78話 「春灯」
プレオープン当日。
空っぽだった場所に、
少しずつ人の声と笑い声が増えていく。
四月。
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プレオープン当日の朝。
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窓の外は、
薄く曇っていた。
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春の終わり。
海沿い特有の、
少し湿った空気が部屋に入ってくる。
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蒼はゆっくり目を開けた。
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カーテンの隙間から入る光が、
白い天井にぼんやり広がっている。
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隣を見る。
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澪はもう起きていた。
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キッチンから、
パンを焼く匂いがする。
コーヒーの香りも混ざっていた。
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蒼は身体を起こす。
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少しだけ、
胸が落ち着かない。
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緊張。
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でも、
嫌なものじゃなかった。
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工場を辞めて。
店を作り始めて。
気付けば毎日、
何かに追われるように動いていた。
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だから逆に、
今日みたいに“始まる日”が来ると、
少し実感が薄い。
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本当にここまで来たのか。
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そんな感覚だった。
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リビングへ行く。
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澪がキッチンに立っていた。
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後ろ姿。
薄いグレーのパーカー。
髪を適当にまとめている。
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その姿を見ていると、
蒼は少し安心した。
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「おはよ」
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澪が振り返る。
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「おはよ」
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「寝れた?」
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「まぁまぁ」
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「絶対嘘じゃん」
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澪が笑う。
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蒼も苦笑した。
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テーブルには、
トーストとサラダ。
簡単な朝飯。
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でも、
こういう普通の時間が好きだった。
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向かい合って座る。
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窓の外では、
風で電線が少し揺れている。
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澪がコーヒーを飲みながら言った。
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「……今日だね」
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蒼も頷く。
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「だな」
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少し静かな時間。
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トースターの音だけが響く。
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「なんかさ」
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「まだ実感ない」
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「俺も」
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澪が笑う。
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「蒼側のみんな来れるって?」
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「うん」
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「工場長も来るし、すだけい達も昼前には来るって」
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「そっかぁ……」
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澪が少しだけ息を吐いた。
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「緊張してきた」
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「今更?」
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「今更だよ!」
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二人で笑う。
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でも笑ったあと。
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自然と静かになった。
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ここから先。
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もう、
夢の準備じゃない。
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現実になる。
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昼前。
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REHARBOR。
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シャッターを開けた瞬間、
海風が店の中へ流れ込んだ。
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木の匂い。
新しい床。
ワックスの艶。
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大きな窓から、
春の海が見える。
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空っぽだったテナントは、
ちゃんと店になっていた。
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蒼は店内を見回す。
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信じられないな、
と少し思う。
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工場で鉄を削っていた毎日。
離婚して、
人生が止まったみたいだった日々。
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その全部の先に、
今この景色がある。
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澪はカウンターの中で、
カップを並べ直していた。
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蒼が笑う。
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「それさっきから三回目」
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「うるさい」
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「緊張してんのバレバレ」
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「蒼もしてるでしょ」
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「まぁな」
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その時。
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扉のベルが鳴った。
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「おー……」
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工場長だった。
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店へ入るなり、
ゆっくり中を見回す。
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窓。
照明。
木のカウンター。
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そして。
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少し目を細めた。
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「すごいなここ」
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「本当にすごいわ」
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蒼は少し照れ臭そうに頭を掻く。
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「ありがとうございます」
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工場長は、
そんな蒼を見ながら頷いた。
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「よくやったな蒼」
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その声は、
どこか父親みたいだった。
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工場長は、
蒼の父親の後輩だった。
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蒼が子供の頃から知っている人。
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父親が亡くなったあとも、
ずっと気にかけてくれていた。
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工場長が、
少しだけ目を潤ませながら笑う。
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「萩原君も喜んでるな」
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蒼は、
少しだけ目を伏せた。
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父親の顔を思い出す。
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不器用で。
口下手で。
でも海が好きだった人。
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もし今ここに居たら、
なんて言っただろう。
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そんな事を思った。
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工場長が、
空気を変えるように笑う。
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「んで、あんたが噂の澪ちゃんか!」
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「美人だなぁ!」
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「蒼にはもったいねぇ!」
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「え!なんで噂!?」
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澪が驚いて蒼を見る。
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蒼が苦笑した。
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「いやほら、写真見せろって前みんなに言われて」
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「あーー……」
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澪が笑う。
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「そんなそんな」
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「蒼がお世話になってます」
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軽く頭を下げる。
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工場長が嬉しそうに笑った。
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「良い子だなぁ」
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「蒼、泣かせんなよ?」
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「澪ちゃん逃したら、お前もうあと終わりだからなぁ?」
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蒼が苦笑する。
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「またオヤジみたいな事言って」
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みんなで笑った。
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その時。
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また扉が開く。
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「澪〜!来たよーー!」
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店長だった。
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その後ろから、
しほも入ってくる。
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「あ!店長!」
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「ありがとうございます!」
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「しほまで来てくれたの!?」
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「シフト合わせるの大変だったでしょ?ありがとね〜」
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しほは店の中を見回しながら、
目を輝かせていた。
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「やば……めっちゃおしゃれ……」
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店長も静かに店を見る。
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窓際の席。
木のカウンター。
海の見える景色。
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そして、
ぽつりと言った。
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「澪」
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「なんですか?」
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「私、この場所好き」
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「私も雇って」
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澪が吹き出す。
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「店長何言ってるんですか〜」
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その横で、
しほが小声で澪に言う。
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「澪?」
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「あの人蒼君?」
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「前、遠目で一回見た事あるけど」
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「なんか澪好きそうって分かる〜」
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「なにそれ笑」
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しほが蒼の前へ行く。
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「初めまして!」
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「澪の同僚兼親友のしほです!」
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蒼も少し笑って頭を下げた。
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「初めまして」
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「澪の彼氏の、萩原蒼です」
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「あー彼氏さんね〜!」
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そこへ店長も入ってくる。
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「どうも〜」
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「澪がいつもお世話になってます」
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「どうもこちらこそ」
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店長は、
並んでいる二人を見た。
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そして少し笑う。
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——噂通りの二人だな。
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そんな事を思いながら。
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しばらくして。
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店長としほは、
窓際の席で写真を撮り始めていた。
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「ねぇ澪!ここ立って!」
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「えぇもういいですって〜」
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「いいからいいから!」
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しほがスマホを構える。
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その横で、
工場長がコーヒーを飲みながら笑っていた。
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「賑やかだなぁ」
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蒼も少し笑う。
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「ですね」
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工場長は、
店の奥を眺めながらぽつりと言った。
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「でもいい空気だ」
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「こういう店は人の心に残るぞ」
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蒼は少し黙って、
店内を見る。
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笑い声。
コーヒーの匂い。
窓から見える海。
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まだプレオープンなのに、
もうちゃんと“場所”になっていた。
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その後。
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店長達は夕方前に帰る事になった。
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「今日は呼んでくれてありがとね」
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「オープンしたら普通に来るから」
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「しほ絶対常連になります!」
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「いやしほ長居しそうだなぁ」
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「する!」
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みんな笑う。
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店長は最後、
澪を軽く抱きしめた。
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「頑張りな」
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「はい」
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「無理しすぎない事」
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「……はい」
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扉が閉まる。
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少し静かになった店内。
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そのタイミングで、
またベルが鳴った。
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「お、まだ間に合った?」
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すだけいだった。
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その後ろには、
スーツ姿の社長。
そして内装業者の担当者。
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「どうも!」
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「今日はありがとうございます」
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澪が頭を下げる。
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すだけいは店へ入るなり、
ぐるっと店内を見回した。
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「うわ〜……」
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「いいなここ!」
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「休みの日ここに居座るわ!」
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蒼が即座に返す。
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「迷惑だからやめろ」
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「冷てぇなぁ!」
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笑いが起きる。
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でもすだけいは、
もう一度店を見回してから静かに言った。
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「いやでもいいよ」
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「蒼、夢叶えたんだな」
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蒼は少し照れ臭そうに笑う。
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「まぁ……まだ始まってもないけどな」
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「いや、もう始まってるだろ」
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すだけいの言葉に、
蒼は少し黙った。
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海。
店。
澪。
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全部、
少し前までは無かった未来だった。
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「いっちゃんもすげーよ?」
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澪が笑う。
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「ありがとうね」
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蒼は、
すだけいを見る。
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「お前のおかげでもある」
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「お前が社長に口聞いてくれなかったら、この場所すら無かったんだから」
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すだけいは少し笑った。
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「まぁそこは感謝しろ」
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「調子乗んな」
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社長が豪快に笑う。
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「やっぱ格安で提供して正解だったな!」
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「若いってだけで無敵なんだよ!」
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「これからも突っ走ってくれ!」
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蒼と澪が、
少し笑いながら頭を下げる。
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「ありがとうございます」
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「二店舗目もいったれ!」
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「いやいや社長、早いですって!」
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すだけいがすぐ突っ込む。
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「まずここからですから!」
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また笑いが起きた。
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その横で。
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内装業者の担当者は、
静かに店を見ていた。
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「やっぱこの窓良いですね」
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海の見える大きな窓。
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午後の光が、
床へ柔らかく伸びている。
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「最初、“海を見せたいんです”ってかなり言ってましたもんね」
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蒼は少し笑った。
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「まぁそこは譲れなかったんで」
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担当者は頷く。
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「でも良い店になりますよここ」
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「なんか、ちゃんと人が帰って来る場所になりそうです」
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その言葉に。
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澪が、
静かに看板を見る。
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REHARBOR。
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再び、
帰って来れる場所。
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それはきっと、
客だけの話じゃない。
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自分達自身も、
帰って来る為の場所なんだと思った。
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窓の外では、
夕方前の海が静かに光っていた。
店って、
物を置いただけじゃ店にならないんだなって思った。
人が来て、
笑って、
また来るねって言ってくれて。
そうやって、
少しずつ居場所になっていくんだろうな。




