表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波待ち。  作者: 阿部兄弟
最終章 REHARBOR

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/84

83話 「母親」

家族になるって、

紙一枚の話じゃない。


ちゃんと相手の人生を受け取って、

自分の人生も差し出す事なんだと思う。


夕方。




REHARBORには、

まだコーヒーの香りが残っていた。




グランドオープン前日。




カウンターには、

明日使うカップが並んでいる。




澪はレジ前で、

伝票を確認していた。




「ねぇ蒼」




「んー?」




「なんか緊張してきた」




「今更?」




「今更だよ」




澪が笑う。




蒼も少し笑って、

エプロンを外した。




「俺ちょっと、すだけいんとこ行ってくるわ」




「今から?」




「うん、明日の事で少し」




「そっか」




澪は特に疑わなかった。




「遅くなる?」




「そんなならない」




「りょーかい」




澪はまた伝票へ目を落とす。




蒼は、

その横顔を少しだけ見た。




多分。




この人と、

ちゃんと人生をやっていきたい。




そう思った。




「行ってくる」




「はーい」




店を出る。




夕方の風は、

少しだけ潮の匂いがした。




向かった先は、

すだけいの店じゃない。




澪の実家だった。




インターホンを押す。




しばらくして、

扉が開いた。




「あれ?」




母親だった。




「蒼君?」




「こんばんは」




「え?澪は?」




蒼は、

少しだけ背筋を伸ばす。




「今日は、一人で来ました」




その瞬間。




奥に居た父親が、

静かに蒼を見た。




ほんの少し。




目が合う。




そして父親は、

小さく頷いた。




空気で、

察したみたいだった。




「まぁ入って入って」




母親はまだ、

いつもの調子だった。




「今お茶入れるね」




リビングへ入る。




この家は、

不思議と落ち着く。




テレビの音。


キッチンの生活音。


柔軟剤みたいな匂い。




“ちゃんと帰る場所がある家”

って感じがした。




父親が立ち上がる。




「俺ちょっと、アイス買ってくるわ」




「え?

 今?」




母親が振り返る。




「冷凍庫にあるじゃない」




「いや、なんか違うの食いたい」




どう考えても嘘だった。




でも父親は、

普通の顔して財布を持つ。




出て行く前。




蒼の肩を、

軽く叩いた。




「がんばれよ」




その一言だけ残して、

家を出る。




扉が閉まった後。




リビングが急に静かになった。




母親が、

蒼を見る。




「……なに?」




少し笑ってる。




でも、

なんとなく分かってる顔だった。




蒼は、

一度息を吐く。




「……実は今日、ちゃんと話したい事があって来ました」




母親は、

静かに座り直した。




「うん」




蒼は、

少しだけ緊張したまま言う。




「お父さんには、先に話しました」




母親が、

少しだけ間を空ける。




「あー……うん」




その反応で、

蒼は少し察した。




多分、

もうなんとなく気付いてたんだろうなって。




母親は、

どこか困ったように笑う。




「あの人、分かりやすいからねぇ」




「急に出て行くし」




蒼も少し笑った。




でも、

すぐ真面目な顔へ戻る。




「俺…澪と結婚したいと思ってます」




静かな声だった。




でも、

迷いは無かった。




母親は、

すぐには答えない。




ただ、

蒼の顔を静かに見ていた。




「……そっかぁ」




小さく笑う。




「そうだと思った」




嬉しそうで。


寂しそうで。




でもどこか、

安心してる顔だった。




「澪ね、昔から人の事ばっかり優先する子だったの」




「自分が我慢すればいいって、そういうとこあって」




蒼は静かに聞く。




「離婚した時も、本当はボロボロだったと思う」




「でもあの子、平気そうにしてたから」




母親は、

少しだけ目を伏せた。




「だから最初、正直少し怖かったの」




「また無理するんじゃないかなって」




その言葉は、

責めてる訳じゃなかった。




“母親としての本音”

だった。




蒼は、

ゆっくり頷く。




「……はい」




「でもね、最近本当に幸せそうなのよ」




母親が笑う。




「蒼君の話してる時の顔見れば分かるもの」




その言葉に、

蒼は少しだけ照れ臭そうに笑った。




母親は、

ゆっくり言う。




「これからも、澪の隣に居てあげてね」




蒼は、

しっかり頷いた。




「……はい」




少し沈黙。




そのあと蒼が、

少しだけ力の抜けた顔で笑う。




「まぁ……まだ本人の許可はもらってないんですけどね」




母親が吹き出す。




「ふふっ」




「そこ一番大事じゃない」




リビングに、

少し柔らかい笑い声が広がった。




その時。




玄関の扉が開く音がした。




「ただいまー」




父親だった。




ビニール袋を片手に、

わざとらしく入って来る。




母親が呆れたように笑う。




「お父さんも、私に何も言わないのよー」




蒼が少し笑う。




「そうなんですか?」




「そうよー」




父親は、

靴を脱ぎながら二人を見る。




「なになに?」




「この感じは、もう話終わったのか?」




蒼は、

姿勢を正した。




「……はい」




「ありがとうございます」




父親は、

ふっと笑った。




「そっか」




そして、

ソファへ腰を下ろす。




「俺たちさ」




「二人でよく話してたんだよ」




蒼が顔を上げる。




「こうなるだろうねって」




「蒼君なら、大丈夫だよなって」




蒼は、

言葉が出なかった。




父親は、

穏やかな声で続ける。




「お店も始めたばかりだし」




「正直、これから色々あると思う」




「金の事もあるし」




「上手くいかない日も絶対ある」




「不安定だよ」




現実的な言葉だった。




でも、

否定じゃなかった。




父親は、

少し笑う。




「だけどさ」




「親になって、歳を取って思うけど」




「人生一回しか無いんだから、やりたい事やれ」




蒼は、

静かに聞いていた。




「その方が、生きてるって感じするだろ?」




父親は、

隣の母親を見る。




「お母さんは、心配だと思うけど」




母親は、

少し困ったように笑う。




「んー……まぁでも」




「これは澪も決めた道だしね」




「二人で支え合っていけば、きっと大丈夫よ」




父親が続ける。




「それでもダメなら、俺たちが居るから」




その瞬間。




蒼の中で、

何かが切れた。




張っていたものが、

少しだけ緩む。




離婚して。


蓮と会えなくなって。




自分にはもう、

“家族”ってものは遠いと思ってた。




でも今。




目の前の二人は、

ちゃんと自分を受け入れようとしてくれている。




蒼は、

俯いた。




視界が滲む。




こんな風に、

人の前で涙が出るなんて思わなかった。




「……はい」




声が少し震える。




「本当に、ありがとうございます」




蒼は、

ゆっくり頭を下げた。




「幸せにします」




父親と母親は、

顔を見合わせる。




そして、

どこか安心したように笑った。




まるで。




ずっと待っていた言葉を、

ようやく聞けたみたいに。

「幸せにします」


簡単な言葉なのに、

蒼にとっては人生で一番重い言葉だった気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ