表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波待ち。  作者: 阿部兄弟
最終章 REHARBOR

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/84

81話 「筋目」

夢だった場所が、

少しずつ現実になっていく。


でも、

人生は店を作って終わりじゃない。


大事な人と、

どう生きていくか。


その答えを、

蒼は静かに考え始めていた。


午前十一時過ぎ。




「行ってきまーす」




玄関でスニーカーを履きながら、

澪が言った。




今日は久しぶりに、

前の職場へ顔を出すらしい。




プレオープン以降、

店長やしほから何度も連絡が来ていた。




“オープン前に顔見せなよ”


“澪不足なんだけど”


“ちゃんと生きてる?”




そんな他愛ないメッセージ。




蒼はソファに座ったまま、

コーヒーを飲んでいた。




「店長泣くんじゃね?」




「泣かないでしょ笑」




「いやあの人すぐ泣くじゃん」




「確かに」




澪が笑う。




その笑い方を見て、

蒼は少しだけ思う。




昔より、

自然に笑うようになったなって。




離婚した直後の澪は、

もっと無理していた。




明るくして。


平気そうにして。




でも、

ふとした瞬間だけ、

全部終わったみたいな顔をしていた。




それは多分、

自分も同じだった。




だから最初から、

少し分かってしまった。




この人も、

ちゃんと傷付いて来た人なんだって。




「ちゃんとご飯食べなよ?」




澪が言う。




「分かってる」




「怪しいなぁ」




「子供じゃねぇんだから」




「はいはい」




澪は笑いながら扉を開けた。




でも、

出る直前に振り返る。




「……蒼」




「ん?」




「なんかあったら電話してね」




澪はそう言って笑った。




扉が閉まる。




部屋が静かになる。




その静けさに、

蒼は少しだけ息を吐いた。




昼過ぎ。




REHARBOR。




プレオープンを終えた店は、

少しだけ空気が変わっていた。




まだ完璧じゃない。




でも、

ちゃんと“始まる場所”の空気になっている。




蒼はカウンター席へ座り、

ぼんやり店内を見る。




木の匂い。


コーヒー豆。


少し潮の混じる風。




静かな店だった。




夢だった。




本当に。




でも、

数年前の自分に、

こんな未来を話しても絶対信じないと思う。




離婚した頃。




蒼は、

人生が終わったと思っていた。




蓮と会えなくなって。


家へ帰っても静かで。




何食べても味しなくて。




海だけだった。




海に入ってる時だけ、

少し頭が空っぽになった。




だから毎日のように海へ行った。




前を向きたいとかじゃない。




ただ、

何も考えたくなかった。




そんな時。




海で澪と再会した。




そこから、

全部変わった。




海へ行って。


飯食って。


くだらない話して。




気付けば、

一緒に居る時間が増えていた。




この先も、

澪と居たい。




家族になりたい。




その時。




扉が開いた。




「こんにちはー」




澪の父親だった。




「あ、お疲れ様です」




父親は、

封筒を軽く持ち上げる。




「外観工事の請求書、持って来たんだ」




「あぁ、すいませんわざわざ」




「いやいや」




父親は店内を見回す。




昼間のREHARBORは、

どこか穏やかだった。




「やっぱりいい店だなぁ」




「ありがとうございます」




「コーヒー、貰っていい?」




「もちろんです」




蒼はカウンターへ入る。




豆を挽く音。


お湯を注ぐ音。




静かな時間だった。




父親は、

コーヒーを一口飲む。




「美味いな」




「澪作った方が上手いですよ」




「はは」




少し沈黙。




蒼は、

カップを見ながら口を開いた。




「……俺、一度結婚で失敗してるんです」




店の中は静かだった。




昼過ぎの光が、

窓からゆっくり差し込んでいる。




父親は、

何も挟まず蒼の言葉を待っていた。




「子供も居るし」




「正直、今でも後悔する事あります」




「もっと出来たんじゃないかとか」




「父親として、ダメだったんじゃないかとか」




少し笑う。




でも、

その笑い方は寂しかった。




「……未だに考えますね」




父親は、

静かにコーヒーを置いた。




「そりゃ考えるよ」




「親だから」




その言葉が、

蒼の胸に静かに落ちる。




蒼は、

少し視線を落とした。




「でも、もう会えてないんです」




「だから余計に、父親って言えるのかなって思う時もあります」




父親は、

すぐには答えなかった。




海の方を見る。




その横顔は、

どこか穏やかだった。




「俺さ」




「澪が離婚した時、正直かなり心配してたんだ」




蒼は顔を上げる。




「表面上は普通だったけど」




「なんか、ずっと気張ってる感じでさ」




「家でも、気使って笑ってたんだよ」




父親は少し笑った。




「親ってさ、そういうの分かるんだよな」




蒼は、

静かに聞いていた。




「でも、蒼君と居るようになってからかな」




「澪、ちゃんと疲れるようになったんだよ」




「……え?」




「前は、無理して無理して、倒れないようにしてた感じだった」




「でも今は、疲れたら疲れたって言うし」




「機嫌悪い日もあるし」




「実家に帰って来たらソファ占領して寝たりするし」




父親が笑う。




蒼も少し笑った。




「……しますね」




「だろ?」




「でも、それって安心してるって事なんだと思う」




「ちゃんと、素で居られる相手が出来たっていうか」




蒼は、

何も言えなかった。




父親は続ける。




「だからね、話を戻すけど」




「さっき言ってた過去が、今の蒼君を形成してるんだろうね」




「離婚した事も」




「子供が居る事も」




「苦しかった時間も」




「全部含めて、今の蒼君なんだと思う」




蒼は、

静かに下を向く。




父親は、

コーヒーを一口飲んでから続けた。




「そして、今の蒼君じゃなきゃ」




「今の澪を、形成する事は出来なかったんじゃないかな」




「……」




「二人とも、一回人生で転んでるからさ」




「だから、今ちゃんと人の痛み分かるんだと思う」




「若い頃みたいな、好きだけじゃ一緒に居られない事も知ってるし」




「でも逆に、それでも一緒に居たいって思える相手なんだろ?」




蒼は、

ゆっくり頷いた。




「……はい」




「澪が居ないと、多分俺」




「またどっかで、人生諦めてたと思います」




父親は、

静かに笑った。




「うん」




「じゃあもう、答え出てるじゃない」




店の中に、

穏やかな空気が流れる。




蒼は、

少し迷ってから言った。




「……俺、ちゃんと幸せに出来るか分かんないですけど」




「でも、澪と居たいです」




「この先も」




父親は、

その言葉をゆっくり聞いていた。




そして。




「うん」




「娘を…よろしくね」




たったそれだけだった。




でも、

その言葉が妙に胸へ残った。




父親は、

ふと封筒へ目を落とす。




そして、

請求書を閉じた。




「……んじゃ、これは俺からのお祝いね」




「え?」




「いや、

 でも——」




「いいんだよ」




父親は少し笑う。




「こういう時くらい、父親っぽい事させて」




その瞬間。




蒼は、

少しだけ言葉に詰まった。




実の父親じゃない。




でも今、

確かに家族になろうとしてる気がした。




父親は立ち上がる。




帰る前に、

店をゆっくり見回した。




「いい店だね」




「……ありがとうございます」




「澪、昔から頑張りすぎるから」




「たまに休ませてあげて」




蒼は少し笑った。




「はい」




扉が閉まる。




店の中に、

また静けさが戻った。




でも、

もうその静けさは寂しくなかった。

父親になるって、

多分ずっと途中なんだと思う。


正解も無いし、

後悔もし続ける。


それでも、

誰かを大事にしたいと思う事だけは、

やめなくていいのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ