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【ヴァラキス王国。イニピール公国より西に位置するところにあり、吸血鬼の王と数多くの人間、少数の亜人種で人員構成がなされた、総人口200人程度の小さな国家です。
吸血鬼が国の頂点にいることで誤解されがちですが、人民の幸福度は世界的に見ても上位に位置し、小さいながらも平和的統治のされた国として成り立っています。
この国特有の行事として、「献血」があります。義務ではなく、人間達個人個人が任意で自国の王に自らの血液を提供すると言うもので、永き時を少ない代替わりで統治できる吸血鬼と人民は、持ちつ持たれつの関係で成り立っていました】
「お主が、勇者殿じゃな――っ」
魔王の城の道中、その通り道にある国。石材によって作られた家々が立ち並ぶど真ん中で、俺は少女にそう声をかけられた。
見た目の年齢は、俺と同じくらい。血潮を思わせる赤さの長い髪は腰まで届き、背格好の方はやや長身で、俺より少し高め。肌は白磁のように白く、一点の穢れも無い。
赤い瞳は鋭くも穏やかにも見える不思議な眼差しをしており、有体に言ってしまえば美人なのであるが、彼女のその眼が、また幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「なんだあんたは――?」
【日も暮れてきたためにその先で宿を探そう。夜にさしかかる頃合いで、周囲が傷だらけの建物の中、待ち構えていた五人の人影。
鎧を着こみ、周囲に武装した兵士を四人連れている、一人の少女。しかし屈強そうな容貌な彼らは、しかし皆一様に満身創痍を全身で表しています】
「妾はこの国、二代目ヴァラキスの女王、ダニカ・ヴァラキスじゃ。こうして来訪に馳せ参じたのは、勇者殿にお願いあってのことじゃ」
「まず訂正させてくれ。俺は勇者なんかじゃない」
確かに、故郷のイニピール公国を出て早一か月。実にいろんな場所を通ってきたし、いくつもの問題を一応解決してきた。おかげで、今の俺にはいろんなやつから頂いた魔力がある。
だが、「勇者」と言われても、俺自身は違うと答える。そのどれもが、状況的に仕方無く解決してきただけであり、キチガイ慈善事業家のように、自ら望んで面倒事に首を突っ込んだわけではないからだ。
――どうにも、噂と言うのは俺達の旅の歩みよりも進むのが早いらしい。
「もう一つ。この隣に居る男も別に愉快な仲間とかそう言うアレじゃない」
「ええっ!? 仲間だと思ってたの僕だけ!?」
「お前はむしろ魔王側の一味だろうが」
「そんな魔王の手下に道案内させて大人しくついてきた君こそなんだよ!」
「むぅ――では、何とお呼びすればよいのじゃ」
ダニカは困り顔でそう言った。所作の一つ一つに気品が感じられるが、何と言うか――疲労からか、萎びた花のようにも見えなくもない。
「別に、何と呼んでくれても構わねぇ。勇者なんて言う、妙な呼び方以外ならな」
「また、美人さんになんて不愛想な! この少年はカナト、そして僕はミラクルでウルトラ、かつパーフェクトな――」
「萎びる寸前のインキュバス、アレックス」
「フレッシュだよ! まだまだ、後6000年くらいは!」
「萎れてくたばれ変態」
「もっと品のある変態にしてくれたまえよっ!」
相も変わらず、変態がやかましい。
「え、えっと、その、のう――、えっと……、」
「――なんだよ?」
そんな最中に、声をかけてくるダニカ。俺は、一応普通に対応したつもりだ。
「だからっ、彼女に限らずもっと優しくっ! 用事があって声をかけてきてくれたんだから!」
優しくも何も、別に俺にはそれをする理由はない。お前のように、愛想を振りまく意味は、俺には無いのだから。
「で、わざわざ俺達に用事って、何だ?」
俺は一応そう言ってみるものの。この様子を見れば嫌でも察しがついた。
目の前の、本当にくたびれ萎びた兵士たち。新しい傷の目立つ建物。空気は煙たく、それでいて澱んでいて、その上活気がない。喪中にしてはやたらと火薬臭い風が辺りを巡っている。
明らかに、この国のど真ん中たるこの城下町が、戦場と化していて、その上女王と名乗る奴が鎧を着て城下町の入り口に立っていると来た。
きっと彼女は次に、自分勝手にこう言う。「私達の国と奪い返してほしい」、と。
「妾達の国を、奪い返してほしいのじゃ!」
ほら来た。予想通り過ぎてギャグにもなりやしない。
武装したこいつらの様子を見れば、名探偵じゃなくてもすぐに分かる。「勇者」だとか声をかけられた時点で、俺に「戦え」と言いだすことは察しが付いていた。
今まで通過してきた国や街、村でもそう言う事は割と多かった。どうにも魔王とやらは、かなり急速に支配の手を伸ばしているらしく、着けばほぼほぼ、奴らの息のかかった連中が人々に妙な迷惑をかけている。
そう言う、自分が助けてほしい時だけ声をかけてくる手合い、というのは俺が最も嫌いとする奴らだ。
「……一つ、条件がある。魔力を可能な限り分けてほしいんだ」
だが、こちらに対して相応の対価があれば、考えないことも無かった。
魔力。サイカを救い出すには、それが必要不可欠だ。故に、それを俺は望む。
「え、魔力――か、のう?」
【カナトは願われるたび、魔力を分けてもらうことを条件にしてきました。自ずと一度の放出量に自制がかかる彼らより、カナトの方が対処は易いのです。
そうしているうちに何とか放出量を押さえる方法を身に付け、魔力を貯金しつつここまでカナトはやってきていました。
では逆はどうだったのか。当然、魔力を渡せない者に対しては、いっそ冷たくあしらうほどの応対をしてきたのです。サイカを助ける際に、魔力が足りなくなる可能性を考慮して。
ここもまた、魔力を得るために。この話を受けざるを得ないでしょう。多少、強引に魔力を請求してでも】
「勝手に決めるな」
「――?」
「独り言だ」
行動に対する報酬。俺は正当な対価を、一応は要求しているハズだ。自分勝手に頼りたいのであれば、そう言うやり取りをするのが文明と言うヤツだろう。
「それは構わぬ。と言いたいところじゃが、正直、今のこの国。と言うより妾には、大して魔力は残されておらんのじゃ。できれば、他の要望を――、」
「じゃあ悪いが、助けにはなれない」
だが、対して魔力を得られないのに助けていては、それこそ力のロスだ。損失を生むだけの仕事に、価値は無い。
「そ、んな――そこを、どうにか……ッ」
「ダメだ。こっちとしても妥協は出来ない」
「何故、何故じゃ、勇者殿――っ」
「俺は勇者じゃない。だから、慈善活動なんてするつもりはない」
【ボロボロの親衛隊の方は、カナトを恨みがまし気に睨みあげるだけで、口を開きはしませんでした。それでも、カナトは冷たくあしらいます】
妙に刺さる言い方が、頭の中に響く。だが、サイカを救えるかどうかが、こちらにもかかっているのだ。
「ねぇカナト、助けてあげるくらいいいんじゃ――」
「もしここで魔力を使って、サイカが助けられなくなったらどうするんだ。毎度毎度、何度も同じこと言わせんなよ」
「だからと言って、今にも死にそうなヒトたちの伸ばした手を払いのけるなんて――ッ」
「お前はお前で、そこの女王が美人だからそう言ってるだけだろうが」
我ながら、今の自分はすごく嫌なヤツだと思った。だが、人間でも何でも、自分の都合のいいときだけ寄ってこられていると考えると、こう返したくもなると言うモノ。
どいつもこいつも、こっちが困っているときは見てみぬフリ、聞こえないフリをするくせに。自分が危なくなった時だけ、こちらに頼り始める。
今までの旅だけじゃない。俺の人生、そんなことばかり。流石の流石にうんざりだ。
だから、近いうちに滅ぶだろうと分かっていても、この国を放置することにした。そう思っていたその時だった。
「く、後生ですじゃ――ッ! 何でも構わぬ、あの魔王より国を取り戻してくだされ……っ」
「何?」
魔王。サイカを攫ったヤツに最も近しい、もしくは本人なのかもしれないその単語に俺は思わず反応してしまう。
「その口ぶりからするに、この国は直接魔王が進行してきた、のか?」
「えっ、あ、えっと――その通り、じゃが……?」
「わかった。前言撤回だ」
「――っ! それはつまり、我らの国を、取り戻してくれるという事か勇者様!?」
「何度も言っている。俺は、勇者じゃない」
魔王がいる、というのなら話は別。完膚なきまでに叩きのめし、どこぞのドクゼツ魔王のように逃げる間もなく捕まえ、サイカを返すよう要求する。
今度こそ、サイカを取り戻す。俺はその想いを胸に、遠方にそびえたつ城を見上げた。
空に浮かぶ黒雲が、稲光を走らせた。




