2.
「さて、ちゃんと案内してもらうからな」
「――承諾はしたけど、これは、ちょっと……」
「あ? 逃げられたら困るから、仕方ないだろ」
インキュバスに繋いだ首輪。リードは俺の手に握られ、さながら犬の散歩をしているかのような気分だ。
「しかし君も、随分と無謀なことを言うものだ。魔王様、ひいては大魔王様のところに乗り込んで、どうしようって言うんだい?」
「言ってるだろ。サイカを連れ戻しに行くって、さっきから」
俺がそう言ってやると、インキュバスは呆れたムカつく顔で見返してきた。
「いやいや、そんな迷子の友達を探しに行く、みたいなノリで言われても」
「そこまで軽いノリで言ったつもりはねぇんだが」
「いーや! そう聞こえるね! 君、さっき送り出された時、すごく大勢の人に見送られたその意味、分かってないだろ!?」
俺の「ちょっと魔王城とやらへ行ってくる」と言う言葉。大勢のヒトに取り囲まれてそう言った時、耳が割れんばかりの大歓声に包まれた。
それは、周囲の人間に囲まれ身動きのできない状況だから言った言葉。獄魔王とやらを殴り飛ばし、やれ「見直した」だの「新たな勇者の誕生」だの好き放題言い、小さなウチ――借家の前にできた人だかりに、退いてくれるよう頼んだのと際にそう口にしたのである。
「アレはねぇ、フツーの人間なんかじゃ、到底魔王様達には太刀打ちできないこその人だかりなんだよ! そこに、『倒してくる』的な曲解が重なった結果、あんな状態になったんだ! ソルフェリーノ様を殴り飛ばしたという実績も重なってね!」
「つまり、アレか。それだけ、魔王どもがヤバい、と」
大きな存在。その話になんとなく頷けなくはない。実際に、ソルフェリーノを前にして、足がすくんでいた。気が付けば、筋肉の塊は星になっていたが。
「それでも君は、あの子を助けに行きたいのかい?」
「そう、だな」
「命だったり、貞操だったり、危機にさらされるよ?」
「少しまだ実感は薄いが――一応、分かってるつもりだ」
「ふーん――」
「な、なんだよ?」
「そこはかとなく香る、ラヴの香りッ!」
「うるせぇなッ!?」
「あいたァッ!?」
ふくらはぎのあたりを蹴っ飛ばしてやると、カエルのようにインキュバスは飛び跳ねた。面白い。
「て、照れ隠しだからって、何も全力で蹴らなくてもいいじゃないか――っ」
「違うつってんだろ! ――っ、ホントに、そう言う事じゃねぇんだって」
「つ、つ、じゃあ、どう言うことなのさ――?」
痛がりながらも、目を輝かせ聞いてくる様は結構ウザい。いちいち話してやる義理もないが――そうしないと、またウルサそうだ。
「なんていうかな――」
「ふんふん?」
「期待のこもった眼差しやめぇ。そうだな――単純に、俺がいなきゃアイツは一人なんだよ」
「一人?」
「アイツはすこぶる優秀で、機会にも恵まれて、家柄も非の打ちどころのない、パーフェクトがそのまま腰に手を当て威張ってるようなヤツだ」
「スタイルだけは致命的に欠けてるけどね」
「やめとけ、死ぬぞ。――で、そんな一見完全無欠に思えるアイツだが、実は欠けてるモノが一つあるんだ。スタイル以外で」
「君も死ぬんじゃないかな」
「それが、仲間がいないことだ。独りぼっち。常に周りに人がいる人気者に見えるが、その実、アイツの周りに集まってるのはオコボレにあずかろうとしてる奴らばっかりなんだよ」
「それは――ちょっと被害妄想気味なんじゃ……」
「そう思いたい。俺もアイツも、勘違いしてるって思いたい。けどな、そのサイカがいないところじゃ、いつも陰口叩かれてるのが、何よりの証拠だ」
俺だって、いつもアイツの傍に居られるわけじゃない。家は勿論、学校の時も。
だが故に、角を曲がる直前や、戸を開ける寸前など、聞いてしまう時というのはよくある。それは、アイツ自身も同じだったろう。
「オマケに、これはアイツ本人から聞いた話だが、家族からも疎まれてるらしい」
「??? 何でまた?」
「曰く、一時は男として育てられたこともあったとか、やる事成すことあらゆる全てが都合よくいってしまうから怖がられてる、とか。上流階級のことなんざ、想像するしかないが――多分、特別な奴らってのは、より特別なヤツを嫌うんだろうよ」
だから、である。
「だから、俺が。俺しか、アイツを迎えに行ってやれな んだよ。しがらみ 企 く友達で や
◆ ◆ ◆ ◆
獄魔王ソルフェリーノが魔王として君臨していた世界。その世界は、博愛主義の彼によって、終わりなき平和が実現されていた。変態ではあるが、もっとも単純かつ根源的な愛情を元に、全ての統治を行っていたのだ。
しかし、ヤルザ・ヴォーンは平定された、さざ波の立たぬ世界は気に入らなかったらしい。どうやら、彼女が見たかったのはよくあるファンタジックな冒険モノらしく、その世界は見切りをつけられ破棄された。
『ゴォアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッッ!!』
敢えて存在を抹消せず、ヤルザ・ヴォーンはソルフェリーノを嬲っていく。真紅の鱗は無数に召喚された伝説の剣に貫かれ血にまみれ、唸り声を上げながら下方へと落下していく。
「ソルフェリーノッ!」
『グルッ、グ、サイカ、ちゃん――ッ』
翼を羽ばたかせ、ソルフェリーノは空中で体勢を立て直す。
『アタシ、アナタにあえて本当、に、良かった、わぁン』
「どこで覚えたんだいそのどこかで聞いたようなセリフは!? いい加減、そのクサい演技は、」
『演技なんかじゃ、ァ、ないわよぉ?』
「何を、言って――?」
『だってェ、誰かへの愛のために何かを為そうとする。それはすっごく素敵なことじゃなァい?』
「――っ、」
『例えそれでアタシは利用されていたとして、も、本望――』
【「《獄愛球{ラヴフェルノ・スフィア}》」】
ヤルザ・ヴォーンが、わざわざ格の違いを見せつけるかのように、同じ種類の魔法をソルフェリーノへとぶつけた。飛びだした火球が着弾――、
「――っ、ソルフェリーノッッ!!」
真紅のドラゴンは。愛と情熱の炎をつかさどる魔法ソルフェリーノは、遥か下の地上へと転落していった。
踊魔王ニコバルトカリが魔王として脅威を与えていた世界。強大な敵と、それに立ち向かう人々という構図を望んだ創造神は、人の心を徹底的に否定する孤独な魔王を、一人の人間を突如魔王へと変えることで生み出した。
しかし、そんな彼女にはしもべの一人すらおらず、手下と呼べるものは彼女が魔法で生み出すがらんどうの鉄屑たち。彼女がどれだけの力を持っていても、多勢に無勢。
そんな一方的な戦いをつまらないと一蹴したヤルザ・ヴォーン。そんな退屈な世界は望んでいない彼女は、その時代のファラナルドをさっさと破棄してしまった。
『チョーシに乗ってんじゃない、わ、よ! このブスザルがァッッ!!』
ニコバルトカリの、翼のように生えた骨の手が創造神に掴みかかった。圧倒的に巨大なヤルザ・ヴォーンの両手をぴったりがっしりと固定し、むき出しの肋骨が、その胴体へと噛みつくように襲い掛かる。
「キミはそもそも、誰かのために動くようなヤツじゃなかっただろう!?」
『そう、ね。あたし自身、そう思ってたわ。だいたいあんた、あたし達を利用してたらしいし?』
「なら、何故――ッ」
『何故って――何度も言わせないで、よ……っ』
開いた肋骨が、創造神の腹部に食らいつき、今は髑髏の顔をしたニコバルトカリと目が合う。
『あんたと――あんたらといると、何故だか心がほわほわしたからに、きまってるじゃ、ない』
ボロボロのゴシックドレスの裾から出現する、巨大な鎧の兵士。ニコバルトカリ本人と同様に、ヤルザ・ヴォーンにまとわりつく。
「ニコバルトカリ! 後ろだッ! 背後を見ろッ!」
けれども、気が付けばボクはいつの間にかニコバルトカリの背中を見ていた。空間を切って繋げて、後ろに回り込む創造神。それと半ば同化しているボクは、魔王の背中を見る。
【「《戦慄の舞踏兵団{ホラー・ザ・ホパーク・ソルジャーズ}》」】
瞬間的に移動した創造神の周囲から、槍を掲げたがらんどうの鎧兵隊がニコバルトカリへと飛来してゆく。
「ニコバルトカリッッ!!」
『う、ぐ、あ、ァあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!』
それらは、既に満身創痍気味だった彼女を痛めつけていく。巨大な鎧の兵士と漆黒のドレスごとを貫きながら。
そうして力なく、骸骨の姫君は落ちてゆく。大地へと、吸い込まれるかのように。今この瞬間を持って、人の心を操りながらも信じることのできなかった魔王は墜ちた。
界魔王サイアノは、かつて魔王軍を率い、人間達と対立した。
人間の代表として勇者が作りだされ、サイアノ率いる魔族とが数多くの戦いを繰り広げる世界。拮抗と、そこから生まれるドラマ。創造神は、そんな光景にご満悦だった。
だがあるとき、勇者の投げかけた疑問で、サイアノが己の存在に疑惑を持つこととなってしまう。何故自らが魔王であるのか。この戦いの果てに待つモノは意義のあるものなのか。
その鍵を探るべく、勇者そのモノに執心し始める界魔王。使命に忠実でなくなった彼を気に入らなくなったヤルザ・ヴォーンは、またもや、その世界を破棄した。
サイアノが、その影の手四つを質量ある剣と化して創造神に斬りかかる。
【「ワタシのチカラをその目にしてなお、ワタシへと向かってくるのですか?」】
『ああ、その通りだ。我は。我ら、は。その大魔王に多くのことを気が付かされた』
クロス字に振り下ろされた剣は、突如彼の目の前に出現した巨大な一本の剣にて阻まれる。ヤルザ・ヴォーンはそれの柄を握ることは無く、宙に浮き自動で対応させているかのように刃を光らせていた。
「そんなの、うそ、だよ――ボクはただ、好き勝手していただけ、で……」
『汝にとってはそうだったのだろう。否、誰の目から見ても、汝は汝の思う通りに行動していたのは理解できる。しかし、その行動が、我らに様々なことを気が付かせたのだ』
一度弾かれ、距離を取ったサイアノが重力結界弾{アリストテレス・ボム}を創造神の周囲に展開する。
【「――そろそろ、飽いてきましたね」】
しかし、ヤルザ・ヴォーンが翼を一度羽ばたかせるだけで、きれいさっぱりと霧散してしまうサイアノの攻撃。
その気になれば、魔王たちを指鳴らし一つで消し去ってしまえるのにそれをしないのは――「飽いた」という本人の言葉からして、やはり遊んでいただけなのだろう。
『大魔王よ。サイカ・ヘヴァンリィと、この世界にて名付けられし者よ。我は魔族を統治する者としてかつて君臨して、いた時、なぜ勇者に執着していた、のか、分からなかった』
サイアノは、四つの腕を突き合わせて極大な魔力で成された光線を放った。だが、創造神が展開する巨大な剣は、まるで鏡のようにそれを反射。返されたそれに、界魔王の姿は半分削られてしまう。
『ぐ、くっ――、勇者が、邪魔なのであれ、ば。使命を達するだけなら、ば。手下を差し向けれ、ば、いい。それこそ、疲弊する程の、数、を。我が敢えて直接、相手する必要はなか、ったハズなのだ』
「サイアノッ! 遺言なんてボクは聞く気なんかない、ふざけるなッ!」
『だが、それでも我、は、自らが勇者と戦うこと、に拘り続け、た。我が倒れれ、ば、魔族の同胞たちに、強く影響が出て、しまうにもかかわらず。ともすれ、ば、同胞を不利にしてしまう、ハズだのに』
しかし、その身半分喪おうとも。サイアノの目からは闘志が消えることは無い。
『汝達、が、想いをぶつけ合っているその姿を、見て、それが何だったのか、理解した』
【「界魔王サイアノ。出来損ないの、感情で使命を忘れし魔王よ。アナタもまた、他の魔王たちと同様、地上にてこの世界が白紙に戻される時を待ちなさい」】
『我は、あの名も知らぬ勇者を、愛していたのだな』
【「《加重鉄槌{エルンスト・インパクト}》」】
サイアノの脳天に、巨大な隕石の鉄槌が一つ振り下ろされた。
「サイアノ――ッッ!!」
力を失い、重力に引かれゆく鎧の身体。ボクにとって、完璧な魔王だった彼もまた、沈黙していってしまった。
「なん、で、キミたちは、そんなに、も――っ」
【愚かなのでしょうか、ね】
「ッッッ、ヤルザ・ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン――ッッ!!」
【アナタも耳障りですね。ワタシの中から、世界の行く末を見せて差し上げることとします】
「――っ!?」
今まで胸の下まで飲み込まれていた程度だったが、見る見る間にボクの身体が創造神に埋没していく。底なし沼へと飲まれゆくかのように。
――ある種、この創造神同様好き勝手したボクには、似合いの結末かもしれない、ね。




