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波待ち。  作者: 阿部兄弟
最終章 REHARBOR

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80/84

80話 「決意」

失ったものは、

きっとこれからも消えない。


それでも、

もう一度誰かと未来を作りたいと思えた。


プレオープンが終わった夜。




店の中には、

まだ少しだけ人の温度が残っていた。




笑い声。


コーヒーの匂い。


開け閉めされた扉の音。




全部、

さっきまでここにあった。




REHARBOR。




ようやく、

“店”になり始めていた。




蒼は窓際の席に座り、

ぼんやり店内を眺めていた。




澪はカウンターの中で、

片付けをしている。




グラスを洗って。


布巾で拭いて。


レジを確認して。




時々、

疲れたように肩を回す。




その姿を見ながら、

蒼は静かに息を吐いた。




「疲れた?」




澪が聞く。




「まぁまぁ」




「澪は?」




「めっちゃ疲れた」




「でも楽しかったなぁ」




そう言って笑う。




蒼も少し笑った。




「カウンター、思ったより狭かったな」




「ね」




「あと導線もちょっと変えたい」




「コーヒー出す時詰まるもんな」




二人で、

静かに改善点を話す。




でも。




蒼の意識は、

途中からあまり会話に入っていなかった。




澪が、

棚の整理をしている。




何気ない横顔。




でも、

蒼は思う。




この人、

ずっと自分を前に進ませてくれてたなって。




離婚して。


蓮とも離れて。




人生が止まったみたいだった頃。




海だけが、

全部忘れさせてくれる気がしていた。




そんな時に再会したのが、

澪だった。




「自分の人生大事にしろよー!」




あの日。




蓮の事を思い出して、

どうしようもなくなっていた時。




澪は、

明るく笑いながらそう言った。




でもあれは、

ただ励ました訳じゃない。




“父親だった自分”を、

否定しないまま前へ進けって言葉だった。




そして。




「私も蒼と一緒に背負うよ」




蓮ともう会えないと決まった時。




蒼は、

全部忘れた方が楽なんじゃないかと思っていた。




でも澪は、

静かに首を振った。




「無かったことにするんじゃなくて、背負うんだよ」




「それが親なんだと思う」




その言葉を、

蒼は今でも覚えている。




あの時。




救われた、

と思った。




蓮の存在ごと、

父親だった自分ごと、

澪は受け入れてくれた。




そして。




楓の言葉も浮かぶ。




「一緒に住んで、一緒に店始めるんだからさ」




「それくらいの覚悟あるって事でしょ?」




あいつは、

昔から変に核心を突く。




蒼はあの時、

曖昧に笑った。




でも本当は、

もう分かっていた気がする。




この先も、

澪と居たい。




家族になりたい。




そう思っていた。




澪が振り返る。




「……なに?」




「さっきからずっと見てる」




蒼は少し笑った。




「いや」




「頑張ってんなと思って」




澪が少し照れたように笑う。




「そりゃ頑張るよ」




「夢だったし」




夢。




蒼は、

その言葉を静かに飲み込んだ。




この店も。


この人も。




ちゃんと、

守りたいと思った。




次の日。




朝。




窓から入る光が、

まだ少し柔らかい。




澪はソファで、

オープン用のメニュー表を見ていた。




蒼はコーヒーを飲みながら、

スマホを触っている。




でも、

落ち着かない。




「今日どうする?」




澪が聞く。




「んー……」




蒼は少し考えてから言った。




「ちょっと用足ししてくるわ」




「珍しいね」




「まぁな」




澪は特に気にしていない。




蒼は、

少しだけ安心した。




昼過ぎ。




港町の小さなジュエリーショップ。




蒼は入口の前で、

少し立ち止まった。




なんか、

慣れない。




でも。




今逃げたくはなかった。




扉を開ける。




「いらっしゃいませ」




落ち着いた女性店員が頭を下げた。




蒼は少し緊張しながら言う。




「あの……指輪見たくて」




「はい、ご婚約指輪でしょうか?」




その言葉に、

蒼は少しだけ照れた。




「……まぁ、そんな感じです」




店員は柔らかく笑う。




「おめでとうございます」




まだ、

プロポーズもしていない。




でも。




その言葉を聞いた瞬間、

少し現実になる。




ケースの中に、

指輪が並んでいた。




蒼は、

澪の手を思い出していた。




コーヒーを淹れる手。


海上がりに髪をまとめる手。


服を畳む手。




その全部を思い浮かべながら、

一本の指輪で視線が止まる。




派手じゃない。




でも、

長く付けられそうな指輪。




「こちら人気ですよ」




店員が言う。




「シンプルなので、ずっと付けられる方多いです」




ずっと。




その言葉を聞いて、

蒼は少し息を吐いた。




「……これ、お願いします」




店員が頷く。




「ありがとうございます」




「完成まで一週間ほど頂きますので、また受け取りに来てください」




「はい」




店を出る。




海風が吹いていた。




蒼は、

少しだけ空を見上げる。




怖くなかった。




もう、

失う未来ばかり考えていない。




この先を、

ちゃんと澪と生きたいと思っていた。




夕方。




家へ帰ると、

澪が資料を広げていた。




「おかえり」




「ん」




「何してたの?」




蒼は少しだけ間を空ける。




「んー……他のサーフショップ見たり」




「へぇ」




「どうだった?」




「まぁ普通」




「なにそれw」




澪が笑う。




蒼は、

その顔を見ながら思う。




あと少し。




「いよいよ来週だね」




澪が、

少し嬉しそうに言った。




「だな」




グランドオープン。




そして。




蒼の中では、

もう一つの始まりも静かに動き始めていた。

覚悟って、

大きい言葉に聞こえるけど。


本当はきっと、

誰かと居る未来を

自然に選ぶ事なんだと思う。

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