4.
「キィーッキッキッキ、我が名は界魔王様直属三魔将が一人ティール!」
「ヒョォーッヒョッヒョッヒョ、同じくアクア!」
「グロゴゴゴゴゴ――セルリ……ッ!」
【やたらと細身な剣士、蛇の下半身を持つローブ魔術師、巨体を誇る異形がカナトの前へと立ちはだかります。それらは、殺す気でカナトへと飛び掛かりました】
「「「勇者よ、ここから先は断じて通すま――、」」」
「邪魔」
【カナトは自らの内に溜めた魔力のごく一部を使って、床を殴り付けました。すると、下が爆発するように飛散します】
「「「ぎょえええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇーーーーっっ!!?」」」
「あと一つ言っておく。俺は勇者なんぞじゃねぇ」
崩れ去る床に飲みこまれる何とか、三、ナントカを見下ろしながらそう言い捨てる。俺に勇者的な力はないし、これは借り物の魔力でしかない。
「噂に違わぬ、強さじゃの――」
「そうだねぇ。でも、最初はこんな風じゃなかったんだよカナトは」
「お喋りしてるヒマがあったら、足を進めろ」
魔王。俺はそいつをとっちめて、サイカを取り戻すためにヴァラキス王国の城を上がっていた。それにオマケのアレックスと、道案内の女王ダニカが続く。
「あんな風にトゲトゲしいけど、少し前はもう少し、こう、マイルドだったというか」
「話を聞く限り、世直しの旅に出たのはほんの一か月前なのじゃろ? その間、勇者殿に何が起こったのじゃ?」
「世直しでもねぇし、勇者でもねぇっつってんだろ。うるせぇぞお前ら、黙ってろ」
本当なら、あの時の踊魔王にサイカを返してもらう交渉をするつもりだったのだ。
だが、打ち倒し、舞い上がった砂埃が晴れたと思ったら、その姿は影も形もなかった。
そのため、未だアレックスの案内の元、サイカが囚われているという魔王の城を目指し、ほぼ休憩することなく旅をしている。
【そうしてヴァラキス城を上へ上へと進む三人。空間が歪められ、ダニカの道案内通りにはいきませんでしたが――ようやく魔王本人が待ち受けていると思わしき巨大な両開きの扉の前に立つことができました】
「ここが、玉座の間――じゃな」
「ここに魔王が居るのか?」
「厨房や兵士詰め所に好んで居座る王などいないじゃろう。それに、この奥からは重厚な黒い魔力を感じる」
「窓の外を見る限り、ここは三階くらいかな? 随分と走りまわらされたもんだねぇ」
「空を飛べるお前に引き上げてもらえばよかったか」
「何もないように見えて、到底破れない結界が張られてるから、ちょっと無理、かな」
「その割に、この門には張られていないようだが、な」
ここに入れ、と言われている気分だった。どの道、ここに入る以外の選択肢はないのだが。
【カナトが扉の前に立つと、赤を基調とした華美なそれが自動的に開きはじめます。重々しく、威厳溢れる音をたてて】
「来たか。我ら魔族に弓を引く者よ」
「――っ、その声……」
【扉をくぐった先。その部屋には中央奥に玉座が配置され、それを乗せる扇状の段と数段程度の階段が設けられていました。それはまさに、王位につく者が座する場所であり、しかし、そこにいるのは、この国を治める王の姿ではありません】
端から端まで見渡すのに首を左右に振らねばならない程の広さの部屋の、その中央。
全身鈍い青色の鎧で、足もとに影を広げる存在が、窓からさす月明かりを浴びて立っていた。
そして、姿こそ初めて見るが、その闇を貫く存在感を持ったその声に、俺は聞き覚えがあった。一か月経った今でも決して忘れることのない、サイカを攫ったソンダイの声。
「お前、あの時の――ッ」
「如何にも。久方ぶりとなるが、自己紹介が済んでいなかったな。我は――、」
【カナトは床を蹴り、一瞬で距離を詰めて殴りかかりました】
「――っ!?」
当たった。そう思った瞬間には、鎧はバラバラに、影を溢れさせながら俺の拳を躱していた。
「我は界魔王サイアノ。大魔王に仕える、三魔王の一人」
「くっ――」
すり抜けるように背後に回られた。俺は声がするのと同時に、振り返って裏拳を叩きつける。
――が、俺の拳は今と同様空を切る。
「実にせっかちなことだ。戦い前に名乗りを上げ合うことすらせぬか」
玉座の置かれている段の上に、ヤツは再度出現する。ヒラヒラヒラヒラ、うっとおしいことこの上ない。
「名乗りなんざ要らねぇ。俺はとっととテメェをギタギタにして、サイカを返してもらうつもりでここへ来たんだからな」
【魔力を帯び、カナトの全身が鈍く虹色に輝きます。それは、様々な種族の生成した魔力を身の内に溜めこんでいるからです】
「奴は別の場所だ。いかにこの借り物の城を探しても、見つかることはない」
「そうかよ。じゃあ、やっぱりテメェをギタギタにして返してもらわなきゃな」
俺は、再び床を蹴る。この魔力は、人狼や妖精猫の種族を助けた時に分けてもらった力が元となっている。
「今の動きで、貴様がどれほど魔力を扱えるようになったか、ある程度は見させてもらった」
「だったらどうした」
高い天井に足を着け、それを蹴って突撃。ぶつかる勢いと腕の力、その双方を合わせ三度目、殴りかかる。
だが手ごたえも、既に姿も無い。抵抗なくそのまますり抜けた拳は、段を粉砕し、さらに余波でその後ろにある壁にも穴を開けた。
このパワーはトロル種やゴーレム種、また、それらと共に協力して暮らす人間やドワーフなどから譲り受けた。破壊力は申し分ない、が――当たらなければ意味がない。
「勇者殿、冷静に――ッ」
「カナトッ! サイアノ様へはまともな物理攻撃は――ッ!」
「魔力がすっからなお前らは邪魔だから下がってろ!」
「放つ力としては上々。ならば、受けはどうか? 《重力結界弾{アリストテレス・ボム}》」
「――っっ」
部屋の端の方に移動していたソンダイの周囲に、漆黒の球体が6つ舞った。
それらは、魔王が腕を伸ばすと同時に、こちらへと掴みかかるように分かれて飛来してくる。
「っ、と、ぐ、」
鳥人種の動体視力が濃く反映された魔力が、その動きを見切る。回避。
――目標を見失った黒い弾丸が床に着弾。強烈な魔力を持って、その周囲を圧縮した。あんなモノ喰らったら、ミンチどころでは済まないだろう。
「《重力結界弾{アリストテレス・ボム}》」
「っ、またか、よ――っ! ッ、いや……」
声に顔を上げると、部屋中に先ほどの何倍もの、多量の黒い球が浮いていた。
「砕け散るがいい」
降り注ぐ無数の球。その間を俺はすり抜け、カタブツへと向かっていく。鳥人たちの魔力を得られていてよかった。逃げ場が一見無いように見えたほどの密度だったが、当たらずに――、
ぐらりと、身体が傾いだ。
「――ッ!?」
ソンダイの攻撃の負荷に耐えきれなかったのだろう。床が一気に崩れ始める。
「おおおおわわわわわわあっ!?」
「ぬ、わ、ああああーーっ!?」
アレックスとダニカの悲鳴を聞きながら、下の部屋へと着地。階下は図書館だったらしく、気が付くと、瓦礫によっていくつかの本棚が潰されていた。
「っ、どこだ――?」
「後ろだ」
「何ッ!?」
振り向くと、ソンダイが頭上から俺に対して手をかざしていた。
「《罪悪滔天{ニコラウス・ポイント}》」
「ぎ、ぃ、ぎ――ッ!?」
直後、俺の身体を城か神殿そのモノでも背負わされたかのような圧力が襲う。
「が、はっっ!」
俺はさらに下の階層へと落とされる。全身に帯びた魔力が俺の身体が砕かれるのを防いだが、かと言って強い力をかけられ、何の痛痒もないハズがない。
「貴様程度の力では、大魔王はおろか、我にも打ち勝つことは出来ぬぞ?」
【穴の開いた上の階から、サイアノがゆっくりと浮遊しながら降りてきます。カナトは身を起こしながら、一階の噴水の泉に浸かりながらそれを見上げます】
「うる、せぇな――ッ! てめぇに指図される謂れなんざ、ねぇ、よ……ッ! サイカを助けるまで、俺は立ち上がり続けてやる――ッ」
「不可解、だな」
「あ、ァ――?」
「貴様が友を助けようとする。すなわち仲間の救助、と言うのは万物の行動原理として当然のことだろう」
「それが、何だよ――ッ」
立ち上がり、拳を叩きつける。が、躱されたそれはソンダイの背後にあった水の吹き出し口を打ち砕くに終わった。
「しかし、それは己が身の安全が前提として存在することに尽きる。が、貴様が晒されている状況は、危険以外の何物でもない」
チョロチョロチョロチョロ逃げ回ってばかり――と言ってやりたいところだが、攻撃されつつ痛手を被っているのは事実。どうしたものか。
「諦めろ、とでも言うつもりか?」
「否。我はただ、知りたいだけだ。人の意志。その強さの根源を。それがどこから湧き上がるのかを。勇者は、何故幾度となく、その心折れることなく我へと剣を向けるのか」
「俺は、勇者じゃねぇっつってんだろ、どいつもこいつもッ!」
吹き出る水を浴びていた俺は、噴水の泉の外で宙に浮くソンダイへと、飛び掛かった。
「聞きたきゃ教えてやる――ッ!」
未だ当てること叶わぬ、拳振り上げながら。
「それが、俺のやるべきことだからだッ!」




