6.
『くっきんくっきん♪ くっきんきん♪』
「…………」
集めた薪に、自分の口から出る火をつけて。その上へと慎重に鍋をかけるドラゴン。
そいつはその大きな手には明らかに不釣り合い、言ってしまえばミニチュアサイズとなるであろう調理用具を使って、楽しそうに料理をしている。
なんだ、この絵面は?
「ドラゴンさんドラゴンさん、今は何を作っているんだい?」
『ウフフ、シチューですわ。実は、ちょっと離れたところに畑を持ってるのです。そんなとれたてを使ったお料理ですよ! えっへん!』
ドラゴンは、その大きさに違わぬ低く響く声を弾ませながら、アレックスの問いに答えた。
『さて、と――煮込んでる間に、服を貸してくださいませんか』
「服?」
『ボロボロでしょう? 応急処置にしかなりませんが、縫うのです』
「僕の身体が見たかったのかい? なら遠慮せず最初からそう言えばいいのに!」
『きゃあーっ!?』
「どうやって脱いだんだよ服が突然飛んでったぞ!?」
『で、できれば、その――上も着たままで……上着だけ貸していただける、と』
ドラゴンはその大きな手で大きな眼を隠しながらそう言った。その様子は、まるで生娘である。
「――なあアンタ、この山に住むドラゴン……で、いいんだよ、な?」
『は、はい、間違いございませんわ。この山に住む、唯一のドラゴンです。――そう言えば、まだ名乗っていませんでしたわね。わたくしは、ルストと申します』
ドラゴンは、器用にも大きな指先で操っていた小さな針を下において、そう言った。
「あ、これはどうもご丁寧に! 僕はアレックス! んで、この冴えない男が――」
「冴えないゆーな。――えっと、まあ、カナトだよ」
『それで、カナト様たちはどうしてこんな、何もない山奥へ?』
「僕は呼んでくれないの!?」
「えっと、だな――まあ、友達を助けるため、かな」
まあ、間違ってはいない。ドラゴン退治を依頼されたことはいわば寄り道みたいなもので、本当はあまり受ける気のしなかったものだ。
『お友達、です、か――?』
「まあ、有体に言えばすげぇ悪そうなヤツに攫われたんだ」
『まあ! それは何とも恐ろしい――』
絶句したように口元を押さえるドラゴン――ルスト。まあ確かに、恐ろしいことには変わりない。が、アンタも大概だというのは黙っておこう。
『それで、アレックス様をお供にそこへ向かって?』
「ああ。こいつは元々そいつらの手下だからな。道案内させてるんだよ。俺的に、お供はサキュバスの方がよかったけどな」
「君は相変わらず僕の存在を否定してくるね!? 気持ちはすごく分かるけどね!」
「存在否定されてんのに分かっちゃ駄目だろ!」
「まあ、ともかく――むしろ君は男なんだから、僕がサキュバスじゃなくてよかったと安堵するべきだと思うよ?」
「俺に男色の気はねーよ!」
「僕にだってないよ! けどねぇ、世の中には相手を殺すのも厭わない淫魔もいたりするんだよ? それを考えたら、異性からしか生気を吸えない淫魔に道案内させるなら、同性の方がまだマシってものなんだよ。サキュバスなら君はここまで来る前にワンチャン死んでたさ!」
「う――アレックスのクセに、なるほどと唸りたくなること言いやがって!」
「あ、ちなみに僕は異性相手でも愛を大事にする善良な淫魔だよ? ラヴ・アンド・ピースから紡がれる深い愛、そこから始まる淫らな関係――素晴らしいと思わないかい? 相手の生気をカラカラになるまで吸うなんてもってのほかさ!」
「てめぇの淫魔論なんざ知ったこっちゃねーよ!」
『ウフフ、お二人は仲がよろしいですね』
「シャイニングフレンド、略してシャイフレさ!」
「誰が友達だ、誰が」
俺まで変態だとは思われたくない。どうせなら、もっと他人のフリをしておくべきだった。
『――それにしても、お友達を助けるために、ですか。小説みたいで、大変心躍りますわっ』
「聞いてよルストちゃん! し・か・も! そのお友達はナントビックリ女の子!」
『まあ! それはますます応援したくなりますわっ!』
「でしょう! このぶっきらぼうに、そんな華やかな友達がいるなんて!」
「お前らうるせーぞ! ――だいたい、消去法で俺が行くことになったようなもんだっつぅの」
サイカと言うヤツは、昔から何でも一人でできたし、何でも持っていた。だから、言い寄ってくるやつは多かったし、いつも誰かに囲まれていたのを覚えている。
だが、それは結局自分がおこぼれをもらうためと言う下心が、どいつからも透けて見えていた。それはお金だったり、あるいはアイツの持つ広いコネだったり、様々だ。
だからこそ、俺以外に攫われたアイツを助けよう、なんて思う人間はいないのだ。なぜなら、それらは全て命や尊厳があってこその物種だからだ。
――流石に、そんな奴らばっかりなのはカワイソウすぎる。だから、俺が助けに行くんだ。
「それにしてもなんて言うか、ルストちゃんは聞いてた印象からまるで違うね!」
『どうかなされましたか?』
「だって、山村ドルスで生贄を要求して――」
『…………』
「っ、おいこの馬鹿!」
俺はアレックスに注意を促した。すると、口の軽いインキュバスはすぐに自分の失言に気が付いたのか、慌てて口をふさぐ。
もし俺達がルストを退治しに来た、などと言えばどうなるか。少なくともいい事は予想されまい。もしかしたら豹変し、シチューの代わりにぱくっといかれるかもしれない。
『――そう、ですか。あの村の方は、そんなことを』
が、聞き取られないようにするには少しばかり遅かったらしい。しかし、こちらのおっかなびっくりを裏切るように。ルストは、少しばかり沈んだ声でそう言った。
『――いえ、その話。実はそれ程間違いではないのです』
「凶暴さからはかけ離れたように、楽しそうに料理や裁縫をしているように見えるが――?」
『実際に、わたくしはあの村から生贄として人間を捧げられました』
ルストは、はっきりと、そして揺るぎない口調でそう答えた。
「――何か、理由があるんだろう?」
『――20年前。山村ドルスの村長の村長が、わたくしのところまで訪れて懇願したのです。「儂の村を救ってくれ」、と』
聞けば、村に不作が続き、他所から食べ物を仕入れようにも、そもそも閉鎖的であるためにお金もそれ程無かったらしい。
そこで村長は、この山のドラゴン――すなわちルストの存在に気が付き、生贄と引き換えにその財産の一部を譲ってくれるよう頼みこんで来たのだと言う。
ルスト本人は、生贄など恐ろしいとタダで洞穴の奥、その巨体の向こうへと蓄えている財宝を渡そうとしたらしい。そして、自分が育てている作物も。だが、村長はなぜか生贄と財宝を交換したがり、それが今も続いているのだそうだ。
――ちなみに、ルストはその生贄にこれまた自身の蓄えているお宝を持たせ、遠くへと逃がしているらしい。どこまで行っても、心根の優しいドラゴンである。
だが、村の様子も相まって、この話は少々どころではなくきな臭い。
『確かに、やや強引に迫られたことではあります。けれど、きっとそれもやむにやまれぬ事情があってのことなのでしょう。わたくしが持つ宝石が誰かの助けになるのなら、それは素晴らしいことだと思っています』
だが、このように優しげに語るルストにそれを話すには、いくら俺でも少しばかり気が引けた。まるで、性善説を妄信しているかのように、優し気に語っているのだ。
そんな、話すべきかやめておくべきか。頭を悩ませているその時だった。
「ドラゴンが、何を乳臭いこといっちゃってるわけぇ?」
高慢な言葉が空から響いたかと思うと、洞穴の入り口から、何かが無数に飛来してきた。
『危ないっ!』
【ルストはそれを見るや否や、羽根を大きく広げ、腕にカナトとアレックスを抱え覆い隠しました。雨のように降り注いで来たのは数え切れぬ程の針。生身では間違いなく剣山と化すことでしょう】
『う、くっ、く――』
「ルスト!?」
屋根がどしゃぶりの雨に打ち据えられ続けるかのような音。俺とアレックスは、痛みに耐えるかのようなドラゴンの顔を、見守るしかできなかった。
――ほどなくして雨が止み、ルストの翼が開かれる。
「ルストちゃん、大丈夫――げぇっニコバルトカリ様ァッ!?」
「はろはろ~、また死にそこなったわね、ゴミ虫共」
なんてこった。すぐそこの入り口から空を見ると、俺達をボコボコにしたドクゼツが、空高く太陽を背にして浮き、俺達を見下ろしているではないか。
「はー、しかしそれにしても、腐ってもドラゴンねー。鱗が硬すぎて、一本たりと刺さっちゃいないわ」
「一度見逃しておいて、今度は何の用だ!?」
「あたしだって、見逃すつもりなんかなかったわよ。けど、大魔王サマが戻れってうるさくってねー。けどまあ、言いつけに従うのも、魔王たるあたしとしては癪だし?」
ドクゼツが腕を掲げると、その両脇に、最初の邂逅時よりもはるかにゴツイ鎧の兵隊二体が出現した。
「残しておくのも腹立たしいので、やっぱぶっ飛ばすことにしちゃいましたー」
【ガスッガスッと、金属的な音をたてて洞穴の外の地面に降り立つ兵隊。前は兵士と崖、後ろは洞穴もとい奥は壁、まさにカナトは袋のネズミでした】
――と、
『はっ!』
ルストは、その巨体からは想像もつかない俊敏な動きで前へ出たかと思うと、尻尾の一薙ぎで兵隊たちを崖の外へと払い落した。
「へぇ? 見かけだけじゃないみたいね。けど、あんたカンケーないでしょ? 慈悲深いこのニコバルトカリ様、邪魔しなけりゃ何もあんたにはするつもりもないんだけど?」
『ヒトがヒトを傷つけようとしている。そんな光景を見逃せるほど、わたくしは薄情ではありませんっ!』
【ルストがニコバルトカリをそう言って睨み付けます。すると、そんなドラゴンの仕草を、魔王は鼻で笑いました】
「あんた、バッカじゃないの? そんなんだから、山村の連中にいいように利用されてんのよ。いつまでも人間気取りしてるのがアホらしいと思わない?」
『――ッ!』
俺は、ルストが苦々し気に唸るのを確かに聞いた。だがもう一つ、気になる言葉をドクゼツが耳にしたことも聞き逃さなかった。
「人間、気取り――?」
「あら、分かんないの? そのドラゴン、元は人間よ?」
「えっ、ルストちゃん、それ本当なのかい!?」
アレックスも、勿論俺も。驚いてドラゴンを振り返った。注目されたルストは――何も返事を返さない。
「ふふん、こんな話を聞いたことがあるわ。確か、300年くらい前だったかしら」
そのかわりに、と言わんばかりにドクゼツが口を開く。
「ある一国に、その美しさを継母に妬まれた王女サマがいたんですって。んでもってその王女サマ、その継母に呪いをかけられてドラゴンの姿にされたらしいのよ」
『…………』
「戻る手段はあったわ。それは、王様の息子に口づけをされること。けれど、今のそいつの姿を見れば――結果はどうなったか、分かるわよね?」
顎に指を添え、ルストの様子を楽しむように踊魔王は見下ろしている。これ程にまでヒトを嘲る女の笑みを、俺は見たことが無い。
「息子さんは恐ろしいドラゴンとなった王女サマを助けることなく、チビってどこかへと行ってしまいました。そのおかげで、憐れ王女サマは、その醜い姿のまま、永き時を生きることとなってしまったのでーす」
「――っ、なんと、薄情だね、それは……ッ」
「しばらくして、国には病が大流行。王様もお后様も倒れ、未来を導く王子サマは逃亡。皮肉にも、人間を越えたドラゴンの王女様だけが生き残ったのです! めでたしめでたしー」
『っ、違います――ッ! あの方は、逃げたわけでは!』
「じゃあ、何だって言うのよ?」
『あの方は戦に出ていて、戦死してしまったのです! わたくしはそう聞いております! だから、呪いを解くことができず――』
「でもそれ、ホントかしら、ねぇ? 聞いただけでしょ?」
『――っ』
「人からのまた聞きじゃあ、それがウソかホントかなんて区別つかないでしょ? そりゃあお人よしのあんたからすれば、『その方が傷つかない』希望的観測を取るわよねぇ?」
『あの方は、そんなヒトではありません!』
「どうだか。他者なんて、自分が一番かわいいって、どいつも思ってるもんだし。現に、いまのあんたが利用されてることもそうじゃない?」
『どういう、ことです、か――?』
「そのままの意味に決まってるじゃん、馬鹿じゃないの?」
ドクゼツは、すさまじく陰険な笑みを浮かべて罵った。
「あの村長とか言っちゃってるデブ、あんたの財宝――元お国のお宝を、ずっとあんたからだまし取ってるのよね」
『な――そんなはずっ、村長さんは、村のために、と……、』
「あんた、さっきからそればっかね。だから、そいつが嘘だって言ってんのよ。村人全員グルで、あんたからお宝を巻き上げようとしてんの。あんたが何もしてこないことを知りながらね」
「っ、随分と物知りだな」
「あははっ! あたしは本来、人の欲望を糸で吊らして操り躍らせる魔王よ? 意図すれば、その深層心理を覗くことだってできる。戦場の事前調査ついでに、今回は魔王たるあたしが、特別授業をしてあげてるってワケ」
「その割には、恐ろしくイジワルな言い方をしてはいませんか!?」
「はぁ? あったりまえでしょーがよ」
ドクゼツは、鼻で笑いながらそう言った。
「あたしは、ただイヤガラセで真実を伝えてあげてるだけよ? なんで偽善めいた気を使わないといけないのよ? でも、イヤガラセでも真実は真実。あたし、これでも嘘は嫌いなの。アッハハハハハ!」
ついに高笑いまで始めるドクゼツだが、かと言って、俺はルストに対して奴の言葉に耳を貸すな、とも言うことができなかった。
なぜなら、それは村長の身なりの良さや場違いな程の裕福さを見る限り、真実なのだから。
おそらく、俺にルストの退治を依頼したのも財宝欲しさに違いない。彼女と言う宝の番人をとっとと追い払い、その全て手に入れようとしていたのだ。
ギラついた、勝手な欲望まみれの眼差し。サイカが向けられていたそれと、全く同じ種類の視線を、あの村長はしていた。
「そう言えば知ってる? 生贄が宝を持たされて逃がされてんのもあいつら知ってんの。その上で、持たされた分も分捕って至福を肥やしているんですって。それに気が付かぬまま20年、形見をホイホイと。あらまぁ、こんなにいい金づるそうはいないわ!」
『――ッ!?』
「アッハハハハハ! いいカオ! ちょっと調べたダケだけど、思いの外ケッサクの喜劇じゃない。と言うか、あたしの話を真正直に聞いてる時点で、実はどこか疑ってたんじゃないの? ほんっと、呆れたものねぇ!」
あれほど優しい微笑みを浮かべていたルストの顔が、今は心臓に痛みを抱えているかのように歪んでいる。図星故か、それとも、真実を告げられたショックか。
「さぁ~ってっと、」
ドクゼツは一度伸びをしてから、その身をひるがえした。
「遊んだあとは、お片付けしなきゃ、ね。まずはゴミクソ村を処分処分、と」
ヒトの心を弄んだ村。嬉しくはないが、ドクゼツのその行動を止める気にもなれなかった。村人共の自分勝手な欲望を思えば、忌々しく思わずにはいられない。
まるで、心を思い通りに踊らされているかのような――、
『っ、駄目ですッ!』
「お、おわわっ!?」「うわぁっ!?」
だがルストは、俺達を抱えたまま、去ろうとしたドクゼツを追いかけ飛翔した。
『魔王だかなんだかは知りませんが、村に手出しはさせませんッ!』
【ドラゴンの口から噴き出された火球が、少女のごとき華奢な身体に襲い掛かりました。しかしそれは、寸前でバリアのようなモノで弾かれてしまいます】
「なぁに? まだあのゴミクソ村のゴミクソ村長のサイフになるつもり?」
『違います、そうではありません――ッ』
【優雅に空を飛んで村へと向かう踊魔王。対照的に、力強く空を舞うルスト。空中で身をひるがえすと、鞭のように尻尾をしならせニコバルトカリを打ち据えます。が、やはり魔王はビクともしません】
「でも、あの財宝は人間だったころのパパンやママンの形見なのよねぇ? それを奪っていくあの村、許せないでしょう? 騙した報いを受けさせたいでしょう? このニコバルトカリ様が、お優しいあんたの代わりにやってあげようって言ってるのよ」
『お父様やお母様は常々申しておられました。困っているヒトがいれば、身を削ってでも助けてあげなさい、と!』
「だからさぁ、ね? まだあたしの言ってることわかんないの?」
【再び衝撃を加えようとルストに対し、ニコバルトカリは片手をかざしました】
「そんなエセ真心が踏みにじられてるんだって、言ってんじゃんかよォォォッッッ!」
【今度はニコバルトカリの手から無数の糸が伸び、ルストに絡みついていきます】
『ぐ、ぎゃあっ、ん』
【そうして、そのまま下方――山村ドルスの広場のど真ん中に叩きつけられました。蜘蛛の子を散らすように、住民たちは逃げてゆきます】
「つまり、あんたの尊いお心は、クソ人間共に踏みにじられるだけのためにあったって事よ。今も、昔もねぇッ! 《魂無き戦士の宴{ソウルレス・フォックストロット}》!」
【出現した鎧の兵隊が、村人たちを襲い始めました。鋭い剣が振り下ろされれば、人間ごとき、ひとたまりもないでしょう】
『させま、せん――ッ』
【しかし、それをルストは妨げます。あるときは兵士を薙ぎ払い、あるときは自らの身体を盾にして。ボロボロの身体を這わせながら、必死に村人たちを守りました】
「あんたがそれだけ身を挺しても、こいつらはきっと、『壁が防いでくれたラッキー』くらいにしか思って無いわよ?」
【ニコバルトカリが手を掲げると、その背後に、ルストの倍はあろうかと言う鎧の怪物が姿を現しました】
「《群がる虫けらは巨人の足の裏を見るか{タイタンズ・アイリッシュ}》ッッ!!」
【見上げる程の、金属の巨人。四つの腕。それぞれ剣、棍棒、斧、槍を装備した、戦うだけのために生み出された人形】
『そん、な、こと、は――っ』
「でも、ハッキリとは否定できないでしょ? だって今まさに、あんたの中では騙されたことに対する混乱が渦を巻いてるもの。よぉーく、読めるわ」
『わたくし、は、ただ――ヒトを愛したい、それだけ、で、す』
「あんたは、愛される存在からずっと遠いヤツみたいだけどね」
ドクゼツの力は、ドラゴンよりもずっと強大だった。今感じている衝撃は、きっと恐らく、一方的な暴力によるものだ。
こいつの実力がオカマと比べてどれほどかは分からないが、少なくとも、この場でヤツを止められる者は誰もいない。
俺達を抱えているにもかかわらず、ルストもよくやっているが。彼女が到底ドクゼツを止められるとは思えなかった。ヒトの心に潜む真実までもを叩きつけられたのだから。
――と、俺は次のドラゴンの言葉を聞くまで、思っていた。
『あなたは、なぜそれ程にまでわたくしを否定なさるのですか?』
「――あ?」
【ニコバルトカリは、なぜか闘いの最中止まり、虚をつかれた顔で声を上げました】
「突然、何を言いだすかと思えば――」
『いいえ、それだけではないはずです。ただの意地悪で、ここまで行えるとは、わたくしには思えないのです』
「――っ、だから、何を……、」
『本当は、あなたは寂しいのではないのですか? わたくしも、幼いころはお父様の気を引こうと、何度となく悪戯をした覚えがあります』
俺の心が、一瞬跳ねた。しかし、俺には関係のない話だ。向けられている先は、あの女だ。
『だからこそ、あなたは執拗なまでにわたくしへの意地悪を行っているのではありませんか?』
「――黙れ」
『もしや、あなたも同じ目に合われたことがあるのでは? あなたの目から見たわたくしは、もしかすると似た境遇なのではありませんか? だから、思うことがあって――』
【金属の巨人が、その巨大な足でルストを蹴り上げました】
「黙れっつってんのよッッ!! 何知った風な口聞いちゃってくれてんの!? 馬鹿じゃないの!? この踊魔王様に、クソみたいな生意気かましてんじゃないわよッッ!!?」
『……――っ、げほっ、ですが、わたくしにはあなたの心の奥底が、』
「黙れよ、黙りなよ、黙ってろよさァッ! さァッ! さァッ!」
【怪物は腕に持つ巨大な武器を振り上げました。その矛先は、ルストに向かっています】
「――確かに、あたしにも、そんな時はあったかもしれないわね。けど、それが何?」
ドクゼツの声――ただただ凍てつく、氷のような声。
「そんなモノはゲンソーよ。どんなに愛しても、どんなに想っても。何かあると、すぐにクルリと手の平を返すの。自分が大事だから。どうしてそう思うか分かる?」
分厚い、分厚い氷――……、
「あたし自身が、体験したからよ」
【そうしてそのまま、憐れなドラゴンは、それらの刃によってバラバラに――、】
「っ、った!?」
【ニコバルトカリの額に、一つの小石が当たりました】
「な、何? 今の誰よ!?」
【ニコバルトカリが、殺気を漲らせ周囲を見渡します。自分の邪魔をするのは誰だ、と。
――そうして、それはすぐに見つかりました】
「こど、も――?」
【何人かの幼子たちが、ニコバルトカリに対して、恐るべき魔王に対して石を投げていました。その目には明らかに恐怖が浮かんでいるますが、果敢に小さな反抗を繰り返しています】
「――この状況は俺でもわかる。そこまでにしとけよ」
「――あ?」
ルストの掌から這いだし、俺はドクゼツを見上げた。このドラゴンは気持ち悪くなるほどの聖人君子であることを認めざるを得ない。
こんな状況でありながらも、俺達を投げだしたりせず、潰れないよう気をつけながら守っていたのだから。
「完全に、今のお前はただの悪役だ。ルスト限定の救世主でも何でもない。これ以上は、出しゃばりの三流役者も同然だぜ」
「っ、」
「ぶっちゃけ、俺はお前の意見に賛成したい側の人間だ。人なんて信用ならねぇし、自分のことしか考えてねぇ奴らばかり。まさしく、お前の言う通りだよ」
『カナト、様――?』
「――でもな、こんだけ自分を顧みずに、例え裏切られているとわかっていても守ろうとするヤツをみると、俺でも揺さぶられる。そして、それはお前も同じなんじゃねぇのか?」
地面に伏せるルストを一瞥してから、もう一度ニコバルトカリを睨む。
「いい加減子供っぽい駄々をこねてんじゃねぇよ、サル山のガキ大将魔王」
【巨大な鎧が、その数を五体に増やしました】
「ひ、ひぃいいいいっ! ニコバルトカリ様がキレたァッ!?」
「どうした、図星かよお下劣女ァッ!」
「クソ人間も、クソドラゴンも! 皆、皆――ッ!」
五体から、その数を更に倍に。普段なら腰を抜かすほど恐ろしいはずだろう。
「皆、皆、皆――皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆ァッッ!!」
【一斉に、巨大は鋼の兵士たちがカナトとルストへと狙いをつけました。一撃で跡形も残さぬようにと、力を込めるように】
「死んじまえばいいのよッッ!!」
だが今は。ルストの優しい心が、奴の本性を、ただうまくいかず喚く子供のようだと見透かしたから、怖くもなんともない。
「――ルスト」
俺は、わめき散らす魔王を見上げながらルストの指先に掌を置いた。
「もし、俺に力を貸してくれるなら、お前が嫌な想いをさせられた村を守りたいと思うなら、あいつを止めたいと思うなら。次の言葉に一言『はい』と言ってくれ」
『え、え――?』
「他の意味は考えなくていい。――今言った通り、俺の心はあっち側に近いところがある。人間なんざ、信用するモンじゃないって、な」
『…………』
「でもよ。アンタみたいな人間だったら――何の損得勘定もなく話しかけてくるヤツがいるんなら、俺は、力を貸してやりたいって思う」
『――それは、いったいどういう』
「いくぞ。『汝、我が意に同意し、その魔力を与えたまえ』」
『――っ、…………』
ルストは、今にも武器が振り下ろされようとしているそんな状況にもかかわらず、言葉の意味を反芻しているようだった。――だがやがて、
『はい』
と、はっきりそう答えてくれた。
【まるでその返答が引き金だったかのように、ルストは身体から力が抜けていくのを感じました。身からすり抜けてゆく魔力の流れ。それらは全て、少年の中へと流れ込んで行きます】
「――なあ、ルスト」
「は、い――?」
「世界中の奴らが、お前みたいな優しい奴だったら――きっと俺の幼馴染も、もっと楽しそうだったろうな」
俺は微笑みかけながら、ドラゴン――いや、目の前の美しい、銀髪のお姫様にそう言った。
「お、おおっ! ルストちゃんが、ルストちゃんの呪いが――っ」
「さぁて、待たせたなクソ魔王!」
「消えろ、消えろ! 消えろォ! どうせ皆、あたしのことなんか嫌いなクセに!」
【鋼鉄の巨人兵たちが、一斉に振り下ろした武器。地面へと叩きつけられたそれらは、大地を大きく抉り、周囲に粉塵をまき散らしました】
「――ハァ、ハァ……ッ、ゴミ虫風情が生意気言うからこうなるの、よ――?」
【ニコバルトカリは目を見張りました。何と、斧が叩きつけられたはずのそこには――、】
「全然、効いてねぇ、な!」
あの刃を全て止められたら。そう思っただけだったが、気が付けば、俺の背中からは幅の広いドラゴンの翼が生えていた。それが、俺自身は勿論、ルストやアレックスを守っている。
「な、何、よ、生意気なの、よ、あんたら、ァ――ッ」
「そうかよ。まあ、同情くらいはしてやるぜ」
俺は完全に停止した巨兵の剣に手をかける。
「――だが、よ、」
そして武器ごと兵隊を持ち上げて一週振り回す。そうして、他の兵士共を薙ぎ払い。さらに、そのままの勢いで、もう一週勢いをつけ――、
「俺と同じく、お前も根負けするときだ」
未だ心を逆立て続けるドクゼツへと、投げつけてやった。




