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3.

 目を開けた時。そこには巨大な扉がでんと構えていた。


「着いたぞ。ここが、我ら三魔王の、そして大魔王様の根城、だ」

「おい、いきなり玉座の間の真ん前にご招待かよ」


 その親切心は痛み入るが、流石の俺も面食らった。赤く禍々しい、両開きの扉が突然目の前に君臨しているのである。

 あまりに物々しいその構えは、その奥に大物が待ち構えているであろうことを、如実に表しているのだ。


「え、ちょ、ええっ!? だ、だだだ、大魔王様!?」

「消耗してる俺を大魔王に倒させる、と言うようにも見えなくはない、な」

「汝の求むる者はここに居る。今なら、引き返しても構わぬぞ。空間を繋ぐ通路はまだ開いたままだ」

【カナトの正面には、ヴァラキス城のモノとは比較にならない程豪奢で、かつ禍々しい扉が経っています。そして、彼の後ろにはこれまで通ってきた次元の穴が】

「――来た道が、元の場所につながってるとも限らねぇだろ」

「どこまでも疑り深いヤツよ。我は、好きにしろと言っているのだ」

「…………」


 こっちとしては、どこまでもその態度がいけ好かなかった。どこか、最初とは雰囲気が変わったように思うが、それがこのムカつきの原因なのだろうか。


「ええい、分かった。分かったよ。行けばいいんだろ。今更、臆病風に吹かれてる場合じゃねぇって、言ったばかりだしな。隙を見て、サイカを掻っ攫うさ」

「っ、なるほど! サイカちゃん優先! その手が!」

「正面切ってやり合える相手じゃないってのは、そこのソンダイや他の魔王が仕えている時点で分かってるつもりだ。最悪それさえできれば、というカンジだな」

「なら、僕だってやって見せるさ! なぁに、巨大豪華客船に乗ったつもりで安心したまえっ」

「――そんな空回りな勇気でも、あるだけ心強い、か」

「!? カナトがデレた! 何だろうこのときめき!」

「気持ち悪い!」

「ほぐぉっ!?」


 アレックスに腹パンし、扉の方へと向き直る。


「行くか」


すると、俺が意志を固めるのを待っていたかのように、扉が開きはじめた。

まるで、その瞬間を待っていた、と言わんばかり。妙な出来過ぎ感が、気持ち悪く思える。

しかしそんな俺の一抹の不安に関してはお構いなしと、扉は部屋を開放する。


 エンタシスが左右にずらりと並び、天井からは規則正しく並んだシャンデリアが暗く輝く広大な部屋。暗い紫色の絨毯が床全体敷かれ、入り口からは正面へとレッドカーペットが伸びている、如何にもな部屋。

 俺の想像では、おとぎ話の攫われた姫のごとく、天井から吊るされたサイカの姿。その隣には玉座に腰かけるゴツイ大魔王。

 手下であるカタブツにさえ苦労し、そして借りモノの魔力も膨大ではあるが、決して潤沢ではない。ならば、使えるモノを使えるだけ。


やれることをやれるだけやって、勇者ではないために、魔王を倒す義務の無い俺は。たとえ卑怯と罵られるやり方をして出も、その魔の手から幼馴染を救いだす。

 ――そう思考を巡らせながら。部屋の奥へと進んだ俺だったが、


「やあカナト。世界を半分こする取り引きでもしようか?」


 それらのビジョンは、瞬く間に吹き飛ばされてしまった。


「え、サイカちゃん!? え、え、えぇっ!?」

【元々は魔王の手下であったインキュバスのアレックスは、初めて見る魔族のトップの姿に驚きを隠しません。しかし、カナトの受けた衝撃はそれ以上でした】

「サイ、カ――?」

「フフ、豆鉄砲に驚いてるねカナト。いい鳩っぷりだよ。その顔を見るのも久々だ」


 部屋の最奥にある、心なしか高めな段の上。その玉座に、明らかにサイズ違いな小さな姿が、相も変わらず自信たっぷりの表情で腰かけていた。


「どういう、こと、だ――? なんで、お前がそんなところ、に……?」

「僕が大魔王だからに決まってるじゃないか」


 あっけらかんと、何の躊躇いもなく放たれた言葉。サイカのモノ以外に思いようのない、傲岸不遜な態度。だが、もしかすると。完全に真似た大魔王とやらが操っ――、


「あらかじめ言っておくけど、この手の物語における、操られてるとか、そう言ったお約束の類は一切ないからね?」

「――っ、」


 こちらの思考が。完全に読まれているようだった。そんなところもサイカらしい。


「この世界中の人々の不幸。それは間違うことなく、ボクがこの椅子に座っている結果さ。大魔王たるボクが指示を出し、そして陥れた」

「…………」

「どうだい? 幻滅したかい? この世の平和を乱し、生きとし生ける者共をあざ笑う、このボクを。絶望を啜り、憎しみを喰らい、悲しみの涙で喉を潤すこのボクを。故に、このボク、大魔王サイカが存在し続ける限り――、」


「よっっっっっっっっっかったぁあああああああああああああああああああああああっっ!!」


「…………………………………………………――――――――――――――――――――え?」

【大魔王サイカは、たっぷりの沈黙の後に実に間抜けな声を上げました】

「ちょっと待ちたまえよカナト。今キミ、何て――?」

「え? あ?」

「キミ、ちょっと。ちょっと待ちたまえ。今、ボクの話聞いてた? なんで心底安心した、なんて声出してるの?」

「あ――? え、あ、いや」

【カナトは目をそらし、照れくさそうに頬をぽりぽりとかきます。ですが、大魔王サイカはそんな彼の姿に納得いきません。インキュバスは目を瞬かせ。ただ一人、サイアノだけが妙に得心した様子で佇んでいました】

「ボク、諸悪の根源だよ? 悪の親玉だよ? それのどこに、キミの安心するところが――」

「な、なんでって、そりゃ当たり前だ、ろ?」


 サイカが何をそんな奇々怪々な目で俺を見ているのか、意味が分からない。だって、


「だ、だって、お前は本当に攫われていた、ワケじゃないんだろ?」


 それに尽きる。

 サイカが無事ならそれでよかった。それなら話は簡単。後は俺が居てやる、それだけだ。

 てっきり大魔王とやらと戦い、そして助けられるかどうかと言う心配をしていたが、どうやら杞憂だった。助けられても、俺が死んだら意味がない。


「…………」

「――サイカ?」


 だが、そんな俺の心情に対し、サイカは黙りこくっていた。相も変わらずワケが分からないが、ワケが分からないのはいつもの事。今、サイカ・ヘヴァンリィは、ここに居るのだ。


「――カナト」

「ん? 何だ、今度はどんなお題目を突きつけてくるんだ? 何でも受けて立ってやる――」


「バカも度が過ぎるとつき合いきれなくなるよ?」


「っ!? ぐあぁっ!?」

「っ!?」「ちょ、お――っ!?」

【喜色満面だったカナトの足元が、突然爆発を起こしました。彼の周囲にいたサイアノもアレックスも、衝撃で吹き飛ばされます】

「う、く――サイ、カ?」

「まったく。ああ、まったくまったくまったく。最後の最後まで、キミと言うヤツはそうなのか。ここまで来てもなお、これだけやってもキミはまだ囚われ続けるのか」


 玉座に座っていたサイカが、ふわりと宙に浮く。こちらを見下ろす目は――静かに、だが確かに、どうしてか怒りを湛えていた。


【サイカは目を閉じ、自らの呼吸を確かめるようにして整えると、改めてカナトをまっすぐに見つめます】

「じゃあ、キミに一つ問いかけをしよう」


 一度深く瞼を閉じ、サイカはこちらへと再度視線を送る。その時には怒りではなく、またいつもの、何を考えているのかわからない目だった。


「何――?」

「キミは、『他のヒト達と同じ』なのかい?」


 サイカの言葉。「他のヒト達と同じ」。その言葉が、俺の肌をざわりとさせた。


「なん、だよ――? 俺は、こうして助けに、」

「そうだね。キミは恐ろしい魔王が相手となるのにもかかわらず、ボクをこうして助けに来てくれた。それは、確かに普通の損得勘定で動くヒト達では決してしないことさ。だって、金も、地位も、名誉も、命あっての物種だもの」

「何が、言いたい?」

「けど、今キミのやってることは何だい? まるで大魔王の正体がボクであったことを喜び、そして場合によっては、共に悪事を働かんとしているとさえ思えるんだけど?」


 ここまで来ても、思うことすら気恥しく思う。だが内面では、確かにそんな考えもよぎっていた。今度は成績とかそんな他人視点の評価でなく、俺達自身の評価でぶつかり合う。

 俺が。一個人が傍にいてやる限り、サイカは「ひとりぼっち」ではなくなるから。


「でもね、敢えて言わせてもらうよ」


 だのに。サイカはそれを否定する眼差しで俺を射抜く。


「それは、ただ大魔王に屈したのと同じだよ。他のヒトと同じく、ボクを祀り上げて、ね」


「――っ!」


 サイカを祀り上げる。金も、地位も、名誉も全て持ち、都合のいい状況さえ、望まなくとも手に入れてしまう、彼女の存在を。


「だって、それは誰でもできることだ。魔王に尻尾を振って、手柄を立てようと思考し、顔色をうかがう犬っころそのモノだ。違うかい?」


 そして、それが故に生んでしまったサイカ自身の孤独。常にヒトに囲まれ、一見順風満帆なその姿だが、その真実は、周囲の誰一人として、アイツ本人を見ていないのだ。

 サイカの主観。サイカからして見れば、俺が今思ったアイツを孤独から守る方法は、ただ魔王に屈したことと同じであると言うのか。

 アイツの全てに周囲が頭を垂れた人々と、そっくりそのまま同様に。


「なら、俺は。どうすれば、いい?」

「さあね。自分で考えたまえよ。《重力結界弾{アリストテレス・ボム}》」

「――っ!?」

【宙に浮くサイカの頭上に、ずらりと魔力弾が並びます。それは、サイアノが使用した魔法と全く同じモノでした】

「ふ、ざけ――っ!」


 俺は降り注ぐ重力の塊を避けて動きまわる。だが――、


「ぐ、あっ!?」


 ソンダイのモノよりもずっと精密な狙いのそれは、俺の動きを読んで居たように胴体にぶち当たる。それに何より、魔力が少ないためか、身体が重い。


「おや、もう伸びちゃったのかい? だらしないなぁカナトは」

「ぐ、げほっ、サイカ、どうし、て、」

「ボクをボクとして見ないキミなんか、キミじゃないからさ《魂無き戦士の宴{ソウルレス・フォックストロット}》」

【無数の甲冑の兵隊。それが部屋の中に六体降り立ちました。剣と盾を構えたそれらは、一斉にカナトに襲い掛かります】

「くっ――」


 意志無き鎧の兵隊たちの剣技を、ダニカやソンダイから引き受けた魔力を盾にして受け止める。だが、一撃一撃が重すぎて、反撃する隙が無い。


「だから、そんなキミに絶望しちゃったボクは、こうして現実を焼き払う。《大宇宙を包みこむ抱擁{ビッグ・バーン}》」

【サイカが魔法を唱えると、部屋の中央に高圧のエネルギーが集合し始めます。あまりの魔力に空間を歪ませながら】

「う、く、ぐ、」

「一つ、ヒントをあげようか」

「――っ、……?」

「魔王と言う存在にとって、欠かせない『対となる存在』はな~んだ?」

「――……ッ!」

【直後、轟音。禍々しくそして豪奢に彩られた部屋の中で、閃光と共に爆炎が広がります。

 シャンデリアも、紫色の絨毯も、レッドカーペットも、無数のエンタシスさえ。全てを焼き尽くす熱は、部屋中の全てを吹き飛ばしていきました】

「実に。嗚呼、実に残念だよ、カナト」

【サイカが魔法で焼き尽くしたその部屋には、かろうじて焼けたエンタシスが残るのみとなってしまいました。既にカナトと言う存在は、】


「――そうかよ、それが、お前の望みなんだ、な?」


「へぇ」


 濛々と立ち上る煙の隙間から、サイカを見上げる。ソンダイの魔力のおかげで、衝撃を浮かせて天井へと飛ばすことで回避できた。


 サイカのヒント。魔王と対になる、魔王には欠かせない――物語には必要不可欠な、それ。

 それは、魔王であるアイツを滅ぼす者。そして、アイツ自身はそれを滅ぼそうとする者。


 サイカと本気で敵対すると言う考えを、俺は持っていなかった。だが、それでアイツが孤独でなくなると言うのならば、


「いいぜ。勇者でも何でも、なってやる」


 俺は、いくらでも戦ってやる。文字通り、互いの生死をかけて。それが、アイツ自身の望みであるならば。


「フフッ、いいよいいよ。そうこなくちゃ」


 サイカは不敵に笑う。焦土と化し、壁や天井などとうに吹き飛んだ玉座の間に足を降ろしながら。


「じゃあ、そんな決意に敬意を表し」


 小柄な少女姿の大魔王は、やたら大仰に、芝居がかった様子で両手を広げた。


「本気を出そうか」

「何――?」


 サイカの周囲に暗黒の霧が渦を巻き始める。それは、瞬く間に彼女の小さな姿を覆い隠してゆく。周囲に嵐を巻き起こし、ついには、顔を向けていることもつらくなるほどに。

 ――そうして、しばらく経ってから風が止む。漆黒の闇がドンと居座る気配が完成する、それと同時に。


『さあ、勇者と大魔王の、最初で最後の決戦を始めようじゃないか』


 顔を上げると、そこには今までのサイカとは似ても似つかない姿があった。

 まず目に映ったのは、闇の中で赤く、暗く輝く光のような一つの目だった。それは鈍く、青く輝く鎧の開けた腹部に収まり、じろりとこちらを見下ろしている。

 そんな姿の、本来人の頭があるべき場所には、同じように金属で覆われ、三本のネジくれた角を生やす頭部。鷲の嘴のように反り返った口をし、腹部の瞳のように、二つの真っ赤な眼はやはりこちらをじろりと見下ろしてくる。

 左右にある腕は二対、計四本。それは白茶けた人間の骨によく似ており、背中に生やす翼もまた、同じくして骨の掌を広げたモノ。さらに、鎧の胴体を、肋骨のようなモノが、がしりと押さえこんでいるようにさえ思える。

 そして足は無く、代わりに赤い鱗の尻尾だけが伸びていた。その先端には、四つの角を生やした荒々しいドラゴンの頭が、鋭い牙を並べて二つの眼で俺を睨み付けている。

 その大きさも、あの竜の姿だった時のルスト並。控えめに言っても異形たる姿が、そこにいた。


「なんだ、よ、それ――?」

『ラスボスに第二形態は常識だろう? 《焦がれる想い{フラワー・ハーツ}》』

「――っ!」


 サイカを中心に、地面を這うようにして炎の波が解き放たれた。それを、かろうじて立っているエンタシスに上り回避。使った柱含め、いくつかの柱が炎でなぎ倒される。


『《魂を求むる腕{ヴィニアーズ・ハンズ}》!』


 広大な部屋だったその床から、甲冑に覆われた両腕が伸びあがってくる。俺は未だ倒壊する柱の上だったがために、対処のしようがない。

 甲冑の両手が、虫を潰すようにして俺を両側から挟み込んでくる。


『まさか、これで終わったりしないよね?』

「そんなわ、け、ないだろう、が――ッ」


 魔力を腕に回し、内側から両手をこじ開ける。かなり重いが、抗えないほどではない。


『じゃあ、これならどうかな? 《夢現領域{アインズ・シュタインズ・レギオンズ}》!』


 サイカが四つの腕をこちらにかざすと、そこに真円状の穴が生まれた。


『これに、どれだけ耐えられるかな?』


 そこから、魔力弾が撃ち出される。と同時に、発射された空間から発生するものすごい引力が、俺を飲みこまんと襲い掛かってきた。


「くっ――」


 腕に挟まれ動けない。そんな俺を、容赦なく一抱えほどの魔力の弾が襲い掛かってくる。

 ソンダイの僅かばかりの魔力を展開して幾らかは防ぐが、サイカの魔法によって床から生えた腕は、成すすべなく魔法の弾丸によって破壊されていく。


 寸前まで俺自身を潰しにかかっていた腕が、一転してこの身を支える支柱となっていた。しかし、それも長くは持ちそうにない。そして遂に、


『そうら、時間だよ!』


 俺を捕まえていた腕は粉砕。飛び出てくる弾幕とは裏腹に、俺の身体は吸い寄せられてゆく。


「――まだ、だ」


 目の前に迫った魔力弾を、俺は魔力を込め殴り伏せる。すると、当然のごとくそれは炸裂し、俺へと衝撃を与えてきた。


 しかし、俺はその衝撃を利用する。重力を支配するソンダイの魔力を応用し、自分にかかる重力を軽くしてその爆風を最大限に活用。吸いこみ範囲から脱出し、かつ、先ほどまでのその勢いを利用して、サイカへと真上から迫る。


「一発、もって、けぇえええええええええええええええええええええええええええええっっ!!」


 魔力を腕に込め、直接ぶつけるように殴りかかる。可能な限り高威力で、短期決戦を目論む。じゃないと、こっちの魔力が持たない。


『甘いなぁ君は!』


 魔法の放出をやめた四本の腕が、俺をがしりと掴んだ。そのまま、地面に叩きつけてくる。


「ぐぅッ!?」


 叩きつけられる衝撃は、いつものように魔力で防御した。だが、顔を上げた時――、


『上手に、焼けちゃう?』


 尻尾にあるドラゴンの頭と目が合った。その咢を広げ、地獄の業火を噴きだしてくる。


「くそっ、ふざけんなッ」


 飛び起き、煤けた床の上をサイカの位置とは逆方向に逃げる。だが、迫りくる炎は着実に俺へと追いつこうとしていた。


「っ、一先ず、アレの後ろ、に――」


 まだ焼け折れず残って居たエンタシスの背後に隠れ、紅蓮の炎をやり過ごす。熱気が、裏に回っているにもかかわらずすさまじい。


『休んでるヒマはないよ?』


 ゴキリと、重く響く破壊音。何事かと背後を振り返ると、サイカの片翼が手の役割を果たし、へし折った柱を握っていた。


「ちっ――」

『そらっ!』


 そのままそれを、棍棒のように叩きつけてくる。本当に、休ませる気など無いようだった。


『温いなぁ、カナト! そんな体たらくでボクに張り合うなんて言ったのかい!? まるで、学園の時と同じじゃないか!』

「っ、ほざいてろッ!」

『決して敵うわけが無いのに、無駄な努力を重ね、ボクに打ち勝とうとする。世の中、そんなに甘くはないんだよッ!』

「勝手に言ってろ、つってんだろうがァ!」


 そうだとも。勝手に言ってろ。ほざいてろ。


 手を抜いたつもりこそないが、それでも今まで勝てるなんて思ったことは一度もなかった。

 頭の出来も。運動能力の使い方も。そして運さえも。どれ一つとして、サイカと言うほぼ完璧存在は常に俺の――いや、周りの人間全ての上を行っていた。


『キミはどうにも短絡的で、かつ怒りっぽくていけない。で、そんな思考が生み出した行動が、ちょこまかと逃げることかい?』

「――っ!」


 俺は巨大なサイカの前を走り別の柱の陰へと移動する。考えて策を練れば、サイカには必ずその上に行かれる。ならば、どうする?


『フフ、着実にチェックメイトへと近づけようか』


 サイカの腹部にある光源から、光線が放たれる。それは、俺が目指していた柱を貫き、さらに薙ぎ払うようにして、まだ無事なエンタシスをも破壊する。


『さて、次はどこへ隠れて君は期を伺うつもりだい?』

「くっ――」

『キミとの関係がもうじき終わってしまうと思うと、ちょっと寂しい気分だよ』

「勝手に、終わらしてんじゃねぇ、よ――ッ」

『でも、この状態はキミには詰みじゃないかな? キミは諦め知らずなヒトだったけど、かといって、必ずしもその努力が必ず報われいてたわけじゃない。むしろ、報われないことの方が、圧倒的に多くないかい?』


 サイカから見れば、俺の努力はそう見えていたのかもしれない。何せ、俺がやっていたのはいつも、サイカに対抗するようなことばかりだったからだ。あの、絶対存在たるサイカへの。


 だが、努力が報われていない、とは俺は思わない。


 確かにそんなもの、あくせく汗を垂らし、体力を消耗し、疲れはて、時間を費やし。そうやって頑張っても、大して報われないことの方が多い。

 泥臭く、今どき流行らない言葉。汗水流すより、知恵を巡らせてより負担の少ない方法を模索し、実行するほうが、よっぽど効率的だ。


 だが、これは元々効率の話ではない。常にそばにいて、常に心を砕いてようやく成立する話。

 それをしなければ、サイカは俺と同じ気持ちを今も味わっていただろうから。何でも持っているはずのあいつが、唯一俺と同じくらいモノを抱えていたから。


 だから俺は、いつもサイカと対等であると考えてぶつかっていた。それがいつも一人きりで誰にも愛されないアイツに対して、俺ができる精一杯の「努力」だったから。


 それが実ったかどうかは――日頃のあいつの顔が輝いていたことからして、一目瞭然だった。


『さあ、次はどんな浅はかな策を講じるつもりなんだい? もっとも、やはりそれが実を結ぶとは限らない。いや、あり得ないけどね?』

「いつもみたいに、決めてかかりやがってッ! 今度と言う今度こそは、」


 サイカが四つの腕、巨大な掌、ドラゴンの頭を、鎧の中の瞳の前にかざす。


『いいや、今度も次も無いよ。これで、終わりさ』


 せいぜい、自分の身体に流れる魔力が何となく分かる、程度の俺だったが。これに関しては否が応でも理解した。


『《新世界の光{リストリクト・デストラクション}――ッッ》』


 それらの先で、集まった黒い光。それは破裂せんばかりの抵抗を感じさせながらも膨らむ。


「好きなだけ策を巡らせて、考えに考え抜いて、やりたいように俺の上を行けばいい」


 そうして、満を持したように放たれ炸裂する力。それは、光線と言う形を取り、一直線にこちらへ向かってくる。


「俺に、さらにその上を行く器用さも頭の回転もねぇからな!」


 俺は、地面を蹴った。破壊の力そのモノに、真正面切って走りだす。

 そんな俺の目の前に、空間の穴が出現した。それは俺に対してかかることなく――サイカの放ったビームを、全てのみ込んでいく。


 俺は何もしていない。空間の裂け目は、サイカ自身が作り上げたモノだ。

『へぇ、勇気あるじゃないか』


 俺の周囲に、6個の空間の穴が出現する。そこから、先ほど放たれたであろう光線が、六つに分かれて俺の周囲から照射された。


「……………」


 だが、俺はそれでも構わず前進を続けた。掠めた光線が、俺の皮膚を切り裂いて行く。

 ――六つのビームは、さらに出現した二つの穴に、それぞれ三本ずつ飲みこまれていく。


『――……』


 サイカの左右上部の空間に、穴が一つずつ出現。そこから、収束されたビームが床をまっすぐ下に貫いた。

 それだけに止まらず、空間の穴は開いたまま向きを変え始める。ゆっくりと着爆点を前へ伸ばしつつ、俺の方を目指すように交差し始めながら。


 ――だが、俺は、何をするでもなく走る。がむしゃらに。サイカといつも、相対していた時と同じように。


『――っ!』


 地面に溝を作りゆく二筋の光線は、俺の目の前で一度交差し、横を抜けていった。俺自身には、一切かすりもしない。

 俺は、何もしていない。ただ、まっすぐに走り抜けただけ。


 どの角度からのビームも、俺が止まったり、違う動きをすれば当たっていた。僅かだろうが、どれだけだろうが。少なくとも、俺ごときが巡らせた策では、確実に貫いていたであろう。


『――ははっ、とりあえず力ずく。とりあえず正面からな、カナトらしいね』

「今回こそ、勝たせてもらう」


 俺は拳を握り、そこに魔力の全てを込める。結局炸裂させずじまいだった分まで、ありったけをかき集めて。


『うん。今回は。今回こそ。最初で最後の』

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 身体の中心に位置する、目のような光めがけて。まっすぐ、跳躍し。拳を振りかざし――、


『キミの、勝ちだ』


 まっすぐに、突き出した、


 ――――――――――――――――――――――…………………………………………………。


 ――それは、


「な――ッ!?」


 一人のインキュバスの胸に当たって止まった。


「っ、アレックス!?」

『――ッ、キミ、何を……っ!?』


「――間違ってる、よ」


「は、ァ――?」


「間違ってるよ――ッッ!!」

「――っ!?」


 両手を広げ、俺とサイカの間に立ちふさがるように。一体、どのタイミングで割って入って来たのか。

胡散臭いイケメンが、俺の攻撃が直撃した胸からシュウシュウと煙を上げ、歯を食いしばってそこに居た。


「こんなの、間違ってる。君は、何のために、ここまで来たって言うんだ!?」

「っ、それは――」

【――アレックスが割って入ることで。大魔王は致命的な一撃を逃れることができました。カナトはなけなしの力を消耗し、サイカは滅びを免れたのです】

「君は、この娘を助けに来たんじゃなかったのか!? そのために、そのままの意味でほぼ休みなく歩き続けてきたんだろ!? そんな君が、どうしてサイカちゃんと戦ってるのさ!?」

『っ、キミ、アレックスって言ったかい? ボクらは今、ランデヴーの最中なんだ! 馬に蹴られて死にたいかい?』

「君も君だよ、サイカちゃんッ!」

『っ、何が言いたい?』

「君は何で、カナトに力を得られる術を渡したんだい? 君は大魔王で、君の目的は、カナトを含む人間にとって、そして傘下に入らない魔族にとってはありがたくないモノであるはず。それなのに、どうして彼に力を与え、自分のところへ来るようにさし向けてたんだよ!?」


 確かに、俺は何をしているんだろうか。アレックスの言葉で、そんな簡単な疑問に、はっと気が付かされる。


 俺は、目の前で攫われたサイカを取り返すべく、こうして旅に出た。なぜなら、媚びを売る連中は数多くいても、助けようとするのは俺だけだったからだ。

 アイツは、いつも一人だった。一見人に囲まれているように見えて、その実周りにいるのはそのおこぼれにあずかりたい奴らばかり。そんな奴らが、命や人としての尊厳に再起不能の傷を負うかもしれないのに、危険を冒そうとは思うはずがなかった。


 それでも、俺はアイツを助け出し、日常に戻し。いつもの生活の中で、アイツの傍にいてやりたかった。そのために、俺はここまで来たはずだったのだ。


「帰ろう。サイカ」

『――っ!? カナト、キミまで!?』


 異形から響く声。しかし、それはやはり変わらず、サイカのモノであると実感できた。

 ひとりぼっちで、寂しげで。けれど、完璧ゆえにそんな部分を決して見せようとしない意地っ張りのちびっこ女。どんな姿だって、それはやはり変わらない。


『キミはやっぱり、他のヒトと同じなのかい!? ボクと言う存在に、屈してしまうのかい!? さっきまでのカッコいいキミは一体どこへ――ッ、』

「いいや、違う。違うさ」

『は、ぁ――?』

「確かに、魔王だどうだとか聞いた時は、それに準ずるべきだと思ったりもしたさ。けどな、冷静に考えてみれば、そんなためにここまで来たんじゃないことくらい、すぐに分かる」

『…………』

「帰って、また人間の生活に戻ろうぜ、サイカ。スケールなんざデカくなくたっていい。大勢の中でどんな孤独を感じたって。飽き飽きする程にまで、一緒にいてやるからよ」

【自分の気持ちの全てに納得のいった少年は、澄んだ心をそのまま吐露し、少女の顔を覗きこみました。嗚呼、なんと感動的な物語なのでしょう。これを愛情と言わず、なんと言うのか】


「――そう、だね。カナト」

「サイカ」


【強大な怪物の姿が蜃気楼のように揺らぐと、童女のごとき姿の少女が姿を現します。そして、アレックスが譲ったその場所へと、ゆっくりと降り立ちました】

「ボクらの日常。ボクが息をするように好成績を修め、キミは必至に追いつこうともがく」

「――まあ、いつも勝てねぇけどな」

【サイカは微笑み、カナトは苦笑いを浮かべます】

「けど、ボクはいつもキミが全力疾走で駆けてくるのを待っていた。そんな時間が好きだった。姿が見えると、心が躍った」

「な、なんだよ、いきなりっ! は、恥ずかし――」


【これにて、勇者と魔王だった、少年と少女のお話を終幕といたします】

「だけど、もはやタイムアップ。終幕、なんだよカナト」


「――っ!? う、く……ッ!?」


 頭に、不気味な程澄み渡った声。それに続き突如として、辺りに突風が吹き荒れた。その勢いに、俺は思わず顔を庇ってしまう。


 終幕? 何だそれは? 一体サイカは、何のことを言っている?

 しかし、荒れ狂う嵐の中、考え続けてもその答えは浮かんでこない。

 そうして風が止み。まさしく前方から、強い光が刺してくるのを体感する。


 巨大な女が、片手にサイカをその手に収めて中空にいた。


「な、な――ッ!?」

「な、何だいアレは!?」


 全身から眩い光を放つ、身の丈が怪物の姿のサイカ以上にあろうかと言う女。

 白いローブを身に纏い、四枚の純白な羽根を背中に生やし。頭には王冠がのように二重のリングが嵌っている。

 長い髪は、空を覆うオーロラのように輝き、見下ろす瞳はどこまでも透明なその存在。手は緻密に計算され作りだされた石膏の象のようで、まさしく完成されたその姿。

 神話に登場する女神のようなそれが、そこにいた。


【「アナタは知っていることでしょう、カナト・ルート。ワタシは、『創造神ヤルザ・ヴォーン』。まごうことなく、この世界の神です。ずっと、アナタへと語り続けていました」】

「語り続け――お前、だったの、か……?」

【「よくぞ、悪しき魔王よりワタシが復活する時間を稼いでくれました。アナタが戦うのをやめてくれたおかげで、取り返しのつかない状況にならずに済んだのです」】

「っ、どういう意味だ!?」

【「この、サイカ・ヘヴァンリィ――いえ、あちらの世界ではミツアマモチ・サイカ、でしたか。彼女のおかげで、ワタシはイシキとカクを分断されていたのです。しかし、アナタの活躍で、それを取り戻すための力を集めきることができました」】


 ドクンと、俺の心臓が跳ねた。まるで、重い石が落とされたかのように。


【「まあ、今となってはそのようなこと、どうでもよいでしょう」】

「ど、どうでも、よくねぇッ! 何を、言ってやがる!? サイカを、サイカを返せよッ!」

【褒美として、アナタは元のセカイへと返して差し上げます。このセカイは、アナタのいるべきセカイではないのですから】


 自らを創造神と名乗る巨女がそう言うと、俺の背後に空間の穴が出現した。

 強い力が、俺の身体を引っ張り始める。


「っ、ま、待て、」


 魔力まで使って、踏ん張ろうと試みる。しかし、ソンダイのモノよりもよっぽど強力な引力に対して、そんな抵抗など微細たるものだった。


【「そして、お忘れなさい。このセカイのことも。そして、サイカ・ヘヴァンリィのことも。名もなきかのセカイに住むアナタにとって、それは必要無きことなのですから】


 そんな声が耳に入りながら、暗がりに吸い込まれた俺は、その光の奥にサイカを見る。

 必死に手を伸ばすが、それが届くことはない。


 俺が最後に目にしたのは、サイカの申 訳な  う 微 み


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