1.
ドクゼツとの戦いから、十日ほど余り経ったころだろうか。俺は、断崖絶壁の山の上で、大空の下、風を感じていた。
「ゲゲーッ! オマエヲ、オレサマノ非常食ニシテヤ――」
「ゲーゲーうるせぇ」
「ゲゲェッ!?」
飛び掛かってきた鳥男が、俺に殴られ吹き飛ばされる。振り下ろした腕を見切ってそれを受け流し、魔力を少量込めた腹パンをするのは、隙だらけ過ぎて容易だった。
「いやはや、しかし、こうしてみると随分見違えたよねぇ。最初は、野良犬にさえやられちゃうくらいだったのに」
「野良犬にしては、アレは随分と狂暴すぎる顔つきだったろ。――正直トラウマだ」
しかし、悔しいことだがアレックスの言っていることにも同意できる。今思えば、戦いの「た」の字も知らず、魔力の扱いも初心者なのに、いきなり旅に飛び出したのは無謀すぎた。
「けどまあ、ニコバルトカリとか言ったか? あの魔王が喧嘩吹っかけてきてくれたおかげで、大分アレから度胸はついたと思うぜ」
「それ、自分で言うかい?」
「自分で言えるくらいになったってことだよ」
岩にもたれかかって目を回している怪鳥を見る。今殴り倒したこいつは、あの時の野良犬モドキとは比べ物にならない脅威だ。が、この通り、現在は容易く対処することができる。
「さて、この山を降りて村から報酬の魔力をいただいたら、次行くぞ。道案内、続けてしてもらうからな」
「そ、それはいいんだけど、さ――」
「――なんだよ?」
「君、少し休んだらどうだい? この三日間、一睡もしてないだろ?」
「お前が休みたいだけなんじゃないのか?」
「そうだけども! そうだけども、それ以前に、君が倒れちゃ、本懐が成し遂げられないよ!?」
「…………」
インキュバスのくせに、世間的定義なおかんみたいなことを。
けれども、足を止めることは出来ない。一日でも、一分でも、一秒でも早く。今頃ひとりぼっちであるはずのサイカを助けに行かねばならないのだ。
でないと、アイツの心はどんどん摩耗していってしまうことだろう。それこそ、俺のように。
それを防ぐのが、俺の役目。その根本にあるのは同族意識だが、俺しか行おうと考える人間がいない以上、そ が俺の 命な あ
◆ ◆ ◆ ◆
【大魔王サイカ。創造神へと牙を剥いた罪、それが如何程のモノか理解していますか?】
ボクの身体の胸から下を、その胸部へと埋没させた自称創造神は、鉄屑の塊のように冷たい声色でそう問いかけてきた。
どこへ連れていくつもりなのか、酸素の薄くなる上空へと向かいながら。
「FUCK!」
すごく、中指突き立ててやりたかった。手も埋まっているために、出来なかったけど。
【どうにも、アナタは礼儀知らずでいけません。神に対する礼節を学ぶべきでしょう】
「おや、意味が分かるんだね」
【その不届きな態度を見れば、それが罵倒であることなど、この創造神ヤルザ・ヴォーンにはお見通しです】
「ボクの企みは見抜けなかったくせに。――うッ!?」
ボクの身体を痺れるような苦痛が襲う。相変わらず、子供っぽいというか、小物臭いというか。核を封印されていたことがそんなに悔しいか。
「ぐ、う、どうしたん、だい? てっきり、そのまま消滅させに来ると思ってたけど」
【ワタシは問いました。アナタに、アナタ自身の罪を。それを懺悔し、泣いて許しを請うまで。死に逃げなどさせません】
「ウソをつきなよ、消化不良起こしてるだけのくせに」
ボクの今の身体は、こいつが取り込むには時間がかかるだろう。しかし、相変わらず見栄っ張りで傲慢な神様は、それっぽいことをいいつつ誤魔化してきた。
この世界、ファラナルドは。創造神の娯楽のために生まれ、何度も滅ぼされていた。
一回目は、ソルフェリーノが平和的に世界をまとめ上げていた時。
二回目。ニコバルトカリが、対魔王勢力に一人で戦わされ敗北したとき。
そして三回目。サイアノが勇者と相討ちし滅んだとき。
そうして今の世界もまた、同じ事態に陥ろうとしている。
此度の世界での魔王は、このボク、サイカ・ヘヴァンリィである。三魔王たちとは異なり、全く違う世界――創造神が地球と呼ぶ世界(厳密に言えば、惑星の名前なんだけど)から呼び出された意識に、彼女からファラナルドでの身体を与えられたのだ。
おそらく、この自分勝手な創造神は、異世界から来た元人間のボクがドラマチックなストーリーを展開してくれると思ったのだろう。
しかし、大きい小さいに関わらず、物事には経緯があるもの。突然お呼びがかかったことを不審に思ったボクは、与えられた魔力で一通りできることを試した後、「この世界でかつて存在した意識」を片っ端から拾い上げ、そして三度の滅びを知った。
そうして何のかんのとあり、今に至る。自分勝手な創造神を封印し、潰しきれなかったのが今のこの状況だ。
「それはいいけどさ、ボクをどこへ連れて行くつもりだいキミは」
【無論、アナタが守ろうとした今のセカイがよく見渡せる天空です。それが滅ぶさまを、観察させてさしあげましょう】
「神様なら、もっと広くて慈悲深い心を持つべきなんじゃないかな」
もっとも、ボクは世界を守る気なんて無かったんだけど。ただキミの性格が気に入らなくて、ついでに道連れにしてやろうと思っただけだ。
その考えは、ボクを都合のいい依り代としか見ていなかった周囲のコバンザメモドキを思わせ、大変不愉快なのだ。
この世界の理を知ってボクは、創造神ヤルザ・ヴォーンにそれを感づかれないよう、「彼女がより舞台が面白くなる」と思わせるようなプランを聞かせてやった。
創造神がボクを魔王として選んだのは、恐らくボクが娯楽好きであることも見抜いた上での人選だったのだろう。興味ありげにそれを聞いた彼女は、ボクの記憶に蓋することなく、ボクが望めば望むほど、この世界をいじれる魔力を寄越してくれた。
そうしてボクは、そこの創造神の核を、一度この身に封印した。こちら力の内包量が、あちらの半分という一定のラインを越えたその瞬間を狙って。
閉じ込める魔法、その魔力さえも細工して創造神の行動を阻害したボク。次にカナトをこの世界へと呼びこみ、元の世界での記憶に蓋をした。この世界で生まれ生きたと上書きをし、順応させるためだ。
そして全てのお膳立てが整ってから、計画実行。この世界を知る過程で呼びだした魔王たちを言葉で誘惑して、尽きかけていた魔力を補充。それぞれから半分ほどを常に供給してもらいつつ、カナトへと布石を置き、旅に出るように仕向けたのである。
創造神の核ごと、ボクの存在と呪縛を打ち砕いてもらうために。
もし目論見が成功したら、自分が操っていたと思っていた相手にやられて悔しがる創造神が見られただろうに。
しかし、力の大元は創造神本人のモノであり、変えられる要素もないため、押さえつけておくのも限界があった。結果、今は力を取り戻され、封印を破られてしまっている。
全ては、時間がかかりすぎたが故の結末。今となっては、遅すぎた――、
「《重力結界弾{アリストテレス・ボム}》ッ!」
結果を理解し、目を閉じようとしたその時。創造神の顔が爆裂した。
「っ、今の、魔法は――」
「我らが大魔王よ。三魔王を置いて、どこへ行くつもりだ?」
その声が響く方向。見限りを付け、見ることをやめようとした眼をまじまじと開き、ボクは驚愕した。
界魔王が。踊魔王が。獄魔王が。三魔王が、創造神の前に立ちはだかっていたのだから。
「まったく、囚われのお姫サマなんて、あんたにゃクソ似合わないわよ?」
「サイカちゃーん! すぐ助けるからァ、待っててねェん?」
サイアノ、ニコバルトカリ、ソルフェリーノは、分散すると、女神に対して攻撃を始めた。
「《魂を求むる腕{ヴィニアーズ・ハンズ}》ッッ!!」
「《夢現領域{アインズ・シュタインズ・レギオンズ}》ッッ!!」
サイアノが引きこむ力と共に放った魔力弾。ニコバルトカリが出現させた巨大な鎧の腕が、ヤルザ・ヴォーンに襲い掛かる。
それらは、彼らの魔力と能力を活用した強力な魔法。
――だが、創造神ヤルザ・ヴォーンが四枚の羽根を羽ばたくと、それらはまるで幻だったかのようにかき消えた。
「《大宇宙を包み込む抱擁{ビッグ・バー――……、あだァいンッ!?」
「オイ、コラあんた、ソルフェリーノォッ!? サイカやあたし達まで巻き込む気!?」
「ちゃ、ちゃんとそのあたりはコントロールするわよォ! 多分――、」
「貴様ら、こういう時ぐらい協力できぬのか――」
周囲半径1kmは吹き飛ばす魔法を使おうとしたソルフェリーノを、ニコバルトカリがひっぱたき、そんな二人の様子を、サイアノがたしなめる。
その三人漫才めいた様子は、これまで何度も見たことがある。――が、
「キ、キミたち、何をしているんだい!?」
ボクは、目の前の光景が信じられなかった。
彼らでは。「創造神に生みだされた魔王では」。絶対に、ヤルザ・ヴォーンに勝つことなどできないのに。例え、返却したもう半分ずつの魔力があっても。
ボクは三魔王に、創造神の存在と意図を明らかにしていた。自らが支配されることを望まない彼らにそれは、ボクの手駒にする一要因となった。
しかし、もはや創造神を留めておく方法はない。唯一ヤルザ・ヴォーンを打ち砕けるカナトも、元の世界に戻されいまさらそそのかしたりは出来ない。
だから、ボクを助けることには何のメリットも存在しないのだ。
今まで、カナト以外の他者の姿。ボクを利用することしか考えていなかった人間しか知らぬボクにとっては、信じがたい光景だった。
「何を、だと? 見て分からぬかサイカ」
「あたしたちはね、あんたのことを」
「助けに来た、のよォッ!」
「エイプリルフールの時期でさえ、もう少しマトモな嘘をつくもの、だよ――? さっきも言った通り、ボクはキミたちを利用していただけで……」
「そうだな。ヤツとのぶつかり合い、本気を出さぬお前を見て、全員薄々と勘づいていた」
サイアノの表情は、その姿ゆえに分からない。けれども、その仮面の下の影の顔は、ボクに向かって微笑んでいるように思えた。
【何故、利用されていたと知ってなお、この者を救おうと? アナタ方は魔王でしょう?】
『あらン? ご存じないかしらン?』
ソルフェリーノの、ただでさえ筋骨隆々で大きな体が、さらなる質量の増大を起こしていく。
全身を赤い鱗で覆ったその姿は、間違いなく地獄の炎を噴きつけるドラゴンの姿だ。
『あたしたち三人――いや、四人はね。クッサイこと言うならどーほーなのよ』
ニコバルトカリのゴシックドレスから闇が広がり、少女の姿が薄れゆく。
闇が晴れた時、そこに現れたのは彼女のもう一つの正体。巨大な白茶けた骸骨の女王だ。
『故に、その危機に立ちあがったのだ。互いに利用しあい、助け合う。我が、我が世界の時代の勇者より学び、我なりに導き出したことの一つ、だ』
サイアノの鎧が、肥大化、変形してゆく。漆黒の霧を溢れさせながら。
そうして彼の姿は、鎧とマント、四つの腕、そして影の巨体を持つ真の姿となった。
『サイカより返却された魔力の残り半分。それを取り戻し、かつて、貴様に消滅させられし魔王の真の力。創造神よ、我らの力をとくと味わうがよい』




