1.
「さて、サイカを返してもらおうか。あの時みたいに、逃がしはしねぇぜ」
仰向けに倒れたソンダイを見下ろし、俺はそう要求する。
【周囲には瓦礫の山が広がっていました。城を崩壊させたのは、鎧とマントの魔王、界魔王サイアノですが、そんな彼は今、文字通りボロボロです】
「――悪いが、それは、出来ない相談、だ」
「そうかよ、まだ殴られ足りねぇみたいだな?」
よろめきつつも立ち上がるソンダイ。その身に纏っていた鎧や、頭をそのまま覆う兜までもがボロボロで、本体であろう影のように黒い霧が、至るところから覗いている。
「我は、そのようなことを、言っているのではない。むしろ、今は会わせてやろう、とさえ思っている。故に――、」
「もうてめぇの御託は充分だッ!」
「――っ、」
またもやつらつらと言葉を並べたて始めるソンダイの横っ面を、俺は殴り付ける。――身体の魔力はほぼからっぽで、力が出ない。金属がガツンと鳴り、拳がじんと痛む。
「勝手なこと並べて、アイツを攫ったのはお前だろうが! それを、戦ってる最中にすら質問並べやがって!」
「――確かに、少々お喋りが過ぎたやもしれん、な」
【サイアノはそう呟くと、その背後に空間の穴を生みだしました。カナトは直感的に、それがどこかへと通じていると理解します】
「っ、逃げんのか!?」
「汝が望む者に会わせてやろう、と言っているではないか」
「何――?」
意味が分からなかった。思わずソンダイを凝視するが、兜と仮面に覆われた実体の無い顔の表情など、分かるわけが無い。
「…………」
「っ、何か言えよ!」
「喋るなと言ったのは汝ではないのか?」
「っ、この――ッ」
「ぶっはァッ! 生きてるってすンばらしぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」
「――っ!?」
思わず拳を握り締めた矢先、背後からとんでもなく間抜けな絶叫が響いた。
「あっ、カナト! オハヨウ! 気持ちのいい夜だね!」
「うるさい死んどけ」
「出来れば生きてたことを喜んでいてほしかったかな!?」
まあ、流石に死んどけは冗談であるが。それにしたって、意外と元気で驚いた。
「お前、あんな流星群の中よく生きてたな――」
「それ、人間の君が言っていい言葉じゃないよね?」
「魔力のほとんどを使って何とか耐えたんだよ。張り切って攻撃に全部使わなくてよかったぜ」
だが、ダニカは。身を挺して俺を庇ってくれた、ヴァラキスの女王を想うと、そこの魔王をもっと徹底して痛めつけたい気分になってくる。
だが、今は。今は、それをするわけにはいかな――、
「ぶはっ! ヒドイ目にあったのじゃ!」
「お前も生きてたのかよ!? ボロボロなのは衣服と鎧だけじゃねーか!」
「む、勇者殿、無事じゃったか。さも当然、妾は吸血鬼じゃからな」
「カナト、吸血鬼っていう種族は、弱点こそ多いけど、それら以外に対してはほぼ無敵なんだ」
「俺の悔しんだ気持ちを返せ」
――まあ、それ以上に、大事無いようで何より、と言う気持ちの方が強いのだが。
「――って、まァおォあッ!? ままま、魔王が!? 我らが国を荒らした魔王がッ!」
「おい、今更かよ。おい」
「…………」
「今のこいつは――まあ、人質みたいなモンだ。多分、お前らに害はもう及ぼさない」
「い、いかに勇者殿と言えど――え、えと、そ、それは、ほ、本当、じゃろうか……?」
「我ら魔王軍が勝利した暁には、この国も支配下としてやろう」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああーーーーっっ!!?」
「やめろ馬鹿」
兜をひっぱたく。手が痛い。――生身が無い、と言うのはすこぶる不便だな。俺が。
「それより汝ら、もうよいか? そろそろ、行こうかと考えているのだが」
「お前が何を企んでいるかをまだ聞いてねぇ」
「さて、汝は我が何か企んでいることを疑っているようだが――なんの装飾もせず答えよう。答えは否、だ」
「…………」
「汝がそのような目で我を見たくなるのもわかるが――信じたくなければ、それもよかろう」
「え、えっと、サイアノ、様――? どうして、カナトをサイカちゃんに会わせよう、と?」
「淫魔ごときと交わす言葉などない」
「す、すごい嫌われようじゃな――?」
「おい、コイツが何かしたのか?」
「――今はそんな事はどうでもいい。それで、汝は我が誘いに乗るのか? 乗らぬのか?」
「嫌な言い方しやがるな――」
この魔王が、俺を罠にかけるつもりで敢えて揺らぐような言い方をしている、とも取れる。
今の俺の魔力はすっからかん。こんな状態で何かされようものならひとたまりもない。たとえ、アレックスが近くにいたとしても。けれども、だ。
「――分かった、案内してもらおうか」
「カナト――?」
アレックスが、一瞬マヌケな顔(いつものような気もするが)をし、すぐにそれは驚愕に満ちた表情へと変わる。
「ちょ、ちょっと待って、カナト。か、界魔王様のことを疑うのは恐れ多いけど、思いっきり罠とかそう言う類の何かなんじゃ――」
「かもな」
「や、やけにあっさりと同意したね――?」
「けど、こんなところで二の足踏んでる場合じゃないんだ。アイツが今どうしているのか、気が気でない。寂しがり屋のあいつがな」
「――っ、カナト……」
サイカへの心配で。アイツの身を取り巻く状況への不安で、今も俺は居ても立っても居られない状態だ。現在進行形でヒドイ目に合ってるのなら、あまりにも憐れすぎる。
【しかしながら、相手は大魔王です。今の消耗した状態で行くのは、あまりにも自殺行為と言えるでしょう。それならば、もう一度力を蓄え直すべきであるようにも思えます】
「こんなチャンスは、滅多にない。逃せない。罠だろうが、力が足りなかろうが、飛びこんで見せるさ」
「お話の主人公みたいな論理展開するね――っ!」
「こう言うのはサイカの十八番だがな。けど、臆病風に吹かれてもしょうがねぇのは事実だ。おい、物好き魔王。案内、頼んだぜ」
「いいだろう。我の後についてくるがよい」
相変わらず抑揚のない返事が返ってくる。もはや、引き換えせまい。
「あ。そ、その、サイアノ、様――僕は、着いて行ってもよろしい、でしょう、か……?」
「…………」
「すっごく嫌そうな顔してる――ッ」
「よくあんな鉄仮面の表情が分かるなお前」
「――いいだろう。くれぐれも、邪魔などはせぬようにな」
「ありがとうございますっ! 感謝の気持ちとして、僕のモテテクを教えて――」
「いらん」
「魔王相手に何教えようとしてるんだよ――」
「あの、一つよろしいじゃろうか、勇者殿」
さて、今まさに行こうとしたその時。ダニカが、呼び留めてくる。
「何だよ。俺はこれから、こいつに大事なヤツを返してもらうところなんだが」
「そのこと、なんじゃが――この国を再建するために、妾はここに残らなくてはならぬ。ついて行くことは出来ぬのじゃ」
「別に、そこまでしてもらうつもりはねぇよ。こっから先は俺の問題だ」
「いや、そうではなく、じゃな。えっと、その――」
ダニカは、なぜか突然頬を赤らめ、歯切れ悪く両手を揉み合わせ始める。一体全体、こいつはどうしたんだ?
「あー、カナト。吸血鬼の吸血行為は、地方の文化によっては割と性的な意味を――」
「吸血鬼文化に地域差があるのか!? と言うか血を吸わせてくれと言いに来たのか!? お断りだからな!?」
「違う、違うのじゃっ! ただ、妾の魔力を渡そうと、思っただけじゃっ」
「っ、何――? ほとんど無いんじゃなかったのか?」
「それは、そうじゃろう、が――無いよりはマシ、かと思って、のう……」
確かに、それはその通りだった。サイカを返してくれる、と、この魔王は言うが、仮にソンダイが何をしなくとも他はどうか分からない。防衛策となりそうな手段くらいは、用意しておくべきだろう。
「――分かった。ありがたく受けとらせてもらう。契約文句の後に、適当に俺にタッチして了承の返事をしてくれるだけでいい」
そう言って俺は、ダニカに片手を差し出した。
「わ、わかったのじゃ」
「『汝、我が意に同意し、その魔力を与えたまえ』」
「『う、うむ――』」
「『よかろう』」
「――っ!?」
俺の手に触れる感触は、暖かく柔らかいものだけではなく、冷たく固いものもあった。
それは、どう考えても鎧の感触だった。しかも、魔王の。
「――なるほど、これが魔力の抜けていく感覚、か」
「お前、何を――ッ!?」
「あの娘に会わせてやる、と言った。そこでは激しい戦いが予想されるだろう。これは、我からの餞別だ」
俺の体の中に、魔力が満ちてゆく。今までの魔物とは、質も量も違う、いっそ全く別のモノと言ってもいいそれが。
「――何のつもりだ?」
「一つは、我がそうしたかったからだ」
「は、はぁ――?」
「そして二つ目。それを望んだ者がいる」
「――何? どう言うことだ?」
「そのうちにわかる」
言葉で示さないことに一抹の不安がよぎるが、受け取ってしまったモノを払い戻す方法を、俺はグーパン以外に知らない。
【ですが、界魔王の魔力を分けてもらったところで、やはり大魔王には到底及ばないでしょう】
「それでも、やるんだよ」
「――君は、ホント独り言多いね」
実際は、独り言とは言い難い。何にせよ、魔力は足りないのは自覚しているが、力の差だけが全てではないし、必ずしも勝利する必要はない。
「う、うう、折角妾、勇気を出して――」
「――なるほど、逆に吸われることも同じく、ってことだね! だから君は顔を赤く、」
「言うでないわーっ!」
「ぼごぇっ!?」
「――馬鹿やってないで、いくぞ。それとも、お前も魔力を渡してくれるか?」
「嫌だよ! 僕は窮地を助けるヒーローをしたいんだから!」
【ヴァラキス女王、ダニカに見送られ。カナト、そしてアレックスは、界魔王サイアノの先導の元、サイカの元へと向かいました。深く暗い空間の穴。まるでそれは、彼らを闇の底へと誘うようで――――…………、】




