモノは望んだところで無駄だった。だから、俺は最初から遮断することにした。関わろうとせず、関わらせず。一方的な繋がりを断ち切って。
そんな時、俺はあいつに会った。一人寂しく、大空を見上げるあいつに。
「あんな、愛のカケラもない創造神ごときに、負けないでくれたまえ――ッッ」
俺と同じ奴が。境遇は違えど、隣に誰も立ってくれない。辟易したはずの世界に、希望を望んでいる奴がいる。
俺は、それを無駄に待ち続ける寂しさを知っている。結局諦めて、意味のないことだと断ち切った虚しさを知っている。だから、せめて――、
俺だけは、サイカにはそんなつらさをさせまいと。無限の空を一緒に見上げてやるのだ。




