5.
「う、ぐ、くっ――」
【うめき声と共に、カナトは意識を覚醒していきました。逃げる最中、川に落ちて逃げ延びれたのは運が良かったにほかなりません】
「ってぇ――全身がバラバラになりそう、とか聞くといつも大袈裟だ、とか思っていたんだけど、な……」
割と、本気でバラバラになりそうだ。いや、ホント全身痛い。
――ニコバルトカリとか言う魔王、ドクゼツは、無数ともいえる軍隊で俺達を追い立てた。
しかもその攻撃はあまりに執拗。当然、魔力を失っていた俺たちになすすべなく、そのままされるがままにされていたのである。
気が付けばこうして意識を失っていて――そのままオダブツしなかったのは、ある意味奇跡に近いのかもしれない。
「――と言うか、ここはどこだよ?」
【どこだ、と聞かれれば、ここは山の山頂付近に位置する洞穴に他なりません。外から入りこんでくる光が洞窟内をぼんやり照らし、昼である限りは、人間が視界で困る要素は無いと言ってもよいでしょう。カナトがいる場所は、外からギリギリ昼過ぎの日光の当たらない場所で、洞穴自体も、それ程奥行きは無いように思えます】
少なくとも、俺が意識を失ったのはもっと鬱蒼と草木が生い茂った場所だったように思う。だから、今こんな場所に居るのは不自然以外に他ならない。
――とりあえず、
「うぅん、大丈夫だよ、力を抜いて――うぅん……」
「このタラシを起こそう。おらっ、起きろ!」
洞穴の出口方向、俺の足元で、幸せそうな寝言を唱えるインキュバスを蹴飛ばすと、「は、激しいね」とか宣いやがったので、その頭にもう一発蹴りをくれてやる。
「あだっ! う、うぅん――? あれ? エミリーちゃんは?」
「お前の心の中にしかいない」
「そ、そんなぁ――折角、二人で愛を語らっ……ッ!?」
まだきつけが足りないようなのでもう一発。
――しかし、改めて思いだすと身体に震えが走った。アレでよく生きていたなと俺は思う。
感情のかけらもない兵隊が、ただ魔王の言われるままを実行する。押し寄せてくる。文字通りの、冷たい殺気、というべきか。
オカマとはまた違う、寒々とした恐怖感。あの時はその重圧を怒りの爆発で跳ねのけたが、改めて「魔王」と言う存在の恐ろしさを実感した。
――しかし、これもあいつを助け出すためだ。今頃、サイカはもっと恐ろしい目に合っているかもしれないのだ。俺がこの程度で、二の足を踏んでいてどうする。
「ね、ねえ、カナト――う、うし、うしっ……っ」
「っ、な、なんだよ――?」
アレックスが、素っ頓狂な声を上げた。俺は思わず身体をびくつかせかける――が、軽薄なコイツにそこまで反応してやるのは損だ。
「牛なんてここに居るわけないだろ」
「ち、ちがっ! う、ううう、うしっ!」
「インキュバスは見境ないって聞くが、まさか牛にまで欲情するわけないよな!?」
「牛なんてひとっっっ言も言って無いよ! と言うかいくら僕が淫魔でも、人族担当が家畜にアタックはあり得ない!」
「担当分けかよ!? そうじゃなくて、じゃあなんだってんだよ!?」
「だから、うし――」
ふしゅるるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううう――――…………、
背後から生暖かい風が吹き。俺の心臓が、跳ねた。
「――ひょっとして、ひょっとして、だよ、アレックス」
「な、なんだい――?」
「牛――じゃなくて、後ろって言おうとしたの、か?」
【再び、カナトの髪を生暖かい風が撫でました】
振り返ると、そこには巨大なドラゴンがいた。
決して広い空洞とは言えないその洞窟に、ぎっちりと収まるようにしてそれはいた。
洞窟内で煌めく光を反射する、エメラルドのような輝きの鱗。それが全身を覆う巨体を、まるで豪奢なドレスの生地のような羽根が包んでいる。
瞳の色はサファイアのごとく深き碧。頭部に生える一対の角は磨かれた象牙のように美しく、ノコギリの刃のように生え揃う牙ですら、真珠のようで。言うなれば、財宝の塊のような、その存在。
まるでその巨躯は、宝石そのモノで出来ているかのように美しい――、
「に、にげ、にげ――」
足腰が立たない。見るからに獰猛かつ凶暴そうな美しきドラゴンは、その両の眼に俺達の姿を映している。まっすぐと見つめて、そのまま視線を外さない。
その威圧感は、魔王とは全く別のモノだった。食物連鎖の真なる頂点。人間など到底及びもつかない至高かつ究極たる存在が、遺憾なくそれを発揮している。
【――と、二人が完璧に腰を抜かしている、その時でした】
『ま、待ってください――ッ』
【ドラゴンが、その姿に違わぬ重い声で言葉を発します】
『グルグル――わたくし、悪いドラゴンではありませんわ……ッ』




