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波待ち。  作者: 阿部兄弟
最終章 REHARBOR

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83/84

83話 「結婚」

人生は、

失くしたものを数える時間より、


誰かと未来を作る時間の方が、

ずっと長いのかもしれない。


朝。




まだ人通りも少ない港町に、

潮風だけが静かに流れていた。




REHARBORの前で、

蒼は立ち止まる。




ガラス越しに見える店内。


昨日まで何度も見た景色なのに、

今日は少し違って見えた。




“準備中”じゃない。




今日からここは、

誰かが来る場所になる。




蒼は、

静かに鍵を開けた。




カラン。




扉の音が、

静かな店内へ響く。




まだ照明も点いてない店。


コーヒー豆の匂い。


新しい木の匂い。


朝の冷たい空気。




全部が混ざっていた。




蒼は、

カウンターへ手を置く。




ここまで来るのに、

本当に色んな事があった。




夢とか、

そんな綺麗な言葉だけじゃなかった。




離婚して。


蓮と離れて。




何やってんだろうなって、

思った夜もあった。




それでも海だけは、

変わらずそこにあった。




そして、

澪と再会した。




「……早いね」




振り返る。




澪だった。




マフラーを巻いて、

少し眠そうに笑ってる。




「俺寝れなかった」




「子供じゃん」




「そっちもだろ」




「まぁね」




二人で笑う。




澪は、

店内をゆっくり見渡した。




「……始まるね」




蒼は、

小さく頷く。




「だな」




しばらくして。




二人で、

OPENの札を裏返した。




その瞬間。




REHARBORが、

本当に始まった。




最初の客は、

近所に住む年配の夫婦だった。




「おはようございます」




「おはようございます」




少しだけ緊張した声。




でも、

ちゃんと店員の声だった。




昼前には、

店内も少し賑わってくる。




テイクアウトを待つ人。


サーフボード抱えた客。


カウンターで話す常連気質のおじさん。




「蒼!アイスコーヒーひとつ!」




「おう!」




「あとカフェラテ!」




「今やる!」




澪と蒼の声が、

店内を行き交う。




忙しかった。




でも、

嫌な忙しさじゃなかった。




“自分達の場所”

が動いてる感覚だった。




昼過ぎ。




ようやく少し客足が落ち着く。




「蒼、今のうち休憩行ってきなよ」




「んー」




「銀行とかもあるんでしょ?」




「まぁちょっと」




「行っといで」




蒼は、

少しだけポケットを触った。




まだそこには何も無い。




でも、

あと少しで入る。




「じゃあ行ってくる」




「はーい」




向かった先は、

ジュエリーショップだった。




扉を開ける。




以前対応してくれた店員が、

蒼を見る。




「萩原様」




「完成しております」




小さなケースが、

静かに置かれる。




蒼は、

ゆっくり開けた。




綺麗だと思った。




でもそれより先に、

妙な重さを感じた。




覚悟みたいなものだった。




店員が微笑む。




「きっと喜ばれますよ」




蒼は、

少し照れ臭そうに笑った。




「……だといいです」




店へ戻る。




澪が、

カウンターから顔を出す。




「遅かったねー」




「道混んでた」




「港町なのに?」




「知らねぇよ」




澪が笑う。




蒼も少し笑った。




そのあとも、

店はずっと動き続けた。




「また来ますね」




その一言が、

二人には嬉しかった。




夕方頃。




扉が開く。




「おー繁盛してるな!」




すだけいの社長だった。




「社長!ありがとうございます!」




「いやぁ、倅がどうしてもって言うんでな」




後ろから、

ひょこっと顔が出る。




「あれ?」




蒼が止まる。




澪も目を丸くした。




いつかの海で会った小学生の男の子。


_____


_____



「あれ!?」




「蒼君と澪ちゃん!」




「え、まじ!?」




「オーナーの息子だったのか!?」




社長が豪快に笑う。




「なんだお前ら知り合いだったのかぁ!?」




中学生になったその子は、

店内を見回しながら言った。




「ここめっちゃカッコいい!」




「やば、俺こういう店やりてぇ!」




「お前すぐ影響されんなぁ」




社長が笑う。




男の子は、

カウンターを見ながら続けた。




「俺、高校生になったら絶対ここでバイトする!」




澪が吹き出す。




「え、もう予約?」




「する!」




「皿洗いでも何でもやるし!」




蒼は、

少し笑った。




「んじゃ、それまで店潰れないように頑張んなきゃな」




すると社長がすぐ乗っかる。




「おう、頼むぞほんと」




「こいつ働かせる場所無くなるからな」




店に笑い声が広がる。




その瞬間。




蒼は、

ふと思った。




“未来の話をしてる”




昔の自分なら、

想像も出来なかった。




でも今は。




この店が続いてる未来を、

自然に想像出来ていた。




夜。




営業が終わる。




シャッターを半分閉めると、

店の中は急に静かになった。




「……終わったね」




澪が、

カウンターへ突っ伏す。




「つっかれたぁ……」




蒼は笑いながら、

レジを閉める。




「お疲れさん」




「でもなんか、あっという間だったね今日」




「だな」




店内を見渡す。




椅子。


照明。


カウンター。




全部、

二人で考えた場所だった。




ここまで来るのに、

本当に色んな事があった。




痛い事も。


苦しい事も。


忘れられない事も。




でも。




全部無かった事にせず、

ここまで来た。




蒼は、

ポケットへ手を入れる。




小さなケース。




少しだけ、

手が震えた。




「……澪」




声のトーンが違った。




澪が顔を上げる。




「ん?」




蒼は、

少し笑った。




でもその顔は、

どこか真剣だった。




「今日さ」




「この店開いて思ったんだよ」




「俺、この先もこんな感じで生きていきたいって」




澪は、

静かに聞いていた。




「忙しくて」




「疲れて」




「くだらない事で笑って」




「たまに喧嘩して」




「でも帰る場所は、ここで」




蒼は、

ゆっくり澪を見る。




「……隣にいるのは澪がいい」




静かな店だった。




でもその言葉だけ、

ちゃんと響いた。




蒼は、

ケースを開く。




「俺と結婚してください」




澪は、

少しだけ俯いた。




肩が小さく震えている。




泣いてるんだって、

蒼はすぐ分かった。




しばらくして。




澪が、

涙を拭きながら笑う。




「……遅い」




蒼も笑った。




「悪ぃ」




澪は、

泣きながら頷く。




「……こちらこそ」




その返事は、

特別な言葉じゃなかった。




でも。




二人には、

それで十分だった。




店の外では、

夜の海の音が静かに聞こえていた。

“帰る場所”


海でもなく、

家でもなく。


気付けば、

隣に居る人の事だった。

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