83話 「母親」
家族になるって、
紙一枚の話じゃない。
ちゃんと相手の人生を受け取って、
自分の人生も差し出す事なんだと思う。
夕方。
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REHARBORには、
まだコーヒーの香りが残っていた。
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グランドオープン前日。
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カウンターには、
明日使うカップが並んでいる。
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澪はレジ前で、
伝票を確認していた。
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「ねぇ蒼」
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「んー?」
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「なんか緊張してきた」
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「今更?」
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「今更だよ」
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澪が笑う。
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蒼も少し笑って、
エプロンを外した。
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「俺ちょっと、すだけいんとこ行ってくるわ」
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「今から?」
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「うん、明日の事で少し」
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「そっか」
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澪は特に疑わなかった。
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「遅くなる?」
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「そんなならない」
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「りょーかい」
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澪はまた伝票へ目を落とす。
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蒼は、
その横顔を少しだけ見た。
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多分。
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この人と、
ちゃんと人生をやっていきたい。
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そう思った。
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「行ってくる」
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「はーい」
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店を出る。
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夕方の風は、
少しだけ潮の匂いがした。
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向かった先は、
すだけいの店じゃない。
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澪の実家だった。
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インターホンを押す。
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しばらくして、
扉が開いた。
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「あれ?」
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母親だった。
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「蒼君?」
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「こんばんは」
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「え?澪は?」
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蒼は、
少しだけ背筋を伸ばす。
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「今日は、一人で来ました」
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その瞬間。
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奥に居た父親が、
静かに蒼を見た。
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ほんの少し。
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目が合う。
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そして父親は、
小さく頷いた。
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空気で、
察したみたいだった。
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「まぁ入って入って」
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母親はまだ、
いつもの調子だった。
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「今お茶入れるね」
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リビングへ入る。
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この家は、
不思議と落ち着く。
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テレビの音。
キッチンの生活音。
柔軟剤みたいな匂い。
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“ちゃんと帰る場所がある家”
って感じがした。
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父親が立ち上がる。
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「俺ちょっと、アイス買ってくるわ」
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「え?
今?」
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母親が振り返る。
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「冷凍庫にあるじゃない」
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「いや、なんか違うの食いたい」
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どう考えても嘘だった。
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でも父親は、
普通の顔して財布を持つ。
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出て行く前。
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蒼の肩を、
軽く叩いた。
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「がんばれよ」
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その一言だけ残して、
家を出る。
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扉が閉まった後。
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リビングが急に静かになった。
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母親が、
蒼を見る。
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「……なに?」
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少し笑ってる。
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でも、
なんとなく分かってる顔だった。
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蒼は、
一度息を吐く。
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「……実は今日、ちゃんと話したい事があって来ました」
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母親は、
静かに座り直した。
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「うん」
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蒼は、
少しだけ緊張したまま言う。
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「お父さんには、先に話しました」
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母親が、
少しだけ間を空ける。
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「あー……うん」
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その反応で、
蒼は少し察した。
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多分、
もうなんとなく気付いてたんだろうなって。
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母親は、
どこか困ったように笑う。
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「あの人、分かりやすいからねぇ」
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「急に出て行くし」
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蒼も少し笑った。
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でも、
すぐ真面目な顔へ戻る。
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「俺…澪と結婚したいと思ってます」
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静かな声だった。
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でも、
迷いは無かった。
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母親は、
すぐには答えない。
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ただ、
蒼の顔を静かに見ていた。
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「……そっかぁ」
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小さく笑う。
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「そうだと思った」
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嬉しそうで。
寂しそうで。
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でもどこか、
安心してる顔だった。
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「澪ね、昔から人の事ばっかり優先する子だったの」
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「自分が我慢すればいいって、そういうとこあって」
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蒼は静かに聞く。
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「離婚した時も、本当はボロボロだったと思う」
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「でもあの子、平気そうにしてたから」
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母親は、
少しだけ目を伏せた。
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「だから最初、正直少し怖かったの」
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「また無理するんじゃないかなって」
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その言葉は、
責めてる訳じゃなかった。
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“母親としての本音”
だった。
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蒼は、
ゆっくり頷く。
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「……はい」
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「でもね、最近本当に幸せそうなのよ」
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母親が笑う。
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「蒼君の話してる時の顔見れば分かるもの」
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その言葉に、
蒼は少しだけ照れ臭そうに笑った。
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母親は、
ゆっくり言う。
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「これからも、澪の隣に居てあげてね」
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蒼は、
しっかり頷いた。
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「……はい」
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少し沈黙。
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そのあと蒼が、
少しだけ力の抜けた顔で笑う。
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「まぁ……まだ本人の許可はもらってないんですけどね」
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母親が吹き出す。
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「ふふっ」
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「そこ一番大事じゃない」
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リビングに、
少し柔らかい笑い声が広がった。
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その時。
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玄関の扉が開く音がした。
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「ただいまー」
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父親だった。
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ビニール袋を片手に、
わざとらしく入って来る。
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母親が呆れたように笑う。
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「お父さんも、私に何も言わないのよー」
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蒼が少し笑う。
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「そうなんですか?」
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「そうよー」
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父親は、
靴を脱ぎながら二人を見る。
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「なになに?」
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「この感じは、もう話終わったのか?」
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蒼は、
姿勢を正した。
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「……はい」
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「ありがとうございます」
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父親は、
ふっと笑った。
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「そっか」
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そして、
ソファへ腰を下ろす。
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「俺たちさ」
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「二人でよく話してたんだよ」
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蒼が顔を上げる。
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「こうなるだろうねって」
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「蒼君なら、大丈夫だよなって」
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蒼は、
言葉が出なかった。
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父親は、
穏やかな声で続ける。
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「お店も始めたばかりだし」
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「正直、これから色々あると思う」
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「金の事もあるし」
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「上手くいかない日も絶対ある」
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「不安定だよ」
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現実的な言葉だった。
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でも、
否定じゃなかった。
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父親は、
少し笑う。
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「だけどさ」
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「親になって、歳を取って思うけど」
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「人生一回しか無いんだから、やりたい事やれ」
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蒼は、
静かに聞いていた。
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「その方が、生きてるって感じするだろ?」
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父親は、
隣の母親を見る。
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「お母さんは、心配だと思うけど」
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母親は、
少し困ったように笑う。
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「んー……まぁでも」
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「これは澪も決めた道だしね」
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「二人で支え合っていけば、きっと大丈夫よ」
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父親が続ける。
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「それでもダメなら、俺たちが居るから」
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その瞬間。
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蒼の中で、
何かが切れた。
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張っていたものが、
少しだけ緩む。
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離婚して。
蓮と会えなくなって。
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自分にはもう、
“家族”ってものは遠いと思ってた。
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でも今。
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目の前の二人は、
ちゃんと自分を受け入れようとしてくれている。
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蒼は、
俯いた。
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視界が滲む。
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こんな風に、
人の前で涙が出るなんて思わなかった。
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「……はい」
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声が少し震える。
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「本当に、ありがとうございます」
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蒼は、
ゆっくり頭を下げた。
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「幸せにします」
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父親と母親は、
顔を見合わせる。
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そして、
どこか安心したように笑った。
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まるで。
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ずっと待っていた言葉を、
ようやく聞けたみたいに。
「幸せにします」
簡単な言葉なのに、
蒼にとっては人生で一番重い言葉だった気がする。




