6.
「人間。汝、何故それが『やるべきこと』であると考えている?」
「お前は黙って、戦えないのか――ッ」
俺はすぐ目の前に現れたソンダイへと拳を突きだした。
「我の話を聞け」
「がっ!?」
しかし、空を切るどころか、俺の腕の傍をすり抜けて、甲冑の手に首根っこをつかまれた。
「問おう。汝、何故あの娘を我ら魔族の手から救い出すことを、自らの『使命』としている?」
「ぐ、ぐ、が――っ」
兜の隙間から、青く輝く光が俺を見つめてくる。表情など兜に覆い隠されまるで分からないクセに、すさまじい威圧感が俺の全身を駆け巡る。
俺が、なぜサイカを助けることを、「そうすべきであるか」と考えているか。
ソンダイは、それを「使命」と言った。だが俺にとって、確かにその言葉は正しくあるかもしれないが、その一方で間違いでもある。
初めてアイツあいつと会った時が芋づる式に思いだされる。もう十年以上前の話だ。どこからどう来たのか、身なりのまるで違うアイツが、橋の上で空を眺めていたあの時。
街の上の大空に向ける目はひたすらに冷めていて。つまらなさそう、とはまた違う何かを秘めていて。それは無性に飢えたひな鳥のようで。
だから、きっとあの時俺は思わず声をかけたのだと思う。自分が、同じモノを感じていたから。だから、きっとあの時俺は一緒に空を眺めたのだと思う。
迎えが、やってくるまで――、
なん、だ、今の景色。なんだ、あの光景は?
俺が、サイカと幼少期に出会ったのは間違いがない。断言できる。
しかし、今脳裏に映った風景は、あからさまに違和感のある建造物だらけだった。銀色で、天を衝くかのような四角柱。道を行きかうは、四つの車輪を回す車。
それだけじゃない。空気も、匂いも、何もかも違う。だが、それを俺は当たり前のことと知っている。だが、知らないハズでもある。
まるで、その光景が分厚い壁紙で覆い隠されているかのようだった。
「《失恋ビンタ{ショック・ショッキング}》!」
「ぐぶぉオッ!?」
どこからともなく、魔法の弾がソンダイに撃ち込まれた。そのおかげで、俺は解放される。
――一体、何が? 誰だ?
「界魔王様、カナトを離したまえ! いや、お離しください!」
「っ、アレックス――ッ!?」
瓦礫まみれの城内、ソンダイの後方。そこに長身の、普段は調子にのったアホみたいな笑みを浮かべているインキュバスが、今日は妙に真面目な顔でそこにいた。
魔法弾を放った直後とおもわしく、その手をソンダイへとかざしながら。
「勇者殿、無事か――っ」
「ダニカ――」
長剣を握る吸血姫が、地面に尻餅をついていた俺を助け起こしてくれる。明らかに危険だろうに、こいつら――、
「くっ、インキュバス風情が――ッ!」
「ヒィ! 界魔王様までどうして僕を蔑むのでございます!?」
「今、助けに参るぞ!」
ソンダイが、少し離れた位置にいたアレックスの背後に現れ、魔法弾を放ち襲い掛かる。ダニカは俺が足でしっかり立ったのを確認すると、剣を構えて向かっていった。
それにしても、今の光景は果たして何だったのか。瞬間的にいくつもの映像を纏めて重ね見せられたかのような、目のチラつく現象。
――頭が、痛い……ッ、
「カナトォ、助けてぇッ!」
「くっ、やはり、手強い、のう――ッ」
「――っ!」
アレックスの声に、再びはっとさせられる。見ると、ダニカが剣で魔法弾を払っていた。アイツらは今、ソンダイから猛攻を受けている最中だった。
「――ったく、世話の焼ける奴らだ!」
俺は手ごろな瓦礫を拾い上げ、ソンダイめがけて投げつけた。これでも、投擲のコントロールは悪くない方だと自覚しているが、あっさりと躱されてしまう。
「《無現{シモン・ホール}》」
ソンダイがちらりとこちらを見た。そしてその姿を消すと、部屋の中央に穴が開く。
いや、穴じゃない――ッ!
「カナト、何かに捕まって! これはヤバいよ!?」
【一切光を反射しないために穴のように見えるそれは、一切の光を反射しない球体でした。三人は、とんでもなく強い力で引き寄せられはじめます】
「く、この――ッ!」
俺は強化された脚力で床をぶち抜き自ら足を埋めた。そうすることで、この強烈な引力を耐え凌ぐのだ。
手ごろな柱の根元にしがみつくアレックス、剣を支えにするダニカを見つつ、周囲の瓦礫が暗黒の穴へと引き寄せられていくさまを眺める。それらは吸い寄せられるなり、何処かへと消えていく。
「フッ――触れて居れば、肉も骨も内臓も引き潰されていたぞ?」
「平然と恐ろしいことしやがって!」
引力が収まり、どこからともなくソンダイの声が。
「では、次はどうかな? 《有幻{アルベルト・ホール}》」
【漆黒の球体から、これまで取りこんだであろう砕かれた瓦礫が飛散しました】
「――だが、それなら避け、っ、しま……ッ」
引き寄せに耐えるために、足を床に埋めたのが仇となった。その場から動けない俺は、腕を構えて飛来するそれらに対抗する。
「ぐ、が、くっ――」
が、たった二本の腕で防ぎきれるはずもなく、魔力で防御を固めた身体に痛みが走る。
「《燃え上がる夜{ライジング・テンション}》!」
「小賢しい――ッ」
【再び出現したサイアノを、アレックスの両腕から広がる炎の波が飲みこみにかかります】
「《重力降下{アリスタルコス・フォール}》」
「ひぃいっ!? 僕の炎が簡単にぃ!」
床に叩きつけられた炎の津波の上を、ソンダイが滑るように飛来。アレックスへと直接攻撃を仕掛けるつもりだろうが――、
「我らのヴァラキス、返してもらうッ!」
腐っても吸血姫と言うことなのだろうか? 人間を超越した身体能力を持つダニカは、跳躍しながら、剣で魔王へと斬りかかる。
「ぐっ」
彼女の剣が、魔王の兜を弾き飛ばした。
脱げたそのの中に存在していたのは、ただひたすらに真っ黒な黒い影だった。
「残念ながら、アストラル体である我に物理的干渉は不可能だ」
「っ、なんじゃと!?」
「だったらいちいち避けるな紛らわしい!」
俺もまた、床を蹴ってソンダイに接敵する。魔力を振り上げた拳に込めながら。
「《重力結界弾{アリストテレス・ボム}》!」
突撃の最中、ソンダイが振り向いた。マズいと、心底思った。その手の平には、当たれば石の床など粉々にする魔法弾。魔力で身を固めたとはいえ――、
「っ、勇者殿!」
割って入ったダニカが、代わりに直撃を受けた。
「……――っ!?」
ダニカの背中に押され、二人同時に床の上に転がる。
今、何が起きた? 庇われたのか? 他人に?
「お前――っ、何、を……ッ!?」
ダニカの腹は、鎧が砕け赤に染まっていた。俺は思わず、吸血姫を抱かえ起こそうとする。
「っ、何を、何をやってんだよッ!」
「ごほっ、ゆ、勇者殿、の、身が、危険にさらされたため、つい、のぅ」
「お、俺は勇者じゃねぇって、何度も――ッ」
「聞いておる、何度も、の」
気が付けば、床には血だまりが。出血がひどい。ダニカの表情にも、息遣いにも力がない。
「じゃあ、なんで――ッ! 俺はただ、自分とサイカのためだけに……ッ! 肝心のお前がくたばったら、この国は!」
「愛を語らう者同士、助け合うのは道理、じゃろう――?」
「――っ、」
「妾は、このヴァラキスの女王、じゃ。恐怖ではなく、支配ではなく。愛情と、親愛の元、この国で吸血鬼、は、王として成り立っておる」
微笑むその顔は、今にも自分が死にそうだというのに、とても慈愛に満ちている。今は、自分の心配をすべきだろうに。なぜ、自分のことよりも俺を――、
「故に、勇者殿の大切な者を救いたいという気持ち、に、感銘を受けたの、じゃ。ははっ、一女王としては、自らの身を守るのが最優先じゃろう、に、どうにも勝手に身体が、動いてしまった、わ。同じくして、愛を『使命』とする者のために、のう」
すぅっと、ダニカは目を閉じていく。それはまるで眠りについていくかのようで、
「鎧自体は物質的なモノであるのでな。我としては、あまり触れさせたくなかったが――、」
【サイアノは、落ちていた兜を拾い、被り直しました。無数の細かい傷がついた鎧が今のモノではないところから、数多くの戦いを潜り抜けてきたことが伺い知れます】
「っ、よくも、ダニカちゃんを――ッ」
「邪魔だ、淫魔」
「うわぁッ!」
「っ、アレックス――ッ!」
立ち上がろうとする俺の隣へと、アレックスが叩きつけられる。
「――お前、魔力なくなってたんじゃねぇのか?」
「ハハッ、いくらなんでも一か月経てば充分に回復、するさ。僕ら魔族は、魔力に頼る比率が大きい分、その回復も人間よりは早いんだ」
「そうやって折角回復した魔力、魔王にぶつけていいのかよ? お前、あっち側だろ?」
「ハァ――言ったじゃ、ないかい……っ!」
アレックスは、大きく息を吸い込んだ。
「僕は、カナトやダニカちゃんの――愛に生きる者の、味方だって!」
そして、堂々と大声でそう宣言した。
「愛――……」
「愛さ! 愛以外の何モノであるものか! ヒトがヒトを大切だと思う気持ちが、愛とは違う何かなわけないじゃないか! なぜなら、君はサイカちゃんのために戦ってるんだろ!?」
「アレックス――」
「ダニカちゃんは自分の国のために。そして、誰かのために。勿論君のためにだって身体を張った。それに、僕以外の魔族だって、君に力を貸してるじゃないかい? 互いに、互いを助け合ってこそが生ける者だと、僕は思うよ」
俺が受け取ったその力は、人間からもらったモノもあるが、魔族から受け取ったモノも多くある。勿論、術式の仕様上任意でだ。
当然、俺が何のために戦っているかは知らない奴らも多い。けれども、誰もが誰かのために、俺に願いを託した。
魔力の貰い受けだけではない。それぞれの想いに感銘を受けたことも、理由の一端であることを俺は否定できないのだ。
――俺は、ダニカをそっと、床に横たえさせた。
「だから、ね。僕も、君に協力してあげようか、なんて思ったりしたの、さ」
「――フン、チャラ男のクセに熱いこと言いやがって。心細い味方だぜ」
「フッ、僕をタダのなよなよインキュバスと思わないほうがいいんじゃないかなぁ?」
魔王たちからワーキャー逃げていた奴の、どの口が言うのか。
「――俺は、別に助けを求めたつもりはないからな。お前らが、勝手にやったんだ」
「結構。だったら僕は、ダニカちゃんのように、僕のやりたいように、君の手助けをすることにする、さ」
コイツと互いの肩を貸し合って立ち上がることになるとは。――腹の立つイケメンだぜ。
「ふむ――二対一、か。何故三人健在の時に、最初から全員で挑んでこなかったのか、我としてはつくづく疑問深いのだがな」
「界魔王様~、僕、これでも女の子を喜ばせるエンターテイナーなんですよ?」
「そもそも、てめぇら人望なさすぎだろ。他の多くの魔族からは有難迷惑に思われ、オマケに最初はお前ら側にいたアレックスさえこの通りだ」
俺とアレックスは床を蹴り、二人でソンダイを挟みこむように左右から仕掛ける。
「まさしく裏切り者、というわけか。一応、釈明を聞いてやろう」
「睨まないでくださいよオソロシイ! 僕はただ、愛のために奔走してるだけですよ!」
「『愛』――先ほどから叫んでいるが。それは、我の問い掛けと関係の深いことか?」
「ハッ! てめぇで考えろよ!」
「カナト! さっきも言ったけど、サイアノ様には――、」
「言われるまでもなくッ!」
身体から魔力をかきだし、それをソンダイへとぶつけにかかる。アレックスと、ほぼ同時に。
ソンダイに打撃を与える方法。それは、魔力そのモノをぶつけることだった。
アレは自らをアストラル体――実体がないと言った。それはいわゆる精神のみで浮遊する幽霊系統と似た特性であり、すなわち同じ戦術が効ことを推測できる。
今こそ、学校でサイカと競い合ったお勉強が実を結ぶ時。俺のトロル種並のグーパンが通用せず、アレックスの魔力弾が通じたのが、何よりの証拠だ。
「当たらねば無意味だ。互いの力で自滅するがいい」
目の前から、ソンダイの姿がかき消えた。
「すみません、申し訳ありませんが――」
「お断り、だ」
「何――?」
俺達は、ぶつけようとしていた魔力を手に帯びさせ、中空を握りしめた。
手ごたえが、確かにあった。
「「おぉ、りゃあぁあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」」
「ぐお、ォおおォッ!?」
別に、こいつは実際に消えていたわけじゃない。自らの存在を薄く引きのばし、俺達の間をすり抜けていただけだ。消すことのできない鎧を纏いながら。
原理が分かれば簡単。ただひっつかみ、その本体をこれまた魔力そのまま全力で殴り飛ばすだけだ。魔王とか名乗っておきながら、セコイ手使いやがって。
「く、ぐっ、く――」
「というかカナト、何で君は最初から魔力込めたまま殴らなかったんだい?」
「身体強化の方が省エネなんだよ」
貯金している以上、可能な限り温存が必要だ。けれども、俺のために勝手に身を張ってくれたダニカのために。この国を取り戻してやるために、俺は本気で力をぶつける。
「さて、諦めてサイカを返してもらおうか」
「そーだそーだ!」
「く、く、くくくっ、我も舐められたものよ。もっとも、それはお互いさまか」
鎧を纏いながらよろよろと立ち上がったソンダイは、何故だか妙に上機嫌な声でそう言った。
「我は、貴様がヤツとは確かに違うと感じているが――、」
「っ、何か来るよカナト!」
「その瞳、あの勇者を確かに思い起こさせる――ッ」
ソンダイの全身を、分厚い魔力が帯び始める。何か仕掛けてくるのが分かっているからこそ、見極めるまでは動けない。
――そして、それは発動された。
「《万有星群{アイザック・ペルセウス}》――ッッ」
その瞬間、ドンッと大地が圧縮された。
「な、ん、だ、これ、は――?」
かつてないほどの、のしかかるような力が全身にかかる。その強烈な力のせいで、俺は二本脚では立っていられず四つん這いになった。
「お、も――ッッ」
吸血鬼の城の石材が、紙の箱を潰すかのようにぐしゃりと形を変え始めた。さらに崩れ始めた建物自体が、俺達を押しつぶしにかかってくる。
――が、それだけには事は止まらない。
ヒューン、ヒューンと言う音と共に、周囲に爆発音がなり始めた。
その爆音はいたるところで鳴り響く。何が起こっているのか、と思ったところで、偶然にも俺にのしかかっていた瓦礫が背中から滑るように下に落ち、外の光景を見ることが叶った。
天高く真上から、無数の流星が降り注いでいた。
「ふ、ふ、ざけ、――っ!?」
俺は、天より降り注ぐそれの一つに叩き潰された。
それでもまだ、空から隕石が雨のように落ちてくる。周囲の状況などお構いなし。全てを破壊する、無慈悲な天空よりの鉄槌。
【サイアノの放った魔法は、局地的にこの場の重力を天高くの範囲まで広げただけではありません。その頂点にもまた、強烈な重力のポイントを作り、無数の星屑たちを収集したのです】
「――む、ついやりすぎてしまった、か」
【界魔王サイアノは気分の高ぶりゆえに、いつもよりも多く魔力を放出してしまったようでした。そのために、本来の予定よりも強烈な重力、過多な量の流星を呼びよせてしまったのです】
「――しかし、と言うべきか。やはり、我の求めていたモノではない、か。残念だ」
【サイアノはため息をつくと、帰るべく、魔法を行使して彼女の作り上げた空間の通路を開けました。廃墟となったヴァラキス城。そこにいた最後の存在が、その場を後に――、】
「待てよ、帰られちゃ困るんだよお喋りアーマーヤロウ」
「――っ!?」
本気で死ぬかと思ったが、魔力の万能さ加減には驚かされる。
身を守るだけでなく、上から来る流星を受け流す方法で放出することで直撃を避けることができたのだ。本当に、自分自身の力でないことが悔やまれる。
「我の想定では、貴様はもう少しばかり消耗しているハズ、だったのだが、な」
「正直、大分手持ちの魔力は消耗させられたぜ。が、別にそれでも構わねぇんだよ」
お前にサイカを返してもらえば、それですむからな、と。俺は、しっかりと地面を踏みしめソンダイへと歩み近寄る。
「――問おう。貴様は、何故あやつの返却を求める?」
「また、それかよ――ッ」
「貴様の『愛』とやら。アレが貴様にとってどれほどの価値のモノか――どうしても知らずにはおれぬ、ので、な」
どういうわけか、カタブツの声色には疲労が見て取れた。先ほどの魔法は、それ程のモノだったのかもしれない。
しかしなぜだ。先ほど掴みあげられていた時よりも、そこに気迫めいたモノを俺は感じる。
「そんなモノ、決まってる――」
そんな意志のこもった眼差しだから、なのだろうか。問い掛けに、答えたくなったのは。
故に、俺は拳を握り返答する。
「それが『俺』だからだ――ッ」
魔力の籠った、強烈な一撃と共に。




